1. かるぅ🪷のごきげんマインドラジオ
  2. コラボ収録🎵お互いのネパール..
コラボ収録🎵お互いのネパール・インドの旅で感じ取ったものはおんなじでした‼️
2026-09-14 50:57

コラボ収録🎵お互いのネパール・インドの旅で感じ取ったものはおんなじでした‼️

ジュンピさんのチャンネルはこちら!
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サマリー

このエピソードでは、ココロチャンネルのジュンピさんと、かるぅ(タダノカオル)さんが、バックパッカーとして旅したネパール・インドでの経験について語り合っています。25年ほど前に旅に出たジュンピさんは、当時の営業職でのストレスから逃れたいという思いと、「深夜特急」に影響を受け、インド・ネパールへの3ヶ月間の旅を決行しました。一方、かるぅさんも21歳で初めての海外旅行を経験し、その後ネパール・インドを旅した共通点があります。旅のきっかけとして、ジュンピさんは「外の世界を見てみたい」「アジアの混沌とした世界に飛び込んでみたい」という純粋な好奇心を挙げ、かるぅさんも「知らない世界に関心があった」と語ります。旅先では、値段交渉や人々の執着など、カオスな状況に戸惑いながらも、次第にその駆け引きを楽しめるようになった経験や、マザー・テレサの病院近くで子供たちが物乞いをする姿に心を痛めたエピソードなどが語られました。特に、ネパール・ポカラでのホーリー祭の最中に、現地の姉妹に誘われ、突然婚約の儀式に巻き込まれそうになったというユニークな体験は、人生で一番モテたと振り返る貴重な思い出として語られました。また、旅を通じて、アジアの人々の「学びたい」「向上したい」という純粋な熱意に触れ、目が輝いていることに感銘を受けたこと、そして、多様な価値観を受け入れられるようになったことが、現在の活動にも繋がっていると語っています。旅の経験は、人生の舵取りを変え、新しい挑戦への意欲を与えてくれたと締めくくられています。

旅の話をすることになったきっかけと自己紹介
みなさん、こんにちは。ごきげんいかがですか?
今日は、旅の話ということで、ココロチャンネルのじゅんぴさんをお招きして、お話を伺っていこうと思ってます。
えーっとね、お互いにずいぶん昔の話になっちゃうんですけど、バックパッカーで世界を旅してたっていう経歴が同じなんで、
その頃の話を聞かせていただいて、じゅんぴさんの熱い思いを知れたらなと思ったので、コラボ収録をしております。
はい、それではじゅんぴさん、よろしくお願いします。
はい、よろしくお願いします。
ありがとうございます。
たまたまね、一緒にね、悠々哲学で学ばせていただいてて、
オンラインコミュニティの人間力を上げるっていう学びの場なんですけれども、ちょうど私とじゅんぴさんはそこのメンバー同士で学ばせていただいてるんですけど、その時にじゅんぴさんが旅の話をしていて、
それを聞いた時に私も旅をしてたんで、ぜひお話を伺わせていただきたいと思って楽しみにしておりました。よろしくお願いします。
じゃあ早速なんですけれども、じゅんぴさん自己紹介をお願いしてもよろしいですか。
はい、私はココロチャンネルのじゅんぴと申します。
スタンダードユーメンはね、もう初期の頃かな、もう5、6年くらい前になるんですけれども、その辺から始めてまして、
主に私は、今日の旅のテーマというよりは、心のこととか、自分の変化に気づいた、自分らしさとかね、ポジティブな考え方に気づいたとか、生きづらさを乗り越えたとか、そういったことを主に自分の気づきをXなんかと連動させて発信しています。
そういうキラキラした言葉っていうのを収集しながら、自分の中で納得できるように入れているというかね、そういう感じでスタンダードユーメンの活動はしてますが、最近はほとんど収録など上げていません。
あとは、趣味的な、こういう旅コラボもそうなんですけれども、趣味的なことで、80年代、90年代の洋楽が好きでして、その頃に流行ってた、例えばマイケルジャクソンとかマドンナとかそういう人たちの流行ってたMCの真似事をちょっとアレンジを加えてやったりとか。
そういうことをアーカイブで残ってますんで、私の宣伝になりますので、ぜひぜひ聞いてください。
あとは、エヴァが好きなんで。
あとはエヴァが好きなんで、多いんですけど、エヴァが好きなんで、カジリョウジさんの声真似をしたりとか、山田さんとか。
そういうところで、なんか臭いセリフを吐くみたいなね、そういうこともしてます。
ありがとうございます。
ジュンピさんの旅立ちの背景と動機
話を聞いてると、なかなかの熱い男っぷりが伝わってきますね。
ああ、そうですか。
本当に、そんなじゅんぴさんなんですけど、旅にね、行かれたのは何年くらい前なんですか?
そうです。もうかれこれ25年くらい前ですかね。
やっぱり同じぐらいだ。あれですよね、ちょうど今21世紀でしたっけ?
はい。
21世紀になるあたり?
