00:07
あ、あ、あ。
おねがいしまーす。
ティリティティティティーティティリティーティーティーティーというBGMから多分入っていると思います。
どうもお疲れ様です。
えーっとですね、今日が5月22日。夜のね23時です。
収録してます。
はい、えー、金曜日ですね。
世間一般的には金曜日なので、皆さん一日お疲れ様でした。
一日というなら一週間。お疲れ様でした。
ね、僕はちょっと接客業なので、実は明日も出勤日なんですけれども。
はい、世間一般的には一週間お疲れ様でした。
で、今日なんですけど。
えー、まあね、昨日に引き続きまた自分の好きを語っていこうかなと、と思ったんですけど。
ちょっと、えー、普段通りの内省トークというか、考え事、考え事垂れ流しトークをちょっと今日しようかなと思っていて。
えー、というのも、まあ。
うーん。
まあね、最近こうだから、あのー、まあちょっと、あのー、かいつまんでちょっと話すんですけど。
昨日の、あのー、僕のスタイルを聞いてください。はい。
で、まあ、ちょっとね、またどんな好きを語ろうかなーみたいな話。
そういうような、えー、思考を自分の頭で巡らしてたんですけど。
あのー、ちょっと概念的に、なんだろうな。
今日ちょっと話してみたいなと思うのが。
そもそも、好きを好きだという風にこう自覚する、認知するっていうのも意外とむずいんじゃないかなっていうのを思ったので。
それをちょっと話していこうかなと思います、今日は。
うん、そもそもちょっとこう、概論、概要、概念的な話。
今日は僕のその好きトークじゃなくて、まあ普段の考え事トークをちょっとしようかなと思ってます。
はい。
で、僕ね、最近サムネ用の画像2個作って。
あのー、昨日出したあれはもうかなりゆるトーク用のサムネだったんですけど。
今日はいつ、いつも、いつも通り、いつも通りって言っても初めてだから、初めてなんですけど。
まあその、内製トーク用のサムネでお届けするかなと思ってます。
はい。
で本題、まあ今日のちょっと本題、本題の前にいつもの注釈なんですけど、また一発通りです。
一発通り、この時点でもわかると思うんですけど、一発通りでやってますんで、その辺、ご理解、ご了承、温かい目で見守ってくれると嬉しいです。
今日の話していく内容はさっき言った通り、そもそも好きを好きだと認識するのも意外とむずいんじゃねっていう話を今日はちょっとしていこうと思ってます。
はい。
で、なんでこれまず話そうかなって思ったかってとこなんですけど、
あの、多分僕を身近で見てくれていた人はうんうんってわかると思うんですけど、僕、前より多分自分のこと話すようになったと思うんですよ、おそらくなんですけど。
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それこそ今回は好きをテーマにして話すんですけど、今でこそ僕はあれが好きでこれが好きでっていうのを全然公開して熱烈に話すようになったんですけど、
前までの僕はね、もっとガード固かったというか、もっと話さなかったんじゃないかなって個人的に思ってます。
ごめんなさい、これはちょっと主観なので客観的に皆さんどうでしょうってちょっと気になるところなんですけど、多分自己評価的にもなんだかそんな気がしていて。
で、これはシンプルにまず開示するのに慣れたっていう側面はまず一個大きいと思います。
僕個人がシンプルにその人に何か自分のこと話すってところに対して前までは多分抵抗があったんだけど、最近は別に話してもいいかってそういう開示っていうところに対してのハードルが僕が下がったっていうのが一個あると思うんですけど、
今日話したいところっていうのはそっちサイドじゃなくて、そもそも意外とみんな好きを好きだとわかってないっていう節があるんじゃないかなって思ったんですよ。
僕は自己理解プログラムが終わってから1年半ぐらいの間に、なんだろうな、これって好きなんだみたいな感覚を味わったというか、何となくそれを感じたので、そういうことを話していこうかなと思っています。
これって好きなんだってどういうことなのかっていうと、僕はまず先に注釈を入れておきたいんですけど、僕がここで話す好きっていうのは、なんだろうな、やりたいことっていうのは自己理解プログラム的な大事得意好きの重なり合わせにやりたいことなんですけど、
