つわげで、いろいろちょっと急に真面目な話をさせていただくとですね、
メディアってやっぱりさ、言葉を扱う商売じゃないですか。
はいはい、お仕事ですね。
それで、あと誰かに何かを伝えるっていうのは、
やっぱりちゃんと性格でなければいけないじゃないですか。
なのに、そこが抜け落ちてると、
やっぱり信頼性であるとか、人を傷つけたりもするから、
ちゃんと気をつけてほしいんですね。
だけど、何度言葉を尽くしても、
直らずいい加減な記事で終われそうとしてる人たち、人がいて、
毎回すっごい長くフィードバックするんだけど、
結構ちょっと今それは悩みだね。
例えばそれはさ、言葉の使い方とかなの?
それとも何かその文章の構成とかなの?
全部。
日本語としてなってない?みたいな。
いや、それもある。
それもある。
日本語としておかしいだろうっていうレベルは、
もうしょうがないから、そこは言わないの。
だけど、根本的なエビデンスが違うよとか、
それを、例えばね、この間もあったんですけれども、
そういう事件、事件というか事故がありましたと、
その原因はこうでしたっていうのを、
公式の発表のエビデンスを出してたのね。
そのエビデンスに遡っていくと、
こういうふうな、
だとこの原因は何々だと推量されると発表だったわけ。
だから、代弁してないの。元記事がね。
その原因はあくまでこうじゃないかというふうな、
警察の発表がありましたっていうふうな感じだったとするじゃない。
それを、記事の方は、原因は何々って代弁してんの。
だから、そこはさ、ずれてんじゃん。
一番やりたくないタイプです。
ね。
一番デリケートになるやつですね。
そうなんですよ。
で、あるとか、エビデンスで出している、
例えば、ほうれん草の栄養みたいなカルシウムとリンが結びつくと、
みたいなことを言ってるのに、
エビデンスがカルシウムのエネルギー量みたいな、
どこにこれのエビデンスなんじゃいっていうのを、
引用しとけばいいやみたいな、私がエビデンス、エビデンス。
どっかにあるやつをとりあえず引用しとけばいいやっていうのに。
そう、公的機関、できれば日本、国の公的機関のきちんとしたエビデンスをつけてねっていう話をしていたりすると、
それをつけて、いい加減なのを持ってきたりとか、
逆に、なんだろうな、
例えばね、レモンにはビタミンCが含まれますってさ、
もう100人が知ってる。
100人知ってるよね。
それエビデンスつけてくんの。
いらないよって。
なるほどね。
そういう段階ね。
そう、なんかちょっと根本的にわかってないのかな。
あとはもう、
初めに、
例えば4段階、
文章があると、4つにパーツに分かれてるとするじゃないですか。
で、1番は何々なんでしょうかって、
木だから問いかけだったりするじゃないですか。
で、2番目にそれはこうなんですって言うとするじゃないですか。
2番目に答えがあるとするじゃないですか。
そしたら3番目に、というわけでこうなんですって、
もう1回それが出てきて、
そして最後に結論としてこうなんですって、
4回来るとかね。
希少点決がめちゃくちゃ。
そう、構成もちょっと良くない。
で、あと、ものすごい細かい誤字脱字があるとか。
なんかあれだね、細かい誤字脱字はさ、
なんか、ワードの、例えば構成とかを使って、
指摘されたところを、マークされたところを考えるなりしてきてね、
って言えば何とかなるかもしれない。
いや違うの、それ言ってんの。
だから毎回出す前にね、きちんとAIで誤字脱字チェックやってね。
で、このプロンプトを使えばいいからって、プロンプトも渡してんの。
で、私がそのプロンプトを使うと、そうザーって出てくるわけ。
やってないんだよ。
で、ファクトも、これをこういうふうに使って調べてって言うでしょ。
で、調べましたって言うでしょ。
で、それを同じもので調べるでしょ。
違ってますって。やってないのよ。
なんでやってない?それはいつも同じ人だったりするの?
