かもすハウスの時間
あなたの街のどこかのアトリエ、かもすハウス。
今日も気ままな音楽にのせて、よもやま談義に花が咲いています。
気になる話題が聞こえてきたら、どうぞふらりとお立ち寄りを。
最近ね、あのー、リングフィットっていうね、知ってる人も多いと思うんですけど、
そうじゃない?
ね、任天堂のスイッチっていうゲーム機で遊べるというか、フィットネスゲームみたいなやつですね。
そうやね、新ジャンルだと思うけど。
だから、遊びながら運動もできてしまうみたいなぐらいの。
本格的に運動するにはね、ちょっと部屋の中でやることだから、限界はあるけれども、
日常的な運動不足解消には結構十分なんじゃないかっていうぐらい、結構動かされる。
まともにやろうと思うと。
めっちゃいいよね、めっちゃいいなと思ってます、私は。
ね、コロナで家の中にこもる人が増えて、やってみようかなっていう人が増えたみたいで、
ま、なんか確かにその頃から名前は聞いていて、で、へぇーと思ってたんだけど、
なんか、自分があんまりゲームを子供の頃にしてこなかったので、
なんかそのゲーム機を導入するっていう発想があんまりなくて。
そうやね。
でもなんか、なんでだろうね、なんかふと運動不足解消するのにリングフィット結構いいんじゃないって思いついて。
お店さんってそうですよね。
思いついて。
急に決めたら、めっちゃ行動力あるよね。
決まると早いっていうのがあるね。
それまでなんの落とさたもなかったのに、いいけどみたいな、全然いいよみたいな感じになります、いつも。
なるね。
むしろ、今までなぜしなかったみたいな。
そうなんだよね、自分でもよくわかんないけど、なんか急にね、思いついて導入してみたら、すごいよくて。
よかったね。
そう、いや、任天堂すごいなと思って。
任天堂すごいね、すごい思った。
任天堂すごい。
なんかその任天堂のゲームで培ってきた、なんかそのね、人を楽しませるための技術力みたいなのが、
全て運動させるという目的のために結集されていて。
ほんまそれ、エンタメのプロやからね。
思ってた以上に、本当になんか運動しようという気分ではなくて、できるから、すげえっていう。
わかる、なんか私もしてみて気づいたのは、今まで自分は運動は嫌いやと思ってたんですけど、
いや、むしろ好きかなって思って、なんか結構じっとしてられない立ちなんですよね。
あの、ちょっと多動というか、列に並ぶこととかすごい苦痛なんですけど、
でも、そういうこう動きたいみたいな気持ちが、やっぱそんだけこうフィットニスすると、こう発散されますね。
楽しいってなります。
そうだよね、そうそうそう。
自分も、なんかどうしてもこう生活パターンとか好みとかからして、
こう運動をしっかりやるぞみたいな感じで運動するのが習慣にならないというのがあって、
なんかどっちかというと苦手意識の方があるから、
なんかあんまりこう楽しんでやるものみたいなふうにも思えてなかったんだけど、
リングフィットのいいのは、自分にとっていいのは、やっぱりその自分のペースで、自分のタイミングでやりやすいっていうところ。
そやな、これ聞いている人からしたらめちゃめちゃ今更感あるよね。
まあ、そうだね。
今?
