1. わかり愛、太陽
  2. 〈ゲスト/作品レビュー〉MIYU..
2026-07-26 1:09:42

〈ゲスト/作品レビュー〉MIYUU.Mさん 自己プロデュースよりも、「嘘がなく」ありたい。

おたよりを送る

『わかり愛、太陽』3rdシーズン第14回目は、イラストレーターのMIYUU.Mさんをゲストに迎えてお話を聞きました。活動を始めて3年が経ち、もっともっと色々な方に自分を知ってもらいたいと考える一方で、目を引くカラーの絵や説明的すぎる絵には少し苦しさも感じるというMIYUU.Mさん。少しずつ自分らしさを開拓し、「嘘がない」表現を見つけていこうとする姿勢、共感できる方いらっしゃいますか?


[GUEST]

MIYUU.M(みゆう)

1992年生まれ。儀式や日常に宿る象徴を、独自の視点で再構築するイラストレーター。noteでは、制作の裏側や「絵本を1000冊読んでみる」チャレンジをやっています。

Webサイト ⁠https://contactmyupone.wixsite.com/miyuu-illustration⁠/
Instagram https://www.instagram.com/miyuu.m_illustration/

note https://note.com/miyuu_illust0123

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[TOPICS]

ゲストはイラストレーターのMIYUU.Mさんです/営業はどれくらいしてる?/作風が変わっても全部自分ではある/自分と乖離がない絵が見えてきた/アイデンティティを絵と結びつけるのが苦手(?)/自分を知るためのnoteと絵本/作品はどう受け取られてもかまわない/原体験は解像度が高い/子供ができてつきものが落ちた/しあわせだと思って活動していいんだな/広くみんなに伝わるものに/「共感」じゃないのかもしれない/「迫力」を出すとしたら…/アナログの体験が必要かもしれない/シルエットの意識(塊感)が必要かもしれない/色の意味に捉われすぎているかもしれない/鯉のぼりをレビュー/お雛様はどうですか/プロデュースよりも「嘘がなく」ありたい/その自分をおもしろいと思っていたいし思ってもらいたい


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[MC]

三河史尭(みかわふみたか)

沖縄在住。グラフィックスタジオNERD ディレクター/デザイナー。2018年デザイン会社BALCOLONY. 沖縄オフィス立ち上げ。2019年よりNERD名義で活動を開始。何かをつくっている人の話を聞くのが好き。

Instagram https://www.instagram.com/balcolony_nerd/


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[BGM]


Life in Clay / Koloto

everyday (03-15-26) plow forward/standingwave

everyday (03-16-26) everything is 100% completely fine, really./standingwave

everyday (03-14-26) askew./standingwave

Angel/Ryan Hemsworth & Lucas


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[COVER]

MIYUU.Mさんの作品とS3_ep.014を話しながら描いたOJIYUさんのキキガキ


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[企画・編集]

