1. 人生いろいろアッテダナ
  2. #007 「恋とか愛とかやさしさ ..
#007 「恋とか愛とかやさしさ なら」読書ノート
2026-10-24 28:34

#007 「恋とか愛とかやさしさ なら」読書ノート

おたよりを送る

今回は読書感想回、一穂ミチさんの「恋とか愛とかやさしさなら」について感想と妄想をしゃべってみます。

この本を紹介されていたpodcast「35歳、右に行くか、左に行くか


ネタバレかもしれないけど、ネタがばれたくらいで面白くなくなる本なら大したものじゃないのよ、なーんてね


ご感想などございましたらこちらまで

⁠⁠⁠マシュマロ⁠⁠⁠

⁠⁠⁠X(旧Twitter)⁠⁠⁠

Xのハッシュタグは

#人生いろいろアッテダナ



感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

アダム13が、一穂ミチの小説『恋とか愛とかやさしさなら』を読書ノートとして紹介し、物語の展開に触れながら感想を語る。恋人が盗撮で逮捕された女性を描く第一編を、カフカの『変身』と比較し、突然の断絶によって愛情や優しさが損得や防衛本能へ変化する過程を考察する。盗撮という罪が、主人公に相手を裁く決定権を与え続ける仕掛けとして機能していることや、主人公の写真家としての欲望、犯罪者の自助グループへの参加をめぐる家族の判断にも触れる。第二編では加害者の男性に焦点が移り、被害者の女子高生との接触や猫との時間を通じた喪失と再生の物語として、村上春樹作品との連想を語る。最後には、本作へのオマージュとして考えた、結婚前夜の妻の不実をめぐる短いプロットを披露する。