そう、同じ人だったりする。
怖いよね。
どう伝えたら伝わるんだろう、彼の中心にって思っちゃうわけ。
なるほどね。
なんだろう?で、他の人も彼に対しては、同じ意見を持って、同じ印象を持ってるというか。
みんなはさ、チェックしてないから、なんとなく感じてはいるだろうけど、
本質はわからないわけ。私が全部チェックしてるから。
なので、伝わってはいないと思うんだよ。
本人も非常に真面目には思えるんだよね。
ずるい人間ではないと思うんだよね。
なので、余計にガツンと鼻をこうじゃないだろ、みたいなことはやらなくて、
ちゃんとわかるように、すごくここはいいと思うし、ものすごいめちゃくちゃ才能あると思うし、
すごく文章とか構成とか、記事としての考え方とか魅力があるけど、
そこをちゃんと細かいところをやれば完璧になるからっていうのを面談でも話し、
チャットでも何かとやりっていうのをしてるけど、どうしたらいいの?こういうの。
向いてないの?
えーーー。
いや、わかんない。そんなのはあれだけれども、振り返って考えてみて、
自分たちがどうやって教わってきたかなって思うと、
今ってAIとかがあるから、ネット社会だし、同じような記事がいっぱいあるからっていう大前提で、
そんなに大事に結びついてしまうことだっていうふうに思ってないよね。
確かに。それはそうだね。
私たちの時代って、すごく10年前だけど、初めて文章を書いたりしている時代って、
もう書き物が全てだったし、ネットがないからSNSで炎上もなかったけれども、
問い合わせ一発で大変なことになったりはしてたじゃないですか。
そうだ、確かに。
だから事実と違うことは絶対書けなかったし。
あと直せなかったからね、紙ってね。
出したらおしまい。
そうそう。だから編集長とか副編集長みたいな人に原稿を出して、
何言ってるかさっぱりわかんないって突き返されたら、もう書き直すしかないっていうか。
そう、それはちょっと差し込ませていただくとね、それはすごく今思っていて、
知見の積み重ねができないんだよね。
フィードバックも、そういうふうに終わったことを言うとか、
あとこれを直してねっていうのはあるけど、私というか、まだ未だそうだと思うんだけど、
紙ってさ、ちょっと紙業界、雑誌業界のことで内情をお知らせすると、
一つの原稿に対して何段階もチェックを減るわけですよね。
まず書庫っていうのがあって、初めての考量で、
構成で書庫を、例えばその文字構成の構成さんという人たちが見て、デスクが見て、
わからないときはそこで戻されて、次の段階で大抵雑誌は2回チェックだと思うんだけど、
色構成っていう構成が出てくるんだけど、その時にまた今度はまた構成さんが見て、
デスクが見て、最終的には、その前にライターも見るけど、
編集長が見て、編集長がわからなかったり、担当編集がわからないのは、
付箋でブワーって戻ってきて、それこそ一言一句、手なのか、和なのか、画なのかも、
いちいちこっちが判断して、最終的に赤字を綺麗にして、完成形として提出するじゃない。
でもウェブってそうじゃないんだよね。そんな細かいやつを直させてたら、間に合わないから、
スピード感っていうもので、すべていろんなものが防災されてると思うんだけど、
早く出さなきゃいけないから、いちいち戻さないで、そのまま出しちゃうし、出しちゃうというか、直してね、こっちが直してね。
わざわざ一言一句直させてじゃなくて、大きな間違いは戻して、修正してねってやるけど、
もう、派なのか、画なのかとかさ、あと作るっていう字が上に開いてても下に開くっていうのも気持ち悪いわけ。
紙出身の人間だとわかっていただけると思うんですけど。
文字一個にうるさくなっちゃうんだよね。わかる。すっごいわかる。
空きが空いてても嫌じゃない。ちょっとしたものも、整ってないと嫌だなってなって。
記号の後、半角空いてないのもちょっとかゆいかもしれない。そういう、もうね、あのウェブ記事はもう関係ないかなと思うんだけど、
関係ないね。
一応ね、なんとなくリズムとしてね、見ちゃうんだよね。
そうだよね。見える環境も違うから、そこら辺はもう捨てていいよみたいなところはあるんだけど、なのでこっちで直しちゃうし、っていうのでも気になるとどんどん直すしっていうのはあるんだけど、
そういう感じで、本人に戻っていっていかないから、積み立てていけてないよねっていうのはあります。
なかなかそういう経験を、誰がどういうふうに直したいのかっていうのを、目で見えてないっていうか、
