Ep.11 技術飽食のZ世代・Y2Kブームはなぜ起きた・古い技術リバイバル
2026-10-14 44:13

Ep.11 技術飽食のZ世代・Y2Kブームはなぜ起きた・古い技術リバイバル

生まれた瞬間から、「欲しくない技術も受け取らざるを得ない」環境に生きてきたZ世代(Gen.Z)の嘆き、みたいな感じの話になりました。母・敦子は大学から仕事までの40年の間にポケベル、携帯電話、パソコン、インターネット、iPhoneが誕生し普及してきた…という世代。こんな便利なものが!という感動を感じてきたけれども、生まれた時からなんでもある世代からすると、「もう食べたくないのにずっと食べさせられている飽食の感覚」だと言います。さて…。


<言及したこと(母・敦子)>

・カメラのキタムラ:全国展開する日本の写真用品店、カメラ専門店チェーン。

・引き出しで見つけたキヤノンのデジカメ:CANON PowerShot S100

・「2001年宇宙の旅」で落ちてくるアレ:モノリス。もともと「一枚岩」を指す言葉。

・真四角(立方体)の結晶:岩塩、黄鉄鉱、蛍石

・長方形(直方体)の結晶:トパーズ、石膏、重晶石

・NASAのデータ保存の問題:1975年の火星探査機「バイキング」のデータが、約25年後の1999年に利用できなくなっていることが判明。理由は、デジタルデータの記録フォーマット(仕様)の喪失と磁気テープ自体の物理的な劣化。データ長期保存の典型的な失敗事例として知られる。データ保存には「ドライブ」「OS」「ハード(物理的保管)」の3点が必要。

・カーボン用紙で原稿を書く

・原稿送付はパソコンがなくても電話で(口で)できる

・オガララ帯水層(Ogallala Aquifer):アメリカ合衆国中部に分布する大地下水層。氷河期に蓄えられた化石水による世界最大級の地下水層で、総面積450,000km²(日本の国土の約1.2倍)、ワイオミングやコロラド、カンザスなど中西部・南西部8州にまたがり、重要な水道水源および農業用水源となっている。近年、この地下水位の低下が問題となっている。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%AA%E3%82%AC%E3%83%A9%E3%83%A9%E5%B8%AF%E6%B0%B4%E5%B1%A4


<言及したこと(次女・春花)>

・アムラー:1990年中頃に歌手の安室奈美恵さんのファッションやメイクを真似た若い女性たちのこと、およびその現象。

・Y2K:英語の「Year 2000」の略称。「2000年」や「2000年前後(1990年代末〜2000年代初頭)」の流行、ファッション、風習のことまでを指す。クロップドトップス、ローライズデニム、厚底シューズ、アームウォーマー、iPod、デジカメなど。

・iPhone Duo

・長方形にObsessedな人類

・高階秀爾「美しさの発見」:「美とは放射能のようなもの」と比喩する。

・アスペクト・レイシオ(レシオ):アスペクト比。画面・図形の長辺と短辺の比率(縦横比)。代表的アスペクト比は現行テレビ放送の16:9、過去のアナログテレビ放送の4:3、現代のTikTokなどの、映画館の横長画面2.35:1など。

・You have to get out of the comfort zone.

・宮﨑駿の「最近人間は自分たちへの信念を失っている」:2016年のNHKスペシャル「終わらない人 宮﨑駿」で監督自身が語った発言で、正確には「人間は自分たちに対する信頼を失いつつある」。

・Quarter Life Crisis:20代後半から30代で抱く漠然とした不安や焦り、憂鬱感


■音声編集:春花


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

母・敦子が祖父の家から見つけたCanonのデジカメをきっかけに、春花が語るY2Kブームと、若い世代がデジカメやiPodのような古い技術に惹かれる理由を話す。スマホに機能が集約され、AI広告など望まない技術まで受け取らされる現代を、春花は「食べたくないものを食べさせられている」感覚だと表現する。長方形だらけの生活環境や、4:3から横長へ変化した映画のアスペクト比を通じて、人間の美意識と記憶、経験の関係も考える。

