00:06
What made you criminal? 第一話 サイレンは鳴り止まない
キシュン 大きなくしゃみが出た
辛うじて口を押さえるのは間に合ったが、目の前の先輩は目を丸くして、それから笑った。 子供を見守るような、微笑ましいものを見る目である。
歳の割に自分が幼い顔つきなのもあるが、彼はたっかんしすぎている気がする。 5歳しか違わないのに。
す すみません。 風邪かな?急に寒くなったからね。
我々の仕事は体が資本だからね。 と、やんわり体調管理の甘さを咎められ、席面した。
高卒で警察官を志した一ノ瀬は、刑事になるのが子供の頃からの夢であった。 お前には町のお回りさんの方が向いているよ。
刑事であった叔父も、警察学校の教官もそう言ったけれど、一ノ瀬は諦めなかった。
25歳になって刑事になれた。 一般的な証人スピードである。
刑事の仕事は想像以上の激務で、休みなんてあるようなないような。 初活の刑事であったとき、本部から出向いてきたこの先輩刑事によって抜擢され、
一ノ瀬はこの春から経験刑本部の総裁一家所属となっていた。 本部の刑事は初活で舐められないようにしなければならないが、
つい先日まで自分が同じ立場であったことを忘れてはいけない。 七市の佐久はそんな一ノ瀬を指導してくれている。
国家公務員一種に合格した刑事長から派遣されている、いわゆるキャリアである。 僕が引っ張ってきた責任があるからね、と彼は言う。
刑事と呼ぶと返事をせず、先輩と呼ぶと満面の笑みで振り返る。 そんなお茶目なところのある人でもある。
出世を約束された七市野が丁寧に教えてくれるのが嬉しいと同時になんだか申し訳なくて、 一ノ瀬はただひたすらがむしゃらに教えを全て飲み込もうと努力していた。
それで先輩、何かありましたでしょうか? 本部に来てまだ半年ちょっと。初活との違いに苦しんでいるところもあるが、大きなミスをした記憶はない。
ない、はずだ。 七市野は一ノ瀬の顔を見て笑った。
本当に君はわかりやすいよね? う。
刑事にはハッタリが必要な場面も多々ある。 腹ゲーの一つや二つ、できるようになっておかなければならないというのに、一ノ瀬は全くもって苦手であった。
ポーカーフェイスの対義語があるのなら、一ノ瀬不諭と辞典に掲載されているレベルで顔に出る。
大丈夫、お説教とかじゃないよ。 肩の力を抜いた一ノ瀬だったが、七市野の次の言葉でシャンと背筋を伸ばす。
03:04
実は君に特別任務があって。 特別任務?
刑事になって3年。まだ学ぶことの多い一ノ瀬に頼みたいこと。 頼めることとは果たしてどんな任務なのか。
首をかしげる一ノ瀬に、七市野はさらに微笑みを濃く刻んだ。
はじめまして。柳下まさしだ。
普段むさ苦しい中で仕事をしている一ノ瀬は、彼が喋った瞬間にふわりといい香りが漂ったことに驚き硬直した。
汗臭くない。おっさん臭くない。これが警察官と検察官の差。
いや、でも七市野先輩も長歯が立っている時ですら、いつもシャワーを浴びたて洗濯したての匂いがするよな。
これはもしやエリートの香りなのかもしれない。
いつか自分もおじさんたちの仲間入りをしてしまうのかとハラハラしていた一ノ瀬は、逆立ちしても七市野のようになれないとわかってしまってがっかりする。
あ、えっと、一ノ瀬ふゆきっす。よろしくお願いします。
男が差し出した手を取り、ぺこぺこと頭を下げる一ノ瀬に対して男は微動だにしなかった。
あまり日本人らしくない挙動だなと思った。悪種が日常の挨拶の人なのだろう。
この柳下という男は、警犬検察局刑事部に所属する検察官である。
事件の数も膨大であるこの件では、検察官も分業制だ。
刑事部とは、検察官としての捜査権を行使し、被疑者が国訴相当であるかどうかを判断する。
裁判がテーマのゲームで、主人公弁護士にコテンパンにされるイメージとは違う。
年が上であればあるほど、現場の刑事の中には、刑事部の検察官をよく思わない人間がいる。
被疑者を逮捕してようやっと事件は解決。
庁場も解体したのに捕まえた犯人が、今回は不起訴で、と差し戻されるなんて、とんだ虎王である。
七篠から、検察官がじきじきに、ぜひとも自分で捜査をして動機を知りたいそうなんだ。
そこで君にお目つけ役を頼みたい。
もう自白も取れているのに困ったものだね、と指示をされ身構えていた。
えっと、例の連続障害事件、ですよね。
早速、おそるおそる本題を差し向けてみる。
柳下正史という男は、警察でも噂に昇るほどの名物らしく、一ノ瀬に課されたミッションを知った途端、先輩たちはかわいそうに、と同情を示した。
終わったら奢ってやる。あまりコーンを詰めすぎるなよ。骨は拾ってやる。
散々たる異様に、どんな化け物が現れるのかと思ったが、実際の柳下はとにかくイケメンで眩しかった。
06:03
日本人離れした堀の深い顔立ち。とにかく鼻が高くしっかりしている。
悪目立ちしていないのは目力が強く、唇が常に自信ありげに口角を上げているからかもしれない。
前髪をすべて上げていて、班長が同じヘアスタイルをしたら絶対ハゲにしか見えないだろうに、彼の場合は役者も格也と美貌を際立たせている。
そう、その事件の黒幕がどうしてそんなことをしたのかを知りたくてね。
連続障害事件は、住宅地が広がるのどかな街で短期間に4件発生した。
具体的には、10月の末から11月下旬現在まで、同じ市内、近い地域で起きた集団暴行事件である。
特徴的なのは被害者の共通点。
全員が屈強な消防士なのは確かに謎といえば謎ですけど、
でも被疑者は全員犯行を認めているんですから、基礎には問題がないのでは?
