2025-12-19 15:47

年末の第九によせて

毎日新聞出版社長 山本修司
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感想

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イリカミネ イリカミネ 抱きしめて 毎日だって キラメテ キラメテ イリカミネ
三菱電機
はい、もう今月も残すところあと12日となりまして。
この年末というと、もうね、いろんなところでイベントが行われますが、
ベートーベンの公共曲第9番、合唱付きといわゆる大工があげられますよね。
このベートーベンというのは、12月16日。
この間のね、先ほど第255回目。生きていれば255歳だったということになりますけども、
12月16日、僕も誕生日になります。
そうですよね。
僕と松山千春さんもそうなんですけども。
ということで、今日はですね、山本さんは、ありがとうございます。
葉書いただきまして、12月16日にベートーベンの生誕の日が松山さんの誕生日ということを聞いてお便りいたしました。
心よりお祝い申し上げます。
もう達筆でお葉書をいただきました。
毎日新聞出版株式会社代表取締役社長山本修司と、半顔顔してありますけれども。
葉書ありがとうございます。
今頃。
何便乗して言ってんだよ水木さん。
ということで今日はですね、ベートーベンについていろいろお話、
伺おうとクラシック音楽ね、ベートーベンに限らずね。
ということで改めまして、毎日新聞出版社長の山本修司さんです。
おはようございます。
おはようございます。
ちょっと遅くなりますがお誕生日おめでとうございます。
ありがとうございます。
この番組の中で私知ったんですよ。
何かの表紙にベートーベンと一緒だって。
ベートーベンと一緒だって何か言ったんでしょうね多分ね。
これが頭から離れなくて。
ありがとうございます。
この番組いろいろやってていろんな人関わってますけど、
山本さんだけです。
毎週顔合わせてるこいつら。
何にも言わねえからね。
山本さん本当にいい人。
さてさて今日の社会の鍵よろしくお願いします。
お願いします。
ベートーベンは1827年に56歳で亡くなってるので、
修司さんの方が長いということなんですね。
大工って結構いろんな人歌ってるんですけど、
修司さんとか水木さんの大工歌ったこととか。
いやいや歌ったことはないんですけど、
それこそ今日博多寺で篠助と兄弟会やるんですけど、
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篠助師匠の新作で歓喜の歌っていう新作があるんですよ。
パルク劇場でそのネタ卸僕見たんですけど、
最後ステージの口座の後ろが開くとそこにコーラスの人たちがいて、
大工を合唱するっていうエンディングを迎えるっていうのを、
そういう演出で楽譜をやってるんですよ篠助さん。
そこで僕生の大工を合唱の人たちので聞いたことは何度もあります。
歌ってみたいとは思うんですね。
気持ちよさそうですよね。
機会はあるとは思うんですよね。
私何個も合唱やってるにも関わらず、実はやったことはなくてですね。
機会いっぱいあるんですけど、と思ってるうちに過ぎていったということですね。
先ほど修司さんおっしゃったように年末といえば大工と日本はそんな感じになってますけども、
ベイドベンが特にタイトルつけたわけじゃないんですよね。
通称として合唱とか合唱付きっていうのをつけて、
日本では略称として大工というわけですね。
歌詞にはシラーのアンディ・フロイデというですね、
歓喜に寄せてというこの詞が使われていて、
これが特に歓喜の歌とか喜びの歌として親しまれていると。
言うことは今すぐは言うまでもないんですが、