『恋とか愛とかやさしさなら』の紹介とネタバレ注意
人生いろいろアッテダナ。こんにちは、アダム音司ことアダム13です。 今までやってきて、前も言いましたけど、ちょっと思ったより聞いてくださっている人がいるので、本当はね、2、3人ぐらいなんじゃないかと思
っていたらもうちょっといらっしゃったんで、ありがたいことなんですけど、
はじめのうちに、前回みたいにちょっと人には言えないような話をパラパラと言っていこうかなぁと思ったんですが、周りの目を気にしだしまして、まだお便りとかいただいているわけじゃないんで、そんなに内容につ
いてどうこうってことはあんまり言っていただいたことはないんですが、
お便りはね、結局僕が喋り側なんで、僕は出せないんですよね。だからそれだけでもね、番組のお便りが一つ減るんじゃないかと思ってるんですけど、ちょっと今は風邪ひいてまして、喉の調子悪いんで、ちょっと声おか
しいかもしれませんけど、ご容赦ください。
今回なんですが、ちょっと趣向を変えたというか、読書ノートとして、ちょっと読んだ本の紹介と言いますか、ちょっと感想などを話してみようかなと思います。
これはちょっとこれからノートにあげようかなと思って書いていたものなんですけれども、一応ポッドキャスト番組で「謝り続ける女たちさんと35歳右に行くか左に行くかさん」で取り上げられていた石尚美智さんの「恋
とか愛とか優しさなら」っていうのを読んだんですね。
で、これ感想の手紙とか送るにはちょっと長くなりすぎて、多分これで内容的にも番組で取り上げていただくようなものでもないだろうなという感じもしましたんで、ノートでは感想文なんかも書いているので、それで
やってみようかなと思ったんですが、ちょっとまだ未完成ではあるんですが、ポッドキャストで喋っちゃおうかなという感じです。
で、この本なんですが、これから話すことっていうのは全体を通して物語の展開に触れることもありますので、まだ読んでないという方はご注意いただきたいと思います。後半の方は特にちょっと具体的な場面に踏み込む
部分もありますので、ちょっとご容赦ください。
とはいえですね、実際で言うとこのネタバレ禁止文化っていうのもどうかと思うんですよね。昔はそんなことなかったですから。古典とかね、そんなものにまでネタバレするなとか、あとは電気であるとか、歴史物で最後に
死んじゃうことを言うんじゃないとか、そんな話まであるっていう噂もいますんでね。
ちょっとそれもどうかなとは思ってます。正直言って、いい作品だったら結末が分かろうが、途中の場面が分かろうが、やっぱり面白いものは面白いんですよね。僕は別に言われたところであんまり気にはせず読んじゃ
います。と言いますか、読んでる最中は大体忘れちゃうんですよ、いい作品は。
で、この作品ちょっとあのあらすじと言いますか、アマゾンにある内容の紹介がありますので、ちょっとそれをそのまま読ませていただきます。
プロポーズの翌日、恋人が盗撮で捕まったカメラマンの兄かわ、ひらくと交際5年。
東京駅の前でプロポーズしてくれた翌日、ひらくが通勤中に女子高生を盗撮したことで二人の関係は一変する。
二度としないと誓うひらくとやり直せるか、葛藤するにぃか、ひらくが出来心で犯した罪は周囲の人々を巻き込み、思わぬ波紋を巻き起こしてゆく。
信じるとは、許すとは、愛するとは、男と女の欲望のブラックボックスに迫る、著者は心境地となる恋愛小説ということですね。
なるほど、本作はですね、連作短編2編で構成されてまして、一つ目がアラサーの女性にぃかが主人公の恋とか愛とか優しさなら、
二つ目がその恋人男性ひらくが主人公の恋とか愛とか優しさよりとなってます。
正直言って一冊通して読んで、後味すっきりっていう感じでもないんですけど、結構面白い部分、なんか興味深いって言いますかね、あったんで、
読み終わった後にいろいろ語りたくなるような小説だったと思います。
先ほど挙げた2つのポッドキャスト番組で、皆さんの意見を聞いて、それからAmazonのレビューとかノートとかも見てみたんですけども、
やっぱりしっかり書いてるというか、ある程度の長さで書いてるものは、自分がこの立場だったらっていう感想なんか多かったような気がしますね。
やっぱり女性が書いてるのが多いのかなーっていう感じです。
あと、この配信ではですね、2人のどちらかの立場に立って相手を責めるっていうつもりは全くありません。
ただ、読み進めながら感じたっていうことを話してみようと思います。
