神戸金史 のBrush Up
2023-10-31 09:28

神戸金史 のBrush Up

RKB解説委員 神戸金史
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00:07
イリカミネ イリカミネ 抱きしめて いつだって 切られて 切られて イリカミネ
三菱電機
毎週火曜日のこの時間は、 神戸金史のBrush Upです。
今日は何にしようかなと思って 長官を呼んでいたんですけど、
ふとちょっと思い出したことがあって、
RKBのテレビの放送では、ある人の オンラインのインタビューを取り上げたことがあって、
その人から、放送自体は良かったんだけど、
デジタルでアップした時に、ちょっと印象が 違うんじゃないかって言って、
注文が届いたことがあったんですよ。
大きな相互はないんだけど、
全体としてこういうことを語ったのに、
その一部が活字になってくると、
これだけ言ったように見えちゃう、 ということがあったんですね。
僕らの取材して出していくっていう仕事は、
一部を抽出していくことでもあるので、
よくあることではあるんですよ。
ただ、その時にいつも僕らが若い記者とか ディレクターさんに言ってたのは、
そぎ落としてしまったものが、
インタビュー以外のところの原稿に 生きるような感じで、
少しでも反映されていると、
絶対に文句は来ないよって、 よく若い人たちに言ったんですね。
それは逆に言うと、都合のいいとこだけを使っちゃう。
これが来た、この言葉を言ってくれたら ありがたいと思って、
そこだけ使っちゃうっていう目的でやっちゃうと、
こういうことが起こるんだよね、 なんて話をしてたんですね。
つまり、ストーリーを作るってよく言われてますね。
僕らに対する批判としてもあるんですけど、
物語。この物語っていうのが、 今日、長官にいくつか出てたんですよ。
朝日新聞の一覧で、
元大山戸乗組員の原作とする映画を見て、
ずっとそれから、
戦艦大和を70年間追い続けてきたという方が いらっしゃるという一覧があったんです。
ここで、さまざまなことを明らかにしていくんです。
在野の研究者として。
その中に書いてあった言葉が、
軍人を英雄視したり悲劇を強調したりする 戦争の物語化は行わず、
日米両国の資料を駆使して 事実を求めることに徹してきた。
物語。
こういうことってすごく大事なんですよね。
こうあってほしいっていうのが先に立っちゃうと、
物語を作りたいっていうのが先に立っちゃうと、 事実からずれてくる。
先ほどの話も同じですけどね。
もう一つ今日毎日新聞ですけど、
人を動かすナラティブっていうタイトルがついている、
イスラエルとハマスを描いている記事が出てたんですね。
03:02
ナラティブっていうのは物語とか語りっていう意味なんですけど、
これ、このところキーワードにちょっとなってまして、
今回のこの記事では、
イスラエルは弱者として、
アラブの大国との戦いをずっと戦ってきた。
その根底にはユダヤ教の旧約聖書があって、
ユダヤ人の執事会ダビデと、
悪の巨人ゴリアテの戦いっていうのがあるんですけど、
そのダビデが勝って、
弱いんだけど勝つ。
そしてイスラエル国王に就任したっていう物語を、
ずっとユダヤの人たちは持っているわけですよね。
そういう意味で言うと、
自分たちこそアラブの大国と戦っていて、
アラブの象の海に浮かぶことだと感じているっていうのが、
今のユダヤの人たちの感覚としてあるんだと。
イスラエルにはあるんだと。
でも実際は武力をしっかり持っていて、
圧倒的に近隣パレスティナの人をしているわけですね。
もちろんアラブの人たちも弱者として、
こんなことになって戦うしかないという状況に追い込まれているわけです。
つまりここでは物語としての弱者を、
両方が掲げているということになるわけですね。
これは本当にその通りだなと思ってみたんです。
物語って実は恐ろしいんですよ。
分かりやすい物語。
それに単純化していくと複雑なことが落ちていっちゃう。
一番初めに申し上げたRKBの中で、
取り上げた中にもう少し他のことも言っているから、
それを入れてくださいよっていう話と同じようなことですよね。
分かりやすい言葉は怖いということです。
この記事では弱者のダビデと巨人ゴリアテなんですけど、
真のダビデがいるとすれば、それは厳しい日常、
過酷な戦火の中で懸命に家族を守り生き抜く双方の市民だと書いてある。
双方のね。
つまり自分たちと敵とかいうことじゃなくて、
それぞれにダビデがいると、弱者がいるという記事なんです。
こういう記事はとても大事なんですよね。
教官に2つも物語という言葉が出ていたんです。
実は昨日の日経新聞のネットの記事で見たんですけど、
歴史を相続放棄する国でいいのかという井上編集員の記事がネット上で出ていました。
歴史を相続放棄する国でいいのか。
相続放棄ってどういうことかなと思って読んだんですけどね。
都合の悪いことを忘れちゃうって意味ですね。
大震災100周年で松野官房長官が、
震災時の朝鮮人の虐殺については、
政府として調査した限り事実関係を把握することのできる記録が見当たらないというコメントを出したんですね。
これについて強く日経新聞の井上編集員が批判しています。
確かに戦災で多くの資料が消失したのは事実だけれども、
おびただしい数の被害加害目撃証言が残されている。
06:00
民間には虐殺事件を調査研究した書籍文献がそれこそ山のようにある。
従来、虐殺がなかったという議論はほとんどなくて、
実証的歴史学では確定されたことだった。
ところが今ネット時代に入ってから虐殺がなかったという人たちが出始めているわけです。
これ何度かこの番組でも触れていますけども、
こういう状況の中で松野官房長官、
小池都知事が朝鮮人虐殺についてツイートのメッセージを出さなくなったということも触れましたけども、
こういったことがフェイクである虐殺がなかったということを相対化して、
2つの物語があるじゃないかということになっているわけですね。
このことについて、歴史の相続放棄という言葉で井上編集員を書いていて、
どのような国家、国民にもししそんそん語り継いでいきたい誇るべき歴史がある一方、
できれば触れたくない目を背けたい歴史もあるというふうに書いていて、
我々人類は生まれた時点でゼロからスタートするのではない。
先人が築いてきた歴史を土台として新たな社会、文化、文明を作り上げてきた。
人間の長所短所は表裏一体という歴史の性も文も同じであり不都合な歴史に目をつぶることは、
誇れる歴史を脱ぎ捨てて丸裸の寝泣しぐさになるに等しい。
本当にその通りだなと思って読んでいたんですよ。
やはりここでも物語、歴史の中で虐殺がなかったという物語を作ってしまって、
それにしがみつこうする人たちが出てきている。物語ってものすごくいっぱいあるんですよね。
この場合の虐殺は物語もないんですけど、事実じゃないからですね。
何度も言っていますけど、虐殺がなかったという人の言葉は、
この人が聞いたらその方はあまり信用できない人だなと思ってもらって、
構わないと私はいつも言っているんですけど、物語には気をつけましょうと。
単純な物語には気をつけましょうということを今日の長官が見ていても思いましたね。
さて、8時40分過ぎのキャッチアップでは。
推しといえば映画の推しがあるなと。私が大好きな映画。
それも物語に満ちた、分かりやすい物語ではない複雑な物語の映画についてお話しします。
ラジコ、スポーティファイ、アップルポッドキャスト、アマゾンミュージック、
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