1. 神田大介の経験
  2. 学校祭に行ってない
2024-12-13 10:54

学校祭に行ってない

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1年生のボートの試合っていうと、まずは9月にですね、名古屋レガってなって、ただですね、なんかインチキ臭いというか、そもそも名古屋市内にボート部がある学校ってないんですよ、ほかにね。
昔は、昔はっていうか1年前だったのかな、なんか東海高校が、東海といえばもう私学の名古屋の名門ですけど、やってたらしいんですけど、それもなくなってて。
だからお酒ごっこしか出ないんですよね、高校の部みたいなのね。
で、そうするとどうなるかっていうと、先輩たちはその後新人選、我々も出るんだ、新人選。新人選っていうのがちょうど10月かなんかにあるんですけども、そのちょい前にあるのが名古屋レガッタなんですよね。
名古屋レガッタがあるのは、いつも私たちが練習をしている中川雲河なんで、もうホームですよね。
で、中部電力とか、中京大学だったかな。大学の部、社会人の部みたいのもあるんですけど、高校の部ってほかに出てくる学校がないんで、だから名古屋で出ればですね、朝日岡高校の中でですね、Aクルー、Bクルー、Cクルーってあって、それの順位争いになるんですよね。
しかもすげー適当だなと思ったんですけど、名古屋レガッタっていうのは市民スポーツ祭っていう名古屋市のイベントの一環として開かれてるわけですよ。
だからシスポって言ってましたけれども、名古屋市において様々なスポーツをやっている人っていうのの活動を促進していこうということでやるわけです。
だから、例えば野球部とかサッカー部とかメジャーなスポーツでもやってる、他のスポーツでもやってるけど当然バスケラバレラみたいなところでも。
そうするとその人たちにとってはシスポってすごい重要な大会なんですよね。
それそうですよね。名古屋市全域の学校が集まってきて羽起きそうわけですから、ほぼほぼ市大会ってやつですよね。
しかもその1年生とかも少し実力をつけてきた時期だから余計に重要っていうのがあってですね。
結構それにウェイトを置いてる学校もあったように聞きますけれども、なんせ1校しか出てこないからね。
しかも参加人数がすごい少ないんですよ。
おそらく市の予算的にはどのスポーツに対しても均等にメダルとか割り振られてるんですよ。
だからすげー緩くて運営の人たちがメダル余ってるから好きに持ってっていいよみたいな。
別に優勝もしてないのに金メダル持って帰れるっていうですね。
そういうことがありましたね。
まあさすがに今そんなことはなってないんじゃないかなと思いますけど。
古き良き時代ということですね。
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でそのシスポの名古屋例があって、その後は新人選ですね。
新人選はちゃんとしたやつ。1年生2年生しか出られない。3年生はもうその大会には出られないんですよね。
世代が交代して最初の試合ってことで。
3年春のインターンハイ予選っていうのにみんな標準を合わせてやってるわけなんですけども。
2年生の秋の新人選っていうのが一つのですね大きい区切りになっていて。
冬はボートって濃いで沈むと死んじゃう可能性あるんで水温が低いですから、冬は凝らないんですよ。
だからもう行ってみれば春からの集大成をその新人選で競うということになりますからね。
新人選は愛知池だったかな。
愛知池っていうのはですね、日清、東郷町か。
鶴舞線の終点が赤池って池がありますけど、そこから先は豊田線になるんですが。
日清、米の木の池から近いのが愛知池っていう池ですよ。
湖じゃないんだね。
愛知池行って、そこでボート越えれましたね。
で、その時は朝日高科Aクルー、Bクルー、Cクルーみたいなことで。
どういう分け方したのかな。
Aが多分先輩たちですよね、2年生。
でも5人しかいないのか。
シングルもいたけど。
あれ、Bクルーもいたか。
そうですね。
2年生が2つクルー作ってたんだな、たぶん。
1年生はクルー1つだな。
僕の同期は全部で9人で、シングルで出てたやつが1人。
鈴木邦明。
あれ、あんま覚えてないですね。
まあいいや。
とにかく試合に出るんですけど。
あ、でも確かそうだ。
分かった、思い出した。
2年生の先輩と混合でクルー組んでましたね。
だから試合が終わった後、その先輩のところにジェルみたいなやつを持ってきましたもんね。
宮沢先輩にね。
宮沢先輩だけだったのか、2年生は。
そうやって考えると宮沢さんもちょっと不倫な感じがしますけどね。
いわゆるAクルーには入れなかったんだな。
1年生と一緒にコグっていう、ある種指導役みたいな感じになって。