やりたいことを前提とする好きではなくて、もっと自分の本当にシンプルに率直に何々が好きっていう、やりたいことを前提としない好きだと思ってください。
ちょっと注釈的な話なんですけど、僕の自論なんですけど、正直好きっていうのはビジネス適正みたいなものはあると思ってるんですよね。
ちょっと世知辛い話というか、やっぱりあると思うんですよ。ビジネス適正っていうのは世の中のニーズが高いか否かみたいなところによって、マネタイザーって仕事にしやすいしにくいっていうのは一定あるものだとは思ってます。
ただ、一旦今日話す好きはそういうのを取っ払って、もっと率直な好きがない人はいないんじゃないかなみたいなことを思った。ないって思ってる人は気づいてない、自覚してない、開示しづらいみたいな、この辺に該当してるだけなんじゃないかなって思ったんで、ちょっとそういう話をしていこうかなと思ってます。
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なので結論というか、今日の話の最終終着点みたいなところで言うと、好きがないっていう人はよほどのことがない限りはいないだろうっていうところですね。
で、好きがないと思ってるのは、さっき言ってた、自覚してない、認知ができてないか開示できないかみたいな、多分この辺に該当するのかなーっていうそんな話をしていこうかなと思ってます。
で、重ね重ねなんですけど、僕がここで話す好きっていうのは、金にするっていうことを前提にしない、もっとラフな好きっていうのかわかんないですけど、みたいなものが今日僕がここで語る好きの内容ですね。それでお金を稼ぐということを前提とはしないよっていう話ですね。
で、えーっとね、何て言うんだろうな。まず、僕好きも結構自分にとって当たり前なんじゃないかなって思ったんですよ。
例えば得意なことって当たり前だよって、自分にとっては当たり前にこなせること、自然にできることが得意だよっていう概要はみなさん掴んでると思うんですけど、僕好きも結構当たり前なんじゃないかなと思っていて、
好きに関して言うと、これぐらいの知識はみんな持ってるんじゃないって思っちゃったり、これぐらいの興味の温度感というか、塩梅ってみんな持ってるもんなんじゃないって、僕思ってる節があるような気がしたんです。
僕はそうだったんですよ。だから自分の持ってるそれを好きだということに気づかなかったみたいなことが正直あって、僕がそれを感じたのが雑学だったんですよ。僕は雑学が結構好きなんですよ。雑学とかトリビア的なザックバランな知識みたいなのが結構僕は好きなんですけど、
それが好きとか他の人より持ってるっていう事実に僕は結構気づいてなかったんですよ実は。これぐらいみんな持ってるもんじゃないみたいな、みんな知ってるもんじゃないよみたいなっていう感覚があって、今雑学を取り上げたんですけど、
例えば生き物とかでも僕はこれが言えてて、僕は結構旅行先とかで自由な時間、自分一人自由時間があると、旅行先の水族館とか動物園とか行ったりして、生き物の生態とか書いてあるんで見たりするんですけど、
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それが当たり前だと思ってたんですよ、それをするという。みんな動物って言って僕は好きだと思うし、空いた時間があったら水族館とか動物園とかにお邪魔してほうほうっていって眺めるのって別に何ら不思議じゃないと思ってたんです。みんなやってることだと思ってたんですけど、でもみんなやってなかったんですよ。
これ聞いてる人的には、やらんけどなぁって聞いていると思うんですけど、僕にとってはそれが普通のことだったんですよ。これって好きも得意と同様に、いい意味で人と比較してみないと気づかないんじゃないかなって思ったんですよね。
だから好きがないって言ってる人って、もしかしたら自分の持ってる熱量というか、知ってること、知識の深さみたいなジャンルが当たり前だと思ってて気づいてないっていうパターンがあるんじゃないかなと思ったんです。僕がそうだったから。
とりわけ自分が突出してるっていうことに気づいてない。みんな同じくらいの水準だと思ってるっていう節があるなっていう気が、僕はありました。
なんだけど、なんでそれに気づいたかっていうと、人と話したからなんですよ。人と話して、え、なんでそんなこと知ってるんですか?みたいな反応があったもんだから、あ、これはいい意味で自分が変態側なんだなと思って。自分が異常側で、周りの人はこの水準じゃないんだなみたいなことを自覚したんですよ。