NERD



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nerdgallery.info@gmail.com

感想

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00:14
この番組は、沖縄のグラフィックスタジオ、NERDの三河文鷹が、イラストレーターのおじゆさんや、さまざまなゲストの方たちを迎え、
イラストレーションの面白さや、活動の難しさについて考えをシェアすることで、
日々、作品制作をする皆さんとのつながりを深められないか、という思いで配信しています。
ゲストの方々には、実際に展示をしてもらったり、一緒にイベントに出展してもらったり、
番組を聞いてくださった皆さんが、直接作品を楽しめるような機会も考えていきます。
はじめまして。
はじめまして。こんにちは。
よろしくお願いします。
お願いします。
ご紹介からすると、イラストレーターのみゆんさんです。
よろしくお願いします。
ありがとうございました、お問い合わせ。
こちらこそありがとうございました。
会社に、いわゆる営業メールと言ってしまうのか、わからないですけど、会社宛てにご連絡いただいて、
ポッドキャストも聞いていただいているということで、逆にお話し聞きたいと思って、
こういう場を設けさせていただきました。
会社宛てにご連絡いただいて、こういうふうにデザイン会社への資料を作るというのは、結構やっていらっしゃるんですか?
そうですね。活動を始めた頃から、できるだけ早くたくさんの人に見ていただいて、
アドバイスいただいたりとか、そういうところも意識しながら、活動先から始めております。
そんな固いしゃべりじゃなくて大丈夫ですよ。逆に徐々に慣れていっていただいて。
数で言うと何社ぐらい送っているんですか?今まで。
そうですね、もうわからない。今、活動歴で3年、4年目に入るんですけども、
最初の頃はもう1日1通を自分で貸してた時期がありますけど、
でも、はっきりはわからないです。
100社以上は確実に送っている?
いや、そんなに数送っているわけではなくて、相手の方の活動とか仕事内容も見ながら、
見ていただきたい方に作らせていただいていて、
私もいろいろ活動する中でタッチをいろいろ模索する時期っていうのがあるので、
そういうのをまとめてかつて送って、
お返事いただいた方に今はこんなの書いてますよっていうのをまとめて見ていただいたりとか、
03:03
そういった活動のご報告みたいな形で継続してますね。
それ、ちゃんとリアクションはある感じですか?
ない方もいらっしゃいますし、ありがたくお返事くださる方もいらっしゃいますね。
それでお仕事につながったりとかもありますか?
はい、あります。
まだリアクションがなくても見ていただいているってことが一番意味があるかなと思うので、
メールのお返事がなくてもインスタグラムで見ていただいているような様子を感じることができたり、
フォローを新しくしてくださる方がいらっしゃったりとか。
なるほどね。そもそものお話になるんですけど、
活動歴3年ぐらいって今おっしゃいましたけど、
イラストのお仕事を結構バリバリやっていきたい?
はい、そうですね。できればお仕事はもう少しさせていただけたら嬉しいなと思ってますね。
ガツガツ聞いちゃいますけど、平形を立てたいみたいな感じですか?
そうですね。できたら嬉しいなっていうところですね。
せっかくそういった絵を人よりも少し得意だよっていうのがあるのであれば、
人のお役に立てたりとかすると思っていて。
インスタも拝見して、
ありがとうございます。
何回かガラッと作風書いてきたりするじゃないですか。
そうですね。
これは過去の作風でも仕事は受け付けてるけど、
自分的にどんどん開拓してるみたいなことなんですか?
そうですね。開拓って言う言葉いいですね。素敵ですね。
そうですね。私のアカウントを見ていただくと、
たくさんの方がすごいいろんなタッチ持ってるねって言ってくださるんですけれども、
私の中では全て繋がってるんだけどなーみたいなイメージなんですよ。
タイプキャップがありそう。
この作風が嫌だ、変えてやるぞ!みたいな感じで変えるのではなくて、
例えば、今描いてるグラファイトの粒子というか、
曲線とグレー基調で描いてる静かな作風が今描いてるものなんですけど、
それは例えば文芸の創画とかだったらこういうのいいかなっていうか、
たまたま生まれた作風ではあるんですけど、
そういった媒体を考えてみた時にこういうことできるのかなとか、
SNSで海外の作家さんとか見た時に面白そうだなと思って、
その人の好きなところを見て、どうやったら私の作風に落とし込めるのかなって、
新しいの生まれちゃったみたいな感じなので。
自分のスタイルを別に決めたいみたいな要求がそもそもあんまりない感じですか?
06:04
アズリメーター当初はありましたね。
かっこいいなと思って。
あの人といえばこの絵だよね、みたいな感じで、
今夜咲いてもあの人だ、みたいなのってかっこいいじゃないですか。
でもそうじゃなくてもいいのかもなって、
活動するにつれて思ってきたっていうか、
それが私なのかもって今は思ってますね。
それで言うと、僕の印象なので、
本当にいろいろある一意見だと思って聞いてほしいんですけど、
今の最新のアップされている作風は、
だいぶ自分の表現っていう意識が強い作品に見えます。
だからもう何も話聞かず見たら、
この人はもうこういうスタイルでいきたいし、
なんならこの表現が自分のアイデンティティに紐付いているのかなっていうふうに見えてました。
嬉しい。
嬉しいですか、それは。
大丈夫なのかな。
でもそうなると逆に本人の意図と違うというか、
あえてマイナス面を言うと、
それ以外のものはもう描かないのかなっていうふうにも見えるし、
あとはその商業からちょっと離れたというか、
まさしくさっきのおっしゃってた挿絵とかには使い道あるかもですけど、
逆にそれ以外の道を狭めているふうにも見えちゃって、
大丈夫かなっていう。
その見られ方は大丈夫なのかなっていうのはちょっと気になります、本人的に。
そうですね、その大丈夫かなのところは、
もうぜひ後ほどちょっといろいろお話聞きたいなと思うんですけど、
実際に同じようなご助言くださる方っていうのはたくさんいるんですね。
作家さん秘室なんじゃないかなっていうところに見えるっていうのはよく言われるところで、
アイデンティティという言葉が出たので、その言葉を使わせていただくと、
今の作風が一番自分自身に乖離がないっていうのが、
私すごく人見知りなんですね。
そうなんですね。
だから敬語になっちゃう。
なので、自分の感情を誰かと共有するのってすごく勇気がいることだったり、
すごくドキドキすることなんです。
何か物事を共有したいなと思っても、
その感情まで共有したいかどうかっていうのはまた別の話というか、私にとっては。
すごく親しい人には実はこう思ってるんだよねみたいなのはすごく好きだけど、
誰にでも私はこう思ってますっていうのが得意な人間ではない。
あえて自分を説明するっていうよりは、好きに感じてください。
09:04
みたいな。
なので、説明しすぎるっていうことを私はあまり好きじゃないので、
