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80年前の惨劇を13歳少女が証言…福岡大空襲のリアル(前編)
2025-06-17 08:41

80年前の惨劇を13歳少女が証言…福岡大空襲のリアル(前編)

第二次世界大戦末期、日本の主要都市は空襲、つまり民間人も殺害する無差別爆撃にさらされました。その被害を受けた都市のひとつが福岡市です。「福岡大空襲」から間もなく80年となる中、当時13歳だった女性からの証言を、RKB毎日放送の神戸金史解説委員長が6月17日放送のRKBラジオ『田畑竜介Grooooow Up』で報告しました。


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イリカミネ イリカミネ 抱きしめて 毎日だけ 切られて 切られて イリカミネ
三菱電機
日替わりコメンテーターによる解説で日々のニュースを掘り下げるブラッシュアップ。
火曜日は、RKB神戸金文解説委員長です。
神戸さん、おはようございます。
おはようございます。
今日の長官をまた見ていますと、イスラエルとイランの攻撃ですね。
朝日新聞の一面トップは、イランの発表で、13日の抗戦開始以降に224人が死亡し、9割以上が民間人だと発表したという記事が出ています。
すごいですね。映像を見ているだけでもちょっと怖くなってきますしね。
爆発の下に一人一人人間がいるということを考えると恐ろしいですね。
一方、読売新聞の一面トップは、戦後80年、沖縄という連載が始まっています。
鉄の暴風、家族、飲む、犠牲、おばあが、おじがということで、沖縄戦80年前ちょうど今はすごい状況になっていました。
6月23日が組織的な戦いが終わったということで沖縄の日になっていますけれども、その直前、本当に惨劇が繰り広げられて、沖縄だと戦没者数は日米合わせて20万人と言われていますが、沖縄県民も統計を見ますとですね、
一般県民、軍人除いて一般県民で9万4千人ってあるんですけれども、これは昭和19年と昭和21年の人口を考えたときにこのくらいだろうと推計した数字、はっきりわからないわけですね。
20万人のうち半数近くが一般県民だったということです。
こういうふうに民間人を巻き込んだ戦いというのが、現代もそうですが80年前にも行われていた。
そして福岡に関して言いますと、福岡大空襲が1945年終戦の年の6月19日の夜に起きました。
もうあさってですね、の夜ということになりますが、夜11時ぐらい過ぎからだったそうですが、
米軍の戦略爆撃機P-29が200機を超える大変態を成して有明海から佐賀県、瀬振産地を超えて福岡市の上空に侵入してきた。
上を見るとちょっと想像できると思うんですけど、200機ですね。200機以上ですね。
深夜午後11時過ぎから2時間、住宅密集地に焼夷弾をばら撒いたということです。
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日曜日にですね、旧すのこ小学校の隣にある縁野寺、すのこ地区というのは非常に被害が激しかったところなんですけども、
そのお寺縁野寺さんで戦災死者慰霊祭、80年記が開かれました。
その時に入江住子さん、93歳の方ですが、がいらっしゃって発言をなさっています。
当時江戸女学校の生徒、13歳だったということです。
20年の6月19日の晩は普通じゃない父親が、今日は絶対普通じゃない空襲。
みんな起きれ起きれって、いつも頭には防空付近持ってましたけど、それを首に巻いて、寝る時は枕の代わりにして寝ておりました。
4歳ぐらいの時には母が半身不遂で寝たっきりでおりました。
それで父親が男帯のへこ帯って言うんですか、あれで母をおんぶして、
あと姉と妹と4人、女でばっかり4人、お父さんお母さんで6人で逃げました。
一番大きい布団をみんなで四隅に抱えて、母を父がおんぶしたのを守ってずっと浜まで来ましたけど、浜まで来た時にはもうお布団がどこにいたかわからないようになって、
その後、防空壕は3つぐらいあったんです。
でもその防空壕には全然入らなかった。
母だけ入れてください、足だけでも頭だけでも入れてください、
ちょうど6月で防空壕はもう水浸しだったんです。
膝の上ぐらいまでの水の中に入って、あと3人と父親と4人はもう全然防空壕に入れなくて、
もう照明弾で言うんでしょうか、空がすごくアリが這うような明るさになるんです。
そしたら照明弾がすごいと落ちてくるんです。
落ちてくる時にバーンと束ねたベルトが外れるんですね。
そしてその照明弾が明るいから家にどんどん突き刺さって落ちていくのが本当にわかって、
身動きもできなくて、でもうちの家族は火傷ひとつなくて、
いつ当たる、いつ落ちてくる、いつ落ちてくるという、
これ見て箱崎の方からどんどん飛行機がぶつかるんじゃないかというぐらいの数で来るんです。
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それを目の浜の方に飛行機が行ったと思ったらまた目の浜の方からまたこっちに来るの。
行きも帰りも照明弾、照明弾、照明弾、今考えてみてもどうしてこんなに私が生きておられるのか、不思議だよ。
うちの家族は火傷を負ってなかったんですけど、夜が明けるとともにみんな倒れて、防空壕に入ってなかった人はたくさん死んでありました。
13歳の少女が見た福岡大空襲の様子ですが、本当にリアルな、防空壕は水浸しだったんだなとか、
真夜中なのに照明弾で明るくて蟻まで見えるぐらいだったとか、200機以上の大変態が頭の上を飛び交うという光景。
箱崎から目の浜から往復往復という形で焼夷弾をずっと落とし続けていた。
朝起きたら不発の焼夷弾がいっぱい突き刺さっていたそうですね。
その小学校のあたり、大手門から御福町が見えたそうです。
赤坂交差点と御福町交差点が投下目標だったということでした。
この福岡大空襲の話は後半のキャッチアップでも続けたいなと思っています。
ここまでブラッシュアップでした。
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