貴船神社への訪問とパワースポットの魅力
はい、こんにちは。 昨日ですね、ちょっともうどうしても行きたい、急にポーンと行きたいってなった貴船神社に行ってきました。
京都の貴船って、本当にあの私のパワースポットですごく、なんかね定期的に行きたくなるというか、疲れたら行きたくなる場所なんですよ。
木が、特に新緑の時期が大好きなの、私。紅葉よりも緑がいっぱいで、この涼しい新緑の時期が好きで、京都市内より2,3度、気温も低くて、カラッとしててすっごい空気がいいのよ、貴船って。
北の方やからね、永山電車で揺られて、北の方の山の奥に入っていくんよね。川がバーって流れてて、小っちゃな滝とかいくつかあって、滝っていうかバーって流れてて、川を見たくて行ったのよね。
母の退院と回復への安堵
で、あとね、まあ母が退院したので、またその話はちょっと別で言いますが、やっと退院して、もう普通に一人で暮らしてるんですよ。すごくない?私が泊まり込まなくても、ヘルパーさんとか頼まなくても一人で暮らしてんの。
もう大丈夫なの。しかも料理もしようとしてるの。ただ買い物だけはできないから、私がまあ週1ぐらいで行くだけでよくなってて、1週間分の買い物をしてあげて、それでOKと。で、掃除もちょっとしてあげたから。
で、もう毎日電話すれば、今日は大丈夫だったよとか、体重測って血圧測って異常がないのよね。血圧が元に戻ってんのよ、正常値に。足も痛くないし、顔もはつらつとしてて、本当に生まれ変わったみたいになりました。
貴船の川床カフェでの癒し
で、ホッとしたから岐船行こうと。遠いのね、結構うちからは。本当に片道1時間以上かかるので。で、まあ電車に揺られて行きました。で、こう新緑の中をバーって結構ね、駅から降りて30分ぐらい歩くのよね、岐船神社までは。
道中に川がバーっと流れてて、床ね、川床って書く床がたくさん並んでて、高級料亭の床は行ってなかったけど、たくさん並んでるのよ。でも手前に床のカフェがあってね、すごい安いお値段というか、まあ安くはないか。
そうめんとあゆの定食1500円とか、まあ安いか、あそこにしてはね。で、私はの抹茶、フローズン抹茶、抹茶のジュースにアイスが乗っかってるやつ、それが900円ぐらいかな。
で、床代550円で、その抹茶のフローズンアイスだけで1500円ぐらいかな。まあそれでも場所代なんやろうなと思ってね。まあそういうとこって高いのよね。
まあそんなんもういいわと思って払って、その畳、そしてこう川がファーっと流れている風が通るところで、その抹茶フローズンを飲みながら足をバーンと伸ばして、はー、もう息、やっとこう深い呼吸できたみたいな。
本当にね、人も少なくて、なんか平日やったから、その時間帯こう、周りに誰もいなかったのよね、珍しいことに。それもありがたくて、行列とかね、ぎゅうぎゅうとかじゃなくて、周りに人がいない。
鳥のさえずり、川のね、流れる音だけが、わーってきて風気持ちいい、もう深緑綺麗、天気がいい、空気が綺麗、私はもうエネルギーの回復をした、もうほんまに、ほんまに瞑想をしたんだよね、その場所で。
自己への感謝とエネルギー回復
はい、吸って吐いて、吸って吐いて、頭空っぽにして、私お疲れ様でした。私さ、一昨日か、母のその家行って買い物行ってきてって、一週間分のね、いろいろそのままティッシュとか洗剤とかそういうのもないから、食料品とかでも、家からスーパーまで3往復したの。
しかもイオンでね、イオンってさ、なんで2階と1階に分かれてんの、食料品が。缶詰は上で、野菜は下みたいな。でもね、歩きすぎて筋肉痛になってたんよ。
木舟でもね、あー、筋肉痛になってるわーって、でも、母がありがとうって、これでもう買い物行かずにね、暮らせるし、ほんまにありがとうって言ってた。元気な母の笑顔が見れた。
自分お疲れ様、そしてなんか、この命があることは当たり前じゃないんやなーって、木舟神社に感謝して、ありがとうございます、もう自分にもありがとう、お疲れさんって言いながら、呼吸してた。