ただ昔はすごく説明した方が作品としても分かりやすく正しく伝わって、
それが親切だと思ってたんですけど、
何かどうか苦しいというか、自分じゃない気がする。
なるほど、自分的にあんまりしっくりこなかったのか。
っていうのもあって、
色もここまで色をつける必要があるのだろうかとか、
この色合いは本当に私にしかできないんだろうかとか、
そういうのを思うと、
私がとってもできることをやらなくていいじゃないかと思った時に、
それが突如ポーンと今の作風にたどり着いて、
自分が正確に一番機械、作風に落ち着いているっていう状況です。
それを聞いてしまうと、すごいちょっと嫌な感じがしてしまうかもしれないんですけど、
やっぱり前のカラフルな作風の方がお仕事にはつながりやすそうとは思うんですよ、客観的に見て。
そうですよね。
それは自覚というか実感を増していらっしゃいますか?
そうですね、実際にデザイナーさんとかとお話しすると、
やっぱり色がある方がパッと見た時にかわいいとか、
そういったお話は聞くので、もちろんその絵も私は嫌いではなくて、
そういうおしゃべりな私が描く絵としてもちろん好きなんですけど、
自分に一番近いのは今の作風というだけで、
それも必ずしもお仕事でその絵じゃないと描けないというのではないと思うので。
難しいですね。
人からの見られ方と自分の素の部分の折り合いの付け方というか。
オリジナルワークに関しては確かに、私が今描いているお雛様とか、
そういったものは自分の原体験にやっぱり基づいているんですけど、
だけどタブチって手段だと思っているので、私は。
単純にそれを見える形にしてみたらこんな見た目だったというだけの話で、
それにアイデンティティがどうとかっていったところはあまり考えたことがないですね。
マインドセットとして職業イラストレーターですね、じゃあね。
わかんないですけど。
僕の観測している限りではですけど。
今それをお聞きして思い浮かんだのが、
私そのギャラリーさんで実際にイラストレーターの方々とか、
お話しさせていただく機会あるんですけど、見てもらうたびに、
12:01
もっと三重さんらしさはどこにあるってすごくよく言われるんですよね。
メールでもポートフォリオを見ていただいても、
作品を見たときと本人を見たときにギャップがあると。
どういったものが好きなんだろう、どういった経緯でこの作品が生まれてるんだろうっていうのを
もっと出してもいいんじゃないかというか、
お仕事を頼むっていうのは作風だけじゃなくて、
本人に魅力を感じて、この人食べ物好きなんだ、
じゃあすごく美味しい絵が描けるだろうなと思って、
イラストレーションのご依頼をするみたいな。
その本人らしさっていうのをやっぱり発信することにはすごく価値があるよって
いうふうに言われたんですね。
そうなったときに、確かに私はあまり出すのが好きじゃなかった。
自分としてはこの作品を出してることが精一杯の自己表現だったなと思ったときに、
より作品以外を発信する場としてノートを始めてみたり、
そういったところを意識的に始めていて、
今回そう言って三河さんからポッドキャストどうですかっていうのも、
確かにAIとかが出てきた時代で簡単に見た目を整えるってことはできても、
無意味の人の声っていうのを代替するものはないんじゃないかなと思ったときに、
ポッドキャストって今後もっと面白く伸びていくものなのかなと思うと、
作り手も出て、ポッドキャストをめっちゃやりだす時代とか来るのかなって。
なんか面白いかなと思ったりして。
そう思います。
分かった。
自分らしさみたいなのをもっと出した方がいいよってなった時に、
ノートというか言葉に行ったんですね。
そうですね。
自分ができることをやってみようと思った時に、
言葉を書くのは嫌いじゃなかったので、
見ていただく前提というよりは、自分の考えを言葉でまとめてみようとしたら、
何かプラスになるかもとか、
あとは積み重ねていった先には何かあるのかもしれないと思うと、
それを残すのは自分のためにもなるかもなと思って、
まずは言葉にしてみて、
それを言葉にしたら今度は話すことができるかもしれないしとかっていう、
できることからやってみたっていうだけなんですけど。
それがじゃあ逆にノートを書いて言葉に残したことで、
それが絵に返ってきてる実感みたいなのがありますか?
いや、今のところは…
まだまだこれから…
そうですね。なので、今の作風にガラッと変わったのは本当に、
今年入ってから同時ぐらいなので、
それに合わせて今の作風ってどんなことを考えているのかなっていうのを
ノートに投稿してみて、
その後にもっとインプットしてみたら面白いのかなと思って、
15:01
勝手に絵本を精査図、読んでみるみたいなのを始めてみたんですけど、
それも結局自分が何が好きなのかとかっていうのを経過を見ていくのも
面白いのかなと思って勝手に企画で始めたもので。
それは今お子さんがいらっしゃるんですか?
そうですね。今年の2月に生まれたばかり。
めちゃくちゃ最近…
これからですね、じゃあね、絵本をよく聞かせるのはね。
もう関係なく読んでますけど。
それは別に関係ないんだ、お子さんできたこととは。
もちろん絵本というものに興味が向いたきっかけではありますけど、
それで絵本ってよく見ると、書いてる内容もそうなんですけど、
絵本ってすごいいいんだなと思って、
そう思うと読んでみたくなったっていうのがあって。
なるほどね。
なので、ゼロ歳児用とか関係なく読んでますけど。
ちょっと話戻るんですけど、
最近の作風が割と今の自分近いっていうお話してましたけど、
っていうことは、じゃあこの作風でお仕事になったら一番嬉しい?
嬉しいですね。
でもそれがいわゆる散々言われてきたなしさと、
絵を結びつけるっていうことな気がしますね。
そうですね。どう受け取ってもらえるかわかんないんですけど、
今の作風は書いて世の中に出しても苦しくない。
なるほど、なるほど。
自分自身が入り込みすぎていない。
例えば、お雛様っていう原体験を元にお雛様をしまうっていう行為の絵を描いてたりするんですけど、
その絵を見て嬉しいと思うのか、懐かしいと思うのか、寂しいと思うのか、それはもう自由で、
そこを作るまでが私なので、そこは境界線があるというか、作品と私の間に。
なので、とても私にとっては心地よい表現の一つであって。
なるほど、ちょっと勘違いしてたかも。
要はテーマが割と一般化しやすいものだから、
自分がそれによってどう見られてるかが気になりづらいっていうことですか、今の。
クリスマスとかお雛様っていうのは、
私が元々、母がそういうイベントごとをすごくしっかりやってくれる家庭だったので、
家族の思い出ってそのイベントにすごく結びついてる記憶がたくさんあるんですね、私。
たぶんどのことを思うと、クリスマスツリーやったな。
すっごく自分に根付いたテーマなんですけれども、
作品となるともう独立してる作品になった段階で、
家族でどう受け取ってもらっても私は全く苦しむ。
18:01
ああ、なるほど。
私じゃないんです、この作品が。
だから出どころは私なんだけど、
作品にした時点で私から切り離されたものになっている感じがすると。
私から生まれてるけど、あなたはあなたよねっていう感じがあるので、
どういうふうにその絵が生きていっても、
どういうふうに批判されても別にいいし、
