1. 神田大介の経験
  2. 中学受験とわたし その①
2024-09-30 10:12

中学受験とわたし その①

サマリー

中学受験の経験を通じて、受験勉強や模試の重要性、志望校選びのプロセスを振り返ります。また、長男の受験体験を語る中で、適応する際の課題や日本の教育環境の多様性にも触れます。

中学受験の概要
子供が二人いまして、長男と二男。これを撮っている段階だと、長男が中学二年生で、二男が小学六年生なんですけれども、六年生の方は、中学受験なんですよね。ということで、今頑張ってやってますね。
思い出しますね。長男の頃、夏休みには書き講習みたいなのがあって、それが終わって9月になると、今度は週末に模試みたいなのが入るようになるんですよね。模擬試験、テスト。
志望校の合格できるかどうかというのを判定するようなテストであるとか、それから志望校に絞ったですね、例えば、和世田だったら和世田、慶応だったら慶応に出そうな問題みたいなのを塾が予測して、
あとスタイル、それぞれの学校で違いますから、それに模した問題を作って、テストをやると。これあれですよね、私は中学受験ってやってませんけれども、大学入試でもありましたよね。
私は大志望がひとつばし大学だったので、ひとつばし模試みたいなのがありましたもんね。形式もね。一般的な模試って、みんながどれくらいの学力があるかというのを測るものですけれども、そうじゃなくて、ひとつばしの出し方があるわけですよね。
社会だったら、私は世界史選択でしたけれども、世界史だったらこんなような傾向の問題が出ると、四百字で小論文を書かせるみたいな、そういうのが出てくると。やっぱり同じなんですよね、中学受験でもね。
っていうのがあったりとか、まだ始まったばっかりですけれども、これから10月、11月、12月とありますよね。1月になるともう本番ですね。1月首都圏の場合は、栄東中学校というところが有名で、そこから始まっていくわけなんですけれども、すごいですよ。
日本でもね、受験者数が一番多いとかなんとかっていうふうに言ってましたけれどもね。東大宮っていう駅からですね、大宮の隣ですよね。みんなゾロゾロゾロゾロ歩いてくるんですよね。
あれまた今年もやるんだなと思うと、なんとなく。でもこれで終わりですもんね。感慨深いような、そうでもないような気もしますけれどもね。坂井駿もいい学校ですよね。遠いんだよな、うちから。
受験料もそんなに高くなくて、安くないんですけど、当たり前ですよね。だけどなんていうんですか、合格しても入学金の支払いとかそんなにすぐにしなくていいっていう、他の学校の見てからうち決めてくれればいいですよっていう、わりかし応用な性格の良い感じのと言いますか。
坂井東って結構中学受験をする子供を持つ親からは好かれてるんですよね。教学でもありますから男女ともに受けに行きますし、なんとなく首都圏の中学受験を経験している親はうっすら坂井東に好感を持っているっていう、なかなかこれも大したものだなと思いますよ、実際。
受験でご縁がなかったとしても、やっぱりその学校のこと嫌いになってほしくないですもんね。会社も一緒ですよね。だから泣いて取れなくても、その会社の商品のこととか嫌いになられちゃったら元も子もありませんもんね。そんなこと、私の時代とか誰か考えてたのかなっていう。
何の話をしたいかというと、中学受験のこととかもうどうせすぐ忘れちゃうんで、ちょっと今知っている間に話しておこうかなと思ったんですね。私の視点でですね。結構他のところでも話したりはしてるんですけれども、あんまりがっつりと話してない気もするので、そもそもなんで中学受験をしてるのかっていう話からしようかなと思うんですが、
これはですね、別に最初からしようと思ってたわけじゃないんですよね。だから、うちの子供って、なんかそんなに中途半端なんですよね、いってる時期がね。いつからしてたんだっけな。はっきり覚えてないですけど、
がっつり塾に行く子っていうのは、だいたいもう4年生、3年生の2月、中学受験の世界って2月が区切りなんですよね。2月の勝者っていうね、中学受験の漫画がありますけれども、2月1日が首都圏の場合だとですね、いわゆる本命校みたいなところを受けるんですよ。東京の学校はそうですね。