だから、自分の中では好きっていうものが普通のことというか、これに興味関心を持つのは普通で、これに熱が乗るのは当たり前のことでって思ってることも、言い方を言うんですけど、そこに微塵に疑問も興味も抱かない人がいるんですよ。
ってなった時にそこで初めて、あ、これは自分が尖ってるんだな、自分が突出してる側なんだな、自分がこれが情熱的で好きなんだな、みたいなことに気づくっていうシーンがあるなと僕は思いました。
だから自分にとっても、好きもまた当たり前化しちゃってる可能性はあるよねっていうのが1点。ここから好きの自覚というか、これが好きなんだみたいなのを妨げる可能性があるものってこういうものなんじゃないかなって思ったので、それもちょっと話していきたいんですけど。
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まずは今話した当たり前化しちゃってるってことですね。自分の中で、これって当たり前じゃない?普通のことなんじゃない?ってなっちゃってるから、自分が尖ってる突出してるってことにまず気づいてないっていうパターンと、2つ目が好きでいても役に立たないっていうことかなと思いました。
結局これだからまず僕が最初前提の時点で、仕事にするという、今日ここで話す好きは仕事にすることは前提としてないですよって話してるんですけど、この好きでいてもしゃーないよねみたいなものっていうのは好きじゃないっていう判定を下してしまってるんじゃないかなっていうのをちょっと思ったりもして。
例えば僕が昨日話した、昨日ねスタイル取ったんですけど、今時期のガッシュって僕が好きなんですけど、これを好きだったとて直接的にすごい何か利益を生むかっていうのは全然そんなことないんですよ。
僕が例えばサンレイさん小学館さんとかライクマゴスさんからお金をいただく別にわけではなくて、単に好き以上の役には立たないんですよ。僕が好きである話したい語りたい以上の役には立たないっていう現実があって、こういうのってそこそこあると思ってるんですよね。
例えばアイドルが好きとか創作物が好きみたいなパターンって、好きであっても身も蓋もないこと言うんですけど役には立たないよね。じゃあそれって好きじゃないってことにしようみたいな。そういうわけではないと思うんだけど、好きでいてもしゃーないよねっていうところで好きっていう自分への認知を濁らせてるんじゃないかなっていうのを思ったのが2点目。
3点目が自分よりもっと詳しい人好きな人がいるからそこと比べたら勝てないよねっていう比較パターン。これもあるかなと思って。これなんなら僕がやってる節があると思う。多分なんだけど。
僕が例えば、結構僕が好きなものを熱烈に語る人だから、語る人になったんだけど、昔と比べたら。受講当時とか終了してすぐとかはもっとガード固くて、もっとしゃべらなかったから、こんなにはしゃべらなかったと思うんだけど、最近こうやって聞きとして、自分はこうでこうでって話すようになったんですよね。
その影響もあってか、例えば自分のことこんな言い方するのがあれなんだけど、そうさんほどは語れないわ私みたいなのでちょっと萎縮しちゃうんだよっていうパターンがあるんじゃないかなと思ったんです。
もっと詳しい、もっと好きな奴がいるから自分は好きじゃない。これもね、なんかもう僕は身も蓋もないことだと思っていて、例えばその昨日話した金色のガッシュ一つとって、ライクマコトさんより僕は詳しくないし、作者のライクマコトさんより一番詳しいだろうっていう感覚もあって。
例えば先週の三倉さんも言ってくれたんだけど、好きに浅いも深いもないみたいな、新規も濃さも別にないからって本当にその通りで、他者比較理論を出すと、世界一詳しいとか世界一情熱的な奴以外が好きじゃないかっていうのはそんなことないから、
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アーティストのライブとかに駆けつける人とかCD買う人とかって、それって何万人って言ってもみんな好きじゃん。共通して好きな人だから。そこの比較は結構不毛だと僕は思います。何も生まないというか。
自分より上がいるからって言って、自分の好きを批判、否定するべきではないんじゃないかなっていう風に思ってます。次4つ目が年齢とか、もっと抽象的にすると世間体みたいなのも一個好きを僕に濁らせるかなっていう気がして。