雪降ってて綺麗なって思う人もいれば、
雪かきめんどくせえなって思う人もいるのと一緒で、
どう受け取ってもらっても構わないよっていうところに繋がってるんだとは思うんですけど。
なるほどですね。
いいですね、さっきの倦怠犬の話とか、
家がそもそもそういう妻子的なことをよくやってたっていうのは、
それこそらしさに繋がる話な気がするから。
たぶんこのらしさの話って、
言い換えると解像度が深いってことだと僕は解釈してて、
自分の好きなものを描きなよっていうのは、
楽しくなりなよっていうこととは別に、
好きだからこそ他の人には見えてない部分が見えてたりとかっていうのがあるよねっていう意味で、
自分らしい表現をもっと出してた方がいいんじゃないって言ってると想像したんですけど、
なるほど。
そういう意味でそういう経験値がいっぱいある題材を取り扱うのはめっちゃいいなと思っています。
3位かもしれないですけど、
お子さんが生まれたっていうことと妻子的なこと、儀礼的なことで、
結構神話性が高いと思っているんですけど、
そこは意識してる部分はあったりします?
後になってそれはそうかもなって気づいたことではない。
というのが、今のグレーの作が生まれたのって、
本当に私、隣月の時だったんです。
いつもの通り作品を描いてみようと思って描いてたんですけど、
だんだんこのグレーで描くのが気持ちよかったというか、
また楽しかったっていうのもあるんですけど、
偶然子供ができたと同時にあの作風も生まれていて、
隙間が落ちたのかもしれないですけど、
本当にそれに近いものがあって、
実際に妊娠する前までって本当に早く認めてもらいたいというか、
早く知ってもらいたい、早く仕事がしたいという気持ちってすごくあって、
すごく焦燥感があったんですよね。
自分の中ですごい回転を回しながらずっと活動しているというか、
21:00
その中で作風もしっくり来ない時期があって、
ずっと悶々としながら大丈夫なのかなって、
子供も考えないといけない年齢なのに、
私はこの先が見えない未来に向かって、
どうなんだろうみたいな、
皆さんよく言われるようなそういう焦燥感みたいなものがあって、
その時にたまたま私より少しお姉さんの知人とランチ会をしていただく機会があって、
その方たちも手に食を持って、
自分の力でお金をいただいて生活されている方なんですけど、
悩みというか悶々としているぐらい私を見た時に、
何を悩んでいるのあなたはみたいな、
好きなことを好きなままさせてもらえている、
その家族から反対されることもなく、
やめろとも言われていない、
だから創作に対しての産みの苦しみじゃないけど、
ただそれと時間の流れっていうのに苛まれているだけで、
めっちゃ幸せじゃないって言われて、
めっちゃ幸せだよねって何を悩んでいるの?みたいな感じがしたんですよね。
そうか私ってすごく幸せなのに、
それを忘れて勝手に苦しんでたんだって思った瞬間があって、
どうせやめろって言われてもやめられないんでしょって書くこと。
そんな人間がそんなことで悩んでどうするのって。
そうかって自分で縛ってるんだって、
なんで苦しんでるんだろうって思ったときに、
どうでもよくなったじゃないですけど、
もっと幸せだと思って活動していいんだなってすごく思って、
そしたらそれをこうやってまたその方たちとお話しするときに、
もっと面白い話ができる私になれるのかなと思ったときに、
それがひとつの転機だったというか、感謝しているやじかいだったなって思うので。
これを見て、今のすごい静かなグレーな絵が。
なるほど、なるほど。
どう見てもらっても構わない、私はこれが好きだからっていう。
それを聞くと、やっぱり今のものを磨いていくのがいい気がしちゃいますね。
作ったものは一回ちょっと置いておくぐらいのつもりで、
やってもいいぐらい大事な作品になっていっている感じがするかな。
そうですね、大事ではありますね。
どれを見てもこういう感じで描いたなっていうのは、
現体験に通じるテーマでは描いているので。
でもあれですか、先ほど美川さんがおっしゃった、
このすごく幅が狭く感じさせる側面があるような作風だけれども、
でも今の時代にフィットする部分も感じるって言ったところって、
言葉だけで聞くとギャップがあるというか。
24:02
確かに確かに。
どういったあれですか。
これも僕が見てるのが、表現よりのそれこそ古典とかをガンガンやるイラストレーターさん、
を割と見てることが多いから、商業の話とちょっとずれてきちゃうこともあるんですけど、
その古典とか表現としてイラストレーションを選んでる方たちの今っぽさにすごい合ってて、
これはもう皆さんオーカレスクの中で感じてると思うんですけど、
自分の表現を突き詰めても手ごとにはならないっていう、
時間が全然実は違うんだっていうことに、
皆さん悩んでるところもある気がしてて、
で、その矛盾のことかもしれないです。
なるほど。
一番最近の作風はちょっと交渉に見えるかも。
すごく一般庶民の感覚よりも高次元のものを見てるというか、
そういう意味でもやっぱ広くみんなに伝わるようなものの方が絶対仕事にしやすいっていうのもあるから、
そこがその表現をもっとブラッシュアップしていった先に、
みんなに伝わるものになる可能性は全然あるとは思ってるんですけど、
今今ちょっと交渉な雰囲気、なんか静かで、
わかる人にはわかるみたいな、
文化的教養がある人には伝わるみたいなところに行ってしまってる現象があるから、
せっかくその題材が誰もが知ってるものなんだから、
もうちょっとみんなで楽しめる方にチューニングできたらいいなぁとは思うかも。
とても大事な話。
なんかその自分が考えてることって抽象的だよなとか、
ハイコンテクストだよなって、なんか自覚する部分ってあったりします?
全くないですね。
ないですか?そうなんだ。
先ほども言った通り、私がこの儀式的に見えるものを描いてるのって、
単純にお雛様を家族で飾ったなぁとか、
クリスマスツリーが毎年あって楽しかったなぁとか、
お父さんが長男の家だったので、お正月準備がお掃除して、
設置1日中作って大変だったなぁとか、
私からするとこう思い出の中に誰しも一つあるような、
そういった普通のイベントごとイラストレーションにすると、
ああいう表現になってるだけで、すごく描くことに思い入れがあるんですっていうわけではないんですね。
27:00
原体験から描いていくと、クリスマスがありお正月がありって、
祭事ってあると思うんですけど、それだけでは尽きるなっていうのは最近感じていて、
それで次に今私がちょっと試してみてるのは、
さっきの絵本から通ずることなんですけど、
みんなが分かるテーマで何が面白いだろうと思った時に、グリム童話とか、
ウォールドディズニーも結局ああいった童話を自分のキャラクターで世に出したりとか、
童話、みんなが知ってる話を自分のフィルター通して作品化するって面白いのかなって思った時に、
今、人魚姫の絵を描いてみたりとかっていうのは、ちょっと今どう感じてみたりとかしてる?
あのー、難しいな。
ちょっとね、分かんない。完全に僕個人としては、
グリム童話とかにそこまで親しみが実はなくて、
知ってるけど別に何の思い入れもないっていうのが正直なところだったりするんで、
なんかそれよりは、もっと日本で生活してて、