第一編とカフカ『変身』の共通点
まず、恋とか愛とか優しさなら1編目ですね。
こちらなんですけれども、読み終わった時に何となく、かふかの変身との共通点っていうのを感じました。
実際にオマージュとして書かれてるのかもしれないけど、全くそういう情報はないので、実際のところはわかりません。
共通点、いくつか挙げてみたいと思いますが、まず物語の序盤で突然の不条理によって日常の連続が断絶する。
変身の方はご存知だと思うんですが、主人公が虫に変わること。
こちらでは恋人が性犯罪を犯す。
どちらもある日突然、それまでの平穏な人間関係。
それからそのアイデンティティですね、その虫に変わったり、性犯罪を犯したりすることのアイデンティティの連続性が強制的に断ち切られる。
そんな設定になっていると思います。
本作でも主人公のニーカーは恋人の平穏をそれまでの人間とは別の人間として見てしまう。
例えば平穏の両親とか同僚とか他の同情人物のほとんどはニーカーほど強くは感じていない。
連続した人間として扱うというか、それは良くも悪くもなんですけど、平穏っていうのは大企業に勤めていて、見た目も悪くはなさそうです。
明るくて優しくて、欠点らしい欠点がない人物として描かれているので、
我々読んでいても、その一つの傷によって彼の変貌っていうのが実感できるものになっています。
結局どちらの作品というのも、周りの人間からするとおぞましいっていう感じで変容しちゃってるわけですけれども、
残された側、これ例えば変身だったら家族とか本作のニーカーはですね、
その変容に対して自分には1ミリも責任がないと言い切れる立場にいると思うんですね。
だから例えばですけど、これ大怪我とか病気で相手が変わってしまったとしたら、そこは気使ったりとか一方的に距離を取ったりすることっていうのは
はばっかられるというか、良心が痛んだりするじゃないですか。
でもこの場合っていうのは相手と距離を取るっていうことの免罪符っていうのを
虫になったり犯罪を犯したっていうことに関して手にしているっていうように思います。
で、あとはさっきの病気とか怪我っていうのは、もしかしたら自分になるかもしれませんよね。
でも、この両方の物語っていうのは、明日は我が身とは思えない。
自分とは決定的に違う存在として受け止めるため、相手の身になって考えるっていう共感があまり入らないってことになると思います。
ニーカーは、開くが犯した罪の背景を探るっていうことはあっても、
打ちひしがれている恋人の心にですね、あんまり目を向ける余裕っていうのはない、というか、あんまりそこは読み取れなかったんですね。
開くを理解の及ばない存在として見ているように感じました。
次に共通点として、物語の展開として優しさが相対的に縮小する。
だから今まで好きだったこととか、家族としての愛情ですね。
そういうものが縮小するっていうことで、隠れてた尊徳感情っていうのが表に出てくると思うんですね。
それまで愛とか優しさで繋がっていた関係が、事件をきっかけに経済的な受益、経済的に頼っているとか、そういう部分。
あと社会的の知恵とか、それからこれからのコストというような生々しい尊徳を図るっていうプロセスに変わっていくようです。
この点についても、任依感を見ているっていうのは、ひどくその人なのかな、ちょっとその人ではないようにも思いました。
ただ恋人が罪を犯した直後に、冷静に相手のことを思いやれるっていう人はそんなにいないと思いますし、
そのとこを考えてしまうっていうのは、自分を守るというか、傷を負わないようにしようという自然な動き、別にそこは責められるようなものでは一切ないと。
あと、残された人たちの中には、やっぱり自分の未来を幸せを守りたいっていう防衛本能ですね。
先ほど言ったみたいに、最終的に相手と距離を取るっていう方向に傾いていく人もいる。
例えば、変身で言うと主人公の妹がそうですし、この作品では恋人のお姉さんがそうだったりしますね。
変身とちょっと違うところですけれども、やっぱり変身の方がね、主人公は割と淡々としてるんですよ。困ってはいるんですけど。
こちらの方の主人公っていうのは、やっぱり様々な面からですね、非常に、もちろん周辺の人としていろいろ悩み続ける。
結論がどうなるかっていうことより、この迷いっていうのがこの作品のテーマなんじゃないかと思います。
で、登場人物なんですが、まあ、客観と言いますかね、運命を諦めるっていうことも現状に満足する。