どれだけ鍛え上げられた肉体の成人男性であっても、夜道にいきなり武器を持った男たちに集団で襲われればひとたまりもない。
一ノ瀬は自分の身に置き換えて、警察学校で習ったあれこれを実際の場面で使えるかどうか怪しいものだな、と自らを恥じた。
連続集団暴行事件は多数の逮捕者を出した。
そのほとんどが10代から20代の若者で、いわゆる闇バイト案件であることは供述から明らかだ。
一つ一つの事案に関わった者同士の面識はなく、初対面の相手と組んでターゲットに襲いかかった。
柳下は一ノ瀬を連れ、被疑者の一人と取り調べ室で退治した。
青年は25歳、一ノ瀬より年下だ。
だが十分に、十分すぎるほどに大人と言える年齢で、善悪の判断がつかないわけがない。
男はヘラヘラと笑った。
年の割に幼く身長もさほど高くない一ノ瀬と、物腰柔らかなイケメンの柳下のコンビは、小表ぞろいの刑事のイメージとはかけ離れている。
彼はこちらをバカにして嘲笑ったのである。
柳下のめくばせに一ノ瀬が唇を切る。
検察官には捜査権があるが、限定的なものだ。
被疑者の取り調べに対しては、検察官自身が行うことができるものの、彼はまだ経験値の足りない一ノ瀬に譲ってくれた。
背筋をちゃんと伸ばして、できる限りの圧をかけながら、男の名前や年齢を確認し、事件についての話をさせる。
だから何度も言ってんじゃん。
割のいいバイト探してたら、ストレス解消ができて稼げる、なんて書いてあんのを見て、DM送ったら人を殴ってボコボコにしろって。
それを知った時にあなたはどう思いましたか?
09:02
善良な市民であれば、その時点でフェードアウトだ。
警察に届ける届けないは別として、明らかな犯罪行為を強査されているのである。
男は見るからに、善良な一般市民ではなかった。
椅子の上に踏んぞり返って、小バカにする態度を隠そうともしない。
鼻で笑って、「別に?」と言う。
逮捕者の中で最年長だからと、この男を選んだのは間違いだった。
もっと素直に、自分のやらかしたことを真摯に反省している人間がいるかどうか、先輩に確認してからにすればよかった。
別にちょっと殴ったり殴られたりなんて大したことないじゃん。
10万が割に合うかどうかは微妙だけどさ。
死んでないんだからいいじゃん。
悪びれるところがない男は、別の事件。
中高生が闇バイトで押し込み強盗を働き、
そこにいた老婆を殺してしまったという他県の出来事を引き合いに出した。
あれよりはマシだろ。
契機という意味では、男の言う通り、人殺しよりは短いかもしれない。
しかし、だからといって障害の罪が軽いわけではない。
今回は被害者が皆、鍛えに鍛えていたこともあって、どうにか骨折程度で済んでいるが、
打ちどころが悪ければ死んでいたかもしれないのだ。
実際、長期入院を余儀なくされている被害者もいる。
それに俺は頼まれてやっただけ。
頼んだ奴の方が悪いだろ。
お前。
己のしでかしたことを賄賞化する男に瞬間的に沸騰する。
一ノ瀬は後先考えずに立ち上がり、つかみかかろうとした。
もちろん大問題になる。
取調室という密室で、警察官は慎重な行動を求められる。
それでも刑事も人間だ。
許せないと思うことは多々ある。
若く正義感に駆られた一ノ瀬は特に。
柳下に手首をつかまねなければ、何をしていたかわからない。
かっとなった自分を恥じ、一ノ瀬はうつむく。
一つ聞きたいのだけれども。
柳下はこちらではなく、被疑者の顔をじっと見つめた。
波外れた男前に見つめられるのは、サシモの小悪党であってもソワソワするものなのか。
視線をさまよわせ、「なんだよ!」と小さな声で応じる。
君が襲った相手だけじゃなくて、ターゲットに選ばれたのはみな消防士だったわけだが、君はどう思う?