そうですね。でも90年代の、そうですね、2000年ごろ、ちょうど2000年に差し掛かる前ぐらいですかね。
うん。
それぐらいだと思います。
そうなんですね。その頃のじゅんぴさんは、どんなことされてたんですか?
その頃は、私、学生、卒業して、新卒で、ある物を売る営業マンをしてたんですけれども、
営業マンでした。数字の虫になってましたね。
ああ、そうなんだ。売り上げの。
そうですね。
目標額とか、そんな感じの?
えー。
まあ、あれですね、売り上げを上げないと課長から、上司からこってり絞られるっていう、そういう会議をしてましたよね。
うんうんうん。そうなんだ。
で、やっぱり、ビジネスマンっていうか、そういうのとかって結構ね、忖度とか必要じゃないですか。
その、あと接待とか。
うんうん。
俺はやっぱり苦手で、まあなんかしょうもないなとかって思ってましたよね。
うん。
はい。
そんな、あれですね、じゃあ、すごいストレスかかりますよね。
そう。
やりたくないことをやったりとか、あと目標の数字をこなさないと、なんかたっぷり絞られるとか。
はいはい。
ね。だから、そんな気持ちが、じゅんぴさんを旅に向かせたんですか?
そうですね。やはりその、現実を引きたいと。そっからもうね、ただただ逃れたいと。
ただただ逃れたいので。
うんうん。
それで、たまたま旅仲間が2人いて、もう私より以前に、もうその時はインドネパールに行ってて、
で、当時その、まあ、深夜特急って書かれた沢木幸太郎さんっていう人が、
うんうんうん。
あの、ニューラシア大陸をね、バスで横断すると。
うん。
そういう旅をしてることに結構影響を受けて、
うん。
で、俺も行ってみよう、俺も行ってみたいよって思ったんですよね。
うんうん。
それからですね、で、3ヶ月ほど。
うん。
最初はインドのカルカッタインで、
うん。
で、そっから3ヶ月間インドとネパール、いろいろぐるぐる回ってましたね。
うーん、そうなんだ。
はい。
でもあれですね、結構ストレスフルな生活をしてて、
はい。
現実逃避したいっていうのはわかるんですけど、
でもそこで、なんで旅を選んだのかなと思って。
たまたまお友達が、旅が好きな人がいたっていうのもあると思うんですけど、
はい。旅を選んだのか。
人によっては、例えばバンド活動じゃないけどそういうことをしたりとか、山登ったりとか、
人によって本当にいろいろ選択するものってあるじゃないですか。
そうですよね。
それがどうして海外っていうか旅に向かったのかなと思って。
なるほど、そうですね。
私はね、純粋に外の世界を見てみたかったんです。
アジアの混沌としてカオスの世界とか。
うん。
で、それはもう映像で結構見てきて、
こういう、例えばガンジス川をね、生で見たらどんな感じになるんだろうとか、
そういうテレビ、当時テレビの映像からでしたけど、
純粋にそういうところに行ってみたいって思ったんですよね。
この目で見て、歩いて人々の生活を、
どんな生活を送ってるんだろうかっていうことにすごい興味がわきましたね。
飛び込んでみたいみたいな、そういう若さがゆえのイケイケモードみたいな。
そういうのもありましたね。
じゃあ、じゅんぴーさんはそもそも知らない世界が好きだったの。
知らない世界に関心があったんですかね。
そうですね、それもありますね。
それがこう、一番その旅に行きたかったっていうことではなくて、
限定の仕様はないんですけど、
やっぱりその当時は、せっかくこの地球に生まれてみたいなね、
飛び出したいっていうか、
そういうところでいろんな人を、海外の人を見てみたいっていう純粋な気持ちもありましたよね。
この大きな地球をもっと感じたい、楽しみたいって感じ?
そう、体感したいみたいな。
すごい、やっぱり。
やっぱりじゅんぴーさん、熱いね。
熱いですか。
ね、すごい、そうなんだ。
かるぅさんの旅の経験と旅を選んだ理由
でも私も、初めての海外旅行は21歳なんですよ。
21歳なんですね。
学生最後の年だったんですよ。
その年に海外に行きたいって思って、
やっぱりね、自分がいるのと正反対な場所に行きたいと思ったんで、
北半球に住んでたから南に行きたい、
島国に住んでたから大陸に行きたいとかね、
そういうふうに海外旅行行く場所を選んだ記憶があります。
地球を楽しみたいとはまた別物ですけど、
でもやっぱりせっかくだから全然自分と違うところに行ってみたいなっていう願望は。
ちなみにその時私ね、ペルー選んだんですよ。
ペルーいいですよね。
そしたらね、
ナスカの地上絵とか見てみたいと思ったんだけど、
その頃にね、
そうそう、藤森大統領っていうね、
日本人が大統領になったら、
なんか多分、反感を受けたのか、
ペルーに住んでる日本人の人が結構、
殺されちゃった事件が起こったんですよ。
それを見た私はビビって、
その旅は中止になったんです。
なるほど。
なんか今突然思い出しちゃった。
こんなことを忘れてたのに。
なんかペルー行きたくなってきた。
でもね、じゅんぴーさんのその熱い地球に生まれたのにっていうのが、
旅のきっかけっていうのがなんかすごい素敵だなと思いました。
ありがとうございます。
ジュンピさんの最初の海外経験とアメリカでの体験
じゅんぴーさんは初めて海外旅行行ったのって、
おいくつの時なんですか?