それこそもう宗教もめちゃくちゃで、ハロウィンもやるし、
正月も祝うしみたいな、なんかそのごちゃ混ぜ感は結構いいなと思ってて、
それこそそこの解像度をもっと上げれそうな気はしてて、
なんかもっと初詣行くよねとか、
お年玉って題材にまだしてないよねとか、
なんかその新学期始まる3月4月みたいな、
そこで何か起こるイベントってあるよねとか、
意外とその日本で生活してて起こるみんなが知ってるイベントごと、
で、まだネタが尽きるまでいってない気もするし、
しかもそれって世代を超えて何回も繰り返されてることだから、
一つずつ感じ方も違ってくるし、
だからその繰り返し題材にしても全然変ではないものだから、
本人が飽きちゃうっていうのは一回置いといて、
なんかもっとこの人は自分と同じような生活をしていて、
それをこの人なりの視点で書いてるんだっていう風に見えるために、
もっと書けるものはある気がするけどなとは思います。
だからグリム堂は行く前にちょっともう一回繰り返してほしい気もするけど、
まあ絵本いっぱい読んでるとそうもなるか、どっちだろうって。
今三河さんのおっしゃったことももちろん今まで書いてるもの、
例えば初詣の鈴が三つある絵とか、
新幹線描いてるのもあの寄生の空気感を描いてるものなんですけど、
30:03
そういった何かの行事を俯瞰で見てるようなものって、
私も書くのがすごく楽しい題材ではあるので。
なるほどね。
だからこの新幹線もその上からこう見てると、
なんかすごいワクワクしてる人がいたり、
新幹線写真撮ってる人がいたりっていうのを、
テンション上がってる人赤とか黄色の丸。
表情でただこう列に並んでる人が真っ白な丸で、
人間の頭を表してるんですけど、
そういった意味で寄生を描いてたり、
初詣を描いてたりとかっていうのは、
私としてはすごく面白いですよね、それを書くのは。
なるほど。
ちょっと伝わってないかもそれ。
ご本人が楽しいのはめっちゃ大事にした方がいいんですけど、
もうちょっとコミュニケーション欲しいかも。
分かんなかったかもね、それ。
それを多分今ってすごい極限まで説明する部分を削いでる状態なんですね。
それをどれぐらいこう足すのかっていったところは、
今後検討していくことですし、
深めていく価値はあるかもしれないなと聞いてて思いました。
いや話聞いてて、
まさしく俯瞰で物事を捉えてるんだなっていうのは思って、
あんまり当事者として書いてないかもしれないなっていうのは思ったんで、
それにあった距離感で、
なおかつ人とそれを分かち合うってどうしたらできるんだろうって今悩んでいます。
悩んでいます。すいません。
いやいやいや。
なんかやっぱその僕の体感では、
世の多くの人はもう人間として、
そこに感情の動きがあるから思い入れが生まれるっていう。
だから新幹線も構図っていうよりは、
一人の人間のこういう心理的な動きがあったよねっていうところにやっぱ共感する気がするんで、
だいぶ今クールな視点に行っている部分かな。
それはそれで僕は好きなんですけど、
共感じゃないんだろうなだから目指すのは。
そうですね。
私が作品を例えばSNS上げて、
分かるよねこの感覚って思うことってない。
なるほどね。
そういうこともどうぞ自由にどう見ていただいても構いませんって思うっていうのがもう第一前提あると思うので、
なんか正しく伝わるのであれば、
それ以上の何かこう味付けだったり、
懐かしいなり嬉しいなり悲しいなりは好きにしてもらって構わないっていうのが今の作風にすごくあるからそうなのと思うんですよね。
33:08
これはすごい尊重した方がいい気がして。
じゃあちょっと角度を変えて、
絵でもっと迫力を出すとしたらみたいなことって考えたりしますか。
考えれたりしますか。
それはもうすごく興味のあることです。
興味がある。
そうですね。
なんかそのいわゆる共感じゃない方向で行くとしたら、
憧れというかその威風の念というか、
このアツモーデってそうだよね。
本来そうやって捉えるとめっちゃ素晴らしいことだよねって思ってもらうような方向があるのかなと思ってて、
そのためにはやっぱりそのビジュアルとしての大きさというか迫力みたいなのがあるとそうなっていく気がするかもと思ってて、
今ってiPadで描いてますか。
そうですね。今はProcreateで描くことが多いです。
Procreateか。
アナログで今の作風を描いたことっていうのはないですか。
アナログもありますけど、ほぼProcreateですね。
スピードがまだ生まれて間もなかったので、
描いていくうちにどういう風にしたいっていうのを固めていきたかったので、
まだアナログ主体でっていうところはやってないですね。
もちろん生活のいろいろな環境のあれもあると思うんですぐには難しいかもですけど、
いつか本当になるべく大きめでアナログでこれを描いたら、またいろいろ発見がある気がしますね。
そうですよね。
ちょっとね、やっぱそのライトに見えちゃうかも。
Procreateで完結していると、
実感としての迫ってくる迫力みたいなのを感じても出づらくて、
まずみゆさん自身が作品の迫力っていうものを感じた方がいい気がしていて、
単純に大きめに印刷してもあんまりそこに迫力って感じられない気がしてて、
そこは本当にね、時間をかけて描かないと厚みというか出てこなさそう。
だからその割とおごそかな方を目指すんであれば、アナログで描いてみてほしいって思います。
なるほど。
本当に避けてきたじゃないけど、ちょっとドキドキというか、
一番最初にこれぐらいの作品描いてみるというサイズとかってあったりしますか?
36:09
僕はB2以上がいいと思ってます。
B2以上。
物として単純に迫力があって、その画面を目の前にするとでかいと思うんですけど、
それでも絵が持つというか、並立してるって思えるのかって結構大事な気がしてて、
A3だとちょっともう一息っていう感じがしちゃう。
A3から始めてもいいとは思うんですけど、
逆に今まで避けてきたって聞いて、なおさらやった方がいいかもって思いました。
そこね、だいぶ感覚違うと思います。
なんかたぶんせっかちなんですよ。
最初からうまくいきたいんでしょうね、きっとね。
わかりますよ。
結果がスルスルスルってちゃんと見えていく、描いてる感じがあるって安心するというか。
本当に失礼になっちゃうと思うんですけど、
今描いてるものはエスキースというか元絵。
要はこれが完成作品じゃなくて、これを元にアナログで実際に本番用の絵を描くっていう風にやってもいいぐらいだと僕は思います。
なんかそこにやりがいを感じられるかわかんないんですけど、
今ある絵をその大きい画面に自分で描き起こしていくっていうだけでも結構違うと思うし、
先回りしちゃいますけど、結構そこで気づくものの一つとして、
この絵ってこの白で良かったのかなみたいな気づきとかが出てくると思うんですよね。
アナログで描くと。
やってみます。
三河さんに見てもらえる、やりましたよって。
是非見てもらいたいと思うんですけど、
例えば今大きいものを試したことがない段階で今作品見ていただいてるじゃないですか、
窮屈感を感じるとか、きっと大きくないんだろうなって思わせる部分って、
どういったところに出るんですか?
感覚としか言いようがないかもしれないんですけど、
迫力っていう言葉が多分もう全てなんでしょうね、きっとね。