これどういうことかっていうと、その年で〇〇が好きなんて、みたいなそういう風潮。こういう外野の声みたいな。理想は耳を貸さなくていいが理想だと思うんですけど。あると思うと、例えば僕だったらゲームすっごい好きなんですけど、最近はどんどんそういう風潮って薄れてきたかなって思うんですけど。
ゲームは結構子供のものみたいな、なんとなくのイメージ感あるじゃないですか。その年でゲームするなんて、じゃあこれ好きでいるんやめとこうみたいなのもあると思っていて。他にも例えば、最近こういうトークをしたんですけど、例えば40歳とか過ぎてキュンキュンするコンテンツとかが好きみたいな。
例えばヨンサマブームとかあったじゃないですか。ああいうのにときめくなんて、みたいな。別にいいじゃねえかよって話だと思ってて。すごいちょっとここから極端な例というか、ちょっとアンダーグラウンド的な例を出すんですけど。
例えば、アダルトコンテンツが好きみたいなのって、別にいいと思うんですよ。急に極端な例を出すんですけど。まずそれを公言するとか、シェアするとか、人と分かっちゃうとか、僕みたいに語るとか、誰かに話すみたいな。
これは選べばいいと思うんです。正直その人が。まあその秘密にとっておくか、周りに開示するかみたいな。それは何でかっていうと、それによって自分の印象とか変わる可能性ももちろんあると思うんだけど。
心って僕選べないと思っていて。心とか感情みたいなものって。好きになったという事実はもう選べないじゃないですか。それを言うか言わないかは置いといて。好きになったという心とか感情は僕否定はしなくてもいいと思ってるんですよね。
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だからそういうアングラ的なコンテンツが好きになったとして、好きになったという感情は別に認めてあげてもいいと思うんですよね。もっと言うと外野の声なんか気にせず好きって言えるのが理想ではあるんだけど、それは僕は強制はしなくて言う言わないは任せればいいと思うんだけど。
とはいえそういう声ってあると思うんですよ。その年になってゲームするなんてとか、その年になってぬいぐるみが好きなんてとか、その年になって恋愛小説とか恋愛物が好きなんてみたいな声ってあると思うんですけど。こういうのは年齢以外にもあると思うんですよ。その立場でとかってあると思うんだけど。
うるせーボケかすって話で僕は終わると思うんですよね、この辺は。だけど出すか出さないかは置いといて、好きでいることは別に否定、自分がそれ否定しなくてもいいかなって思いましたね。みたいな自分の好きへの認知っていうのを濁らせる要素はありそうだなと思いました。
そんなんをどこでわかるかって言ったら、僕の場合は人と話してわかったっていうのがありますね、この1年ちょっとぐらいの間に。びっくりするんですよ、なんで興味ないの?なんで気にならないの?ってなるときがあって。逆に相手からはなんでそんなこと知ってんの?みたいな話になるし。
あとは人と話してるときとかの僕の印象を聞くと、めっちゃ楽しそうに話してたよとか、めっちゃ危機として語るじゃんみたいな。武士が出てるよ、武士が。そこで初めて、好きってこういうことだったんやな、みたいな感覚になることがあったんですよ。
僕もまだみんな好きがあるし、これから好きが増える、減るは多分あると思うんですよ。前まで興味持ってたものの興味が薄れて、反対に新しく自分が吸収したものが好きになることはもちろんあるかなと思うんだけど。
結構、好きっていうものに対しての、みんな鈍感なんじゃないかな、鈍感な人は鈍感なんじゃないかなという気がする。あえて人と話しもしないから。
そうやって人とシェアしたり話したりしてみて、なるほどなってなることはもしかしたらあるかもしれない。とはいえ、いきなりボンって出力するの怖い人はいると思うから、その場とか人とかは選べばいいと思うんだけど、僕はそういうふうに思った。
話して自分の異常さとか、いい意味で変態さみたいなのがここか、気づいたし、なんでみんなここに追いついてこないんだろう、なんでこれに興味がないんだろう、これになんで疑問を持たないということができるのか、この熱量っておかしいみたいな感覚になったから、これが好きか。