旅行ってよりは最初に、
交換留学っていう形で学生の3年生の時にね、
アメリカのオハイオ州だったんですけど、
そこで英語の試験を受けて、
たまたまベレージよりちょっと上で、
8ヶ月ほど行けたんですけども、
そこでやっぱり初めての外国っていうのがアメリカだったので、
そこからですね、
いろんな国も見てみたいっていうところがやっぱりそこが最初に、
最初でやっぱりそういう気持ちがアメリカの旅で始まりましたよね。
旅っていうか交換留学か。
留学でいろんなところ、アメリカ国内でもね、
オハイオ州だけではなくて、
ワシントンDCとか首都のワシントンDC、あとシカゴ、
ニューヨークはいかなかったですけど、
サンフランシスコと、あとLA、ロサンゼルスに行ったりとかして、
いっぱい行ってる。
そこであれでしたね、
そこはもう本当に観光というか、2、3日だったんですけれども、
そこで観光してやっぱりロサンゼルスのね、
ハリウッドの山のサインを見て、
これがプリティウマに出てきた、
ジュリア・ロバーツと一緒の時期のハリウッドサインかと、
あれにまず感動してね。
それで、あとメルローズ通りっていうブランドのね、
ある通常通りの和服、
私なんかジーンズとTシャツでしたけれども、
普通に日本人でも、
ブランドのある店とかは別に普通には入れてはくれましたけど、
ですけどそこで、こういうのって、
ちゃんとここでアメリカの地に、
ロサンゼルスの地に足を踏みしめてるわっていうのを体感できたんですよね。
そういう思いもやっぱりすごかったですね。
でもあれですよね、アメリカは交換留学で行かれたってことで、
ある程度守られてて、アメリカって先進国じゃないですか。
そうですね。
だけど、私とじゅんぴーさんが共通してるのが、
ネパールとインドをうろうろしてたっていうところで、
海外もいろいろあるから、
じゅんぴーさんはその後ネパール、インドに導かれたわけなんですね。
そうですね。
インド・ネパールへの惹かれた理由とガンジス川への思い
学生終わって、
インド、ネパールになぜ惹かれたかっていうと、
先ほども言いましたけど、
ガンディス川を生で見てみたいとか、
あとインド人、ネパール人の、
アジアの国っていうのがやっぱり行ったことがなかったので、
それであれでしたね、
インドにも世界遺産とかもいっぱいあるじゃないですか。
世界遺産も生で見てみたいとか、
石とかをカービングして、
繰り抜いたエローラとかアジャンターの生活を見てみたいとか、
そういうところで、私はあれでしたね、
魅力、観光地もそうなんですけれども、
インドの、
まだカースト制度が残っている中の、
人々の生活にもすごい興味があったし、
どんな感じなんだろうなっていうね、
まずそこにすごい興味が、
各人々の関わりに興味が湧きましたよね。
最初に、ガンディス川を生で見てみたい、
自分のこの目で見てみたいっておっしゃられたんですけど、
たぶんガンディス川を初めて見たのはテレビとかですよね。
そうですね。
テレビから生で見てみたいって思うぐらいの、
何がじゅんぴーさんに伝わってきたの?
そうですね。
やっぱりそのほら、
生活要素とか目欲とか、全部あそこの川でするじゃないですか。
確かにね。だって死んだ人もあそこだもんね。
あそこで、
岸辺というか、ガンディス川のところで全部、
死体も焼いたりとかして流したりするじゃないですか。
ああいうところの生活の習慣とか、
そういう聖なる川って言われるゆえんっていうのは、
そういう生活でね、スタンスで人々たち、
どういう思いをして、
そういうところで、
目欲もしながら、
汚い川ってあれですけども。
私も入りましたよ。分かります。
汚いですよね。
いったらボコボコって湧いてきそうな感じですよね。
ああいうのとか見て、
あそこでの生活っていうのは、
若い頃にも若い頃しか見るのはできないなっていう思いも強かったですよね。
やっぱり当時はやっぱりね、
まだテレビのメディアが強くて、
そういう人たち、
日本人がやっぱり行く人たち、
ドロップアウトして行く人たちが結構いたんですよね。
テレビでも。
だからそういう影響も強くて、
やっぱり俺もこの目で見て、
どういう生活なのかっていうことを、
本当に目にしたいっていう思いがすごい強かったですよね。
そうなんですね。
インド・コルカタでの旅の始まりとカオスな体験
暑いよね。あっちのほうって本当にね。
いいね。本当に。
初めにネパールに入ってから、
インドのほうに動かれたんですか?
