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やっと仲良くなれた母が緊急手術で生死をさまよう
2026-05-17 20:49

やっと仲良くなれた母が緊急手術で生死をさまよう

母は大動脈解離で倒れて救急車で運ばれて緊急手術を本日しました。8時間にも及ぶ大手術。高齢なので、もう死を覚悟していて、家族も呼んで待機してましたが、手術はなんとか終わり生きています。ただ目を覚ますかどうかは明日以降にならないとわからないので。
今日の一部始終を、お話します。親子の関係、ずっと話せなかった兄弟のこと。母が倒れたことで会うことができました。

そんな時読んだ本です。これ✨運命かも🌟
鳥肌でした!はい、もうやめます🙋‍♀️笑
「今日地球人をやめる」
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サマリー

スピーカーは、80歳で元気だった母親が突然大動脈解離で倒れ、緊急手術を受けた経緯を語ります。幼少期は不仲だった母親と数年前に再会し、ようやく良好な関係を築けた矢先の出来事でした。長時間にわたる手術を病院で待ち続ける間、絶望感に襲われながらも、一冊の本や大谷選手の野球中継に心の支えを見出します。また、母親の危機を通じて疎遠だった弟と10年ぶりに再会し、家族の絆が再び繋がったことへの気づきと感謝を述べました。この経験を通して、人生の困難を乗り越え、新たなステージへと進む「卒業」の感覚を得たことを語っています。

母との関係と緊急事態の始まり
はい、こんばんは。いやーもう聞いてもらおう。もう今日は聞いてもらおう。 ねー
いやまあ母80なんですが、本当に80に見えないぐらい、もう50歳ぐらいに見えるんですよ。 めっちゃ喋りやし、私より全然喋るし
もう一緒にご飯食べに行ってもね、私と同じぐらいこう焼肉ランチとかも食べるし、家で天ぷらとか揚げて食べてるし
健康そのもので、もうなんかこの前ちょっと歯が痛いって言ってたぐらいで、80でこの元気さ
まあちょっとあと10年ぐらいはいけるやろうと笑ってたんですよ。 私たちもいろいろあって、子供の頃は本当に仲の悪い親子でした。
でも私も若い時はすごい気が強かったので、母に反抗ばっかりして、まあすごい喧嘩をして、ちょっと疎遠の時期が何年もあってね。
で私がこう整え出して連絡して、再会してから3年ぐらいかな。 私が大人になったから、やっぱ上手く付き合えるようになったんですね、母と。
そうしたらあれこんな可愛かったかな、こんな楽しかったかなと思えて、なんか親子というか友達みたいになれて、なんかお母さんと娘が友達みたいって嬉しいですよね。
あのそれが理想だったんですよ。なんか私こう会社の女の子がお母さんと一緒に映画行ったとかね、お母さんと一緒になんかフランス料理食べに行くとか
すっごい羨ましくて、それはね羨ましかったんですよ。
もうだってもうね、そうで自分はもう仲悪くて連絡も取ってないっていうので、やっとこの年になって落ち着いて時間とね気持ちに余裕ができて、
あのこれらちょうど母の日ですよね。母の日の前ぐらいかな、紫陽花を持ってあのランチ一緒にしてすっごい喜んでくれて、
でまぁ母が自慢するんですよね。娘が紫陽花くれたんや、ブルーが綺麗なんやとか言って。
でなんかもう母がしみじみと娘を産んどいてよかったって言ったんですよね。男の子はアカンと。
やっぱ女の子はこう楽しいみたいなね。やっぱりあるよね、母。そりゃそうやんね。
もう男の子はもうぷいってやっぱりそのちょっと不愛想みたいになっちゃうしね。
でまぁうちのちょっと弟もこういろいろとね結婚して、しっかりと生きてるんですが連絡ちょっと全然取らなくて、
家族結構バラバラやったんですよ。それをこうあんまり言いたくなくてね私は。けれどもこの母が昨日ですよね、
緊迫の緊急手術と病院での待機