デジカメから始まるY2Kブーム
母と次女の時差ボケ座談会ただいま人生編集中。このポッドキャストは、最近大阪のテレビ局を引退したばかりの堀内敦子と、ニューヨークで映画制作を学んでいる娘の堀内春花とが、1万キロの距離を超えて、自由な会話を繰り広げる番組です。さて、今回の話題は、
おじいちゃんの家でたくさん、おじいちゃんカメラ好きじゃん。山盛り、この間、おじいちゃんの家に今あるやつを片付けたんですよ。
使えるやつと、使えないやつとに分けて、ちょっとこれはもう使えなさそうだなっていうものとか、あるいは、今だったら、もしかしてオールドカメラ、オールドつってもデジタルだよ。
デジタルのカメラで、そういうのを使いたいとか、あるいはそれを組み合わせたいとか思っている人に。ということで、カメラの北村へ持って行って、そしたらいくつか、やっぱり多少売れて、4本か5本ぐらいのカメラを持って行ったんだよ。
はい、総額いくらだったでしょう。
1個1万円くらいじゃん。
そんなよくない。
そんなよくない?
びっくりするぐらい。
3000円くらい1個くらい?
えー、違うのよ。全部、総額で2200円やって。
総額で?4個で?
4個かな?うん、それぐらいで。
デジカメやんね。ちっちゃいデジカメってことやんね。
いや、大きいやつ。もう割とがっつりした、コンパクトデジカメの類に入るやつもあれば、割とがっつりしたやつもあって。
だけど、もう20年近く。
近く経ってるやつが多かったからかな。15年とか。
で、でも、中でこれはちょっと取っときたいなと思ってね、取ってるものがあって。それが、これ。
ちっちゃくてかわいいね。ちっちゃくてかわいいやつ。
Canonのね、これはS100ってやつかな。
これは、チャージャーもちゃんと残ってて、で、バッテリーも生きてて。
でも、ちょっとバッテリーが若干怖いから、新しい、別の会社が作ってるね、コピーのやつのバッテリーも一応用意しようかなと思って、今度旅行に連れて行こうと思って。
まあね、Canonのね、デジカメ、若い子の間でまた人気になったりはしてるイメージはあるけど。
まあね、デジカメっちょうものになんか懐かしさを感じてる若者が最近いなくはないよね。
デジカメに懐かしさ。
うん。
なんか、ちょっと不思議な感じがする。
デジカメはなんかこうY2Kみたいな、そういうイメージでしょ。
Y2Kって何?
Y2Kってyear 2000って意味で、何て言うの、2000年代っていう意味、Y2Kって。
だから、最近のKポップとか、最近のなんか人気なポップガーリーとか、みんな2000年代の、何て言うの、平成女子みたいな感じのルックスとか、
ヴァイブスを求める若者たちが最近多くて、だから、そういうのの一環だよ。
だから、ちょっとアムラみたいな感じ。
アムラ?
イメージとしては。
はあ。
そのちょっと細めの、まあ別に細めの眉毛が流行ってるわけじゃないけど、でもあのちょっとグリッター多めのアイメイクとか、
あとは何て言うの、ニーハイ、ニーハイって呼ぶの?
ニーハイっていうソックスでしょ?
そうそうそう、とか。
知らない?
え、知らない。そうなの?
ここ5年くらい多分ずっと流行ってるよ、Y2Kっていうコンセプト。
そんな要するに一周回って?
ニーハイが流行ってるわけじゃなくて、Y2Kが流行ってる。世界的に。
要はだからダサくなって、また一周戻ってきた感じね、要は。
個人的に思うのは、ノスタルジアだよね、なんかよりシンプルな時代へのノスタルジア。
その今の20代、今の30代の人間にとって子供の時に見ていた可愛いものへの懐かしさみたいな。
だから柄系の時代よ、柄系の時代への懐かしさよ。
全てが便利になってしまった今の世の中で、あえてよりシンプルだった時代への渇望みたいな。
よりシンプルだった時代ね。やっぱりそうなって、かっこよく思えたりするわけ?
だってY2Kって言ってパッて思い浮かべるのってどういうのって言ったら、ちょっとピンクとか水色とか、みんなでシール帳交換してたような時代。
それは君が小学生だったからじゃないのか。
でも自分の携帯に、柄系にシール帳を貼るとか、それでデジカメをね、この銀色のテカテカした細いデジカメを持ち歩いて、それで写真をパシャパシャ撮るとか、
あとはこう、今ってスマホに全ての機能があるじゃん、写真も音楽も全部、ソーシャルメディアもインターネットも全部そこにあるわけじゃん。
でもそうじゃなくて、音楽はiPodとか、写真はデジカメとかっていうふうに分かれてた、よりシンプルな時代、絵の懐かしさっていうものがあるわけだよ。
そこに対する可愛い感じっていうのがある。
便利すぎる技術と古いメディアへの回帰
お母さんの場合はこれ、なんでこれを手元に残したかっていうと、スマホで、今度だから旅行行くつもりじゃん、海外へ。