いえいえ、最初はね、
インドのカルカタ、今コルカタって言ってますけど、
コルカタにバングラディッシュのダッカからトランジットして、
大阪の関西空港かな、
関西空港からダッカインして、
そこからコルカタにトランジットしました。
コルカタで大体20日間ぐらいいましたね、まず。
ここにサダルストリートっていうね、
安宿街があるんですけど、
パラガオンホテルっていうのが有名なホテルがあって、
そこで私毎日のようにチャイを飲み、
そこからブルースカイカフェっていう、
結構いい、いいっていうか、
日本人が結構集うようなところのレストランで、
チャパティとダルっていうスープ、豆のカリーね、
あれを毎日食べてましたね。
そうなんだ。
その頃の日本人がコルカタにいたときの、
定番って感じの旅スタイルなんでしょうね、きっとね。
そうですね。
その旅の定番は何で知るの?
やっぱ地球の歩き方でしたね。
地球の歩き方なんだ。
地球の歩き方で、
面白い。
まだ神媒体でしたから、2000年ちょっと前か。
で、そこで安宿のさっきのサダルストリートっていうところもあって、
パラゴンホテルっていうのが有名で、
1泊30ルピーとかだから、
あれですよね、60円とか、その当時ね。
そうよね。
そっか、だってその頃ってもちろんインターネットないじゃない。
はいはいはい。
スマホもなければ。
そうですね。
日本でやっと携帯持ってるからガラケの走りみたいなのを持ってるか持ってないかぐらいの時代だったから、
宿も多分その現地で決めるわけですよね。
そうですね。
だからあれでしたよね、コルカタの空港でまず、
深夜に着いたんですよ、11時、12時前ぐらいですかね。
もうでもね、その当時本当に日本人がよく行くから、
ガンボールにね、ジャパニジャパニカムカムカムっていうね、
本当にインド人が迎えに来るわけですよ、タクシーのタクシードライバーと。
あとオート力者マンが。
そっか定番の飛行機がもう夜の23時に着くって知ってるから、
そこに行ったらお客がいるぞってことで。
そう。
あーなるほどね。
それで、で、うちのタクシーとか言って、
ジャパニジャパニカムカムカムって本当に距離がね、
顔面がこんなに迫ってくるぐらいに、
すごかったんですわ。
で、いざね、サダルストリートまで60ルピーで行くよとか言って、
乗り込むじゃないですか、タクシーでもオート力者でも、
どっちでもいいんですけど、三輪のオート力者でもどっちでもいいんですけど、
着くと60ルピーって言ったのが、
90ルピーよこせと。
ありがちな、ありがちな。
そこで、これはちょっと予備知識としてあったんですけど、
絶対その騙し屋さんとか、
あとそういうところで、お金をある意味、
搾取というかね、する人が出てくるので、
気をつけなさいよっていうのは、
もうちょっとやんわりとした書き方で、地球の歩き方とか、
あと私の知人とかは、そういうことを言ったんで、
ああ、こういうことなって思って、
で、自分も負けじと、
絶対そこはもう負けなかったですね。
で、負けずに、もうそれ以上のお金は払わずに、
このスタイルで行こうって思ったので、
はじめが肝心だなって思ったので、
で、そこからカオスの旅の始まりですよ。
本当にもうカオス。
何がカオスだったの?何がカオスなの?
やっぱりその、あれじゃないですか、
騙そうとするところから、
例えば、ミネラルウォーターを買おうとするときも、
いきなりどっかから汲んできたような、
ペットボトルのね、水のふたも、
あれも、なんか色も違うし、
あれも、ちょっとさ、上の段のやつちょうだいよって言って、
もわもわもわアップとかって言って、
で、そのボトルをくれって言っても、
いや、なんでだって、だってふたが開いてるじゃんとかって、
キャップが開いてるから、どっかの水でしょって言って、
で、そんなの飲んだらまた、なんか細菌性の下痢にかかるわとか、
と思ったりとかしたら、
これは、こういうことが、こういうことでやっぱりね、
エネルギー使うの、最初は疲れましたけど、
まあだんだん慣れてきて、やっぱそれが楽しくなってくるんですよ。
楽しくなってきて、その駆け引き、駆け引きが楽しいというか。
うん、わかる。
そういう感じでしたね。
なんか、日本にいると当たり前みたいに値段が書いてあって、
で、これのこのぐらい安くなってるよとか、
それで、お、これは、みたいな感じでするけど、
そもそもその値段が書いてある商品が、
それが当たり前で、
その商品を自分が買うんだったらいくら出すかなとか、
そういう思考回路にはならないじゃないですか。
まあそうですね。
定価が決まってるから、日本は。
だけど、あっちは本当に全然、真実はどれみたいな、
すっごいね、10倍ぐらい吹っかけられたりとかするから、
自分でも、これはいくらだったらお金を出してもいいなっていう、
なんかね、やっぱり私も慣れてきたら、
買い物についての、なんだろう、固定観念じゃないけど、
何か持ってたんだなっていうのがガラガラと崩れて、
楽しくなった記憶がありますね。
じゅんぴさんと同じ。
でも日本に帰ってきたらあっという間に戻りましたけどね。
そうですよね。
ねえ、本当にそうですよね。
生活の当たり前の、絶対に欠かせない買い物ですらね、
めちゃめちゃエネルギー使いますからね。
それはありますね。
インド・ネパールでの文化の違いと人々の信仰
あとどんなことがカオスだったんですか?