今さ、カオチンが言ってるのは、もうワン・ツー・ワンじゃない?1対1で見てるから、プラスさ、ほら、私たちの書庫だ、色庫だって言ってるときはさ、何人もの人が読んでるっていうか。
そうだね。
だから、プロの高越さんも見ていれば、大衆庁も誰とかも見ているから、なんならさ、取材先があれば取材先に送って、そこからのチェックも返ってくるから、
いろんな人が読んで、いろんなことを言ったやつを全部自分で集約しなきゃいけないっていうのがあるから、
自然とさ、こういう書き方すると、こういうふうなチェックを受けたなっていうのが身についていく。
そうだね。
けど、なかなかそのチャンスとしては、少ないよね、確かに芽吹き地って。
少ないと思いますし、それが良しとされる世界になっちゃってるんだろうね。
恐ろしいよね、なんとなく。
恐ろしいって言っていいのかな?わかんないけど。
わかんない。ちょっとここがまたAIが入ってくると、今度はAIで整った文章になるので、その誤字脱字だったり、構成のおかしさだったり、エビデンスの違いは綺麗になっていくのかもしれないけど、
逆にハルシネーションって言って、AIが間違ったことを出してきたのもチェックできない、そういうのを疑ってかからずそのまま出すっていうことも、
そういうことになっちゃう未来もあるじゃない?間違ってるか間違ってないかって判断って知識がないとできないから、
その知識を身につけないまま進んでいってしまえばそうなんだけれども、それがメディアの人間がやっていいのかなっていうのはすごい思いがあるんですが、
なんかさ、もうちょっと話が飛ぶかもしれないけど、SNSとかでもさ、もう語用みたいなのがさ、一番ちょっと気になったりするのはさ、
永遠とっていうやつがさ、ほら、延々と喋ってるの。延々はさ、延長の延じゃん。
はいはいはい。
だけどさ、永遠が、
フォーエヴァーだって。
そう、フォーエヴァー、フォーエヴァー。
永遠と喋るの?
そうそうそうそう。
が、もう定着してる?
本当に?
それはやばいね。
もう言葉って変化するから、それでいいのかなと思うけど、直す人が、SNSってとにかく、
だって言葉が違うよね。延々と永遠じゃね。
そうなんだよ。でもそういう、なんだ、延々とっていうのを耳で聞いて字で見てないから、
本当は延長なんだけど、そうじゃなくて、フォーエヴァーとみたいになると、
フォーエヴァーという意味で使われるようになるっていうか、
永遠に食べてられるみたいに。
はいはいはいはい、そうね。
それはそれで、永遠に食べていられるもあるんだけど、
そうだね。
その意味じゃきっとないんだろうなって。
元で言うと、永遠と食べてられるなんだけど、そういう変化が起きたために、
今は、永遠に食べてられる、フォーエヴァーに食べてられるっていう言葉が定着してきてるんだろうなって私は思ってるの。
そうだね。変化するからいいかもしれないけど、どんどんSNSって誰もチェックしないじゃん。
でもそれをよく見る言葉になるとさ、もうその言葉になってくるから、
まあ年寄りがなんか言ってるはなんだけどさ。
まあそうなんだけどさ、でももう一個気になるのは知らぬ気が気になるんだよね。
なるほど。
食べれるとか切れるとかが、もう普通じゃない?
うん、そうだね。
で、どこかの広告で見たの。
愕然としちゃって、
誰もチェックしなかったの?
なんか食べれるだと思うんだけど、それこそずっと食べれるみたいな感じで使われてて。
もう延々と食べれるで、もう二重のあれ。
袋にひとまとめにして捨てたいぐらいだよね。
はい。
そういうの見ちゃうとね、なんかもう忘れられていくのかな?
そこにらがあったこと。
なんかかっこいいじゃん。
そう、実はらがあったんだよ、昔はね。
それを入れると、昔の人チェックになっていくかもよ、今後は。
そっか、まずいな。
まずいよ、何ですかこれ、永遠の間違いじゃないですかって言われちゃったりとかするのかもしれないですよね。
日本語って数少ない言語じゃない、とても。
だから、あんまり崩していくのもどうなのかなって思っちゃう自分もいる。
年寄り判定ですよ。
そうですよね。でももっと昔の人から言ったら、
私たちが昭和で使ってた日本語なんかも随分崩して言ったもんだって思ってるかもしれないよね。
そうだよね。
そうやってなくなっていくのかもしれないけど。
逆に言うとね、私ものすごい気持ち悪いなと思うのは、
させていただく文章がすごく多い。
はいはいはい、減り下がって、その先もっと減り下がるやつね。
もうそうそう、あのさ、最近の俳優さんの舞台挨拶とかもさ、
はいはいはい。
演じさせていただきましたみたいな。
もうややこしいよね。
演じましたでいいんじゃないの?
