座禅会への参加と今日のテーマ
ミキティのBe Happyチャンネル。
今日は座禅会に行ってきて、とってもいいお話を聞いてきたので、どうしてもスタンドFMでシェアしたいなというふうに思い立って、
すごーく久しぶりに収録を始めてみました。
実はですね、もう半年以上になるかな、月1回座禅会に行っています。
いつもいつも結構いいお話を聞いてくるんですけれど、
今日は本当に自分の身の回りに起きた出来事、そして今日伺ってきたお話がね、とってもリンクしていて、
すごく感動したので、それのお話をしたいなというふうに思っているんですが、
座禅会の流れ
座禅会、1時間あるんですね。
で、60分の間、30分座禅をします。
その後、歩く座禅というふうに言われている禁品というものをするんですけれど、
それは5、6分、5分ぐらいですかね、4、5分なのかな、禁品という歩き方で歩きます。
でもその5、6分歩いていても、なんて言うんですかね、進むのはほんと1メートル半進むかなっていうぐらいですかね。
で、その後ですね、普通に歩いて座禅会場を一周するんですけれど、
それなんでやるのかな、心を落ち着けるためっていうのもあるんだと思うんですけれど、
痺れた足を柔らげるためなのかなっていうふうにちょっと思ったりもしています。
で、その後ね、俯瞰座禅儀というお経みたいな、座禅儀という名がついているので、
座禅についてどうやって座禅をするのかなっていうものが書かれているお経みたいなのを読みます。
その後、お歌を歌って、それが終わるとまたあたりが暗くなるんですね。
で、暗くなって座禅を組みながら、和尚さんの温かいお話を伺います。
今日はそのお話についてなんですけれど、
「現状需要」という言葉との出会い
普段はね、もらわないんですが、歌を歌っている時にお坊さんがね、
一枚の紙をね、こう配っていたんですね。
それは何かというと、そのお寺さんで御習品を書く時に渡しているものっていうふうに言われていました。
メインで書かれているのは、現状需要という、大丈夫、現状需要。
この地上で形ある命となった時、それを使い切るまで生きていける能力が、
本当は誰にでもそらえられているという言葉が書かれています。
ヤマカソウケンロウシという方のお言葉ということでした。
これにちなんでね、和尚さんがお話をしてくださったんですが、
90歳のお婆さんのエピソードと「あたり」
そこの和尚さん、とても長老のような方なんですかね。
他のお寺のお坊さんから、とてもこう、いつもお世話になってますというメールをね、いただいたそうなんです。
で、そこに書かれていたのが、そのお坊さん、
九十いくつかのお婆さんとお話をされたというエピソードが書かれていた。
九十年以上も生きていると、体もね、使っていると、消耗も激しい。
そうするとね、自分ではどうにもならないことってたくさんあると。
例えばね、
トイレに間に合わずお漏らしをしてしまったりとか、そういうことが増えてくるんだそうです。
でも今は、とてもいいものが出ていて、おむつみたいなものが出ていて、
自分に合ったものを見つけて使う。
それもすごく楽しみですと。
昨日できたことが、今日できなくなるという。
でもそれも、初めての経験。
そう、できるようになるとか、前向きなことばかりではなく、できなくなることもまた経験です。
これはあたわり。
あたわりっていうのが、めぐり合わせとか、運命とか、与えられるものとか、そういう意味になるようなんですが、
ノトの方の方言みたいなんですけれど、あたわりだねっていう、
それを日々感じているというようなお話だったみたいなんですね。
現状を受け入れることの大切さ
そこから和尚さん。
みんなね、今の人たちは自分の外にばかり目を向けて、
自分に与えられているあたわりを信じることができていないんじゃないかと。
自分を信じて、自分を受け入れる。
今の現状を受け入れる、現状需要というのが大切だねっていうふうにお話ししてました。
家族の病気と向き合う経験
そして私の中で、今ね、家族がちょっと病気をしていて、
その病気と戦うというか、病気を自分で知って、
そこからどう向き合っていくかっていうのを、
家族ですごく話し合ったりとかすることが多いんですね。
それがすごくこう、今自分の現状と和尚さんのお話、
あたわり、めぐり合わせとか、運命。
それを受け入れた上で、じゃあどうしていくか。
どう自分は生きていくのか。
そんな言葉をすごく考えさせられました。
座禅会の継続と感謝
月にね、一度ですが座禅会みたいな、こう、瞑想なのかな、瞑想みたいなものなんですけれど、
そういう時間をね、取るってすごく大切だなっていうふうに思っています。
なのでこれからも続けていきます。
今日も最後までお付き合いいただきありがとうございました。
久しぶりの放送ということで、とてもまとまりがなかったかもしれませんが、
また聞いてくださると嬉しいです。
では、ベルビーングな一日を。