カオスね。
それはね、やっぱ、そうだな。
やっぱりその、何だっけ、いろんな神様いるじゃないですか。
ヒンズの神様。
シバシンとか、ハヌマンとか、ガネーシャとかね。
ああいういろんな神様の信仰とか、
祈祷師みたいな人もいっぱいいるわけじゃないですか。
で、勝手にこう、私一人軽かったの街とか、
バラナシっていうね、感じ姿のある街とかも歩いてると、
勝手についてくるわけですよ、私の後ろ。
で、後ろついてきて、
サモサを食べるのに、サモサとチャイを食べるのに、
サモサってカレー味のジャガイモを揚げたようなやつ。
あれを食べるのに、で、レストラン入って、
で、その力者マンっていうか、勝手についてきて、
力者マンじゃない、祈祷師とかも、勝手になんか、
俺のすぐそば、後ろあたりに食べに来るわけですよ。
それについてきてね。
そして、で、私食べ終わって、
じゃあ、支払いしようかと思ったら、
もういきなり、You payとかいきなり言い始めて、
どういうこと?
You pay is mineとかって言って、
私の分もお前が払えって、そんなこと言い始めて、
じゃあ、これは何だと?
あなたが勝手についてきて、
で、なんであなたの分も私払わなきゃいけないの?とかって。
始まってその、なんていうの、執着というか、
日本人はやっぱり金持ってるんだろうっていうところで、
いいお客がいるなって、ターゲットにされてるなっていうのが、
そこで分かりましたね。
そこで、別にその、手相とかを見てもらうわけじゃないんですよ。
だけどもそこで、そこで、
あなたが俺の分も払ってよって、それはないでしょって、
おかしなことだよねっていう。
おかしなことですよね。
そこもやっぱり、最初は戸惑いましたけど、
だんだん麻痺してきて楽しくなってくるんですけど。
金払ってやるから、お前俺のこと楽しませろよぐらいの。
そんな感じですね。
でも確かに文化がね、文化が違って、
何だっけ、日本は割り勘だったり、
もう私あなたにおごりますみたいな意思表示したりとかだけど、
何だっけな、中国は確か、
ご飯食べに行こうって言った人が、
一律払うっていう法則があって、
本当かどうか分かんないけど、でもそうやって聞いた。
で、インドとかネパールは、
もう見るからにお金持ってるぞって人が払うっていう、
暗黙の了解があるっていうのは、
後になってから知りましたね。
私もそのカチューにいるときは知らなかったけど。
そこですよ。
そういったところを、
マジでね、マジでやっぱり喧嘩っていうか、
マジで切れて、
そんなことできるわけねえだろうって、
I can not do itとかneverとか言ったりする人もいるわけですよ。
そこで、でもなんか淡々とね、
私は、これも楽しまなきゃなみたいなぐらいに思って、
受け入れることはしなかったです。
受け止めるけど、受け入れないですよっていう、
そういうことはしなかったね。
えー、いろいろね。
なんかだってすごい、子供のさ、物恋とかもすごかったでしょ。
あーすごかったですね。
物恋は、やっぱ軽かった。
マザーテレさんの病院なんかのそばとかでもやってたりするんですよ。
軽かったにはあるもんね、マザーテレさんのね。
そうそう。
やっぱり、自分の身分というか、
そういうのを、ちょっと一番下の身分の立場の、
そこに落とすのかな、あえてね。
落とすために、自分の指とか、
あえて切断するのかちょっとわからないですけど、
ちょっと怖かったですよね。
そういう子供たちが、
街で綱渡りとか、枠栗とかの園芸をして、
お金くれとかって言うんですよ。
ちょっと、子供のそういうのは見えて、
ちょっと切ないなと思ったんで、
お金はちょっと払ったりしながら、あれしましたけれども、
もっとくれって言うんで、
これで終わりだよっていう、こういう感じで、
抑えましたけれどもね。
子供ほどでも働いて、大人ほどは働かないなっていうのも、
その当時はね、私はそういう印象でしたけどね。
そうなんですね。
なんか、じゅんぴさんが旅した中で、
一番自分が宝にしてるっていうか、
旅の宝物:ネパールでのホーリー祭と婚約騒動
宝物にしているようなエピソードって何かありますか?