その時に、スマホで何もかも道も見るわ、写真も撮るわってやってると、それパンって撮られちゃった時に、お手上げになるなと思って、でも写真は撮りたいじゃん。
で、写真撮られたら写真だけで終わるものがいいなって思ったのよ。
そうね。
一つはね。
あとなんかその、便利さと効率性をね、テクノロジーの中で求めるあまり、なんかそれが行き過ぎて飽和状態に、ここ数年なってきてるんじゃないかなって自分はどこか思ってて。
だから若者がわざわざフィルムカメラとか使おうとする。
あとレコードとかね。
そうそう、レコードに手を出したり、よりなんかこう古いものに若者が走る傾向が最近あるじゃない。
うん、まあ昔もあったのかもしれないけどね、でも。
そうね、昔もあったとは思うけどね。
真空管とかアンプとか。
でもやっぱり、なんかこう便利だったらそれでいいってもんじゃないじゃん。
なんかテクノロジーって進化するのはいいけど、進化すればするほど副作用もたくさんあるからさ。
だからその副作用を我慢して、そのテクノロジーの進化に付き合わされてるGen Zのみとしては。
それに対して付き合うくらいなら、もうそんなものを捨てて、もっとよりシンプルでめんどくさい方に行くわってなる感覚として。
生まれたときからあるんだ、スマホが。
気がついたらあるというか。
うちの学校の先生も言ってたけど、食べたくないものを常に食べさせられてる感覚、今の時代って。
それが嫌だって話になって。
だってさっきもAIの話にもなったけどさ、スマホでインスタグラム開くたびにAIでできた広告とかが出てくるじゃん。
なんか食べたくないスイーツを食べさせられてる感覚なのよ。
カメラはね、でもちょっとこれ古いのを持って出てきた感じで、かわいらしいなと思ってね。
懐かしいのよ。
この小ささがこれ出てきたときに感動的だったなと思ってさ。
でも結局はスマホが出てきたときにスマホの方がよっぽど小さいんだけどね。
いやでも最近のスマホどんどんでかくなってるじゃん。
それはね、私らの手に余るよね。
もう腹立つんだよね。なにiPhone Duoってみたいな。
なんかこうiPhone Duoじゃなくて、iPad miniみたいな感じでプロモーションしてくれればいいんだけど。
それだったらかわいいよね。
それだったらかわいいじゃん。なんかiPadBookみたいなさ。
だったらいいね。
そういうマーケティングだったらかわいいなって思うじゃん。
でもiPhoneの延長線上としてマーケティングされるとさ、いやiPhoneそんなでかくなくていいしって思うのよ。
そうなんだよ。持ち運べないんだよ。
手にかわいく乗るものが欲しいの。
iPhoneにこれくっついてきてたイヤーポッドを自分の耳につけたときも思ったけど、
なんかアメリカの企業が作るやつってアメリカ人の成人男性の耳に合わせて作ってんじゃねえかって思ったことがあって。
これポロポロ落ちるんだよね。
サイズが大きければ大きいほどいいわけじゃないじゃん。
なんで新しいモデルが出るたびに大きくしようとするのかがわからない。
そういう問題じゃないみたいな。
そこでちょうど今日話そうかなって思ってたトピックにつながるんだけど、
トピックってほどのトピックでもないんだけど、
人類はなぜ長方形に囲まれているのか
TikTokをスクローリング数日前にしてて、
このとある一個の動画がすごくバイラルになってて、
何を言ってたかっていうと、なぜ人間はこんなに長方形に夢中なのかって。
長方形に?
世の中見渡してごらん。すべて長方形でしょって。
部屋も長方形な。
部屋も長方形だし、エアコンも長方形だし、カレンダーも長方形だしって思い始めたら、
私たち長方形に囲まれすぎじゃないっていう動画があって。
自然にさ、おさるさんの時代にさ、生きていた人類から考えてさ、周りに長方形はあったんだろうかって。
どこから人間は長方形っていうものを。
2001年宇宙の旅で上からあれが落ちてきた時。
それか。あの映画ではね、そういう風になるけどね。
だけど、実際問題、どこから人間はこんなに長方形だらけに囲まれて生きるようになったんだろうっていう風に疑問に思い始めて、
ラビットホールって英語で言うんだけど、考えて考えてぐるぐる言って、出口がわからなくなった人の投稿があって。
話が出てきたの。めっちゃおもろいな。
それに対してコメント欄でみんなが、部屋を見渡して本当だみたいな。
この部屋長方形しかないみたい。
パソコンで今見ているこの画面だって長方形。
そうだよ。やばくない?
やばい。キーボードだってそれ。
そうだよ。なんで人間はこんなに視覚にオブセスしてるのかっていう。
脳内の再現なんだって話もあるよね。脳内にしかないものなんだよ。自然界に長方形ってまあないじゃん。
ない。
結晶でもないじゃない?結晶で真四角ってあるか?たまにあるけどね。
あるっちゃあるか。塩、塩じゃない?