ボートは我々が乗ってたのは4人でコグ。
フォア、シェルフォアっていうものだったんですけども。
今ね、高校のボートスポーツとかなくなってますけどね。
シェルフォアっていうのがあって。
コックス、カジトリが1人いるから全部で5人で乗るんですけれども。
コックスがそうですよ、私と宮中で一緒だった尾又くんですよね。
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宮中では全然知らない人で、高校で同じ部活に入ってるのに特別仲良くないっていう。
尾又くん。
先輩とかのほうが仲良かったね、同級生でもね。
でも鈴木孝博くんって仲良かったですけど、まあいいや。
成長が、成長、ストローク、成長という小池の中では一番前にいる人が宮沢さんで。
僕はたぶん3番って言ってその後ろに座ってましたね。
2番バウって誰だったっけな。
覚えてないな。
しかも宮沢さんがいたクルーともう1クルーうちの学年はたぶんありますね。
まあ、なんかそういうことですよ。
とにかく新人選出て、新人選なんか全然勝てやしないんで早々に敗退してね。
まあそんなもんだろうなぐらいに思ってましたけどね。
で、冬に入っていく。
冬は冬でね、ひたすらウェイトトレーニングをしてるんですよ。
あと走る。時給走ね。
いやー、なんかだから。
あとね、船を修理するんですよ。
ボートの練習に使う船を自分たちで直すんですよね。
エポキシとかガラス繊維とか、高校1年生が今まで聞いたこともないようなものがいっぱい出てきて、
あとなんかナットを締めたり緩めたり。
なんかダブルナットっていって、こういう締め方をすると部品が外れにくくなるみたいなのが。
これ何の部活やってんのかなって、木工部かなんかに来たのかっていう感じのね、
絵はありましたけれどもね。やってましたよ。
当時の邸骨さんほんとにね、ボロボロの倉庫でね、夜になると真っ暗になっちゃうんですよね。
で、だからそこに裸電球が一個だけぶら下がってて、その明かりを耐えるように。
あんなことやったら目悪くなると思いますけど、作業してましたね。
結構ね、ボートって繊細で、ちょっと角度が変わっちゃったりすると、漕ぎに影響が出るんですよね。
なんでそこをね、メタルって言ってましたけど、鉄の板みたいなものを挟むことによって角度を調節したりとか、
なんじゃらかんじゃらやってましたね。
どうしてもやっぱり誤って強脚に船をぶつけちゃうことがあって、そうすると当然壊れますから、
そこの部分をエポキシとかガラス繊維とかで補強をするっていうか、補修をするんですよね。
で、冬も邸庫の中にウェイトトレーニング用のバーベルとかがあって、
あの重りなんて言いましたっけ、とにかくそこでベンチプレスとか、それもなんか汚ねえ、
木でできた椅子みたいなのを組み立てた、ちゃんとしたウェイトトレーニング用の機材なくて、
どっか古い学校から持ってきたんじゃないかみたいな椅子を組み立てて、それでやってましたよね。
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何だったんですかね、あの施設。多分何十年も前から変わってなかったんじゃないかっていうね、そういうとこでしたね。
暗いから、ボートってね、リガーって言うんですけど、オールを固定する場所っていうのが船からはみ出した場所に出てるんですけど、
それにね、腹とか引っ掛けるとね、すごい傷できるんですよね。痛かったですね。
結構ね、なんかそういう、スポーツの怪我じゃない怪我がありましたよね。
だから船にぶつけてできる怪我みたいなのとか、暗くてよく見えないでできる怪我とかね。
なんであんなことがあったんですかね。でもやってましたね。
体力はどんどんついていったんで、そこは地震につながったんでしょうけど、
なんか地震とかそういうことじゃなくて、部活をやることが中心になってたんで、
自分がどうあるべきかみたいなこととかって全然関係なくやってましたね。
そうそう、言い忘れましたけど、新人選が毎年必ず学校祭の時期と重なるんですよ。
だから私は高1、高2って全く学校祭に参加してませんね。
中には部活の試合終わってから学校祭に夜だけ行ってることがいたんで、
俗人的な話かもしれませんけど、私は一切行ってません。
なのでどうせ本番も行けないからっていうんで、準備も全く関わってないんですよ。
クラスには溶け込んでないというか、別にいじめられてるとかそういうことは全然ないですよ。
普通に友達とかもいましたけれども、学校祭にはとにかく何にも関わってなかったですね。
学校祭でほれた晴れたみたいな感じなんですけど、一切何にもない青春でしたね。
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