宝物ね。
この思い出は本当に唯一無二だよな、みたいな。
宝物ね。
そうね。
総括でもないか。
でも、いい思いっていうか、
いい思いっていうか、夢というかね、
そういう思いで感じてるのは、
ネパールのポカラっていうとこあるんですけど、
湖ですよね、ポカラってね。
ポカラに行った時に、
その時ホーリーっていう祭りがあって、
インドとネパール、
ホーリーっていう何でもブレイコみたいなお祭りがあって、
カラーボールの粉とかを投げつけるお祭りがあるんですよ。
外国人でも誰でも、地元の人でもそうなんですけど、
そこで私あれでしたね、
思いっきり野菜とかも、トマトとかもぶつけられちゃって、
そうなんだ。
その時に、
3姉妹、たまたま私もレンタサイクルか何か借りて、
3姉妹の方がやってる茶屋さんかな、
茶屋さんでお茶飲んでたんですよ。
そしたら、前にも言ったかな、
茶屋さんで3姉妹の方、
今日ホーリーだからお家おいでよみたいな、
なんか逆なんじゃないですけれども、
呼ばれちゃって、すぐ歩いていける距離だったんで行ったんですね。
そしたら、3番目の子が英語を多少話せたので、
3番目の子とやり取りをして、
通訳というかやり取りをしてたら、
2番目の真ん中の子に、
婚約者がいないから、
今ここに指輪も用意されてる場所に、
いきなり案内されるわけですよ。
それで、どうしたの?とかって、
これからセレモニーですみたいなことが始まって、
いやいや、ちょっと待てよと。
俺は結婚とかしないですよって、
そういうことがいきなり、
婚約の儀みたいなことが始まっちゃったんですよ。
すごい、突然ね。
突然。
逆難されたと思ったら、
婚約の儀。
いきなり飛躍しちゃって、婚約。
いや、ちょっと待てよと。
俺、そんなつもりじゃないから、
結婚はしないですよ、今って。
ネパールの方とも結婚しないですし、
今のところ結婚は考えていませんって、
自分なりの英語で喋ってるわけですよね。
I don't think soとか、
なんかそういうふうに言ってきたわけですよ。
そしたら、ごめんって言って、
必死でね、
それちょっとできないから、
I can not do itって言って、
逃げてきたっていう、
すごい強引そう。
思い出がありましたね。
その時に唯一、
唯一っていうかね、
人生で一番モテるって言ったら変ですけれども、
ネパール行くと、
例えばお金が持ってるっていう、
まだ当時はあったのかな、
日本行けばお金が手に入るっていう、
多分そういう位置づけだと思うんですけど、
それでネパールでは、
宝物じゃないですけれども、
でもそういう、
ちょっと切ないですけど、
ネパールの方から好かれたっていう、
そういうのでしたね。
そうなんですね。
アジアの旅の魅力:人々の熱意と向上心
なんだかんだ言って、
私たちって旅してる時に、
日本の国旗をね、
後ろに掲げてますからね。
そうですね。
今はわかんないけど、
25年前っていうのは、
私もネパールでは、
すっごい若い男の子に、
いっぱい声かけられて、
私30だったんですけどね、
この人たち私の歳知らないんだろうなとか思ったけど、
すっごい声をかけられて、
みんな口々に言ってたのが、
学びたいだったんです。
学校に行きたい、学びたい、
でも学ぶ学費がない。
だからいいでしょ、みたいな。
そんな感じ。
で、カリオさん連れてってよって。
連れてってよっていうか、
僕のこと援助して、みたいな。
そこまで言われるほどの、
深い付き合いにはならなかったですけど、
そういう風に思ってるんだっていう人が、
何人も私の横をすり抜けていきましたね。
私その時に、やっぱり、
アジアの旅するのがすっごく好きで、
すごい住んでる人に熱を感じて、
その熱っていうのは、
やっぱり行きたい、向上したい、
学びたいっていう、
やっぱり自分の欲にすごく、
その欲を叶えるためにすごく素直になってるっていうところが、
この人たちの熱なのかなと思って。
だから、
その後、アメリカとかも行ったことあるんですけど、
あっちの国っていうか、日本もそうだけど、
出来上がってる国じゃないですか、文明的に。
今もまた色々あるけど、その頃はね。
だから、やっぱりみんな満たされちゃってるから、
目が死んでるじゃないけど、
確かにね。
だけど、ネパールとかインドの人は、
目が死んでる人は全然いなかったよねって。
そうでしたね。
私もそれ今、
やっぱりみんな。
カルさんから言われて、
やっぱり目がイキイキしてるんですよ。
ね。
イキイキしてた。
確かに、
純粋に学びたいとか、
日本語を習得したいとか、
日本行ってお金儲けしたいとか、
そういう人は確かにいましたね。
うん。
そう、だからその熱に触れてるのは好きでしたね。
なるほど。
確かにそれ、
私もね、その熱に触れるっていう風に今話になったんで、
本当に目がキラキラしてるっていうのは思いましたね。
私の婚約者になってくれとか、
そういったところでも、
本当にマジだったんですよ。
真面目にそういうことを言ってくれて。
多分真剣だったと思う。
だってじゅんぴさんともし、
その人が出会ってすぐ婚約っていうのも、
こっちからしたら、
なんだそれって話になるけど、
向こうとしては自分の夢を叶えるための手段であるから、
本気ですよね。
本気でしたね。
で、もう力で、若さで、力で、
押し切れ!じゃないけど、
指輪まで準備して、
突っ走れ!じゃないけど、
やっぱこれ勢いに負ける人いるのかな、日本人で。
どうなんでしょうね。
いるっちゃいるでしょうね、きっとね。
例えば、JICAの青年海外協力隊の人とかは、
ベンチの人とかと結婚したりとかもね、
そういうケースもありましたね。
ネパールに限られたと思うんですけど。
私の知恵もそうだったな。
確かにね。
その熱がすごくね、
それが私のアジアを旅行する一番の魅力だったから、
だからあれなんですけど、
だからじゅんぴーさんと話をしたいなと思ったんですけど、
じゅんぴーさんの中でね、
長い間、コマ切れだったとしても、
何ヶ月もいたわけじゃないですか。
旅の経験が現在の活動に与えた影響
そこの経験が今にも生きてるなって思うことなんかあります?