だから例えば、満足してこのまま行こうって言って、友だわりするっていうことも選ばない。そうですね、自分の幸せを諦めない生命力を発揮するっていうような感じでしょうかね。
まあ、とっても人間的な姿なんだろうと思います。ここまでが共通点で。
で、一方、2つの作品が大きく異なる部分というのは、独語感でした。
まあ、片層は非常に抽象的であるものと、片方は愚症と言いますか、現実的なものの痛みっていうのが、
だから向こうは抽象的な渇き、こちらは現実の痛みっていう違いがあるような気がします。
カフカの変身に関してはもう、文体も淡々としてますし、虫っていう極限の抽象っていうのがありますから、まあ要は偶和ですよね、こうなってくると。
で、まあ、悶々としたような感情っていうのは残らないと。どちらかというと家族が再生していくためにこう、
乾いた、まあ爽やかな開放感。最後の方はもう家族で出かけていこうみたいな感じの爽やかさもあるんです。
それはね、やっぱり家族にとってこの主人公、虫になったグレゴールっていうのは、最後まで自分たちとは違う異物ってあって、
多分本当にそこに共感が入り込む余地っていうのはやっぱり少ないと思うんですよ。で、それに一方でこの作品に関しては、
読者と知的なリアルな犯罪ですよね。 主人公は恋人とかその家族っていう、その理解できないものをいろいろこう覗き込んでいくうちに、
自分自身の心の底にも同じ性質のエゴイズムとか弱さ、 まあ理不尽な部分とかがあることに気づいてしまうと思うんですね。
で、それがすごく生々しく描かれるんで、まあ独語感っていうのは割り切れない部分、重い要因っていうのが残りました。
盗撮事件が生む関係の非対称性
ここまでがカフカとの共通点、変身との共通点みたいな話ですね。 その次なんですが、盗撮犯っていうことです。
で、それがね、上手い設定というか舞台装置になってるなっていう話なんですけれども、 まあこれ物語の序盤で恋人が犯してしまう盗撮事件。
これ絶妙な舞台装置になってるなぁと思いました。 で、理屈としてはいくつかあるんですけれども、
まずこの罪だったら、損得感情を考えた末に水に流すという選択肢もあり得るかもしれない、思わせる点ですね。
もちろん性犯罪に重いも軽いもなくて、絶対役としてすぐに別れるのも当然だっていう意見が多いのは理解できます。
それに、例えば私にね、私がそれに期間の被害に遭ったこともない、私のようなものには分かるはずがないと言われれば、
その通りなんで、その点についてはもう反論のしようがありません。 でもこの作品の登場人物たちも考え方がそれぞれ違うように、
すべての女性が同じ意見というわけでもないと思うんですね。 答えがイエスかノーかの二択しかないわけでもないと思います。
まあ男にしても女にしてもそれほど単純なものではないと思います。 一方なんですが、これ例えば捜査、軽くはないですよ、軽くはないですけど、
じゃあレイプのような凶悪犯罪だったとしたら、これも別れるしかないですよね。 結論を選びようがない問題だったら、
主人公の任意館に決定権はないっていうのと同じことになると思います。 だから本作では、任意館が決める立場に立てるように在場っていうのが計算されて、
設定されてるんだろうなと思いました。 この件でもう一つは下着の盗撮ですよね。これに関しては女性が犯す犯罪ではない、可能性が極めて低い
っていうふうに思われるってことです。 任意館から見ると理解の及ばない絶対的な悪として、形としては単純化しやすい。
そもそも被害者がいるという事実はもう何にも変え難い状態がある。 これ例えばですね、さっきのはもう絶対自分はやんない。
例えばこれが浮気だったとかであれば、程度によっては自分も犯すリスクっていうのはゼロにはできない。
ふと誰かに例えばときめいちゃうとかっていうのもあるし、 いわゆるお仕方なんかだって度が過ぎれば、やっぱりそれはね浮気の頃に近いんではないか。
パートナー以外での恋心っていうふうに含めて考えることができるんじゃないかと思いますね。 そうすると、じゃあもしかしたら自分にもあり得るかもしれないってなると、相手に対しての同情心が芽生えてしまう。
その点、盗撮、それも女子高生の下着ってことであれば、女性側から責めたとしても自分に返ってくるってことはないと。
この罪を前にする限り、ニーカーが逆に責められる側に回るっていうことはあり得ないっていうことですね。
もう一つ、あとは進行形のハラスメントみたいなのと違って、これが過去の罪だっていうことですね。