この日本で最初に大工の第4楽章、これは合唱が入るところですね。
これが演奏されたのは101年前の1924年、大正13年で、
後に昭和天皇となったのは節暑の宮ですね。
当時大正天皇がご病気でしたので、
昭和天皇が節暑に就任していたんですけども、
この結婚を祝うコンサートで、
九州帝国大学フィルハーモニー会が演奏したと。
要は九州大学フィルハーモニーオーケストラですね、今の。
演奏したと言われてるんですね。
そうしたら賞賛ゆかりの福岡に大工は大変ご縁があったと。
ゆかりの福岡で、九州大学にはゆかりいないんですけどね、僕はね。
福岡は結構関係があったということですね。
そうですね。
この100年振り返りますとですね、
ベートメイ始めとしてクラシック音楽の状況というのは変わってきてるんですね。
戦時中のことを言いますと、
当然当時敵国だったイギリスとかアメリカの言葉を使うことは禁じられていました。
ここで音楽も放送できなかったんですね。
ところが同盟国であるドイツの音楽は許されてたということはあまり知られてないんですね。
ですから戦時中でもドイツの3大B、3つの大きなBですね、
バッハ、ベートーベン、ブラムス。
こういったものは戦時中でも聞けたんですね。
親がこういったものが好きでしたら子どもも当然聞きますので、
終戦後自由になってですね、
こういった子どもたちがのみのみとドイツ以外のクラシック音楽に忠心だということで、
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今につながっているんじゃないかなという想像ができるわけですね。
一方で本国ドイツではカリスマ指揮者と言われたフルトベングラーですね、
この人はナチスに協力していたという疑いをかけられて、
活動停止処分なんかを受け入れていると。
最近ではロシアのプーチン大統領に近い関係にあるということでですね、
世界的な指揮者のケルギエフですね、
この人がスウェーデンの王立音楽アカデミーの外国人会員から除名されたりとか、
またコンサート中止になったりとしたのが最近のことなんですね。
それからスターリン体制下のロシアでは音楽も厳しい検閲を受けてまして、
ショスタコービッチなんかもですね、自分の個性を殺して、
当局の意に沿うような曲を作らざるを得なかったということがよく知られているんですね。
政治などが非常に音楽に影響を与えていたということはよくわかるんですが、
それでもショスタコービッチはですね、曲の中に隠れた仕掛けを入れてですね、
抵抗を試みていたということですので、
政治が音楽を利用したり規制したりした一方でですね、
音楽家もしたがったふりをしながらしたたかに生きていたという面もあったということがこれまでにあったんですね。
で、ちょっと話の趣は変わるんですけど、
あまりに有名だと愛好が軽減するという、そういう現象もあるんですね。
例えば、スポンサーの関係があるので言えませんが、
有名な何とか遺産という、いい歌詞ですと言われているんですね。
あのCMで流れているのが有名なショパンの24の前奏曲の第7番、イチョウチョウというやつなんですね。
この曲が流れると、何とか遺産じゃんという形になるので、
ピアノ教室の発表会なんかで先生がこれとってもいい曲なんで弾いてみないと言うと、
何とか遺産って言われるのが嫌なんだと。
そういうようなことで知り込みしてしまう生徒がいるということを聞いたことがあるんですね。
ちなみにこの曲、イチョウチョウ、音がハニーホヘとイロハデアのドレミファソラシドをやるんですが、
このイチョウチョウという蝶なんですけど、
これ日本ではイチョウと似ているというんですね。
イチョウ役だということで、広告のテーマにぴったりだと言われていたという非常にダジャレ。
そんな理由?