要するに、ちょうどよく食べられないっていうことですよね。
そう。普通に食べることができない。
異常な食べ方をずっとして、
で、だから、基本食べないんですよね。自分の場合は拒食がベースやったんで、
基本食べられへんし、食べないっていうことをずっとしてて、
でも、そうすると体が飢餓状態になるので、
これは、無理なダイエットしてる人、拒食って言うほどの人じゃなくても起こることなんやけど、
どっかでスイッチが入って、過食スイッチが入っちゃうんですよ。
で、そういう時に、暴食してしまう。
で、その後、絶対起こるのは、自己嫌悪なんです。
食べたくなかったのに、食べてしまった。
なるほど、なるほど。
それでまた振り出しに戻ってしまう。
そうそう、本当こそは食べないぞ。絶対食べないぞって。
で、わかりますかね、このサイクル、ずっと一人でやってるんですよ。
食べないことも、過食も、たまにその人前でやる人もいるけど、
見せびらかすように、そこに意味がある場合はね。
でも、私とか多くの人は一人でやってると思う。
自分の中のその食に対しての基準があって、それを守るために行きすぎてしまって、
で、行きすぎるからまた反対方向に揺り戻しがあって、
で、その揺り戻した結果が、自分の基準と乖離してるから、
また戻りたくなってみたいな、その振り子になっちゃうっていう。
そうそう、しかもその悪循環に陥ってるってことを、なかなか人にも言われへんかったし、
ずっと一人でやってて、なんか寂しいなって思っちゃって。
寂しいし、むなしい。私は何をやってるんやろうみたいな。
ずっと一人遊びしてるやんって。
そうだね、18歳ぐらいから挙職が始まって、
26、7ぐらいまで、その挙職と過職をずっと繰り返している状態だったので、
なんかもう嫌になっちゃったんですよね。
飽きてきたわ、さすがにと思って。
で、その時、でも依存症なので、接触障害って、アルチューとかと一緒でね、
なかなかすっかり直すってのは難しいんですけど、
でも、10年目ぐらいで自分が思ったのは、
その時、接触障害の情報っていうのは、かなり少なかったんです、当時。
私が26、7歳の頃は。
お医者さんが本を出してたりはするけど、
分析、解析する情報はいくつかあるんだけど、
どんなふうに直ったのかっていうエピソードが、本当になかった。
あの、だから、症例としては、もちろんね、認識されてるけど、
当事者の声みたいなのは聞けないというか。
でも、一番欲しいのそこじゃないですか。
どうやって直していくのかっていうよりも、どうやったら直ったみたいな、
それが希望になるからさ、なさすぎやろと思って、
このネット時代にさ。
だから、その時に、私が直して、喋る人になるぞって思ったんです。
あれですか、覚えてますか?
人の役に立ちたい。
そうですね。
もう、一人遊びは嫌だ。
人の役に立ちたいっていう、そこの何くそで、絶対直してやると思って、直ったね。
なるほど。
他の依存症もそうだと思うけど、
やっぱり、なんていうか、エネルギーを向ける方向が間違っているせいで、
依存状態になっちゃってるみたいな、構造というかはあると思うから、
そういう意味では、目的が定まったから、良くなったっていうことなんだろうね、たぶんね。
うん、確かにね。
あんまり、いい意味で自分のことだけに集中しないで良くなったというか、
みんなはどうなんかなーとか、いうふうに考えれるようになった時期なんじゃないかな。
社会ってどんな感じなんかなーみたいな。
もっと同じように困ってる人いるんちゃうかなーとか、実際見てみたら、やっぱりそうで、
あ、そうなんやーみたいな、私そんなに、なんていうの、珍しくないかも、みたいなね。
いい意味で、なんていうの、エゴが小さくなっていったっていうのは一つあると思うね。
あー、なるほど。
その、接触障害じゃなくても、同じように、結局問題を抱えてるという意味では、同じような人がいっぱいいると。
いっぱいいる、いっぱいいた。
まあそうだよね、それはそうだ。
なんかその頃、心理学めっちゃ勉強してて、治そうと思った時にね、
で、カウンセラーさんへの相談集みたいなの見たら、もうみんなめっちゃ不倫で悩んでる。
浮気と不倫でめっちゃ悩んでる。
めっちゃ、めっちゃみんな不倫してるやん、と思って。
そうだね、だから、接触障害にならない人は、そっちに走ってる可能性もあるもんね。
ある。みんなだから、それぞれ独自の悩みを持ってるんだ、と思ったね。
その悩みの出方が違うだけで、自分はちょっとマイナーな種類やったけど、
ただね、そうやって克服して、もう結構今普通に食べれるんですけど、
結局、話したことない。
なんでやろ。
だから、ほんまは人の役に立ちたいとか思ってないんかもしれない。
不思議なオチがついたね。
自分もその、接触障害ではないけど、なんか食事に関しての悩みみたいなのは、
結構、るきさんに出会う前まで。
ていうか、出会ってから徐々に良くなってきたみたいな感じがあるけど、
出会う前は特に、結構そこが自分の中では悩みになっていたと。
悩みとして大きかったってこと?
