私はお母さんとしてね、ずっとおっぱい飲ませるのが正しいのか。
普通、男乳とかね、ミルクに切り替えるとか、いろんな考えがあるわけじゃないですか。
うちの子なんて3歳半ぐらいまで飲んでた子がいたんで、その時は自然男乳みたいな、自然卒乳みたいな女参院ではよしとされてたのもあったから、
でもこれ動物的にはずっと飲んでていいものなのかなみたいな。
いわゆる乳離れっていうのはどういうことが一番自然なんだろうかとか。
そういう時にカタカムナではみたいな考えをしてたっていうのはありましたね。
なので迷う時に、こういうのあったなって思い出していただければと思ったりするんです。
で、42行っちゃいましょうか。
いっぱいかつ何にもないム。ムもこれちょっと長くなるやつです。
で、まわりてめぐるの次はムナヤコトです。ムから見ていきましょう。
暑い日など今日はムッとするねと言いますよね。ムというのはろく、何にもない、むなしい、むしむしする、
シュウマヤオムスのムスですね。ムス、ショウズルっていうことですよね。
で、ムスビノカミさんのおさんのさんとも表されますし、他でもないカタカムナのムでもあります。
ちょっとムッとするから窓開けようかっていうのは何かが目に見えるわけではないけれど、
湿度や温度が高くて空気の密度が窮屈な感じですよね。
で、文句を言われてムッとしたっていうのも、表情や眉間には確かにムッと気が集まるけれども、
その段階では、だから周りはね、わかるわけですよ。何かムッとしちゃったなって。
でもこうことあげしてない。喧嘩になってない。まだ言い返してはいません。
数比率で言うと、ろくは愛の数字と呼ばれるんですよ。
で、これが妊婦さんの膨らんだお腹とか胎児の形も表しているというので、
妊婦さんは充満したお腹をしているけれど赤ちゃんはまだ生まれて出てないし、
外側で大きく目に見える形にはなってないんですよね。
で、ムはいっぱいあるけどまだ明らかには目に見えない状態。
だから胎積として充満している、存在しているけれども何もないっていうのが同時に。
また古事記にはむすびの神様が登場しますが、漢字ではまさにおさんのさんとかでむすひ、魂があって霊があって書きますよね。
ここでちょっとお伝えしたいのが、すべての音には実は同時に真逆のニュアンスもあるということです。
で、例えばムであればむなしいとか無限無の境地とも言いますが、
このカタカナの歌いは世に出ているものが80種あるのですが他にもまだ時期ではないというものも存在するようなんです。
私は物理学など分からない感覚人間でただ教えてもらって興味深くて実際にとっても助かったんでこうして皆さんにお伝えしていますが
今は比較的たくさんの方が関心を持っておられることも今の世の中の変化なのではないかなと思っています。
カタカナを悪用されないように隠されてきました。
ただ隠したままにしておくと本末転倒と言いますか必要な時にも使えないということがはっきりしてきたらしく
2006年頃から少しずつ表に出てくるようになってきたということなんですよね。
2006年から表に出てきて今ちょうど20年経ったんです。
本当ですね。
2006年に正式の後継の先生が亡くなられてその後どうするかというのが明確にならないままだったんですよ。
でももう隠しているとそれこそ必要な時にも使えないから
みんなが知っている形で残していこうじゃないか伝えていこうじゃないかというのがこの20年という感じだったかなと思います。
でもやっぱりこうやって知りたいけれどもちょっと難しいしどうしようっていう時にラジオであったりだとか
アコーさんの講演であったりとかセミナーみたいなところで
やっぱり一番最初に伝えてくれる人がいてるからこそもっともっと深く知りたいとか
こういう時はどうなんですかみたいなそういうのを聞けるっていうのがちょうどいいタイミングなのかもしれないですね。
もう聞いていただきたいですね私だからその2006年亡くなられたのは宇野民先生という方なんですけども
その方から個人的に後を任されたというのが天野正美先生という方なんですが
この方と一緒に講座を交互でさせていただいたり一緒に活動させてもらってるんです。
ご著書もたくさんおありなんですけど
天野先生もさすがにご高齢でいらっしゃるのでやっぱり70代後半でいらっしゃるから
引き継げるところは引き継がしていただいて全部は無理ですけどね
いいものが後に残るようにね。
っていう世代なのかなと思ってます。
間を繋いでいくっていうか。
そういう意味で言ったらどんどんどんどん広めていく人を増やしていきながらっていうことですよね。
もう亡くなられた神戸にいらっしゃった先生からもね教わったんですけど
その方が本当に大人はもう間に合わないと子供に伝えなきゃならないっておっしゃったっていうことから
お母さんたちとお母さんたちに知ってもらおうかなと思ったのが私の活動の始まりなので
それはもう今も変わらないですよね。