そうですね。
経験が今生きてるっていうのは、
だって多分そこで滞在したから、
たぶんじゅんぴーさんの人生変わってますよね、多少なりとも。
そうですね。
変なのは怖いもの見たさっていうか、
飛び込むような気持ちが身についたので、
なるほど。
飛び込むことができるようになったっていうこと?
そうですね。
いろんな年齢を重ねても、
例えば学び続けることとか、
あとはアップデートするとかね、
今のことだと言うと、
こういう機会とか使いこなせることとかも、
ひとつのあれですよね、
飛び込んでいくことですよね。
あと若者言葉に意味を理解するとかね、
そういうこともひとつの飛び込みというか、
自分の挑戦というか、
学び成長につながるのかなとか、
そういうふうに思ってます。
あといろんな人に、
いろんな人種の方と出会うと、
価値観もそれ相当に違うわけですよね。
アジアは特にそうですけど、
欧米の価値観なんかも、
全然やっぱり日本と違うわけですよね。
そうですよね。
で、放った言葉が全てっていうか、
その会話の中に全て契約の質をみたいなのがあって、
だからその口約束で、
例えば社交事例的に日本人だったら、
飲み行こうか、今度飲み行こうかとか言ってると、
欧米人だったら、
じゃあいつにするの?とか言って、
本当に言ってきますからね。
その口約束が社交事例ではなくて、
その面倒くささもある意味ないというか、
欧米人にとっては、
放った言葉が全て契約になると。
だからビジネスもしやすいんじゃないかなとか、
っていうふうに思ってました。
実際に商売とかやったことはないんですけど、
だけど、ある意味ドライさっていうかね、
ドライな感じがあって、
忖度しながら上司の言うことも聞かなきゃならないような、
そういうことはあんまりないですよね。
ボスの決済は受けなきゃならないでしょうけど、
ですけどビジネスの仕方っていうのは、
ある意味契約の思想が身についてれば、
放った言葉が全てってね、自分がね。
それで成り立つっていうのはドライさを感じますよね。
そこで文化の違いっていうのも理解できたし、
それが多様な価値観を、
神に多様な価値観を見ることができたし、
自分がその場面で、
例えば日本のどこかでっていうことになってくると、
なかなか使いこなせない場面ってありますけど、
だけどそれは勉強になりましたよ。
じゃああれですかね、少しは
じゅんぴーさんも影響を受けて、
あんまり釈放事例で飲みに行こうかっていう感じのことを
言わなくなって、
ズバッと言われるようになったって感じですか?
そうですね。私から誘うことはなくなりましたし、
なるほど。
本当に仕事は時間が来れば終わるんだと。
今、打刻もパソコンのシステムでも全部、
タイムカードではなくて、
なので、だから変な話、打刻すればはい、
お疲れ様でした。
変な話、あれですよね、
おはようございますと、
お先に失礼します、お疲れ様でした、
その2号分が言えれば、
会社組織では最低限のことができてると思うので、
変な話、今そういうね、
物を売って実績、業績を上げるような仕事ではないので、
だから人の話を聞いたりとか、
そこでじゃあ転職どうしますかとか、
どういう仕事を好きになりたいですかっていう、
そういうところを真摯に聞いていくっていうスタイルなので、
私はその辺で、
いろんな価値観が身についた分、
物事の捉え方とか、
そういったところも、
否定的ではなくて、
肯定的に言えるかなというのは、
身についたのかなと思います。
なるほどね、価値観の、
いろんな人のいろんな価値観を受け入れられるようになったということですね。
転職をするにはこうじゃなきゃダメだろうみたいなのが、
そういう考え方でいくんだったら、
こういう道があるよねじゃないけど、
ちょっとずつ、
じゅんぴーさんに相談する方の考え方に寄り添って、
一緒に考えていくっていう風になってきたのは、
いろんな文化やいろんな人を見てきたからっていうことなんですね。
すごいですね、生きてますね、すごいね。
ありがとうございます。
それはやっぱり、
日本人の中でもなかなか転職で踏み切れないとか、
生理がつかない人とかやっぱり結構いらっしゃるので、
今の時期、生理つけて、
絞り込めるような状況でしたらまたお話くださいとか、
そういう時に、相談者の方が、
なかなか分野も絞り切れてないなっていう、
内省を促すっていうかね、
そういったところにも、
求められてないようなアドバイスっていうのは、
相談員には必要ないなっていうのは気づけましたし、
こちらの価値観とか、
そういったところも押し付ける必要もないんですけれども、
聞くっていうことが仕事なので、