でも、もうさ、あとね、某スーパーのうちのテープでさ、
何々をさせていただいた、何々のさせていただきますみたいな。
何回させていただくんだろうこの人みたいな。繰り返しするとか。
いただいた、いただいた、いただいた、いっぱい書いてあるね。
そうそう。いただいた、させていただいただから。
したじゃないの。
そうね。
したでいいじゃんと思うんだけど、
させていただいた文章が最近すごい多いなと感じております。
多い。
はい。
なんか敬語がおかしなことになってる感じね。
そう丁寧。
丁寧なんだよ、たぶんね。
いろんなところから石が飛んでくるじゃない?
今SNSとかさ、素人がいっぱいいろんなこと言うからっていう感じなのか知らんけど、
俳優さんとかはとにかくさせていただいてる。
そうなんだね。
みんな減り下ってるよね。
そう、スーパーとかね。石が飛んできやすいところはみんな減り下ってるね。
そうだね。かわいそう。みんな石を飛ばさないで、ほんとに。そんな簡単に。
そうなんですよ。あとちょっと話が違うかもしれないけれども、
知見の積み立てっていう意味では、私ちょっとレシピ系とか料理系とかもやってたじゃないですか。
てか今もやってるんだけど、雑誌の作法ってやっぱり積み重なってきて、
こうすると一番読者にとって分かりやすかったり事故をしなくなったりみたいな、
そういう細かいルールとかがあったりするのが、
レシピなんてっていうか、食べ物は毎日の生活だからいいのかもしれないけど、
料理系の雑誌が一時代を築いた時に、
例えばお肉と野菜を切らなきゃいけない時って、必ず野菜を先に切るようにしてるんだよね。レシピの書き方として。
なぜなら、まな板をいちいち洗わなきゃいけないとかあるんだけど、
食中毒感染の視点からも、野菜を切った後に肉を切った方がいいからっていう合理的なもの。
ちょっと綿々と伝えられてたカルチャーが、今ここで途切れようとしていますと思います。
先にお肉いっちゃう。
そう、お肉切っちゃう。割とちゃんとした、メーカーのレシピもそうなってたりする。
やっぱり下味付けて何分置くみたいなのが入るために、先にお肉を切って。
そういう場合ならいいんだよ。そういう場合はいいんだよ。
でもそうじゃなくて、順番どちらもいい場合なのに、肉を先に切っちゃうの。
そうなんだ。やっぱりメインのものからみたいな意識なのかな。
何にも考えてないんだと思う。
そうなのかな。
たまたま野菜が先だったり、たまたま肉が先だったりっていうことで、順番は考えてないんだと思うんだよね。
でも雑誌のお料理系のルールとしたら、肉は後みたいな、そういうのがちゃんとしてルールとしてあったりとか、
油の量はこれじゃないと燃えるからっていうのでルールがあったりとか、
あと何度って書いて、中温って書いたら何度って入れるっていうことだったりとか、
例えば材料表に出てきた順番とかを、意味もなく順番が変わってたりするのよ。
意味がないんじゃ嫌だね。
そうだよね。意味がある。
醤油と砂糖とお酢と塩コショウっていう順番がそういうふうに材料表に書いてあって、
入れる段階で塩コショウ、砂糖みたいになって。
だったら材料表も塩コショウでやればいいじゃない。
あれってもともとは出てくる順番なんだっけ?使う順番に書いてあるみたいな話も聞いたことがある。
使う順番が、基本は使う順番だったりするし、あと雑誌によっては量が多い順に書くところもある。
で、そこを量が多い順番に大抵はした方がいいとか、
さしすせ層もあるから入れる順番もあるし、っていうのをあえてずらすことないじゃないっていうのはある。
なんだろうね。
っていうのは気にしてないから。そんなルールがあるとも思ってないでしょ、みんな。
あるとも思ってないでいいんだけど、雑誌で積み立ててた歴史はここで終わるんだなって思っちゃう。
そうだね。すぐ私たちの話に置き換えちゃうけど。
雑誌でさ、レシピのことなんかやるとさ、最初に分量は必ず入れなきゃいけない。雑誌ってスペースが決まってるんで、そこに収まらなくちゃいけないっていうルールがあるから。
文字数が出ちゃってからレシピ入れると大変なことになっちゃうんで、レシピは先に入れてデザインを組んでもらうみたいなね、そういうルールもあったりしてね。
レシピは先に早めにもらわなくちゃいけないっていうのがあるんだけど、でもある料理家さんとかは、レシピはもうちょっと後でいいですか、みたいな。
え?っていうね。え?っていうのもあったりしてね。すごい某有名なね、もう最近聞かなくなりましたけど某有名。
そんな経験が。
料理家さんだったんだけど、レシピは最後なんだって思って。
それはいつぐらいの話?