塩って真四角か?
真四角、正方形ではないと思う。
長方形じゃなくない?
塩って四角っぽく、わかんない。私わかんない。そういうとこ持ちだから。
結晶で長方形のものがあるかどうかまたちーちゃん教えてください。
理系は全部ちーちゃんに投げるんかい。文系だけ語って理系は全部ちーちゃんに投げかける。
なんか面白いインスタとかそういうのであるいはSNSで面白い数学問題とか理系問題が出てくるといつもちーちゃんに投げて解いてもらう。
英語でなんていうの長方形って?
レクタン、レクタンゴー。
レクタンゴー。
レクタンゴー。
えっと、一応そのなんていうのGoogleが最初に出してくるオーバービューは、
人間の視野、見える範囲が横長の形をしているため、絵や絵画などの基本的なフォーマットが横長になっている。
かっこ長方形。両目を合わせると水平方向に約180度以上見えます。
縦方向の視野、上下合わせて約130度と横に比べて狭くなっている。
うーん。
だから、目は顔の横に並んでついているため、世界を横長の長方形として捉える特徴がある。
そうですもんね。
でも横長なのはわかるのよ。
うん。
でも、じゃあなぜ。
なんでそれを縦横にすんのっていうね。
なぜそれを四角にするのかが知りたくない。
そうやな。
なんかこれ楕円でもいいじゃん。
そう、楕円ならわかるんだよ。
そう。
でも楕円ってね、難しいんだよ作るの。
うーん、そっか。
ただ、昔よく小学校の入試問題とかにあったらしいんだけど。
さあ、ここに紙があります。
ここに、何にもしないで直線を引いてください。
なんていうのかな。
何にもなしで直線を引いてください。そこは定規なしで。
っていうふうに言われたときに、その子がどうするかみたいな。
はい、答えは何でしょう。
折ればいいんじゃない。
そう、そうそうそうそう。それが答え。
だから、ないわけではない。自然界に存在しないわけではない。
ものが、例えば上からね、空気抵抗を考えなければボーンって落としていったら、それ直線に落ちていくもんね。
アスペクト比と記憶がつくる美しさ
小学生か中学生の頃かに、美術を見るときの美に対する人間の感覚っていうのは、どこからくるのかみたいな文章があって。
誰が書いたか名前は忘れたけど、でも私その美術評論家の人の本を読むたびに、この人とは気が合わないって思ってたんだけど。
国語の授業で2,3回出てきた人で、その人が出てくるたびにこの人とは気が合わないって思ってた。
で、その人にとっては美っていうのは放射能みたいなもので、そのものから発するものだみたいな、そういう感じの考え方の人だったんだけど。
でも12,3歳の頃か15歳かわかんないけど、10代のときに自分の物心で思ってたのは、美に対する人間の価値観っていうのは、今まで育ってきたものの記憶と、今目の前にあるものの関係性の間から生まれるんだと思ってたっていう結論をね、子供の頃に導き出した覚えがあって。
自分で、なるほど。
だから、オレンジ色のグラデーションを見ると夕日を思い出すじゃん。
だから、その色を見て夕日のことを考えるとか、そこに美しさを感じるとか。
だって詩だってそうじゃん。
何か詩を読んだときに、今まで生きてきた経験があるから、詩を読んで心にしみるものがあるわけじゃん。
映画を見ててもさ、子供のときに見た映画と大人になってから見る同じ映画で感じ方違うじゃん。
違う。
それって経験値、人生の経験値が上がったからじゃん。
で、絵だってそうだと思うのね。
物語レベルじゃなくても、単純にパッて見て美しいと思うか思わないかいって、今まで自分が何を見て育ってきたかっていうのと、今目の前に何があるか。
そこの関係性から生まれるものだって思ってて。
だから、映画制作のセオリーについて勉強し始めたときも、なぜ私たちは横長の長方形で映画を見るのかって言ったら、そりゃ目が横についてるからじゃんってところから始まるんだよやっぱり。
昨日、ジョン・ジェイ・カレッジでストーリーテリングについてのメディアワークショップをやって、で、少しアスペクトレーションの話をしたんだよね。
昔はね、4対3?
うん、そうでした。その時代で生きてきましたよ、長く。
今のパソコンとかテレビよりも、より縦長の比率のものが昔はあって、だけど、テレビっていうものが世の中に普及し始めたときに、映画業界は映画とテレビの差別化を図りたくて、より横長のアスペクト比っていうものを編み出して、みたいな。
で、4対3ってやっぱり昔のテレビの比率だから、懐かしさを覚える人は覚えるじゃん。だからそれもあって。
創作における効率化と制限の意味
今、YouTubeの中でも懐かしい、昭和の頃の画像、動画、VHSで撮ったみたいな、そういう映像をわざと作ってるグループが、若い人たちのグループがあるよね。