そうですね。
粒子の粗さとかもデジタルで描いているサイズ感を前提に描いている粒子感だし、
39:00
その均一さ、ところどころ裏側にしてもやっぱり全体に本当にフラットに見えるっていうところが、
お仕事の効率としてはもう一番最適化されている形ではあるんですけど、
その迫力っていう軸で見るとちょっと物足りなく感じてしまう。
自分の中で経験したことがあって、最終的に効率重視で今の形になっているならまだ全然いいと思うんですけど、
一回はちょっとそこを経験してみてほしい。
そしたら多分ね、エビの存在感とか、そのオセチで言うと、もっと前に出てくるとか、
メリハリみたいな。
がもっと出るってこと?
と思いますね。
なるほど。
あと、背景意識して欲しくなっちゃうかも。
今の回転木馬の絵あるじゃないですか。
はい。
あれすごく完成度が高いというか、この並びの中で見るとすごく完成して見える。
って言っていただきます。
やっぱそうですか。
それは単純に色がついてるからだよね、で終わらせちゃいけない気がしてて。
なんかそう、それ以降の背景が白い絵って、背景にちょっと溶けちゃってる部分があるかもって思って。
もうちょっと形はっきりさせてみるとか、そのシルエットって絵描くとき意識しておきます?
意識とは、例えばどの意識?
丸三角四角ってすごく強いんですよ、人間が見るときにめちゃくちゃ目に入ってくるというか。
その丸が細かくシルエットが崩れていくと、形としてどんどん弱くなっていく方向に行っちゃうんですよ。
なるほど。底円が一番強くて崩れるほどだんだん弱くってこと?
そうそう。今、みゆさんの絵って割と崩しが強い形で、輪郭が結構細かくしてしまっている絵とかもあって、
まずめっちゃ遠くから離れてても三角だってなるぐらいの絵のシルエットを作っちゃうとか、
クリスマスツリーも三角に上にちょこっと飾りがついているのが一番強いシルエットで、
もちろんそこに描き込んでいきたいから崩れていっちゃうんですけど、
でもあんまり崩しすぎなずに細かく描き込んでいこうっていう意識があるのとないので、
42:00
最終的な絵の強さって結構変わる気がしてて、やってみてほしいかも。
パッと見たときの足掛かりじゃないけど、きっと三角だろうとか、丸がここにきっとあるだろう。
よく見るとこれはこうなってるんだなっていう、そこに行くまでの距離感が今は三角とかなくバーンって。
そうそう。これです。
よくわかりました。
よくわかりました。
で、回転木馬がいいのは三角っていうのが基本にあって、
そこから遊びとして飾りがちょっと跳ねてたりするから、三角は崩れずに、
でもちゃんと近づいてみたときの見応えみたいなのもあるから見やすいなってなる気がします。
確かにポートフォリオでもこの回転木馬のような作品をちょっと見たいですって言っていただくことはよくあって、
色が付いてるからなのかなと思ってたんですけど、今聞いてちょっと腑に落ちる部分もありますね。
物として一個しっかり塊感があるというか。
おもちゃの木馬なんだなっていうのがまず。
そうそう。逆にそのツリーとかってやっぱ背景の中に置いてある柄に見えちゃうから、
物としての塊感がもうちょっと欲しいとかっていうのがあるかもしれない。
すごくいい話を。
本当ですか。僕はそう思うっていう。
回転木馬は今の私からするとすごく形がしっかりしすぎてるように感じてしまうんですよね。
なのですごく木のおもちゃだよみたいな別の形してて、馬さん回ってるよねみたいな。
すごく説明的に思える部分もあって、それと今のこの抽象的なものと中間はどこになるのか。
それをうまく見つけていけたらいい。
そうですね。結構その説明的っていうことの反動が今来てるように受けられるので。
でも一方で木馬ってじゃあ言葉にできたから、この絵の魅力ってじゃあもうそれで言い終わったよねってなるかっていうとそんなことなくて、
やっぱこのパッチがこうなっててとか、この飾りがちょっと傾いててとか、
ここはもう言葉にしきれない魅力が木馬っていうわかりやすい枠組みの中で、
いくらでもその抽象的な言葉にならない感覚っていうのを入れ込めると思ってるから、そこのバランスを取るといいかも。
今ちょっとそうですね。
私がよく描いてて考えることがあるんですけど、色を足すっていうことで固定する意味ってあると思うんですよね。
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例えば黄色だからきっとこれは鈴だろうなとか、この木馬に関してもこの木のテクスチャーが木の色を捨てるから木製おもちゃなんだろうなってパッと見で色が伝える力ってすごく強いと思っていて、
よくいいよねって言ってもらえるこの回転木馬がモノクロだったら同じぐらい評価してもらえたのかって思ったら、私はそうじゃないんじゃないかなってちょっと思っていて、
色の力ですごく引っ張られているところもあるだろうなと思うと、今この白黒でやってるものを例えば全カラーにしたらまた感じ方が違うのかなとか、
色との付き合い方と離り方っていうのはすごく考えていることの一つだなと思って今やってみました。
何て言ったらいいんだろう。逆に色にとらわれているかもそれは。
色も一要素で、色が付いているのと付いてないのっていうのは一要素に過ぎなくて、
それこそさっき言った形の取り方とか輪郭の決め方みたいなのも複合的にやっぱこの回転木馬はうまく着地できている気がしてて、
なぜかというとこれをモノクロにした時にそれでも他の絵よりは強いとは思います。
さらにカラーになっているからより強いっていう感じがするんで、
回転木馬ってそれこそ背景のクリーム色とこのグリーンとか茶色のバランスもいいんですよ。
背景白で木馬のところに茶色入れたからってこの良さってここまで良くならない。
画面としても圧倒意じゃなくて、ここにこういう色のバランスがあってほしいなみたいな感覚も欲しいけど、
うまく伝えられている気がしない。
本当、だからそれだけ色って色々思わせる力があるってことですよね。
これは単純によりおもちゃらしく見せることを一番に考えて配色しているので。
本当ね、ちょっと意味にとらわれすぎているかも。
もっと感覚的に色をつけるってことですか?
クリーム色とグリーンの配色って綺麗だよねとかそういう話です。僕が言ってるのは。
そういう、うーん。
おせちも色入れたバージョンあげてらっしゃるじゃないですか。
これってちょっと後付けで色入れた感があって、背景の白とこのエビの赤のバランスとかが、
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中箱のちょっとクリーム色入っているとかが、背景の白とのバランスとかではあんま見れてない気がするんですよね。
だから意味として色を入れるんじゃなくて、画面としてこの色とこの色を組み合わせたら楽しそうみたいな感じになると一番いいんですけど。
うーん、なるほど。
今お話聞いていると、色本当は入れたくないのに必要に迫られて入れようとしている感じがすごいあって。
色がなくても成立する方が好きなのかもしれないですよね。
あれはでも本当にそれでなんならいいと思う。中途半端なことしないで。
そうですね、モノクロだけで描いてらっしゃる人もいっぱいいるんで。
その分逆に、だから色っていうところで人を引きつけるってのを一回封じてることになるんで。