何年くらい?もう10年ちょっと前なのかな。10年以上は確実に前だけど、結構一世風美形に有名だった人だったね。
で、材料、じゃあせめて材料だけでも、みたいな言ったら、レシピによって。
料はあれだからね。
レシピできることによって材料変わるんでって言われて、あ、そうなんだ、じゃあ今日の撮影は何のために。
何のために?え?怖い。
ね、っていうこともあったりしたんで。面白いよね。
それ面白い料理家の話になってんだけど、今。
ちょっと言えないことに気がついた。
なるほど、なるほど。
絶対言えないでしょ。
なるほど、わかりました。じゃあ後でゆっくりね、アフターで教えてもらおうかな。
あと、それで思い出したらあるんだけど、雑誌ってさ、レイアウトが決まってるからってあったけど、
なので、例えば靴と同じページに、なんかよくあると思うんだけど、ヒット商品まるっきり紹介みたいな感じで、靴のニュースがあって、
食べ物のニュースがあった時に、絶対に近づけないとか、もしくは食べ物の上に靴を置かないとか、割とあったんですよね。
たぶんみんな、そんなルールあるの?みたいに思う人もいるかもしれないけど、
そういう置き方については、それが見たら不快な人がいるから絶対配置を考えてたんですけど、
今、全然ね、スクロールするから嫌なのか、靴の下に食べ物あるやん、みたいな。
そうだよ、だってさ、レシピ見てるのに、レシピの記事を見ているのに、真ん中にさ、どーんってシミ、シワ。
それはさ、そういうターゲッティング広告に訴えている私に責任があるんですけど。
そうだね、レシピ見てる時にさ、最近よく見るのがさ、足のカサカサを。
あー、それもあるよね。
そう、ガーって、自負でさ、無理やりゴロゴロやってるやつ。
粉のように生んでるやつとかさ、あとさ、お腹が腫るとか言って腸にいっぱいになってるやつとかある。
もうさ、それ、私たちの年代のやつだから。
そうだね、そうだね。
若い子にはまた別のやつが挟まってるね、たぶん。
ごめんなさい、じゃあ若い子にはわからない話だったか。
あの、ほら、パートナー紹介とかそういうのがきっと入ってきてるかもしれないね。
あー、そっかー、ねー、お墓とか出ちゃうしさ、みたいな。
そう、ねー、ほんと。
はい、お葬式やったらね、お葬式のが出るようになったからね。
本当にいろいろなところで聞かれてるなと思いました。
見られてるし、聞かれてるでしょうな。
はい、そうですよね。
でもそういうさ、言わずと知れたルールみたいなものいっぱいあったよね、雑誌の時代は。
いっぱいありましたよね、そうですね。
今ってあんのかね、よくわかんないけど、インフルエンサーの方々にとってみると、
こういう紹介の仕方はこうしない、こういうフォントじゃない、
フォントは見せ方だから違うけど、ルール的にはそんなおさほう的に無理よっていうのはあるのかね。
どうなんだろうね、一回そういうインフルエンサーの人に話とか聞いてみたら面白いかもしれないけどね。
確かにね、すごい戦略であの人たちはあの人たちでやってるから。
と思うよ、すごくニッチな、こっちが気がつかないようなところでさ、ルールを作ってる人たちじゃない?
そうだね、そうだね。
お料理系の人にね、こういう風な、これいいすか?みたいなの聞いてみたかったりはしますね。
でもさ、それこそさ、でもインスタはあれか、文字数制限ないんだよね。
ない。はい、いくらでも書けますよ。
Xはね、文字数に制限が多少あるでしょ?