我々が、このズレが嫌だとか、この画質はいかんとか、ずっとやり続けてきたものを、今、プロフェッショナルになろうっつってる人たちが、それを機械の中に組み込み、もう一回再現しようとしてるっていうのがね、すごい不思議、面白い。
だからね、カメラのエンジニアさんたちとお話したっていうか、同じ空間をね、共有したことがあるんだけど、そのときに、エンジニアさんたちはユーザーじゃないじゃん。
で、それがね、話聞いててわかるの。エンジニアさんたちは作る側であって、使う側じゃないから、だから、いかに使う側にとって便利になるか、どうやったら何かが簡単にできるかとか、AIを使ったらこれが簡単になるんじゃないかとか、いろんなこと考えてはるんだけど、でもね、それ聞いててね、そこじゃないんだよなって思って聞いてたの、私。
そこじゃないとすると何なの?
何様って話じゃん、私も。だけど、時間がかかることにフラストレーションを感じてることはない。時間がかからなかったとしたら、他のところに時間かけるだけであって、クリエイティブなものっていうのは時間がかかるに決まってるのよ。
だから、いかに効率よくしよう、効率よくしようって思ってくれても、結局人間は他のところで時間がかかるところを見つけるので、クリエイターは。意味ないと思うんだよね。で、時間がかかるからこそ意義があるプロセスっていうのが世の中にはいっぱいあって。
たとえば、私がプレゼンテーションをメディアワークショップのために作ったんだけど、去年使ったものをそのまま使うこともできたはずじゃん。だけど、そうはせずに、1からプレゼン作ったのよ、今年用に。
で、なんでかっていうと、そうやって1から作ることによって、自分が何を話すかっていうのを常に頭の中でずっとセミュレーションしながら、一個一個スライドを作っていくからね。だから、その作業があるから、練習全然しなくても、人前にパッて立った瞬間にしゃべることいっぱいあるの。たくさんしゃべるの。
だから、その時間をかけることに意味があるのよ。で、それと同じで、編集してるときも、めんどくさい作業いっぱいあるよ。でも、めんどくさいことをいっぱいやることによって、その作品に対する理解がどんどん深まってんのよ、自分にとっての。
だから、そこをショートカットしすぎると、逆にその作品と自分との時間を十分に過ごせてなかったりするわけ。だから、時間かかるでしょ。ショートカットあげるよって、こうしたら簡単になるよ、効率化できるよって、エンジニアさんたちはたくさんデザインしてくれるんだけど、
でも、それが必ずクリエイターにとっての利益になるとは限らないので、
最適解ではない場合があるってことね。
そうそう。だから、どうやったら簡単になるか、どうやったら効率化できるかばっかりに集中せずに、どうやったらクリエイターにとって楽しく使えるか、どうやったらワクワクするかの方にもっと集中してくれたら嬉しいんだけどなって思ってお話を聞いてたことがあって。
ただ、より便利により簡単になっていくことのありがたさもあって、エンジニアがそれを考えなくなる日は来ないから、きっと。
デジタル保存とアナログの不可逆性
だから、ユーザーがどんどんそこは自分で好きなようにねじ曲げていく。
フィルムよりもデジタルの方が簡単だよねって言って、多分デジタルは始まったと思うんだけど。
でも、デジタルはフィルムほどの美しさにすぐいけるものではないから、だから逆に色を自分で編集して、全部計算してコントロールしなきゃいけないわけじゃん。
だから、簡単にしたはずなのに、作業増えてるじゃん。結果的に。そこに意味はあるのかなとか。
だって私のボスのフォトグラファーのアルビンだって、フィルムの方が絶対簡単って言うのよ。デジタルよりもフィルムの方がシンプルで簡単。
みんなフィルムは難しいものだと思ってるけど、フィルムの方が断然簡単って彼は言うの。
要は、昔からも何回か言ったかもしれないけど、NASAが1970年代に宇宙へ行くときのデータとかをさ、いろいろ当時の、当時で言えば最先端のコンピューターを使っていろいろやって、
当時のデータが今読めない。当時プリントアウトしたものとフィルムにしたものしか読めないっていう話を聞いたときに、それがデジタルのどうしようもないところだよなって思った覚えがあって。
あと思うのが、デジタルって私たちの人生にオプションを増やすでしょ。そのアンドゥボタンがあるじゃない、デジタルは。アナログにはアンドゥボタンないじゃん。やり直しとかないじゃん。
不可逆性の有無がさ、デジタルとアナログの違いじゃん。それだけじゃなくて、デジタルっていうのはオプションがありふれてるのよ。クリエイターにとってオプションがありすぎるのは本当にいいことなのかって私はよく思うのね。オプション少ない方がクリエイティビティは花が咲くものなのよ。
- 俳句やら何やらって、短歌とかって逆に制限を作ることによって言葉の表現を増やそうとしてるっていうところがあるからね。