そういうこともあったと言われていますね。
センサリーがあるんじゃないですか。
ちょっとホントなことじゃなかったらどこにも来れないんですけどね。
この有名すぎるという面ではまさにベートーベンの広曲第5番ですが、運命なんです。
この運命も実はこの通称ベートーベンがつけたのではなくて、
弟子のアントン・シンドラーという人がこのジャジャジャジャンの4つの音を、
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これは音楽用語ではモチーフ、最小単位ですね。
モチーフとか日本語では動機なんて言うんですけども、
これについて運命はこのように扉を叩くんだと。
ジャジャジャジャン、トントントンって感じですね。
それでそうなったのではないかと言うんですが、
これ随分速さ違ってですね、カラヤンなんかものすごく速いんですね。
ジャジャジャジャン、ジャジャジャジャンみたいな。
運命叩くというよりなんかガサ入れにくい操作になる。
そんな動きになるんで、どうかとも思うんですけども、
そういう説がありまして、いずれにしてもあまりにも知られすぎているというので、
私が学生時代にオーケストラ部にいた友人がですね、
運命とってもいい曲なのに、ちょっと知られすぎていてやりにくいんだよねっていう、
そんなことを言っていたことを思い出します。
これは作曲家そのものというかですね、演奏家のプログラムにも言えるようで、
以前にはよく知られた作曲家ですね、ベートーベンとかモーツァルト、ブラームスというのが
常にベスト5に入っていたということなんですけども、
最近というか90年代以降ですかね、
そうなるとこういった作曲家が全体の3割ほどに減ったというような分析があるんですね。
これは別に牽引されたわけではないんですけど、ニーズの多様化なんだろうというふうには思うんですね。
そんなことも起きているということです。
ただ大工の場合にはですね、あんまり知られているからやめようという声が出ているというのはあまり聞かない。
そうですよね。
そういう声は聞かないですね。
やっぱりこれはプロフェッショナルから地域のアマチュアまでですね、
演奏する機会があってよく知られていてですね、
すっかり年末の風物詩として定着したということと、
やはり先ほどのシラーの詩の歓喜というここのメッセージですね、
多くの人が共感しているからだと私は思うんですね。
私今回出演というのは今年に色がありまして、
ウクラナとかパラシティの戦争もまだ続いておりますし、
地震、
今ちょっと音が。
魚石の火災もあればですね、
去年東京で赤坂のサウナの火事とかですね、
いろいろあってこんなこともいっぱいあったし、
お米をはじめとする物価高とかですね、
様々なことがあったんですけども、
実はベトベンもこの大工を作曲する時ってのはもうほぼすでにですね、
全部の張力が失われていたんですね。
病気も抱えていてですね、
そんな中でこのシワの死に感激をしてですね、
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この大曲を作り上げたというわけなんですけども、
亡くなってから200年以上、
200年近くが経ってもですね、
この演奏されているこの曲の喜びというですね、
この主題を感じながらですね、
明るく年末年始を迎えたなと私は思うわけですね。
そうですね。
ということで今日は少子さんと大変関係の深いですね、ベトベンを。
いやいや全然深くない。
誕生日が一緒だっつうだけで。
それはでもすごい偶然です。
いやいやいやいや、ありがたいけどね。
それから私はベトベンといえば少子さんと、
という感じで行きたいなあなんて感じで。
これも何かの運命だと思いながらね。
いや本当ですね。
いやでもあれですよ。
柴浜っていう古典落語があるんですけども、
これは落語界の大工って言われるんですよ。
12月の話なので、
落語界の大工っていう言い方もされているぐらいに、
しわすに、しびる話。
そういうぐらいに日本では大工がやっぱり12月にやる、
というイメージが定着しているということですよね。
ないと年の瀬を迎えられない気がしますよね。
やっぱりイベントが多いからね。
今年それ参加してみようかっていう人も多いっていうのもあるんでしょうけどもね。
歌唱やったことない人もね。
そうですよね。
福岡でも本当にいろいろやられていて、
私も2年2年です。
4年住んでましたけど仕事の時はですね。
出てみないかとかいう話はたくさんありました。
でもドイツ語で歌うのは難しそうです。
ドイツ語はね、結局出なかったんですけど。
チャンスはいっぱいあると思うんですよ。
もしラジオを聴いている方でやってみたいという方はぜひね。
歌ったことあるよっていう方もいらっしゃるかもしれない。
いらっしゃるかもね。
本当に今年もいろいろとありがとうございました。
ありがとうございました。
また来年もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
誕生日のハガキもありがとうございました。
久しぶりにハガキもらった。
山本さんめっちゃ達筆だから。
山本さんのおひと柄とうちのスタッフのおひと柄まで出てしまいました。
ということでまた来年もよろしくお願いいたします。
よろしくお願いいたします。
ということで今日の社会の鍵はですね。
年末の大工に寄せてということでお話を伺いました。
毎日新聞出版社長の山本修司さんでした。
15:47

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