あの、
名前忘れた。ちょっと書いておきますけど、石原悠二郎がね、鳴った病気っていう血管ですよ、皆さん。
だからもう血流が大事ってずっと私言ってるけど、健康のために朝こうジャンプするとかお風呂でマッサージするとかね、
心臓にちゃんと血流を、脳にちゃんと血流をっていうので、ストレッチ、ジャンプして、温かいお茶飲んで温めるっていう、ずっと私がしてるのはやっぱりそういう、
脳梗塞とかにしてもね、心臓の病気にしてもなんでも血流、もう血液がこう詰まったり、血管が破裂したりで大変なこと、やっぱり命取りの病気になるんで、
その恐ろしさを知ってるから、結構もうめちゃくちゃ私は気をつけているんですよ。
ちょっとね、今日深い話をちょっとしたいので、ちょっと長くなるかもしれないですけど、
あの、
病院でね、
深夜12時ですよ。
救急車、もう母が呼んだのが12時前11時とかか、
救急隊、土曜日の夜深夜って、病院開いてないでしょ。もう救急の救急でしょ。
今度はもうその、心臓がやばいんだってなった時に、手術すぐしなあかんっていう判断で、
集まるお医者さんがおるんかってことになったよね。
ほんであの救急車で病院行ったんだけど、ここでは処置できないから移動しますって言って、
はいあの娘さんちょっと荷物持ってきてってパッパって言われて、もう1分1秒争うんだって言われて、お医者さんも一緒に救急車に乗ってね、
違う病院に移動して、ここにしかいない心臓の先生ってまあいるじゃないですか、の専門家がね。
心臓のその難しい手術をすると、パカッと胸をね切って開いて心臓を開けて、
その血管が破れてバーって血がなってるのをこう、
うまく補正してなんちゃらそんな、私そんな説明をちょっとこう家族、ご家族聞いてくださいと言われてね、心臓を開けてって私ね、
ちょっとこう倒れそうになるんですよね、そういう話って、ちょっと弱いんですよ、切るとかなんか痛いことをなんていうかな、全身麻酔をして、
その全身麻酔をする時になんか血流がこう脳にバーって行ったりとかしないように、
なんか体温ってみんな35度6分とかあるじゃないですか、それを一旦25度に落としてどうのこうのとか、
もう死ぬんちゃうんと思ってね、そんな80のおばあちゃんをそんな冷やしたり、血管をどうの心臓開いたりさ、
いやもう赤、もうもうもうもう死ぬ死ぬと思って私、聞いてる私さえなんかこう倒れそうで、
いやいややばいやばい死ぬと思って、ああもうこれはもうここでもう終わりなんかなと思ったよね、病院で。
でも一深夜の病院冷たい、シーンとして誰もいない、待合室そばのみ、シーンとしてもうなんか心細い、
もうなんかスマホを見る気にもなれず、インスタとかそんな見る気にもなれず、ぼーっとして、はーみたいな、
絶望の中で見つけた心の支え
ああそうや、でね、ここで目にした本があるのよ、私ねちょっと本読んでてね、だって手術ずっと帰らないでくださいと、
何があるか分からない、急に死ぬかもしれんからっていう意味なんですよ、だからずっとねその手術が終わるまで、
深夜2時3時4時5時、ずっと朝までね、そこにいた、暇じゃないですか、寝ることもできひん、
何か布団と枕もらってもそんな寝られへんよ、どうしようと思って本を読んでたんですよ、
なんか今日地球人辞めるみたいな本でね、ひすいこたろうさんの、ちょっとリンク貼っときますけど、
今この本に出会うかっていう本やったんですよ、でもそれを読んでね、はいはい今までお疲れ様でしたーみたいな、
あなたはよく頑張ってきましたねーと、やっぱこの地球で遊んでる、みんなその地球ゲームやってるんだよっていう話ね、
よくあるじゃないですかこの話、私もそう思うことにしてるんですよ、私の人生でこうやってちょくちょくね、
あの絶望みたいな大変なことが起こるから、これは何かのお試しかなーとかね、
そういうゲームをしてるんだなって思うようにしてるんですよね、