- そう、制限があるから人間はそこで、よく私が英語で言うのは、You have to get outof the comfort zoneって言うんだけど、自分の心地のいいところから抜け出して、自分が普段やらないことをやろうとする。制限があるから。
- そうやって自分が普段やらないことをやるときに、人間は成長する。そこでリスクを犯さなきゃいけないわけよ。そうしないとクリエイターとして面白いことは起こらないわけ。そこで何か科学反応起こらないわけ。
- そう、私の学校の1校上か2校上かの人の体験談で噂話で聞いたんだけど、その女の子が作ろうとしていたお話っていうのが、たぶん変人の話だったのかな。
- うん。- ちょっと気持ち悪い犯罪者みたいなね。気持ち悪い人っていうのが主人公だったんだって。で、そういう役に応募する俳優がなかなかいなかった。- そりゃそうでしょうよ。
- そうそうそう。みんなやりたくなかった、その役を。で、直前までになって、やっと俳優いたけど、でも途中でその俳優が降りたかなんかで、撮影の数日前になって、俳優がいなかったんだって。だけど、うちの学校の2年生においては、俳優がいないからって撮影しないっていうオプションはないので、
何が起こっても撮影は進行しなきゃいけないので、その時にその生徒が撮った行動っていうのが、主人公の目線で映画を撮るってことだったの。だからカメラが主人公になる。で、お客さんが主人公になる。で、その俳優が学校のクラスメイトが誰かの手を借りて、その手だけが画面の中に入ってくるような感じ。
で、撮影したらすごい面白い作品になったんだって。で、先生によると、その過程を見るのはまるで魔法のようだったというか、俳優がいないから撮影しないんじゃなくて、俳優がいない、じゃあどうするってなったから生まれたものがある。
だからその制限があるから、人間は普段しないことをして、クリエイティビティに花を咲かせることがあるっていう考え方があるから。
ピンチはチャンスだな。そう考えると。
だからその、テクノロジーで便利にしよう便利にしようって突き進み続けるのって、これ私のボスみたいなこと言うかもしれないけど、本当にね、甘えたアーティスト作るだけだと思うのよ。甘やかされたアーティスト作るだけだと思う。本気で。
もともとさ、お母さんの世代は原稿を書くとき手書きで書いたんだよね。コピーもそんなに潤沢じゃなかったんで、当時2枚作ってさ、2枚作る方法がコピーするんじゃなくて、カーボン用紙間に挟んでね。カーボン用紙って知ってる?
要するに、知らない?後ろに墨が塗ってあるような紙を挟んで、上に書くことによって下の紙にもう一個同じ筆跡が残るみたいな。
小学校の時に使った。
小学校の時か、まあいいや。それを挟んで原稿を書くわけだよ。で、1枚をデスクって言って、要するに放送のところに置くわけだ。で、それでもう1枚はアナウンサーさんに渡す。で、読んでもらうっていうパターンだったんだけど、それがデジタルになって、原稿が全部パソコンの中に収まるようになって、
で、それはあの中継先でも全部読めるようになって、で、今度、コンピューターが壊れましたってことになった時に、記者の子が、え、どうしよう、原稿があらかじめ送ることができませんって言ったんだよ。送れません。前にも言ったかもしれない。
で、そしたら電話で話しながら、いや、でもあなた今口使ってるよねって。あの、原稿これたかが1分やそこらの中継だよねって。今口で言ってって。こっちで手書きで書くからって。
あーみたいな。ファックスがない。パソコンがない。だから原稿が送れないって。いやいやあなた今書いたんだよねって書きましたって。じゃあそれそのままこっちにあの口で今言って。こっちで書くから。
自分を信じないといけないんだよ。
そう。この前もあの、ポッドキャストのレコーディングが終わった後にお母さんに言ったと思うけど、その宮崎駿がね、AIは人間の生命の冒涜だみたいなことを言った後に、その後に彼が言うのが、最近の人間は自分たちに対しての信念を失ってる気がするみたいなことをポロって言うのよ。で、私にはそっちの方が響くのよ、そのセリフの方がね。
そこだと思うんだよね。人間って自分たちが思ってる以上に優秀な才能たくさんあると思うのよ。
うん。
だけどそこを自分たちが信じてないから、使ったことがないから信じてないわけで、使ってみたら意外とできたりすると思うんだよね。
そうね。しかもね、こんなに熱を発さず、こんなに低電力でね、こんだけ動く脳みそを持ってる存在ってないんだよ。
うん。
で、しかもここには音を出す機能もあれば、いろいろセンサーも備わってて、非常によくできてるんだよね。
時々バグっていうか、いろいろ思いもよらない動きもするけど、それっていうのは無意識の中に思いもよらないものがたくさん備わっているからだと思うんだよね。
