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2021-04-06 10:22

感想と主張の違い。意見を「寄せる」覚悟。

新チャンネル
いわみ夫婦のはなし
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00:04
メタ音声配信ラジオ、こんにちは、いわみです。4月6日、火曜日、いかがお過ごしでしょうか。
夫婦のポッドキャストの話を、ちょっと最初にさせていただきたいんですが、
いわみ夫婦の話という、ポッドキャストとスタンドFMのですね、新しいチャンネルを最近作って、第1話目を配信したんですが、
たくさんの反応をいただけてですね、とても嬉しいです。
僕と妻はもともと2人で、個人、2人とも個人で音声配信をやっていたので、
それぞれのリスナーというか、割とそのかぶっているところが多かったりするんですけど、
その方々がですね、フォローしてくださったりなんか、コメントとかですね、レターいただいたりとかですね、
とても励みになるなと思って、第2回も一応、今編集終わったので、
今日か明日には配信をしたいなと思っているんですが、
あとまあ別にこんなところで言わなくてもいいんですけども、スタンドFMのチャンネルはですね、
1つのスマホでアカウント2つって多分できるのかもしれないけど、なんかめんどくさいので、
子供用のiPadでですね、スタンドFMにアプリ入れてですね、そこでやってるんで、
その確認がどうしてもあんまり毎日できなくなるっていうところで、
ちゃんと見てますけど、返信したりとかそういうことはですね、
フォロー仕返したりっていうのは結構タイムラグが出るかもしれませんので、
その辺はご了承くださいというか。
それで今日話してみたいことはですね、感想と主張の違いみたいなことについて考えてみたいと思うんですが、
昨日の配信でも僕最後の方ちょっとですね、その夫婦ラジオの関連で、
感想ばっかり話してると結構聞いていて退屈になるみたいな、
だから意識的に主張をですね、展開していった方がコンテンツとしては面白くなるっていう話をしたんですけど、
ちょっとそれからですね、いろいろ考えながら、まだ別に結論みたいなのは出てないんですけど、
なのでこの配信もこの話も完全な感想というか僕の思ったことの話になるんですけど、
最初に自分の頭をまとめるためにもちょっと感想と主張の違いみたいなのを考えてみようと思うんですが、
感想っていうのは何かを見たりとかそれを聞いて、こう思ったとかこう感じたっていうのが感想ですよね。
それに対して主張っていうのは、私はこう思うとか、こうでなければならないとか、その強さっていうのはいろいろあると思うんですけど、
違いは何かっていうと、主張にはですね、感想も主張もどっちかっていうと自分の考えだっていうことに関しては同じなんですけど、
主張の方が方向性があるっていうことだと思うんですよね。
それでなぜコンテンツの場合は感想より主張の方がいいのかというとですね、聞いてる方がイメージしやすいからだと思ったんですね。
03:09
つまり感想っていうのは、今日こんなことがあってこんな風に感じましたっていうのはですね、聞いてる側からするとふーんってそれで終わっちゃうんですよね。
でも主張の場合だと私はこうだと思いますっていうか、これこれはこうあるべきだっていうと、流れっていうか勢いがありますよね、方向性が。
それに対してどう思うのかっていうのは聞き手にもちろん委ねられるわけですけど、
聞いてる側からして何かしらの変化というか、頭の中でイメージをしやすいのはやっぱり主張なんだろうなと思うわけですね。
主張の方がコンテンツとして聞きやすいっていうのはですね、さっき言ったイメージっていうのもあるんですけど、
文章にしても音声にしても何にせよですね、それをただ聞くというか、読者とかリスナーにとってはですね、やっぱりイメージができた方が楽しいというか聞きやすいし、
逆に言うとそういうイメージできないものっていうのはつまらないし聞きたくならないっていうことなんですよね。
それでイメージしやすさをするのに具体的な例を出したりとかあるけど、それのもっと強いのが話し手の意思が感じられるものっていうか、
必ずしも主張でなくてもいいとは思うんですね。
例えば感想でもすごいぶっ飛んだ感想だったらそれはそれで面白いコンテンツになると思うし、
今日あった出来事とかでも描写がすごく緻密だったりとか生き生きしてると、それはそれだけでも聞いてて楽しかったりとか、もっと聞きやすくなったりするってあると思うんですね。