どうなんだろうな。
自分の場合は、だから、すごい苦手なシチュエーションとか、
まあそうだよね、やっぱり条件が揃った時に、すごく食べられなくなるっていうのが何回かあって、
それで調べた時に、これなんかなって思ったのは、
会食恐怖症っていうのの名前がついているのがあって、
結構それがパターンとしては自分は近かった。
なんだろうな。
まあ、その原因としては、ありがちなのは、
給食で食べられなくて、残り的なことをさせられてた人がなりやすいと。
あ、いいね、それ。
のは結構書いてあって、
自分はわりとそのタイプだったんですね。
そもそも食が細かったので、
食細いし、まあ食べるの遅かったんだと思うんだけど、
給食をその時間内に食べきれなくて、
胃のこり組みみたいになりやすかったり、
あと、今はわりとだいぶ食べられるようになったけど、
結構肉が苦手だったから、
肉が出るとき、特に。
肉で揚げ物みたいなのが一番ダメなんだけど、
そういうのが出たときに、ちょびちょびとしか食べられないみたいな。
ちょっとずつ、ちょっとずつ、なんか水で飲み込むみたいな感じで食べる。
嫌いなものってそうだよね。
そういう食べ方で、なんとか乗り切るみたいなのを経験してて、
やっぱそれが何か、心理的なストレスになっている。
が、残っている人がなんかその、会食恐怖症みたいな形に出やすくて、
で、それがだから、やっぱりその会食、その人の気持ちの問題だから、
その、なんかね、単純に相手に緊張しているとか、
なんかそのお店に緊張しているとか、食事が苦手なものが出ているとかいう、
それも一つの引き金にはなるんだけど、
それだけじゃない理由で、なんか急にそのスイッチが入っちゃうと、受け付けなくなるみたいなのが起きるっていう。
一種のトラウマみたいなもんよね。
幻想からこう思い起こす、その時の感情も出てくるみたいな。
で、そう、なんかまあそういうね、その事例というかね、書いてあったのを読んで、
だいたい合ってるな、みたいな。
会食虚症、私ももちろん知ってるし、多少当てはまるなと思ってたけど、
もったりさんの方が、そうだね、しっくりきてるね。
そうだね、そうそう、あのだから、こうなんていうかな、虚食症になるような人の場合は、
多分、そもそもなんか食に対しての何か、こうこだわりが強くて、カロリーを気にしすぎてとか、
だいたいするわけよね。
そういうのでは全くないから、食べたいとは思っているんだけど、なんか、そう、精神的に食べられないっていうスイッチが入っちゃうっていう状態だったんですよね。
で、それが理由も自分でもわかってないから、その場でさ、その相手にも説明できないし、
だから、そうなると、もう、その、なんていうか、逃げ場がなくなっちゃうから、外食とかで食べてる最中に、急にその食べれなくなるってなったときに。
だから、もう、その、そういうシチュエーションをとにかく避けるしかないみたいな思考の方に行っちゃうという。
のが、結構、そう10代、多分後半から20代前半ぐらいまであったなと思って。
で、だから、その、自分の場合、例えばその、もともと割と恋愛に対して奥手な方ではあったと思うけど、なんか、それがあることで余計、
いやー、ほんまそう。
その最初の一歩が、そもそも、
ほんとそう。デート絶対食べるもん。
そう、最初の一歩で、じゃあ、どこ行くの?みたいな話ができないから、
わかる。食事のないデートなんかなくない?
いや、なんかね、コンビニのおにぎりみたいな話がさ、
それが一番気楽なんだけど、そういう話できないわけじゃん、いきなり。
そうなんですよね。
ある程度、仲が深まってきたらね。
そうそう、付き合ってたらね。
あんまり外食得意じゃないんだよねっていう話で、もうちょっととかはあるけど、
1回目から、その、そこの条件をつけて、
ね。
で、特にその、なんかその、若いうちってさ、そういう自己開示、なかなかいきなりできない。
そうやね。
だから、なんかそれもあったなと思って。
単純に、こう、気質として送ってって言うだけじゃなくて、
なんかそういう、こうね、精神的な足枷があったっていう。
いやー、そうなんですよね。
なんかそう、外食恐怖症の人の話聞いてると、
外食ができないっていう理由で、
コミュニケーションもセットでできなくなってしまうっていうのが、
すごいなんか、見ててかわいそうやなと思って。
で、それに対して接触障害は、多分どっちかっていうと逆で、
人と接触が、あ、接触っていうのは触れる方ですね。
人とコミュニケーションを取ることが、自信がない、やりたくないっていう気持ちが多分先にあって、
回避するために食べなかったりするっていう方が多いと思うんですよ。
まあね、にんわとりが先か卵が先かみたいなことかもしれんけど、
そういう意味では、まあ目的にあった行動なんだよね、外食障害は。
なんかその、でもその、なんかこうずれは、違いはあるなと思って見てた。
なるほどね、同じ食べれないと言ってもね、確かに。
えー、でも悲しいね、そう思うと、給食はなかなか罪な文化やったね。
そういう残しちゃいけない文化はね。
そうだね、なんかその、指導の仕方がね、やっぱり良くないよね。
残さず食べるっていうマナーを取るか、
その子の食べたくないっていう嫌な気持ちを汲み取ってあげるか、
どっちの方が大事なん?って思うんですよね。
まあ両方大事やけど、でもね、気持ちを汲み取るっていうのは大前提やと思うから、
なんかそこをお座りにしてはいかんよね。
そうなんですね。
それであれだね、我々が初めて出会った日は、ほぼ何も食べなかったですね。
そういうお互いの経緯があってね。
そうだね。
知らんかったけど、そんなことは。
いや、そうだよね、そうなんだよね。
その時も結構だから悩んでた気がするな、その。
初めて会うっていうことに?