うん。
AIの資源消費と目的・手段の逆転
だから面白い。だけど全ての技術革新に意味がないかと言うとそうではないと思うよ。
意味がないとはないと思う。
我々ここでこんなふうに面と向かってね、1万1千キロ離れた状態で喋れてて、しかもそれはこんな薄っぺたい機械を間に置くぐらいで何かできてしまうっていうのは。
いや、なんて言うかな、例えばAIだってさ、いろんな意見が人によってあるじゃん。
だけどAIを使うことによって初期のがんをより早く見つけられるとかさ、
なんて言うんだろう、テクノロジーはそういう医療とか、そういうね、本当に善良な目的の中で使われているものっていうのは、どんどん進化したらいいと思うのよ。
だけどクリエイティブな世界におけるそのテクノロジーの在り方っていうのは、
なんかそのテクノロジーを使っている側と作っている側の間で何かこうすごく大きな溝があるような気がするっていう、そういうことなんだよ。
だからテクノロジー全般がなんかこう悪だって思ってるわけでは決してなくて、
テクノロジーに育てられた人間なので、私もGen Zとして。
だからそこに対して何かものを思うことは特にないんだけど、
だけど一クリエイターとして、その最近のAIだろうがなんだろうがそのテクノロジーの進み方を見てると、
なんかこう作っている側の思っている目標と使っている側の思っている目標に何かズレがあるような気がするっていう、そういうことなんだよね。
あの仮想通貨にせよ、AIにせよ、非常にこうコンピューター的なリソースを使うんだよね。
コンピューター的なリソースを使うってことはすごく電力使うし、
あと無視してはいけないのが水をよく使うっていうことで、
一個質問をすることによって500ミリリットルの水が消えるというか、使われてるっていうふうに聞いたんだよね。
でそうすると、自分が何か質問することによってそんだけボーンって消えていく。
でそのサーバーをどこに置いてるのってアメリカ置いてるんだけど、
アメリカってその今、特に中西部かなの小倉大水槽とかいろいろそれ以外のところもそうだけど、
大きな大陸の地下水が非常に豊かにあったものが何億年もの間貯められていた水なので、
それを今使っちゃうと、それもどんどんなくなる一方で、本当にこう簡単に使うともう全部ダメなんだ。
だけどそれが穀倉地帯でもあるんだよ。
だから我々はAIを使うことによって、自分たちの飯をなくしていってる可能性がある。
でなおかつアメリカでそれをやってるってことは、日本って食べ物をたくさん輸入してるので、
うち関係ないですよ。だって日本ってもう水がたっぷりあるからって言うわけにはいかないんだよ。
人のとこから買ってるから。お前自分で作る気あんのかっていう話よ。
っていうこともあって、農業の仕組みとか国を運営してってみんなで何飯食うかとかね、
株が上がったとか下がったとかいう以前に、その飯がなくなるかもしれないという恐怖感と戦わなきゃいけない。
そうなると、今度何が起きるって戦争なんだよ。飯のおばやいだ。
嫌なんだよね。仕事とかでもさ、
うちの働いてる学校で、どうやってうちの学校でうまくAIを利用できるかみたいな、
そういうアイデアを出して、アイデアが良かった人には賞金みたいなコンテストみたいな、
そういう話がたまに持ち上がったりしてさ、もうその時にもういいみたいな。
そんなの参加しない。だってさ、これがね、うちの学校にはこういう問題があります。
この問題を解決するためには何か案ありますか?
で、その案の中でいいものを出した人には賞金だったらわかるよ。
でも、うちの学校で何が問題か、何が改善点かっていうことも明確にしないまま、
なんていうの、AIを使うってところからなんでそこが逆算するんだみたいな。逆じゃない?
なんかこう目的と手段が逆転してない?って思う。
わかる。よくね、あるんだよ。この技術があるけど何に使おうって。いや、そうじゃないと。
この技術が何に使えるかからスタートする話ってあんまり面白くなくて。
こんなことがしたいけど、でもいろいろ障害があってできない。
何らかの障害物があってそれができない。どうしようっていうところから無理くり出してきた解決策としての技術だったり解決策だったりっていうものは、
そこから出てきたものっていうのはすごい面白いものになることがある。
だから、私がね、フィルムメーカーたちの使うギア、技術、デバイスを作る側に言いたいのは、目的重視でやってほしい。手段重視じゃなくて。
そうなんだよ。だからこう、どうやったら簡単になるか、どうやったら簡単になるかじゃなくて、どうやったらいい絵が撮れるか。どうやったら楽しくこれを使えるか。
で、楽しく使えてるなって思ってる時って、それが絵に現れるのよ。特にドキュメンタリーとかやってると。