これ今から改善することができないんで、消せない楽園をされているのと同じ状態で、このニーカーとヒラクの非対称性っていうものは、二人の関係が続く限りずっと続いちゃうと思うんですよ。
この物語が進むにつれて、ニーカーのヒラクに対する行動っていうのはだんだん極端になっていく。
っていうのも、今まで挙げた通り、決定権が常に自分にあって、優位な立場がずっと続いてしまうっていうためだと思います。
いかにもありそうな犯罪だからリアリティがあって、読者を引き込みやすいっていう点もありますが、ここは作品の本質からは外れますけれども、小説としての仕掛けではあると思います。
主人公の芸術家としての欲望と自助グループ
次の感想、感想っていうか別に考察でもないんですけども、考えたことなんで許してください。芸術家としての欲望についてちょっとお話をしたいと思いますが、物語の後半でこのニーカーとヒラクが愛を確かめあって、要
はセックスして最後は受け入れてハッピーエンドで終了。
もしくはこの感情に蓋をして終了っていう展開なのか、ちょっと一瞬思った場面あるんですよ。でもね、ちょっと意外な行動。ニーカーはヒラクに対してちょっとサディスティックな行動に出る。
もうこれ恋人との関係っていうのとはもう全く別の関係になるっていうような印象を持ちました。
この辺ね、ちょっとネタバレっていうか、そういう部分なんであれですけど。ここで見えてくるニーカーの心の暗黒の部分っていうのは写真家としての美学かなと。
なんでそんな行動をとってるのかっていうようなことは口では説明するんだけど、その目はだんだんね、やっぱり自分の美を求めるっていう芸術家のものに変わっていってるっていう感じです。
それに関しては、そもそもではありますけれども、ニーカーの方っていうのは相手の気持ちに目を向ける余裕はあまりないんですよね。
相手の気持ちを思いやるっていう余裕を終始持てずにいる。 やっぱりね、あの
物語の中で一人称で語れるっていうのは、なんだかんだ孫徳の部分なのかなっていう感じには思いました。
別にそれはね、先ほど最初に言ったみたいに良い悪いな話じゃないんですよ。そういうもんだと思います。
で、この中でちょっと犯罪者の誤助サークルっていうのが作品の中で出てくるんですけど。
これはね、犯罪者であるヒラクを救いたいっていう気持ちと同時に、自分自身が納得したいっていう気持ちがあるのかなっていう。
この辺ちょっとネタなんで飛ばしていただいてもいいんですけど。ニーカーっていうのはね、ヒラクに参加を促すんですけれども、ヒラクの家族は反対してニーカーを止めようとします。
ここは犯罪とか依存症の当事者が集まって体験を語り合うっていう場所なんですけど。
それってね、結構素人がやると危険な場合があるんですよね。場合によっては逆効果になるっていうこともあって。
で、そういう面で言うと、この恋人は犯罪を犯したから悪い。だからそういうのを何とか公正させたいっていう気持ちはわかるんですけど、
このヒラクの家族が止めようとしたっていうのは結果的には間違いではなかったのかなっていうふうには思いました。
ちょっとここまで話したことが、なんかこの小説を読んだ時の皆さんの感想とちょっとあまりにも方向性が違うんで、
そんなのは感想じゃないとか言われるかもしれませんけど、これも私の感想です。で、最後なんですけども、結局
結局、この結末、別に別れたとか続いたとかそんな話はしませんけど、どちらにしても絶望的な転落でもなければ美しい真の自立でもないと思うんですね。
で、そこに良いとか悪いとかのラベルを貼ったとしてもそんなに意味がないことだと思います。
この物語の後、最初の一編の物語の後っていうのは、主人公が選んだ人生っていう事実だけだと思います。
この選んだ後の人生をどうやったって痛みとか泥臭さっていうのを持ったまんま淡々と進んでいく。毎日を生きていく。
泣いても笑っても、世界は何事もないというように回っていきますし、人生は続いていくっていうことなのかなと思います。
この作品の主人公の判断にどういう意味っていうのも、正直言って私はあまり意味を感じませんでした。
ここまでが一編目ですね。こちらの方のです。
第二編の喪失と再生、村上春樹への連想
次にもう一つのお話なんですが、今度は平塚の方が主人公になる恋とか愛とか優しさよりっていうのは、あまり何かいろんなの見ててもそんなに語られてないんですが、
正直言うと個人的にはこっちの方が素直に物語として楽しめました。この辺はネタバレでもないのかな、設定なんで被害者が出てきます。