何かね、お店に行くにしてもどうしようみたいなのは結構悩んでいたな。
でもたまたま2人とも消極的だった。
そうだね、だから結果的にどっちからもなんかね、ご飯を食べようみたいな提案がなくて。
ケーキぐらいは頼んだかもしれんけど。
うん、ケーキは食べた。
でもなんかご飯食べる?みたいな。
うーん、うーん、お互いうーん、みたいな。
自分の苦手なシチュエーションとして結構はっきりわかってるのは、
一つはなんかその予約していく良いレストランみたいなやつ。
へー、そうなんや。
だいたいそういうお店に行くシチュエーションって、なんか大事な人と行くみたいになるから、
そのちゃんと食べなきゃみたいなプレッシャーがすごくかかりやすくなる。
しかもね、そのいいお店でそれにお金も払うしみたいな。
そうね。
なんかいろいろなプレッシャーがかかってくる。
っていうことで結構そうそうそういうのが一つ苦手だなっていうのと、
あと意外と、あ、これもダメなんかって思ったのは、
こう、対象が向こうから見てるみたいなやつ。
あ、わかるー。
カウンターの向こうで、人が、作ってる人がいて、見られてるみたいなのが、
なんかそれも多分見られてるっていうことに意識が行っちゃうせいなのか、
あれ、やめたほうがいいよな。
あ、まあその人は雰囲気にもよるんですけど。
うーん、そう、なんかそれが苦手なんだと思って、
なんか前、気軽な回転寿司みたいなお店なんだけど、
あのね、お寿司屋さんって、その場所によっては未だにその中で、真ん中で握ってるじゃんね。
なんかその人の存在感で、食べられなくなりそうになったことあるね。
それ一緒に行ったときじゃない?
あ、そうかもしれない。
ね、あの人めっちゃ、なんか気になったよね。私も食べづらかったわ。
そうそう、だからそれがね、その人が別に悪いわけじゃないんだけど、
なんかその位置関係みたいなこととか、その人の表面的な雰囲気みたいな、威圧感みたいなので、
なんか監視されてる感じがしちゃうと、すごいこう、たぶん胃がキュッとなっちゃうね。
いや、わかる。
だからお寿司は割と食べやすいんですよ。
脂っこさとかなくて、ちょっと酸っぱいし、
食べやすいんだけど、それでもちょっとウッてなるぐらいになっちゃうから、
やっぱかなり精神的なところが大きいんだなって、その時に改めて思ったね。
そっかそっか。
それで、私たちが出かける場所、特に最初の頃はカフェが多かったね。
よくカフェで食べましたよね。
そうなんですよ。
だから、なんかそういうのをちょこちょこリハビリ的にできたことで、
最近はだいぶなんかマシになった気がする。
なるほど。
いや、なんか今のそのね、給食のお話とかを聞いて、
自分の場合はどっちかっていうと、
家族とご飯を食べてる時に、なんかこう気まずい時があったとか、
そういう印象のほうが残ってるかも。
そこがスタートやったかな。
うちは、わりと食の文化が豊かなほうの一家で、
楽しんでご飯を食べることがベースにあったんやけど、
何年も一緒にいたらさ、どうしても気まずい時があって、
で、そういう同じような経験が、
それこそ交際した人とかだったかな。
なんか、もと屋さん以外の交際した人っていうのは、
結構食事の時、自分はしんどくて、
無理しておいしそうに食べるか、
あるいは、すごい食事の時にだんまる人がいて、
その人もたぶん、食に対しての文化というのかな、
家庭で培ってきた文化があるんだと思うんだけど、
なんかすごい気まずいオーラが流れる人だったんですよね。
だから、ついたいけんしてるみたいなことだよね、自分も。
それで、人と食事をとるのは、自分が無理をするか、
あるいは、気まずくなるだけだから、
一人で食べるか、もう食べないか、どっちかのほうが楽だなみたいな、
人との食事を避けるっていう行動原理があったのかなって、今聞いてて思いました。
だから、せみでは、もとやさんは、家族との食に対してのイメージがすごくいいじゃないですか。
それは、私にとってはうれしいことやったし。
