それを残してくださったのがその方ですよね。
茶道とか茶道で大事なのは。
その方だと非常に美しく見えるとか、機能的に動けるとかっていうのが残されているのが、
それぞれの道なんだなって思いますね。
そうですよね。
なんとか道っていうのは大抵、まず最初に意味とかそんなことはいいから、
カタを覚えなさいみたいな。
そうですそうです。しゅはりみたいなね。
完全に師匠のおっしゃるように、その時はわからないわけですよ。
何のためにこんなことをやらされるんだっていうのはね。
わかんないんだけど、後々考えたら、
例えばお茶碗の洗い方一つにとっても、洗濯物の干し方もそうですけど、
なんでお母さんがジーパンを裏返しにして干すのかって、小学生はわからないですね。
でも中学、高校になって、やっぱり曇ってるとポケットのところ乾かないんだって。
わかるみたいな。
だからお母さんは裏返してたのかっていうのが後になってわかる。
洗濯道というのがあるならば。
例えばね。
でもそこを小さい時に、こうだからああだよみたいな感じで言われたところで、
理解できないですもんね。
まあそうですよね。とにかくやってみるっていうのを、なぜなのかを一個一個紐解けていけるっていうのがね、
やっぱり師匠についていくやり方だったんじゃないですかね。
私子供たちが巣立つ時期はいつ頃が最適なんですかみたいな。
お母さんたちのご相談が多いので。
でも原服狩りにかなってたと思います。
15歳でしたっけ?16歳?
そうですね。今でいうと中学校卒業。
でもまあ第二次成長期、生理が始まったり、男の子も体の変化が起きてきて、
フィジカルな成熟とメンタルの成熟って別のタイミングだったりするじゃないですか。
特に現代は。
ただしそのあたりで一人前になるっていうセレモニーが、
先住民とか、江戸時代以前とかね、あったっていうのは当たってるなって思うんですよね。
そこから都会を探す旅に出たり、師匠のところに修行に出たりするわけじゃないですか。
そういう額のない子たちにね、1から10まで教えるというよりは、とにかく同じようにしろと言って、
身の習いとして身につけるわけですよね。
だからこういうふうにしてたんだって分かるのは後ですよね。
そうですね、後ですね。
だからそれが純粋に染み込んでいくっていうのが、やっぱり原朴のあたりが。
中学出るぐらいで本当にやりたいことっていうのは、もう中学校なんなったらね、
中2かぐらいでちょうど中二病っていう反抗期来るじゃないですか。
あれがね、親元離れるのに一番いい時期なんですね。
そうなんですね。
うちもいろんな実験したんですけど。
真ん中の子はもう本当中3の秋にも家離れてますからね。
それはもう寮とかってことですか?
秋じゃないわ、秋に学校決めてきて、卒業式が2月3月だけど、3月4月か。
それを待たずに日本に出ていっちゃったんですけどね。
その方が利にかなってると思ったんですよ。
それはご自身がこの国がいいとかどこどこがいいみたいなのを見つけてきたんですか?
そうなんですよ。
ここ知ってる方、まこちゃんも知ってると思うんですけど、
ふみやきさんのところで、お前連れてったるわって言って連れてきてくれたんですよ。
中3の秋か。
勝手に学校決めてきて、聞いてないよみたいな。
お母さんびっくり?
お姉ちゃんと一緒に学費かかるよみたいな。
なんでやねん、でもそういうことになってんねやろなみたいな感じで。
向こうの入学が2月やから、卒業式出られへんなってなったんですよ。
でも義務教育は卒業はさせてくれるんですよね。
11月頃にあった文化祭が彼女にとっては卒業式以上にめちゃめちゃ盛り上がったんですよ。
もう十分じゃない?ってなったのと。
卒業式出られないんですけどいいですか?って他人の先生にも聞かれて、全然いいんでって言って。
本人も私もね。
そしたらその時に、2個下やから妹が中1位やったから、
そしたら卒業証書は妹に預けてもらっていいですか?って言ったら、
いや、さすがにお母さんそれは校長室に取りに来てくださいって言われて、
ですよねってなったっていう。
破天荒ですね。
卒業式出られへんねやみたいな。でも文化祭で全然ええんちゃうみたいな。
でも逆に言ったら、それで独り立ちしたからこそ、心の成熟みたいなところに。
本当にそうですよ。
頭でわからずとも体が動く段階に、今後AIとかいろんなことになってきたら、
例えば高校大学の教育って、いるのいらないの?っていう話に多分なると思うんですよね。
いかない子多いし今。
そうなると、必要なのは何かっていうと、考える前に体が動くっていう。
今ご存知と思うんですけど、画展系の子の方がね、ブルーカラーの子の方がね、
全然収入が多くなってるとか。
これからブルーワーカーの時代やと言われてますよね。
そういうことをするためには、私中学校の運動会って手伝いに行くじゃない?
PTAとかね、後に残ってテント片付けましょうかとかやったりするじゃないですか。
あの時にね、もう中2男子って大人やなって思いません?