わあ、私の撮ってる絵いいわって思いながら撮ってる映像ってね、後でね、パソコン上でその絵を見てる時にわかるの。
ああ、この瞬間自分楽しみながら撮ってるなって。映像に現れるのよ、それ。
わかる。楽器と一緒だよ。要はだから、いい楽器だなって思ってる時って楽しいじゃん。弾いてるだけで、触ってるだけで。
技術を使いたいか、使いたくないか
多分ね、今こうやって話してて感じるのが、自分とお母さんやっぱり世代が違うじゃない。
だからこう、与えられたものとしての技術?テクノロジー?
全然違うよね。
そこに対する受け取り方がすごい違うんだと思う。
なんて言うんだろう。自分ね、生まれて育ったとはゆえ、言うても今まだ25歳でしょ。
で、職場に行って、なんて言うんだろう、そのAIを教育の現場でどうやって使えるかディスカッションしようみたいな感じになるわけよ。
で、その時に、言うてもカレッジアシスタントだからさ、自分、決定権が少ないの。
意見は言えるよ、Gen Zだから。で、向こうもGen Zの意見尊重してくれるから、聞いてはくれるんだけど、決定権は全くないのよ、こっち。
で、今多分、4、50代の人たちは、みんな決定権がある側じゃん。
だから、使いたくないって思ったら、使わないって言えるのよ。
でも、私の世代って、使いたくないって言っても、使ってってお願いされるのが、すごいなんかね、そこなのかな、テクノロジーに対する飽きっていうか疲れっていうか疲労みたいなものを感じる。
ついていけなさがある?
ついていけないわけじゃない。ついていけはする。そうじゃなくて、使えるか使えないかの問題だったものが、使いたいか使いたくないかの問題に変わってきてる、ここ数年。
なんか、それは私のモラルに反するとか、それを求めてるわけじゃないのに、それを使おうって言われることに対するなんか。
ストレスがある?
ストレス。さっきも言ったけどね、食べたくないデザートを食べさせられてる感じ。
甘いじゃんみたいな。みんな甘いもの好きでしょって言って。
食べなよみたいな。
欲しいわけじゃないんだよねみたいな。
でもいいって言ってるのに、それでもまだデザートを出させられる感覚。
多分そこから生まれる嫌悪感みたいなものがね、あるんだと思う。
そうか。必要だと、自分が本当に欲しいと思ってるわけじゃない技術を押し付けられてるというか、変に提供されて、
いいよ、すごくいいよ、使ってみて、こういう風にしたいんだ、きっとこういう風になるよねっていう風に期待されながらみたいな。
私たちの生活ってもうすでに便利じゃん、たくさん。めっちゃ便利じゃん。
めっちゃ便利。
なんかこう、これ以上便利にしようとする人たちを見てると、そうやってお金儲けのためだけじゃんってなる?
それもひねくれてるかもしれないけど、でもひねくれるくらい飽き飽きしてんの、こっちは。
だから最初の話に戻るけど、だからY2Kの憧れっていうものがうちらの世代で生まれるんだと思う。
なんかもう、iPodだけで音楽を聴いてた時代。
そう、要するに分けてくれって思うよね。
それであと、自分の携帯の中にも登録されてるBluetooth端末が5個とか6個とかあるけどさ、
そうじゃなくて、イヤホンジャック1個つなげばそれでおしまいだった時代に、
戻りたい。
戻りたい。
Take me backって思う。
そうなんだよ。だからね、なんでもこの機械に入ったがゆえに、これでKindleを読んでると、
メール入ったよ、LINE入ったよ、なんとかだよ、ニュースがあるよ、ドタラコートの株価上がったよ、みたいな。
あんまりうるさいから、最近Kindle読んでる時は全てのお知らせを切れって。
おじいちゃんからの連絡だけは届くようにして、あとは全部切ってくれっていう風にしたの。
じゃないと本に集中できないから意味ないんだよ、ここにKindleが入ってても。
っていうことに気がついて。
あとは何かやってても、音楽聴いててもつい違うことが気になって、違う方へ行っちゃうとかね。
何もかもが一個にまとまってしまったがゆえに、ちょっと面倒くさいことになるなと。
それもあって、本当はカメラだけ別にするとか。
iPod持って歩くっていうのもいいわね。
もう売ってないとは思うけど、あるのかな?
ちょっとネガティブやな。
今日ネガティブ、今週ずっとすごいネガティブ、私。
そうなんや、なんかタスクが多いの?ひょっとして。
タスクが多いっていうか、何て言うんだろう?
Quarter Life Crisis?
分かんない。
Quarter Life Crisisっていうのがあるんだ。
何だろうね。
クライシスいろいろあるね、世の中。ミッドライフクライシスもあれば。
はい、じゃあそんなことで、今日はこんなところです。
はい、じゃあね。またねー。バイバイ。
44:13

コメント

スクロール