被害者とか加害者開くの、結局ここってもう立場としては絶対的な主従関係ですよね。
片方が良くて片方が悪いだけですから。それが何か交わっていくんですよ。
交わっていきながら、だんだん本来交わるはずのないところの交わりから苦しみからの解放っていうんですかね。
食材、罪滅ぼしの思いっていうのは変わらないまま、割と視線が前を向けるような話になっています。
この辺に関しては、村上春樹的なデタッチメントとコミットメント、人と離れていって、また何か絆、何かしらの結びつきっていうのを得ていく、
そんなような流れを感じました。この中で出てくる被害者の女子高生になるわけですけど、何もかも見透かしたような症状。
それとの会話とかですね、猫との時間っていうのは、いかにもこの辺のモチーフなんかも含めて、非常に村上春樹的だなぁと思いましたね。
実は最初の一編でも、心の中にある黒いものなんていうのは、やはり村上春樹のねじ巻き鳥プロに来る、みたいなものをちょっと連想させるものがありまして。
こちらに関しては、やはりねじ巻き鳥だったりダンスダンスダンスなんかのイメージとちょっと似たところが出てきますね。
で、その被害者との接触によって、やっぱり心が変わっていく主人公みたいなところはあります。
2編を通してみると、開くっていう方にスポットを当てると、開くにとっての喪失と再生の物語っていう感じにもなります。
盗撮犯っていう化け物がね、次第に人間として認められていく。
自分の中でも落ちるとこまで落ちたのが、前を向けるようになるっていう過程が描かれているっていうふうに感じました。
この中で登場する女子高生被害者っていうのも、実はいろんな問題を抱えていて、それが複雑な劣等感になっているんですね。
そんな彼女が、さらに盗撮犯っていう下にいる立場の開くに、捨て猫に向けるような慈しみっていうのか。
やっぱり立場がはっきりしてるから、自分が上からリードしていく。
そんなことができるっていうことで、この女子高生っていうのも心を開くとか、前を向けるようになるとか。
そんなような印象がありましたね。そんな感想がありました。
なんだかんだ言って、面白かったんですよ。話としては2つ続けて読むと、なかなか面白いなというふうに感じました。
ちょっと古い村上春樹を読むような。
作品へのオマージュとしての妄想プロット
さっきの第一編の方に話戻りますけども、
例えばですね、もし僕が本作のオマージュとして物語を書くんだとしたら、
序盤だけですけど、こんなプロットを考えてみました。ちょっと聞いていただけるでしょうか。
これも男女の話です。これからちょっとそれを読みますね。
結婚式の前日の夜、家族との食事を済ませた後、女は誰にも言わず夜の渋谷に出た。
道玄坂近くの店で一人で飲んでいると、中年男性が声をかけてきた。
女は男の誘いを受け、代わりにセックスの対価を要求した。金を取った方が後腐れがないと思ったんだ。
ほどなく2人は丸山町の安っぽいラブホテルに入り、1時間だけまるで愛し合ってるかのような激しいセックスをした。
そしてホテルを出たところで別々の方向に歩いていく。深夜女は何事もなかったように帰宅する。
結婚後、2人は当たり前の平和な生活を送っていた。しかし半年ほど経ったある日のこと。
夫は噂で結婚式の前夜に起こっていた妻の不実を知ってしまう。ホテルに入っていくところを同僚に見られていたのだ。
夫は妻に何も話さず、表向きは平穏な生活を送っていた。ところがある日、ひょっとした言い争いの中でそのことをつい口にしてしまう。
もちろん妻は否定すると思った。しかしその場で妻は一言、ごめんなさいと言って泣き崩れた。
夫は理由を尋ねる。何でそんなことをしたのか。自分を愛していないのか。妻は首を振りながら、自分でもなぜそんなことをしたのかわからないと言った。
でもあの時はそうしないわけにはいかなかった。誰でもよかったのだと。そして次の日から何事もなく日常が続いていく。
でも二人の中で何かが変わり、もう元には戻れない。
これはプロットなんでね、ある意味あらすじだけなんですけど、いかがでしょうか。
これもあなたの妄想でしょうと言われれば、はい、その通りでございます。
ではちょっと長くなりましたけれども、今回はこんな感じで。
この番組の感想とかもしいただけるのであれば、概要欄にあるマシュマロかXのポストなどでいただけると非常に励みになります。
それではまた。
28:34

コメント

スクロール