思います思います。
うち女子ばっかりやからね、友達の中学生男子ってね、もうだいたい中2ぐらいで誰が誰かわからなくなる。
そうですね。
あんたこんなにデカなったみたいな。
すっごい変化するのは、やっぱりその第二次成長のあたりだなと思うんですね。
女の子はもっと変化のスパンが長いと思うんですけど、男の子の方が多分もっとシンプルにできてると思うので。
テントを担ぐとかね、飛び箱持っていくとか、そういう単純な力仕事って、男性にとってのピークって中学生ですよ。
思いません?
スポーツ選手でも。
そこに技能が追いついてきて、それで習得できている努力の部分って、高校が終わりじゃないですか。
スポーツ選手って。
だからその人間関係がうまく作れるとかっていうと、大学の時代になりますけど、体力のマックスはやっぱり中学ですよ。
と思うんですね。
でもそういう意味でオリンピック選手とかでも、なんかだんだんだんだんそうなってきてますよね。
そうだと思いますよ。だってそうのはずだもの。
だからメンタルの成熟とトレーニングで身につくものと、例えばそれはメンタルトレーニングでイメージトレーニングで賞を取れるようにするとか、
そういったいろんなことの絶え間があってくるのって大学ぐらいかもしれないんですが、
例えば中学校で陸上をやっていた子がいるとするじゃないですか。
私も高校の陸上マネージャーやってて、長女もやってたんですけど、高校の陸上部って、もう素質のある子の価値なんですよ。
陸上という競技がすごいシンプルやから、もともと才能がある子がその上に練習したら勝てるっていうことじゃないですか。
で、中学校って才能なくても練習したらある程度対等に戦えるっていう段階。
でもここから体に覚えていると、やっぱりもう例えばパソコンとかでもね、考えずに触れるみたいな、今のスマホをいじれるとかもね。
そういう段階だと思うんですよ。だから見やすとしては本当に原服あたりで、もう親離れ子離れの時期なんだなって思っていると、スムーズなんじゃないか。
そうかもしれないですね。そういう意味では、逆に親離れはできていても、親が子離れができていないみたいなのもあるって。
ほんまそれが多いから、お母さんたちにいつもお知らせをしてますよね。
うち女子3人だからね。それはね、早々と言っておけばいいと思うんですよ。
女子はね、やっぱりいろんな危険も伴うから、高校出たら家出んねんで、18なったら親もと離れんねんからなっていうのは当たり前のように言っておけば、そういう心積もりが子どもたちもできますよね。
18なったらどないしようって。それは別に親が困ってるからとか、子どもが嫌いとかそういうことじゃないっていうことも当たり前ですけど、伝えとけばいいし、そこで心積もりができていない場合に、やっぱり息子さんがいる場合ね、お母さんのラブになっちゃう。
命の方向とは何かっていうことを教えていただくと、それを基準にこれでいいなって。
間違ってなかったかなって思えることってやっぱりすごく安心につながると思うので。
そうですよね。よく時代が変わってそんな時代じゃないよとか言われるんですけど、
人間の体ってそんなに急激に変化はしてないですし、
特に今昔だったら私たちのお父さんお母さんの時だったら3世代家族とかが普通だったのが、
今も各家族になってて、どうしていいかがわからないってなって子育てであったりだとか、
そういう独立させるタイミングみたいなんとかもわからないっていう人に対して、
こういうのを基準に。昔から実はそれがそうだったんだよと。
知ってもらうだけで全然違いますよね。
そうなんですよね。お母さんたちも本能的にはわかってると思うんですよ。
でも常識とか固定観念ってやっぱり時代に即したものがあるから、
よく日本語らしい表現やなと思うのは、良かれと思ってなんですよ。
良かれと思って、ちょっと家賃くらい貯金しといた方がいいに違うとか、
だって電車乗ったらここから通えるんやしとか、やっぱ神戸とかほんまやりがちと思うんですよね。
でも多少負担になったとしても、やっぱりその子が銀行こうやって作るんやとか、
お母さんこんな風にお味噌作ってくれてたやなとか、
そういうことがわかって、上での大人と大人の付き合いってすごく充実してるなって思うんですよ。
豊かだなって思うから、そういう基準がね、私の場合はカタカナが非常に汎用性が高い、
皆さんに使っていただける古代のものなゆえに、あんまり肉体って変化してないがゆえに、
戻っていくにはいいところなのかなって。
よく言われますよね。ここ100年くらいで急激に変化したけれども、肉体はそんなに変わってない。
だからこそ過去のことを思い出して、肉体にあった考え方であったりだとか、行動であったりとかをすると、
やっぱり理にかなってスムーズにいくのかなって思いますね。
かなうって適するって書くじゃないですか。だからこれぐらいがちょうどいいっていうね。
人口密度とか暮らし向きとかにこれからたぶん戻っていくと思うんですよね。人口が減るっていうことは。
その時どういう考えに持ってたら、これでいいんだって納得できるのか。迷わずに済むのか。
そうですよね。
人生100年時代って歴史上初めてですからね。
だから50代以降こんなに長生きするのって、本当に自信がないので。