自分にとってすくいだったのは、たぶんそういうところで、
あれだよね、だからリングヒットの話とある意味同じというか、
なんか食事もその人によって、なんか条件があるということなんだよね、楽しめる。
あ、そうやわ。
だからその、なんか合わせていて辛い人はちょっと違う条件を自分で整えて試してみるというのがいいのかなっていう。
なんかホームパーティーとかはやっぱりそういうことだと思うんだよね。
ホームパーティーね、あんまり日本せえへんけど、楽しいよ。
結構気軽にできるし、居酒屋さん飲み会行くより安いよ。
まあね、そうだね、最近はどうなんだろうね、宅飲みみたいなのも増えてきてるから、知ってる人も多いのかもしれないけど。
でもほら、宅飲みって飲みの場所やん。
うん、まあそうだね。
飲みメインじゃなくて、ホームパーティーですよ。
ランチでもいいわけだからね。
そうそう、楽しもうっていう感じです。
飲んだらほら、なんかよくわからなくなるやん、もうすべてがほんとんとなるじゃないですか。
それはそれの楽しさがあるけど。
今日はなんかすごいいい話やね。
あの、もたやさんのツイッターとかインスタフォローしてる人はね、見てると思うけど、料理の写真をね、ほぼ毎日ぐらい。
うまくできたときかな、基本的には。
なんかその写真の見え方も今日のエピソードを聞くとまたちょっと違って見えてくるというか。
あー、確かにそうかもしれないですね。
若い頃、子供の頃にできた傷をこう、苦手な方向ではなくて、自分が得意な方向で乗り越えていっている、そういう奇跡でもあるし、
しかもなんかそこを越えてさらにプラスに楽しめるようになってるみたいな、お互いね、私もそうだしね。
なんか意外と深い写真だったのかなって思った。
深い写真、深い方向。
あー、うん、まあそうかもしれないね。
ね。
うん、なんかね、そういう経験をしていったことで、すごいありきたりだけど、やっぱりその美味しくご飯が食べられるということのありがたさみたいなのは、たぶん普通の人よりは感じやすくなってくるのがあると思う。
めっちゃそう、私もめちゃめちゃそうですよ。
うん、それはそうだと思うね。
こうやって毎日美味しく人とご飯食べれてるっていう日常が奇跡やもんな、10年前の私からしたら。
そうだよね。
幸せすぎると思ってる。
私は摂食障害になって、克服して、今料理を作ってもらって、ただ楽しんでいるだけっていう、なんか特に何も積極的なアプローチしてないけど、
私何やったんやろって、今なんか聞いてて思いましたけど、今美味しい美味しいって言って食べてるだけなんだっていう。
確かにそうですね。
なんか子供の頃に戻っただけみたいな、お母さんのご飯美味しいみたいな。
うん、まあいいんじゃないですか、とりあえず。
なんかね、思ってたよりもね、なんていうのかなぁ、すごくこうプライベートな話になるね、料理ね。
うん、なんか話って思ったけど、やっぱりその、食べるっていうことが結構人間の幸福感に結構直結してる部分が、やっぱあるんだよね。
まあ三大欲求の一つっていうのもあるし、だからこそ逆にそこの質が悪いと、食事をこうなんか楽しめてないってなると、それはそれでめちゃくちゃダメージも大きいっていうことなんだなぁと思った。
ね、すごいそうだね。意外とここまでの話はさ、人としたことなかったから、すごい面白いなと思ったし。
そうだね、確かにね、その、こういう話をできる関係になるために食事というハードルがあってできないみたいな。
そっかぁ。
なんかそれもあるよ、やっぱり。
そっかぁ。
だからそこでループしちゃうからね。
なるほどね。
そういうことなんだよね、たぶんね。
有意義な話できたかな。
うーん、まあ結構有意義な話になった気がするね、結果的に。
やった。
いやー、はい。今日の話が誰かの参考になれば嬉しいです。
るきさんが喜びます。
喜びます。
これやっぱ私のためじゃん。
自分のためだった。
ということで、カムスハウスの塩田もとやと、
まずはみるきでした。