カルーさん、先ほどからすごい私の話まとめてくださってて、
すごくありがたいなと思ってたんですけど、
いえいえ。
だからそうですね、
なかなかどうしていいか分かんなくてっていう人も、
結構30代40代でもいらっしゃって、
まず何から始めたいですかっていうような時に、
旅の話とかも時たま出すんですけれども、
こういった世界に飛び込んでみると、
いろんな世界が見えてきたりとかしたこともありましたっていうと、
はーとかって言ったりもしますけれども、
そこで私も何か行きたいとかっていうふうに、
ではならずに、
そういう考え方もあるんですねっていうふうに、
捉えていただけることはありますよね。
それも活かせてるのかどうかちょっと分かんないですけど、
いや、活かせてると思います。
旅の後の人生の変化と今後の旅への思い
いろんな人のいろんな考え方を、
こうすべきだってしないで、
いろんな文化を見てきた分、
そういう考え方もあるよねって受け入れられるようになったっていうのは、
すごく大きいし、
あとはじゅんぴさんが旅の話をするということは、
じゅんぴさん自身が旅の中で、
自分の何て言ったらいいのかな、
人生の方向性が少なからず、
舵取りが変わったっていうか、
何て言ったらいいんだろう、
方向が変わるような経験もされたからこそ、
物事の視点とかも変わるから、
旅をしろとは言わないまでも、
他のことをしてみるっていうのも、
何かをすると現在地が分かるっていうか、
比較対象ができる、
相対性理論だけ知らないけど、
そういうのが、
やっぱり一つのものだけやってると、
分かんなくなっちゃいますからね。
そうですね。
やっぱり思ったのは、
何て言うんだろうな、
何か言おうとしたけど忘れちゃった。
じゃあそのうち思い出したらまた言ってください。
はい。
でもまた、
ネパールとかインドを旅された後は、
旅は行かれてるんですか?
もうそこからはね、
私ちょっと父が亡くなったっていうことを、
その時期ちょうど、
インド、ネパールに帰ってきた。
そこがやっぱり転換期でしたね。
そこからはもう外国行ってないんですよ。
そうなんだ。
そうですね。もう20、30年近く行ってないですかね。
私もその旅が終わった後、婚活をして、
結婚して子供を産んだんで行ってないです。
私はね、旅に出た後、
ファミリーを作りたいと思うようになったんですよ。
それまで子供絶対産みたくないと思ってたんですけど、
結婚したい、子供を産みたい、
ファミリー作りたいと思うようになったんで、
私は旅したのは、
自分の人生をすごいガラッと変えてくれたなって思うんですけど、
でもまた旅行きたいですか?
そうですね。
機会があればって言ったらあれですけど、
私の気持ち次第なんですけれども、
行ってみたい気持ちはありますよね。
行くとしたらどこら辺に行きたいんですか?
カルーさん言ってた、
私もペルーのマチュピチュとか、
世界遺産を巡る旅、南米行きたいです。
世界遺産か。
一番手軽で、手軽っていうか近いのが、
カンボジアのアンコールワッドなんですけど、
アンコールワッドはまず見てみたい。
あとはペルーのマチュピチュ、
ナスカの地上へ、
イースターとのモアイ、
あの辺行きたいですね、チリとか。
世界遺産か。
パワースポットって感じがする。
いいですね。
ありがとうございます。
旅で感じた熱と共通点、そして未来への決意
こちらこそです。
すごい、
私が今回じゅんぴさんと話をして、
一番嬉しかったのは、
当時の、今もそうかもしれない。
言ってないから分かんないけど、
その当時のネパールやインドで、
自分が感じ取った、受け取った、
生きるっていう熱をね、
じゅんぴさんも受け取ってたんだなっていう、
今日の共通なところが分かったんで、
すごく嬉しいなと思いました。
ありがとうございます。
これからも私たちも、
とりあえずまだ先進国の日本にいますけど、
あそこは見習うところだなって思ってるんですよ、
私は。
なんで今後も熱を燃やして、
生きるぞって思っております。
どうもありがとうございました。
ジュンピさんからの告知とエンディング
じゅんぴさんもここのいい機会なんで、
皆さんにお知らせしたいこととか、
告知したいこととか何かございますか?
お伝えしたいことでもいいんですけど、
もしあれば。
特にないです。
分かりました。
今日はどうもありがとうございました。
ありがとうございました。
貴重な旅の話を聞かせていただいて。
どうもありがとうございました。
それではじゅんぴさんでした。
ありがとうございました。
50:57

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