その分形で引きつけなきゃなとか、状況で魅力的にしなきゃなとかっていう工夫は必要かもしれないですね。
ちょっとそれは今一度自分の中で捜索する必要がある話題だと思います。色と形に関しては。
すごくコンポーンに近い作風のコンポーンにも関わってくることだと思う。
それで言うと、すみません今ちょっとダメなしっぽい話の割合が多くなっちゃったんでちゃんと言っておくんですけど、
僕、恋の森はめちゃくちゃいいと思います。
そうなんですね。どういったところですか?
色も背景の白で描いてあるグレートーンと、1個主役になりうる赤い恋の森。
バランスをとるために先端の恋の森がつながっているところにちょっと赤み足してみたり。
恋の森ほどじゃない赤みを足しているとかっていうのは色の入れ方としては割と自然に見えるので、これ結構好きで。
嬉しいです。
さっき言ったシルエット、家を結構溶かしちゃってるんですよね。
溶かすのがいいのか、何ならもっと恋の森だけを浮き立たせるのがいいのかとか。
考えられることはなくはないですけど、これは自然に色を入れている感じが個人的にしました。
ありがとうございます。
これももちろん、おっしゃった通り、家をどれくらいしっかり家として認識しているのか。
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それとも単純に恋の森がついている根本というか根本というか、
というのだけがわかれば家の存在感はなくてもいいのかっていうのは悩んだ部分でもあるので、
見る人によって評価が違う作品だろうなと思ってます。
そうですね。さっきから好き勝手なこと言ってますけど、大丈夫ですか?
使用悪くしてないですか?
大丈夫です。
ついつい盛り上がってしまった。こういう話好きだから。
可能性として、今家の入り口に屋根つけてるじゃないですか。
これなくしたらどうだろうとかちょっと僕は思います。
もっと浮遊感でそうですよね。
そうだし、恋の森以外の要素をなるべく減らすと恋の森に目が行くようになるので、
今赤の三角屋根がちょっと存在感あるので、これどっちだろう?
戻す可能性も全然ありますけど。
そうですね。それはちょっとこのお話の後に自分でもやってみようかな。
視線が泳いでるように見えたいって言った時に斜めに行けばいいなと思って赤がそういう風に色ついてると思うんですけど、
さすがに三角がないとパッてそこで視線が浮くので、より恋の森の泳いでる感は出るのかなって今ちょっと思ったりしました。
面白いですね。その三角一つでどうなるか分からないけど。
伝えなくてどっちがいいんだっていうのは本当に感覚の話なんで。
いやでも本当に要素のシンプルさとかもやっぱり恋の森って描きたいものがすごいはっきりしてるから見やすい。
だから装飾の入れ具合も僕個人としては結構好きですね。これぐらいが。
なるほど。この恋の森の抽象度はこれぐらいでもまだ伝わりますか?
全然伝わります。ちょうどいいぐらいな気がする。
お雛様は逆に抽象的すぎるって感じます?
二人並んでるやつですよね。
そうですね。
これは上下にすごく余白があるじゃないですか。これが活かされてるような気もするけど活かされてないような気もする。
それは本当にそうなんですよ。もともと横の作品なんですよね。横で目一杯お雛様がある。横にぼんぼりの明かりがあるっていう状態なんですけど。
SNS投稿のために変えるっていうことが必要かどうかって思った時にそのまま。
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それはそうだと思う。あえて恋の森と比較すると恋の森って空気を感じるんですよ。やっぱり泳いでるから背景も白なんだけど白に空気が充満しててそこに風が吹いているように見えるんですけど。
モチーフ的にどうしてもしょうがないとこはありつつお雛様ってただの余った白に見えちゃって。
だからそれを本当にジャストアイディアですけど、ぼんぼりの光をもうちょっとしっかり描くことで光がブワーンってなってて空間をもしかしたらもうちょっと感じるようになるかもしれない。
その空気感がもっと出るっていうこと?
そうそうそう。なんか上に向かってちょっとうっすらグレーをかけてぼんぼりがちょっと光ってるのを強調してみるとかっていうのもありかもしれない。
そしたらもうちょっとおごそかに見える気もする。
周りがただの白じゃなくてここには空間があるんだと思っていろいろ試してみるといい気がしますね。そしたら自然と背景っていう意識になっている。
そうですね。ちょっとやってみたいと思います。
確かにそのこの単体を描いているっていうのとシーンを描いているものとあるんですけど、どうしてもやっぱり動きがない絵に見えるっていうのは悩みの一つでもあるので。
でも難しいもんで動きがない絵の方が象徴的ではあるので、余白をうまく使えるようになったらむしろこういう動きがない絵の方が良くなると思います。
ちょっとじゃあ今後SNSの投稿がこういろいろなんかやってるなって。乱れる可能性は十分にありますね。
ありますね。楽しみですね。
なんか奥深いというか。
そうなんですよ。
表現っていろいろあるなってすごく感じながら。
今の話って結構表面的なテクニックの話なんで、一方でやっぱその絶妙な距離感を取ってらっしゃる。
意味合いとか思い入れとか、自分の経験に紐付けるみたいなところの話をちょっと聞いてみたいんですけど、
例えば作品を見る側の勝手な期待値の話で全然やんなくてよくて、こういう話がしたいから出すんですけど、
お子さんが生まれたじゃないですか。
それってやっぱ人生においてすごく大きなこと。
自分の中に嫌がおうにも実感値として蓄積されていくじゃないですか。やっぱお子さんって。
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お子さんの成長。
だからお子さんが生まれた作家さんが自分の子供にこういう才智的なこと、比例的な習慣を教えてあげたくて、
私こういう絵を描いてるんですって言ったら最高じゃんって僕なんか思っちゃうんですけど。
そうなんですね。
そういう視点であったりされますか。
この絵を子供が大きくなった時に見て、どう思ってほしいじゃないけど、
自分のお母さんはこういう絵を描く人なんだって思ってもらえたら嬉しいなと思いながら今作品描いてるって人もいらっしゃって実際。
なんかそういう視点であったりしますか。
ないんですよね。
ないんですね。悪いことではない。
たまたま今描いてるものが、私の原体験で多いのがその才智的なことだった。
ただそれだけに尽きるというか、子供に同じようにそういった思い出をたくさん作ってあげたいっていうのはもちろん親心としてありますし、
私の原体験ってすごくポジティブに残ってるものを引き継いで作ってあげたいっていうのはもちろんあるんですけど、
それと制作がすごく密接につながっているかというとそれはまた別なことですね、私にとっては。
結果的に子供がそういうふうに思ってくれるのはとても嬉しいですけど、そうなればいいなと思いながら描くことでもないかなっていうのが。
なるほどね。いやーこれちょっともうこの際だから言いますね。
どうぞ。
仮に自分のお子さんにこういういろんなイベントごとをやってあげたいっていう気持ちを作品に結びつけたとして、