でそのやっぱりこの地球3次元なんでネガティブなもの多いでしょ、苦しみ悲しみ絶望とかを思う存分味わうようにこうデザインされてるから、
みんな好きで来てるんですよ、それは私すごい実感してて、私は好きでやってるんだなっていうのはもうね認めざるを得ないというか、
そうやって開け直って生きてるんですよ、そう私はこういうサロンをしてるからいいことしか起こらないとかじゃなくて、
全然そうじゃなくて、だからサロンのその公式LINEでもね、全部さらけ出したんですよね、
私はこうやって今母がこんなことになって悲しいんですーって、ちょっと心細くもあり、なんかすごく人生こんなこと起こりますよねーって、
ちょっと休みますねーみたいなもうありのままをこう出してるわけですよね、
でもそのなんていうのかな、別にそのわーって狂ってるとか、もう嫌やーとかそういうわけでもなくて、
まあそういう人生ってみたいな、今度は何のお試しやーみたいな感じなんですけど、
もうちょっと慣れてきたというかね、ちょうどいい時に奪っていくっていうね、本当に残酷なんですよ、
でもね、10年前もその悲しい絶望のこと起こりましたけど、結局10年経ったらあーなるほど、そういう意味かって気づくから、
結局この母の今回の倒れたこと、もう何年かしたらね、後々あーそういうことかって気づくと思うんですよ、
10年ぶりの弟との再会
今回もう私早々と気づいて、その母の命がけの手術は、やっぱ先生がご家族呼んでくださいと、
私は男と呼びたくなかったのよね、ちょっともう添えになってね、ちょっと二度と会わないと思ってた存在だったんですよね、いろいろあって、
でもまあ電話しないわけにはいかないからしたんですよね、
本来なんか向こうもうんうん、行くわみたいな、
でも来たんですよ、でも10年ぐらい会ってないけど、普通に喋れたんですよね、
あのね、実はね、私の弟ってめちゃくちゃ面白いの、なんかもうずっと子供の頃から、ほんまにお笑い芸人かってくらい面白くて、
でね、なんかこうムカついてたし、なんかまあ恨んでる部分もあったんだけど、恨んでるというかムカつくなと思ってたところはあったんだけど、
まあ恨んでないかな、そのまま忘れてたんだけど、
10年ぶりでもね、やっぱギラギラ笑ったのよね、
あのね、どんなふうに面白いかというと、独説なところが面白くて、
10年やった私が会社員やった時しか知らんから、
まあ私が今会社を辞めてね、サロンをやって本を書いたり、自営業をやってるみたいな話をしたら、
えーみたいな、本書いてるってどういうこと?みたいに言うから、
いやだからキンドル本やんって言ったら、本書いてる?観音小説?とか言われて、
そんなわけないやろ、だからそんなことばっかり言う子なんよね、
こいつ小学校の時から全然変わってへんなと思って、違うわとか言いながらギラギラ笑って、
でなんかこうサロンは、いやその悩んでる人とかね、問題があるような方のちょっと助けになればと思って、
そういう相談に乗るようなサロンをしてるって言ったら、
お前は自分の問題も片付けられてへんくせに?って言われて、
そこでまた爆笑して、憎たらしいんだけど、なんか笑えんのよ、
ほんでね、私すごい怒ってたんだけど、
なんか改めて弟って、こういうことしか言えない人間なんだなっていうのは、
もうね、諦めたんだよね今日、怒ってもしゃあないわと、
こんなことばっかり言ってきおるから、
お前自身が問題あるのに、そのことを解決、お前心地いいままに?みたいな相談も乗ってんの?みたいなことをね、
普通ちょっと失礼なようなことをズバズバ言うっていうね、
でもそれも確かにね、問題はありますよ、それは問題は山積みなんかもしれんけど、
問題がなくて完璧な人間やからサロンができるとかじゃないんですよね、実は。
全てがうまくいってパーフェクトだから、私はアクセスバージョンサロンをしてるとかじゃないんですよね。