お金さえ払えば、いくらでも、今記事ってあるのね、Xね。
あるね、ありますよね。
雑誌の記事かと思っちゃうぐらいな文章も出せますよ。
そうだよね。
お金したい。
普通の平民Xユーザーはさ、文字数制限あるからさ、そういうのとの攻めき合いみたいなの、
戦ってる人もいるだろうなと思うと、ちょっとさ、シンパシーっていうか、
私たち雑誌の業界の人はさ、キャプション1個、その商品の下につくさん、
なんとか価格いくらいくら、どこそこメーカー、とじ、みたいなところはさ、
全部文字数決まってるから、
よく後ろから書いてきてたよね。
そうだよね。
あとさ、キャッチコピーをさ、見出しね、込み出しでさ、商品を紹介するこの込み出しがさ、
24文字ですって言ってるのにさ、8かけ3とかやられるとさ、すごい時切りが悪くなるんだよね。
そういうのあるね。24かけ、24文字なら24文字、ネットだと24文字でだらって書いちゃえば、
見るデバイスによって勝手にね、あれされるから開業とかいらないんだけど。
そう、改良しないからね、ネットのタイトルはね。
でも雑誌はね、切れがいいように綺麗に見えるようにねじ切りをやるんだけど、
8文字だと書けなかったりするわけよね。
そう、もうフラットシューズってもう書けないよね。8かけ3だと。
フラットシューズになるから、もうツメツメで入れたよね、無理やりね。
ごめん、フラットシューズ入るわ。
いい加減やな。
いい加減だな。つめれば入るでしょ。
8文字は入るのに7文字は入らないとか、結構日本語の時切りの悪さってあるんですよね。
あるね。
だから本当は13かけ2の方が入るんだよ、26文字って。
そうなの?
12だとなかなか文字が入らない。
13はいいんだ。
13はね、なんか入りやすいんだよね。
なるほど。そこは全然気がついてなかった。
やってみてください。12だとあと1文字欲しいになったりしますよ。
そうなんだ。
だから13かけ2とか書いても。
知らなかったっていうか、気づいてなかった。
デザイナーさんにね。
ただやってました。
そう、26文字とか書くとさ、あと笑われ、大昔の恥ずかしい若い時代ですよ。
でもふざけんなと思うんだけど、その見出しの文字を指定していくんだよね、デザイナーさんに。
大昔って雑誌の作り方として、原稿が後付けなのでデザインをまず枠を作ってもらうんだよね。
この写真はこれぐらいで文字数をボックスとしてテキストを180字ぐらい空けてください。
で、それに合うように写真を組んでください。
この写真に対して見出しは何文字ですってやるじゃない。
でも大抵雑誌って見出しが2行か3行になるからさ、その見出しの文字も指定するじゃない。
それを25文字って書いたら、奇数でどうやって2つに割るんですかって笑われたんだよね。
性格悪いと思うな。
そんなのさ、上をちょっと長めにして、下短くしときゃいい。
でも2つ、ほら、スペースは一緒だから、そこまでやんないとなんかっていうので、
っていうのを、35、6年前のことを思い出して起動してしまった瞬間、ふわーって思っちゃった。
そういう戦いもあったんですよね。
そうなんですね。戦いもありました。
みんな嫌味な人たちばっかりだったからね。
ぐるっと戻ってきたけど、そういうふうに意地悪なことをチクチク言われて育ったから、
そういう嫌味を言わないように、
戻ってきた。
人を注意する方法がわからない。
嫌味を言ってないよ今決して。
言ってないけど、そのチクチクによって二度とやらないぞっていうところもあったじゃないですか。
嫌だから。あんなふうに言われるの嫌だから。
でも今ソフトに言ってると治んないんだな。
なんかさ、昔言ったのかもしれないんだけどさ、
理不尽に怒り散らす人っていうのがもういないじゃない?
いないね、そうだね。
ああいう人の必要悪をちょっと感じたりする場合が、シーンがある。
なるほどね。
そういうさ、何回言ってもわかんない人とかさ、
何回言ってもわかんないなって言ってもらいたい気持ちない誰か言ってくれないかなっていう。
あるけどさ、ミュージンもさ、ライターさんも持ってたりするけどさ、
どうすんのそういうふうに、いつも使えないようなタイトルつけてくるときはどうすんの?
知ってて言ってるでしょ。
とある人って。
そういう場合はね。
どうしてるの?どう伝えるの?それ治してほしいの?
治しちゃってから渡すの?
治す前に言う場合もあるし、もう治しちゃってごめんねっていう。
何もフィードバックもせず治して結果を見て、落ち込んでねって思ってる時もある。
でも落ち込まないでしょ、そういう人って。
多分落ち込んでないんだと思うね。
言っても同じことやってくるんだもん。
だからそういう人ってそういう人なんじゃない?