例えば自分のこの作品で年間のカレンダー作って、毎月この月はこのイベント、この月はこのイベントっていうのを書いていって、
そこにはやっぱりこの風習ならではの意味合いとかもあるから、ちょっと抽象的な思いも込めながら12枚各月ごとに揃えてカレンダー作って、
それを発表するときに子供にもこういう自分が体験してきたイベントごとを経験してほしくてこのカレンダー作ったんですよって言ったら、
その世のお母さん、同じ思いを抱えているお母さんにすごく伝わるものがある気がしている。
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うんうん、よくわかります。
そう、だからそれをやらないですか。
そうですね。
逆にそういう筋道を立てちゃうことというか、作品に自分の生活を結びつけすぎることに抵抗がありますか?
うーん、面白い話題ですね。
コピーカストなので言葉だけだと聞く方がどう思うかわからないですけど、純粋にそういうお気持ちで作ったものが世の中の同世代のお母さんとか同じ立場の方に響いて商品となったりとかっていうことってもちろんある
し、すごく純粋な派生だと思うんですね。
ただ、一種のプロデュースの術であるようにも私は思っていて、そういったものって。
なのでそれを私が本当に自分の子供にしたいと思えば、たぶんそういうシリーズ化するでしょうし、
例えば12枚、12ヶ月分準備して個展として提示して皆様に見ていただきたいって思いがあればやると思うんですけど、出なければやらない。
ただ、そういうのをイラストレーターとして考える必要があるのかないのかっていったところはちょっと私はまだ答えが出てないっていう。
一人の母であるっていうことを作家の一つの側面として、材料じゃないけど、するかどうかっていうのは、見せる見せないは選びたいっていうのが正確なところですかね。
そういった側面もちろんありますし、クリエイターの方みんなそうだと思いますけど、見せてる一面と見せてない一面あって、もちろんそれで主作選択してることだと思うんですけど、
その全てが作品に滲ませたいという方もいれば、そうでない方もいて、私が一番感じてるのは、こう見せたいと思って作品にした後で、
そういうふうに取られるかはわかんないというか、自分のこと以外のことだよねっていうのがすごくあるんです。
例えば自分が子供のことを思って作品を作るっていうことが、もしかしたら私もこの先あるかもしれない。
ただ、こういうふうに見られたいからこれを作りますっていうことは、私としてはすごく苦手な分野であるっていうのに尽きるかなと思う。
なんかボロが出そうな気がするんですよね。
そういうふうにしたものを、途中で面白くないって思ってしまったりとか。
なので、できるだけそういうプロデュース的なものよりかは、自分がやっていて苦しくない表現で、
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その作品は作品として見ていただいて、私も自由だし、あなたも自由だし、それ以上に何か聞いてくださったら私はこうです。
あなたはそうなんですね。分かりました。
それとお互いに良い悪いなく楽しめるのであれば、そういった関係性が一番健全じゃないかなと。
例えばなんですけど、すごくいいなと思ったのが、ダブルスタンダードというか、もちろんイラストのお仕事はしたい。
人の役に立ちたいし、お仕事をお待ちしてますっていう一つの軸があって。
もう一つ、同じ絵なんだけど、自分が気持ちよく描けるものを描きたい。
それは変に他の人に合わせるとかじゃなくて、自分の軸で描きたい絵があるんだっていう2軸、どっちも本当な感じがしたんですけど。
それは本当ですよね、どっちもね。
そうですね。だから、皆さんにしても、ご依頼いただくにしても、嘘がないようにしたい。
全てを私は、自分が苦しくなく描けるものが仕事になることが一番嘘がないっていう考えですよね。
これは私が描いたものですっていうのを胸が張って言えるかどうかっていったところっていうのはすごく大事にしてると思います。
なるほど、本当にただの想像で喋るんですけど、それを一本化しようとする、その仕事として依頼されて描く絵と、
自分にとって気持ちいい絵を一本化しようとするところに、結構苦しみの種も生まれやすい気がしていて、
そこをもう切り分けてしまうというか、何ならアカウント分けちゃうみたいなことは考えたことはありますか?
アカウント分けるは過去にも何度か言われたことありますけれども、
アカウント分けるってそれこそ、これが描けますっていうのをすごくアカウントの数だけ宣言しているような気持ちになってしまって、
最初に言ったように全て私の中では繋がっているものなので、確かに見た目的には全然違うけど、
この作品いいよねって言われたらどの作品も嬉しいし、これを描いてくださいって言ったら描くことはできるし、
それはポジティブなことだって私は思うので、なので本当にそれによって誤解されるようなことももしかしたらあるかもしれないですし、
それが面白いと思ってもらえる方もいらっしゃるかもしれないです。
それは壁にぶつかったらその時考えるだろうし。
なんか全て表裏一体って思ってます。
1:06:02
そうですね、おっしゃる通り。裏を返しちゃいますけど、壁にぶち当たってはないですか、今は。
当たって壁だったなって思うぐらいですね。
その時は壁って思ってないです。
溶けないシーズンってすごく影響を受けたりとか、うまくいかないなって時期ってもちろんありますし、
昔はそれでSNSの更新が滞ると、私ってダメなのかなって落ち込むこともあったんですけど、
今はそれがなくて、自分が納得できないものを毎日投稿してみなさんに見てもらうよりも、
別に止まってる時は止まってて、動いてる時は動いてての方が人間らしいというか、
それが普通というか、それが私、毎日更新できる方もいれば私はそうじゃないっていう、
ただそれだけだなって今は思えるようになりました。
やっとわかってきたかも、みゆさんという人が。
それこそ調子いい時も悪い時もあるし、私っていろんな側面があるし、
それを無理やり肩にはめるんじゃなくて、自分がまずそれを受け入れたいし、
世の中にもその姿を見せていきたいっていう欲求があるんだなって思いました。
それこそ、それがトゲになって面白がってもらえるんだったら、
私はトゲを選ぶ人間。
そのトゲを可愛がってめでてくれる方がいれば嬉しいですし、
そのトゲが嫌だって言うんだったらごめんねって感じ。
なるほどなるほど。
作風が変わってるから迷いとかあるのかと思って話を聞き始めた感じとしては、
全然思ったよりブレてなかったんだっていう印象でした。
どっちかっていうと本当にテクニカルな部分で課題があるんだったら、
ちょっとそこを掴めていきたいなっていう思いなんだなっていうのが感じました。
よりよく、より面白くなれるのであれば、何でも試したいみたいな。
こいつ面白いなって思ってもらえたら、それが一番幸せかなと思ってます。
じゃあちょっとSNSを見守っておこうかな。
ということで、今回のゲストはイラストレーターのみゆさんでした。
ありがとうございました。
01:09:42

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