腹落ちまでいくとちょっと堅苦しい表現になるんだけど、ってなって、これが自分の好きでいいんだ、好きでいいんだっていう安心感もあったかな。
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たぶん結構、もしかしたらこれを聞いてる人にも、これが好きでいいの?この感情感覚が好きでいいの?みたいな人いると思うんだけど、話してみると本当に自分の熱量、知識みたいなのに全然、これが違いなんだけど追いつかないんですよね、周りが。
だからそこで、これが好きなんだなって、わかるって感じですかね。
あとね、これ言っていいのかな、言っていいのかなと思って。
やっぱり好きなことの検証ってね、時間かかるかも、率直に思ったのが。やっぱり2,3週間とかで好きなことの検証ってするの難しくって、たぶん難しいと思います、僕。
たぶん本当に好きなことの検証しようとすると、2,3年とかかかるんじゃないかな。なんだろう、一生かかるんじゃないかな。
だから自己理解って一生だよっていうのがそもそもかもしれないですけど、2,3週間でポンポンってやって、これが好きなのかなってジャッジするの、僕、むずいと思いました。
この終了してから1年ちょっと以内の間に。
書くより僕も、たぶん終了してすぐよりも、生き物が好きでいいんだっていう感覚は増したと思うんですよ、確率に。
なんでかっていうと、終了してからめっちゃ水族館とか行ってるから。
で、人とそうやって生き物の話とかもしてるし、もちろん他の好きも語られてない好きとかもあるから、そういうのがどうなのかっていうのは要検証でもあるんだけど。
それといろんな経験とか、終了してからの足を運んだ経験とかで、やっとこれって好きよなーみたいな感覚が増したなっていう気はするんです。
自信を持って好きと言えるっていう感覚なのかな、みたいなのがあるんで。
だからまあ、やっぱ好きってもしかしたら一生かかるかもしれないね、好きの検証ってね、もしかしたらね。
でも僕は結構前よりも好き度合いというか好きの確信度合いみたいなのが上がったコンテンツはちょいちょいあるかなって思ってるし、
あとは率直にこうやってペラペラと喋れるように慣れてきたっていうのもあって、
この2つから僕は結構危機として最近は語れるようになってはいるんですけど、
もしかするとこれを聞いてる人の中で、あ、もしかすると好きに対してのアンテナとかカンダみたいなちょっと鈍ってるかもとか、
僕がさっき言った鈍らせる要素って多分こういうのあるよねっていうので、ちょっとそこまでの好きないかもっていう人はいるかもしれない。
あと、もしかしたら本当にいるかもしれないんだけど、好きがないっていう人が本当にいるかもしれないんだけど、
これ多分ね、まだ出会ってないだけとかじゃないのかな。
僕もね、信じられないかもしれないけど、前までこんなに語らなかったんですよ。こんなには。
もっと多分、寡黙というか、自分のことあんま話さなかった人なので、今でこそこうやって話してるんですけど、
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そんな僕でさえも、やっぱ好きだなっていうコンテンツがちょいちょいあったから、多分ないってことはないと思うんですよね、さすがに。
それこそ気づいてない。自覚できてない。これが好きでいいという安心感がない。
好きなんだけど、それを自己開示はできないみたいな。この辺に落ちてくんじゃないかという気がした、僕は。
気がした以上のことは分からない。僕もそこまで好きの、めちゃくちゃ人の好きを探求してるわけじゃないから。
一応僕の感覚としてはそんな気がしたんで、今日はそういう話をちょっと取ってみました。
今日はだから、僕の好き語りをするんじゃなくて、そもそも好きじゃない人っていうのは多分いねえよって話をちょっとふと自分の内省というか頭の中でぐるぐる回ったんで、
それをちょっとこうやってスタイフに残してみたっていう感じです。話はおしまい。
じゃあ、これで終わります。ありがとうございました。
もしこれ初めて聞いた人で、他のスタイフ聞いたことないよって、僕の他のやつ多分前まで9本ぐらいあると思うんですけど、もしよろしかったら聞いてやってくれると嬉しいかなと思います。
こんな感じで僕は気まぐれにゆるりとやってるので、特に定期で出すかも分からないですけど、そんな感じでお付き合いください。
ではでは、バイバイ。