ありのままを見せることが、みんなが来やすいかなと思ってるんで、
そんなことを弟に説明してもわからんから、はいはいはい、みたいな感じで問題山積みとか言ってたけどね、
でもそれもやっぱり本気で、イライラしたら怒らへんようになったっていうのは私の成長かなと思ったんですよ。
でやっぱりこう、プンプンプンプン怒って連絡取らへんとかもなんかもう、もうどうでもいいかなと思ってね、
で母にしたらやっぱり息子と娘じゃないですか、そうやってなんか悪いとかも悲しんでたし、
あの母がね手術前に弟を呼んでくれと、あの死の前にやっぱり会いたいって言ったよね。
でも先生もなんかやっぱり息子さん呼んでくださいって言ったから、呼んでほんで、
まあ来よったよね、来よった。ほんでやっぱりあんたに会いたいって言ってるから、
でもまあ手術が終わらへんかったから、ほらもう帰ったよね。でまた目覚めたら呼んでみたいな。
で私が明日から通うので、まあ意識が戻ったら弟呼んでちょっと対面させるんだけど、
あのなんていうのかな、弟、これ10年何考えとったんだろうと思ったら、
結構この10年の話をちょっとして、あの子供がね、もう24とかなんだって、大学院行ってるんだって、
なんか23か4かかな、めっちゃ賢いんだって、とか、
なんか赤ちゃんの時、赤ちゃんっていうか子供の時しか会ってないからね、
へーとかそんな話をして、で私はなんかそんなしてるとかね、
結構なんかあの、やっぱ照れくさくて姉のことを悪く言う、照れくさくて母親のことを悪く言うみたいな、
男の子特有のね、まあそういう感じで、笑うしかないんだけど、
家族の絆と母の心残り
でね、なんかね、結構スッキリしたよね、
あーもうなんか、母ともやっとつながって、弟ともつながって、
あーなんかやっと家族が、こう母が倒れることによってこう一つになったというかね、
あ、合うんだなと思ってね、だからこういうことだと思うのよね、
サロンをしてるけど、こういうありのままを見せることかなと思ってね、
まあちょっと結構恥ずかしいけれどね、恥なんだけど、
ずっと怒ってるとか喧嘩してるとかね、家族で、
でももうそういうのあるじゃない?家族ってもういちいち隠してもしょうがないし、
カッコつけてもしょうがないし、私は言っていこうかなーって思うんだけど、
みんなもうなんか、もう予想外に皆さんからなんか結構レターとかね、
あのメッセージいただいて、みんな優しいですね、こんな愚かなね、
私にこう、全然連絡取ってなくても皆さん急になんかあったら言ってくださいね、みたいな感じで、
あー心強いな、なんかね一人じゃないなと思えたんですよ、
それちょっと本当にありがとうございますっていうのをちょっと今日言いたくて、
なんかしばらく連絡取ってなくても、なんかあったら言ってくださいってやっぱ言ってもらえるのは嬉しいですよね、
全然私大丈夫なんで、こうやって笑ってるし、
母も別にもう80なんて別にどっちでもいいというか運命は決まってるんでしょうしね、
亡くなっても母はね、あの全然ね、心残りはないと思うのよ、弟と会えるしね、
これねすっごい奇跡の話があって、なんと母は1週間前にね倒れる、
あの幼馴染み、30年ぶりの幼馴染みと会ってたのよ、
で私が結構勧めてて、お互いまあ80歳だったらね、
あのもういつ何があるかわからんから会っときって言って、ランチ行ってきって勧めてたのよ、
そうやな行こうかなーって言って、1週間前にその幼馴染みとランチに行ってたのよね、
で私とも会ってるし、
ほんで懐かしいなーまた会おうなーって言って倒れたから、
まあ言った母にしたら結構娘とも母の日も祝ってもらって、
でこう十分楽しくいっぱいランチしたし、
幼馴染みとも会えたと、
でもう弟とも会えて私がねまたこう仲良くやっていければ、
もう言うことないって言ってたのよ、
だからもうええんかなとも思ってるのよね実は、