あー、なんかこう、目盛りがブンブンブン、どんどん上がっていくみたいな、エネルギーがぽんぽんぽん、もう10%ぐらいやったところが20、30、40、50、ぐんぐん上がっていくのが分かって、なんかこうスマホの充電やっと入れれたぐらいの感じでね、100%までいようと思ったのよ、もう1日ここにいようと思って、ずっと呼吸してたのよ。
母の喜びと健康のありがたみ
ただ、ずっと顔のせせらぎ聞いてたの、私。サラサラサラサラサラ、気持ちいい。ほんでね、なんも考えとも不安も心配もないから、なんか、だってもう生きてるだけ健康ってありがたいな、またまた、またまたさらに健康のありがたみにね、気づいて、母が言ってた、ほんまに健康でありがたい。
じゃあほんでね、母がね、もう病院ってやっぱり意識がしっかりしてたらみんなに気遣うやん。血圧はかりますよーとか、なんか検査ですよーみたいな呼びに来ても常に、あ、わかりました、すいませんってこう気を張らなあかん。で、隣では老人が叫んでる。で、もう大部屋やからね。
で、そんな中で気持ちが休まるあれがないやん。で、約1ヶ月病院にいたけど、1人の時間が欲しいとなると、いや私これ入院無理やなあと思った自分がもし、いや私はもうそれはしんどいわ。
で、家に帰ったら、もう母が、ああ家やーみたいな、1人やー、1人で好きな時にテレビつけて、食べたいお菓子ポリポリ食べてジュース飲んで、ああーみたいな、材質をあげて、材質ね、テーブルでこう材質で畳で、何これめっちゃ楽ーって言ってて。
やっぱ心臓に負担かけてあかんから、材質にこう座って、たまに歩いてリハビリしたりしときなあみたいな、外に出ずにね。
でもありがと、もう天国って言ってた。ただ家で冷蔵庫から開けて何か食べる天国。洗うだけで食べれるザルそばとかザルうどんあるやん。あれも買っといてあげて、ガスとか使わなくていいから、ザルそばだけでいいとかやん、薬味かけて。
ザルうどんだけでいいとかパン買って、ご飯炊いたら簡単なもの食べれるし、漬物があったらさ、卵と。なんかそれだけの食材で天国になるのよ、母にとっては。
分かるわーって思ってありがたい。健康のありがたみ気づいてたなと。娘がいてほんまに良かった、娘のありがたみに気づいてた。嬉しそうな母の元気な顔。
母の大手術と生命の奇跡
ボケずにリハビリ。車椅子でもなく普通に一人暮らしができるなんて、それはすごいなと思って。あんな大手術して。最後に先生の話も聞いたけど、血管、心臓パカーって胸を開いてよ。
骨も開かないと心臓が出てこないんじゃない?心臓の周りの血管も交換したみたいな話あったんよ、フィルムで見たけど。大工事やん、体の。そんなことしてパカーって縫い合わせて、心臓を元に戻して心臓が動くってすごくない?
ちょっと待ってよ、これで元気に歩いてさ、怖と思って。奇跡というより怖。なんで元気なん?なんで生きてんの?私なんて不思議じゃない?っていうところに来てさ、血液が流れて、手がこうやってグーパグーパできる。息ができる。すごくない?って。
なんかもう豊かさはあることに気づくとか言うけど、いやいや豊かさっていうか、ほんまやなと思って。体が動くだけでありがたいと私たち親子は気づけたんですと。そんなことを考えながら木舟の川床で、ああ、生きてるって。
「嫌じゃない」ことの力と喜び
ほんで私がスーパーに往復もしたり掃除したりしても、全然嫌じゃなかったのよ。昨日はもう全然疲れてなかったの、一昨日か。母になんか、ごめんな疲れたやろって言われたけど、いや私疲れてないのよって言ったのよ。え、なんでって言ったら、いや嫌じゃなかったからやでって言ったの。
はあ!って言ってめっちゃ喜んでたけど、やっぱりいやいやすることは疲れるんやなと思って。ちょっとしたことでも。やっぱり向いてない仕事とかをね、いやいやすると疲れるんじゃない?