これも完全な僕の意見ですけど、僕はどっちかっていうとそういうですね、何かを主張したいっていうよりも、
そこに漠然としてあるものをなるべく形を変えないままに伝えたいっていう、そういう表現的な面も結構あるような気がしてですね。
自分のことを正当化するわけではないんですけど、音声とかこういう音声コンテンツとか割とそんなにがっつり主張されたものを聞きたい人ってそんなにいないんじゃないかなって思ったりとか。
もっと言うとこれからの時代は割とそういう感想というか、ちょっとぼやっとしたものですね。
その中で何かイメージしやすいものとか、自分と考え方が近いものに人は寄っていくんじゃないかなっていう気はしたんですよね。
ポッドキャストでそういうニュース系とかだとまた違うかもしれませんけど、個人のやってる音声とかでこれは絶対こうだっていうですね、話をそんなに聞きたいと僕の場合はあまり思わないというか。
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中にはそのボイシーとかで話の面白い人がですね、これこれはこうだっていうのを聞いたりしますけど、昨日言ったのはチキリンさんの配信のことから言ったんですけど。
チキリンさんとかの話はですね、基本的に主張であるという、何か一つの主張に沿ってその論を展開しているっていうコンテンツなわけですけど。
必ずしもそれだけが面白いコンテンツではないのかもしれないなってことを思ったんですね。
とはいえ、僕は今日こういうふうに思いましたとか、こういうふうに考えましたっていうのは、大抵の人にとってはあまり面白くない。
よっぽど尖った意見とか考え方じゃないとそんなに面白くないと。
それを求めるかどうかっていう、その飛び抜けた面白さを求めるか求めないかっていうのももちろんあるんですけど。
だから、完全な感想とかを喋るのは、それはそれでつまらないから。
特に僕が思ったのは、会話形式のポッドキャストで、やっぱりこうだね、ああだねって言ってるだけだとそれはただの雑談になってしまって。
多少その方向性を持たせるために、意識的に主張というか、これはこうだっていうですね。
50-50じゃなくて、100-0である必要はないので、7-3ぐらいの意見にあえて寄せていくという。
その3の部分を切り落として、どっちかというとこう思うっていうのを言い方としてですね。
これはこうだっていうふうに言ったほうが議論も進みやすいし、聞いてるほうもわかりやすいっていうことですね。
やっぱりこれってこうだよねって。
だけどもそうじゃない意見もあるよねっていうのはですね、基本的に何も言ってないのと同じなわけで。
それはまあ、よっぽどのことでない限りあまり聞く価値はないというか、聞く意味がない話になってしまうんですよね。
これは本当に文章の書き方と同じだなって今思いましたけど、しゃべりながら。
51対49でもコンテンツを作るときは、どちらかの51のほうに全集中して、それについて展開するっていうですね、話を。
だからある程度の覚悟はやっぱり必要なんですよね。
そうは言ってもこうじゃないかっていう反論は簡単にできるんですけど、
それをそうですねっていうこともできるけど、いやそれはそうじゃないんだっていうですね、方向性を決めるというか。
これは割と生き方というか、考え方にも直結してくると思うんですが。
だからブログでもYouTubeでも音声配信でも、結構ファンがついている人っていうのはですね、主張がわかりやすい人が多いですよね。
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ドナルド・トランプなんかもまさにそうだと思いますけど。
全然話はそれますけど、たぶん彼らもですね、心の底からそれをですね、別にメキシコに壁をつけるのが100%正しいと思っているわけではないんじゃないかと。
ただ普通、何ていうか、わかりやすく、人にわかりやすくするために、彼らは善と悪をはっきり分けて、どちらかに善振りしているっていうことなのかなと。
だから僕がここで言いたいのはですね、意見には主張がないと面白くないっていうことですね。
それは言い換えると主観というか、個人の考え方、裏と表のどちらかを強調するかっていうことで、
それをやらないとやっぱり面白いコンテンツにはなり得ないんだなってことを思ったという、そんな話でした。
はい、終わりにしたいと思います。
今日も良い1日をお過ごしください。
最後までお聞きいただいてありがとうございました。
さよなら、また明日。
10:22

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