過去の克服と弟からの学び
私が別に親に執着してなんか、親がいなくなったら生きていけない人間じゃないから、
自立してるからね、
どっちでもいいけど、でもやっぱりこうせっかく仲良くなったから、
寂しいなっていう気持ちはあるんやなと思ってね、
私にも可愛らしい気持ちがあったのよ、あったのよ、
ほんでねちょっと面白い話して、
全然弟は恨んでなくて、
やっぱカラッとしてたのよね、
で弟の息子がね、おばあちゃんですね、うちの母の話をしたんだって、
ちょっとこの話面白いんだけど、
うちの家貧乏だったのよ、
めっちゃ貧乏でお風呂がなかったのよね、
ボロボロの家に私と弟と母と3人でボロボロで住んでた時があったのよね、
毎日の食べる物に困るぐらいのお風呂もなくて銭湯置いてて、
母は銭湯台をふかすためにタライを買ってきて、
タライで風呂入ってたのよ、自分の体を洗ってたっていうね、
弟が学校から帰ったら母がタライでおかえりみたいな、
それがもう俺は忘れられへんと、
それを自分の息子らに話したら息子らが面白そうと、
おばあちゃんに会いたいって言ってるらしくて、
今でもタライに入ってんのかな、見たい見たいって言ってるらしくて、
ギラギラ笑って、
だから弟は不幸な話を笑いにする天才なんよ、
私を大甘わってるなと思ってね、
だから私がずっといつまでも怒ってたらアホらしいなと、
この子はとっくに笑いに変えてたんやなと思って、
今日すごい良かったなと思ってね、会えて、
だからやっぱり倒れることも気づきがあるのよ、
支えと新たなステージへの卒業
私はそれをよくわかってるから、今回結構落ち着いてたのよね、実は、
病院が苦手でちょっとしんどくなったんだけど、
ちょっと立ってられない、
あーってなったんだけど、
まあでも気づかせてもらってるんだなって、
こんな大手術してよ、復活したら奇跡中の奇跡やと思うよね、
その時はちょっと報告するんで、
皆さんちょっとびっくりしてください、
びっくりやで、まだご飯焼肉食べてるとかね、
復活したら嘘みたいとか言って、
心臓バクバク動き始めたら、
そんなおばあちゃんおる?
そんな、まあね、もういいわ、流れに身を任せるわ、
その本ね、もう一回本の話に戻るんだけど、
地球でやってるゲームなんだから、
ネガティブ感じ切ったら、
もうお疲れさんもういいんでしょと、
私もういいって思ってるのに、
もう分かった、はい分かった分かったって、
だからもうちょっとね、卒業した感があるのよね、これで、
母でもうこれでね、
後はもう穏やかにいきたいなと思ってて、
その本がね、
すごくこう、あなたはもう卒業ですよって、
辛い思いしなくていいですよって、
お疲れ様でしたねって、
病室のね、誰もいない冷たい松屋室で、
その本が私の心の支えになったの。
朝になってもまた手術が終わらなくてね、
もう9時やん、10時やんってなった時に、
大谷さんのドジャースが始まって、
音量をね、オフにして、
ドジャースの試合見てた。
もうなんかもう救われた、もうなんかもう、
わー心パソイーってなってたからちょっと、
でなんかその本とドジャースの試合と、
大谷さんいっぱいパンパン打ちまくって、
わーとかなってて、
大谷さんに元気もらった、
ほんで母の手術が成功して、
はーよかったー乗り越えたぜーってなって、
ほんで皆さんから、
かずこさん大丈夫ですかってメッセージきて、
みんなありがとう、なんかね、だから、
絶望には良くなるんだけど、
そうやってこうお助けが入るのよね、
すぐ入った今回も、
一瞬やった絶望なったんは、
だからね、皆さん本当にありがとうございました、
また私はね成長しました、
ということで、
あの日水小太郎さんの本のリンクまた貼っておくので、
興味がある方はまた読んでみてください。
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