だから、後産県って言われる海西麻布武蔵、それからね、例えば大瀬田とか、それともなんかみんなが知ってるような学校。だいたい2月1日に試験が重なるんですね。で、筑波大学付属小間場中学校は、いつだっけ、3日だっけな。なんかちょっと日付がずれるんですよね。
2日に受験する学校があって、3日に受験する学校があってみたいな、だいたいその辺までにですね、いわゆるその本命の学校というのはみんな受けると。女子もそうだと思います。うちは女の子はいないんでね、あんま詳しいこと知らないですけれどもね。で、そういう学校が2月に受験が固まるんで、だいたい2月の第1週、第1週って言っていいのかな。
2月1日、2日、3日、4日ぐらいまでに、おおよそ受験っていう型がつくんですよね。ほとんどの人は。で、首都圏だと千葉県とか埼玉県ってもっと早いんですよ。1月中にそういう受験があるので。
神奈川県はだいたい東京都と一緒ぐらいのスケジュールですね。といったことがあるので、塾も2月で一区切りなんですね。だから新6年生みたいなことを言って、5年生の2月にはもう新6年生が始まるんですよね。
3年生の2月に新4年生というのが、だいたい一般的な中学塾、兼業、新学塾の入る時期なんですけれども。確か長男はそれにビタッと入ってなかったんじゃないかな。細かいこと忘れちゃいましたけどね。
まだ3年生とかで別に塾とかいいだろうみたいな感じもありましたしね。どういうことか。うちの長男は幼稚園まではイランにいたんですよね。私の仕事の都合で。
ちょうど新学期が始まるときに、1年生の新学期が始まるときに日本に戻ってきたんですね。小1から小6まで同じ小学校に通ってましたけれども、日本の学校にまず馴染むっていうのが最初じゃないですか。
それまでは日本語もそもそも家以外では喋ってなかったわけですからね。ペルシャ語ペラペラっていうね。現地のイラン人もびっくりするぐらい、本当にペルシャ語上手ねっていうぐらい超ネイティブだったわけですよ。幼稚園もすごい自由な雰囲気だったんですよね。
そうでなくても日本でも幼稚園、保育園っていうのは小学校に比べると全然自由ですよね。長男の場合は、まずそういういろいろなカルチャーギャップみたいなのも含めて、日本の学校に順応していくっていう期間が必要になったわけですよね。
取り立てて別に大きな問題はなかったです。いわゆる不登校になるとか、あるいはすごく友達とうまくいかないとか、日本語ができないとかっていうのも全然なかったんですけれども、ただですね、日本に来て、あれや東京に来てって言ったほうがいいんですかね。選択肢の広さに面食らうっていうことがありましたね。
もちろんイランにも学習塾とかあるんでしょうね。ただ別にうちの子どもをイランで進学させようとは全く思ってなかったんで、テヘラン大学に行ってほしいとは思ってなかったんで、そういう道もあるんでしょうけどね。
イランからの帰国後
なんでそういうのはやってなかったですし、スポーツとかもありました。そうややってたな。なんかインラインスケートの教室みたいなの行ってたりとか、あとなんか知らないですけど空手の道具みたいなの買ったんで、あれは幼稚園でやってたんですかね。なんか空手かなんかやっていたんだろうと思いますけどね。
そうだ思い出して、なんかイランの幼稚園でね、お宅のお子さんはね、本当にフランス語を勉強したいっていつも言ってるんですよとかって言われて、はあそうなのと思って、なんか追加してお金を出すとフランス語の講座が受けられるみたいなことで、そんなに言うならねと思って受けさせましたけど、なんか当人の口からそういう言葉を聞いたことが一番ないんですけどね。
今のフランス語なんか全然覚えてないですしね。ペルシャ語も忘れちゃいましたけどね。
イランにもそれはね、テヘランって大都市ですから850万人住んでるような隣の町とかを含めた都市圏でいうと1500万人ぐらいいるでしょうから、いろんなことできるんですけど、いや非じゃないんですよね、東京ってね。
何でもできる。私名古屋出身なんですけども、非じゃないですね。ありとあらゆるものがあって、さあお子さんの能力見極めるんでしょ、見極めたいんでしょ、どこ行くんですかみたいな感じなんですよね。
っていうのがね、最初の印象ですね。
10:12

コメント

スクロール