被疑者相手に柳下はまるで相棒に尋ねるかのように推理をするように持ちかけた。
隣に正しく相棒を命じられた一ノ瀬がいるというのに、この人は一体。
反発のために開いた口が何度かパクパクと開閉する。
柳下は一切目をそらすことがない。
眼力に圧倒されたか、男は何やら考えあぐねた結果、一つの推理を披露した。
誰でもいいってわけじゃないんだと思う。
男なら誰でもって感じじゃない。
消防士に恨みでもあるみたいな。
12:01
その回答に柳下は満足した様子で笑った。
うん、私もそう思うよ。
その間も彼は一ノ瀬の手首を掴んだままであった。
柳下検事、取調室を出たところで一ノ瀬は声をかけた。
振り向く彼に頭を下げる。
すみませんでした。カットなりました。
冷静になると自分がしでかそうとしたことの恐ろしさがわかる。
犯行を認めない犯人を殴ってでも自白させていたのは大昔の話だ。
今の時代でそんなことをすれば、無駄に知恵をつけた犯人も黙っちゃいない。
速攻で弁護士を立てて、違法捜査を訴えてくる。
そうなると勝ち目はないし、警察組織に泥を塗ったと庶民から礼偶される。
危ういところを救われたのはあいつではなくて自分だ。
そう自覚していたからこその謝罪であったが、柳下の考えは異なるらしい。
首をかしげて、「でもあれって作戦の内だろ?」と言う。
ほら、一人が冷たくしてもう一人が優しくすることによって相手の口を割らせやすくするっていう警察がよくやる。
そんなの意識してないっすけど。
勝手に良い方に解釈してくれて助かったが、頭の回転が良いんだか悪いんだか。
柳下は、「そうか。」と納得しているのかしていないのか分からぬ顔であいづちを打っていたが、
やがて、「それでは黒幕本人に話を聞きに行こうか。」と提案した。
聞きに行くのは全然構わないんですけど。
検事はどうしてそんなにも熱心に捜査をするのですか?
検察官は警察が入念な捜査を経て逮捕した被疑者を基本的には立憲、起訴する。
よっぽど意思薄弱であったり、被害者側の処罰感情がなかったりする場合以外は、
有罪判決への道をひた走るのが常である。
これまでに担当事件を起訴した検察官は、証拠品を確認して被疑者の取り調べをおざなりに行ったら、
もう起訴準備が整ったとしていた。
だって実行犯だけじゃなくて、逮捕された黒幕も自分の犯行を認めているんですよ。
なのにどうして?
犯行を否認しているのなら、冤罪の可能性が1%くらいはあるかもしれない。
だが犯人たちは認めているのだ。自分のやった卑劣な行いを。
物的証拠も存在している。言い逃れはできないのだから、すぐに起訴に持ち込めばいい。
一ノ瀬の考えを柳下は否定しない。ただ、私は知りたいだけだ。
どうして彼女が犯罪者になったのか。消防士ばかりを襲わせたのか。
そう、ただの興味本位さ。と静かに語った。
実を言うと、闇バイトの依頼人というのは私の小学校時代の同級生なんだ。
え?なるほど、それで彼女が障害事件を起こすなんて信じられないというわけか。
15:01
大いに納得した。まさか本当に興味本位なんてことはないだろう。
一ノ瀬は被疑者の写真を頭に思い浮かべた。同級生ということは37歳。
目の前の男と幸打つそうな化粧っ気のない顔を比べて、そうは見えないなと失礼なことを考えた。
彼女が悪いわけではない。柳下がハツラツとしすぎているのだ。
さあ、行こうか。
はい。小学校の同級生なんて一ノ瀬は顔も名前も覚えている相手はほとんどいない。
変な人だと思ってたけど、本当は優しい人なのかも。
柳下のことを見直して彼の後をついていった。
この話の続きが気になる人は、葉崎トールのTalesのページ概要欄に貼っておきますので、ぜひ続きをご覧ください。
それでは今日のイロハウェーブこれにて終了です。ありがとうございました。