そういう人ってそういう人なのかな?
まあそうだね、それで少しでもプライドがあって治されるのすごい嫌な人もいるんだよ、いまだに。
そういう人はもう二度とやってこないみたいな。
ああでもごめん、治ってこなかったわ。
プライドがすごい高い子いるんだけどね。
すごい能力が高いんだけど。
でも言ったことは治してこない。
忙しいのがいけないのかなっていう話になっちゃうのが。
いや抜けちゃうことは人ってあるから完璧じゃないからね。
そうそうだからいっぱい言いすぎて拾いきれてないっていうのももちろんあるのかもしれないんだけどね。
あるんだよね、それはある。
タイトルって別に正解がない。
そうだね。
意外と私が変だなこれって思ったやつで、
思わぬヒットを生む場合もあるじゃんとは常に思ってる。
偉い。
常に思っています。
だって私が考え売ることなんて、
たかだか知れてるっていうかなんだろう、うまく言えないんだけど。
私が思ってることって別に見たり聞いたりしたことばっかりだから。
正解ではない。
正解は一つじゃないからね。
だしそれがヒットの形では絶対ないだろうなと思ってるから、
なんかこう面白い、これが実は面白いことにつながったりするかもとは思ってるんだけど。
でも直したくなんない?
直したいんですよ。
割と直してますけど。
でもそれが全てじゃないよとは常に思ってる。
すごい偉いね。
正解は一つと思ってじゃんじゃん直しちゃう。
でもそういう場合もあるからさ。
タイトルはそうね。タイトルは何が受けるかわからないからね。
でもほら、明らかに自分がクリックしたいと思ってないタイトルで来ちゃうと、
それはどうかなって思うっていうのもあるじゃない?
そうだね。
自分は内容を知ってるからさ、そうじゃなくても読むのかなって思っちゃったりもするんだけど、
内容を知らない、結局ウェブ記事ってタイトルとサムネだよね。
ってなると釣りみたいだけども。
そうなんだよ。
そこの構造についてはまたね。
言いたいけど、サムネイルとタイトルのバランスなんだよってことは、
ライターさんたちにもお話したりもするんだけど、
そこ見てくれてるのかなっていつも思っちゃう。
この内容でこのサムネイルでいいと思ってるっていうのもあるし、
怖い。
このサムネイルおかしいと思わない?とかもあるし。
あるね。
難しいね。
でももっと言うと、その前に私、仮タイトルってものをつけてたりもするんですよ。
お願いする前に、何の記事かわかんないんで、
こういう記事ですよってのがわかる程度の仮タイトルをつけるのも、
だからもっとちゃんとした仮タイトルをつけろよっていうことなのかなって思って。
そんなことないでしょ。
仮タイトルは仮タイトルだから、フラットシューズでいいんだよって。
例えばの話で。
その仮タイトルプラスサムネイルも、
なんとなく指定したいものは指定して作って、こういうふうに作ったよっていいとは伝えるんだけど、
なかなかね、自分と同じ角度でものを見るわけじゃないから。
そうだね。
多様だよ、本当に。
それぞれなんだろうなと思ってる。
そこら辺が指導の難しさですかね。
難しい。
押し付けになっちゃだ嫌だなと思っているわけだよね。
そうだね。
成長してほしいわけであって、
自分の思い通りにしたいわけではないのにね。
そこが難しいんだろうけどね。
ね。
すいません、50代女子の指導する立場のような感じで、
結論が出なくて難しいねで終わっちゃったけど、
これに関してね、こういうふうにしたらうまくいきましたとか、
そんな人いる?
いやいや、いるかもしれないじゃないですか、リスナーの皆さんと。
そういうね、答えがある方はぜひ教えて。
教えて、私に教えて。
今ね、ウェブとか何とかって言ったけど、そうじゃなくて多分、
指導の仕方っていうのは、
他でもあると思うよね。
業界を問わずあるんだと思うんですよ。
何かお店で販売するシーンでさ、
何か教えてもなかなかね、着地しないものもあるだろうし。
そうですよね。
っていうので、個々のやり方が尊重される世の中になった今、
なかなかこういうふうにしてねっていうことが言いにくかったりもするから、
そういう時に、どういう指導をしてますかっていうのを教えて。
ね、教えて。
うまくいったよって。
うまくいかなかったよ、でも。
ぜひ、ぜひぜひ。