私全然疲れへんかったのよ、母のもう家行ってなんちゃらしてっていうその作業がね。なんか逆に清々しくてもう走り出したいぐらいの感じで。ほんで木舟もそのずっと歩いてても全然疲れないし。でもやっぱ体は筋肉痛になってんのよね、いっぱい歩いたから。
はあ、嫌なことじゃない。やっぱ進んでやること、好きでやることは疲れないんだっていうことに気づいて。でもやっぱ知らず知らずに疲れる。大谷さんも野球が好きであんだけ毎日毎日二刀流とかしてんのは、ほんとに好きでやってるから疲れないのよ。
でもやっぱ体はね、たまに悲鳴をあげるから。今日ちょっとお休みだよね、大谷さん。そらそら毎日毎日こう出場してホムラン打って投げてやってたら、体はねやっぱりそうやわ。でもね疲れないんよ、精神的には好きなことをしてると。
でその母のお世話をすることがまさか自分にとって好きなこととは思ってなくて、それも新たな気づきでね。楽しいのはなんか喜ぶから。これもしてあげる、これもしてあげたい。で梅ジュースももうはい作って持って行ったら飲んでみーって言って。
貴船で得た「循環」という大きな気づき
美味しいな染みるわってなるやん梅が体にいいし。でもなんかね、喜びしかないっていうか今感謝と喜びしかないのよ。それに浸りながら木舟のその川のねせせらぎをずっと聞いてて、この話がしたかったんやけどねホンマは今日。
いや私ちょっとすごいことに気づいたのよ。いや気づいたってよく言ってるやん私。気づきがとかみんな言うやん。そのね木舟神社のところで気づきじゃない大きなことが体感として体に降りてきたというか感じ取ったのよね。
木舟神社で感じ取ったことなんや今日のテーマは。全部そのミッションっていうのかな自分の。会社員ミッション、家族ミッション、人間関係ミッション、結婚ミッション。
もうあなたは十分ですみたいな。はいクリアしましたみたいな拍手みたいな。なんかこう自然に歓迎されてるみたいなね。それはいいねお疲れ様でしたってなって。その時にね、川のせせらぎ見てたらさ、これ自然に流れてるやん。めっちゃ不思議じゃないってなって。
この川ってどこに行くんだったっけ。ずっと南の方。ずっとこうね、淀川とか行くやん。で淀川とか行ったら海に注ぐやん川っていうのは。なんか一つになって大きな川になって南の方に行ってこうあれやん。海になるやん。
で海に行った水はどうなるんやろうと思った時に蒸発して水蒸気になって雨になるやん。その雨がまた山にバーって染みて山の木とかが育って川になって川魚がいる。で海なんてもう魚が豊富やん。
お寿司の業界、そしてお魚屋さん、スーパーが潤ってるわけやん。これすごいないって思って。すでにあるやんっていうね。でね、ちょっと言語化がちょっと難しいんだけど、一言で言うとね、川のせせらぎを見て全ては循環なんだなってことが体感としてわかったのよ。
そして私はね、あ、この循環の一つなんだって気づいた。この循環の一つやね実は。そう思ったら、確かに豊かさここにあるわ、今ここっていうところが腑に落ちるし、循環の一つということは豊かさというのは必ず巡ってくるっていう、当たり前やなと思ったのよ。
循環の理解と人生の意味
だからジタバタしなくてもいい、焦らなくてもいい、こう頭で考えてね、人間のその思考で考えてこうジタバタするって、ただのノウハウとかって本当にちっちゃいことだなって思えてね。
それも思考を巡らすのは人間の特権でいいとこなんだけど、やっぱそれで疲れてしまうのは本末転倒だから、結局は循環なのよ。そしてこの大自然のこの恵まれた奇跡の星地球の一つなのよ人間が。
これは多くの人が気づいてなくて、なんと私は思い出した。なんか泣けてきそう。思い出して、私循環の一つなんやって。これを多くの悩み起き人は何のために生きてるんやろうとかね。私何のために生きてるのって言ってる人はその自分がこの地球の循環の一つっていうことを思い出せてないだけな。
それがもう私がたどり着いたことです。この母のことの前にいろんなレターをいただいてね、レターとかメッセージを。私何のために生きてるんやろうって思うことがあるって言ってた人がいて。
私も思ってたけどね、以前。だからそれですよ、その答えですよ。答えというか、いやもう何のためも何もただ生きてる循環の一つですよ。これは意味わかりますかね。またこう受け取るタイミングがあるのかと思うんですけど、そういうことなんですよ。
だってこの川は私何で流れてんやろうとか、ちょっとやっぱり上に戻りたいとか思わないじゃないですか。木とかも、魚たちも。
で、私ね、帰りちょっと焼肉食べたいなと思ったんですよ。なんかもうお腹すいたし。で、肉。肉って牛をね、殺して、うちの命をいただいてるわけでしょ。
牛ってどっから来た、いつ食べようと思ったんやろうとかね。で、牛は人間に食べられるためだけに生まれてきたってなるやん。でも牛は、なんか、わしら食べられるためだけに生まれてきたんかとかいちいちそんなこと考えず、抗わず草食べて生きて、ほんでこう死ぬというかね、牛の一生って。
ただ自然界は全てのことに抗わずに循環して生きているだけということに気づいたお話でした。