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山を登って波風がたった世界を愛する
2026-07-10 26:29

山を登って波風がたった世界を愛する

2026/7/10

とても礼儀正しい男の子が教えてくれた階段を登った先はこの「アルバイーン廟(マカーマアルバイーン)」でした。

ここはなんと、旧約聖書創世記のカインとアベルの話の現場と言われています。

#声日記

 

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サマリー

語り手はカシオン山への朝の散歩に出かけました。山の中腹にある迷路のような階段を登る中で、地元の人々の温かい親切に触れ、特に礼儀正しい少年が道を教えてくれたことに感動します。この経験から、彼女は人々の生活や文化への深い洞察を得ました。また、会話は「恐怖」という感情の根源的な性質と、それが人間関係や社会紛争にどう影響するかという考察へと発展します。最終的に、Mr.Childrenの歌詞を引用し、困難や不安を抱える世界であっても、それを愛し、自分にできることを見つけたいという強い思いを語ります。

朝の散歩
おはようございます。7月10日の朝の9時50分。
はい、声日記です。山の上です。山に登ってきましたよ。
はい、今日はお休みの日なので、朝少し散歩か軽くランニングぐらいを、もうちょっとでいいから、したいなと思ってね。
ちょっと、やっぱり先週一週間疲れたんで、すごい早起きができなかったんですけど、8時半ぐらいに、よし、今出ればまだ涼しい。
これ以上遅くなったら今日一日寝て過ごすだけだと思って、思い切って出てきたんです。
で、ちょっと一応、なんかトレランシューズというか、ランニングシューズみたいなのを今回持ってきたし、こうキャップをかぶったり、少しスポーツウェアみたいな格好をして、
普段ね、こんなちょっと、普段だったら街を歩くには女性が、私の年齢の女性が歩くには、なんか少し、もう少し体を覆った方がいいかなって思うんですけど、
スポーツをしている人っていうカテゴリーの人たちは結構街にいっぱいいるので、
特に休みの日の朝とかそんなに混んでないときに、スポーツウェアを着ている限りは若干、何でしょう、いつもより少し体の線が見えそうというか、Tシャツ一枚みたいなんでも、
まあなんか別にマナー違反じゃないかなっていう感じがしているんですね。
これはね、そんなに、やっぱり大都会ではね、あんまりそんなには気にしなくていいことでもあるんですけどね。
ダマスカスみたいな街は、いろんな人が住んでいるので、他人があんまりどんな格好をしていようと、それをそんなにはジロジロ見たり気にしたりしないっていうような、
コスモポリタン的文化っていうのはあります。
少なくとも私が住んでいるところから徒歩で行けるような範囲内に限っていけば、
そんなに服装にすごくこういう服を着ないといけないみたいな場所、紙をベールで覆って、なんていう場所はないんです。
首都ではね
で、今日はそんな感じでちょっとスポーツウェアなど、軽やかな荷物、お金もいつもの大きいお財布じゃなくて、ちょっと小銭をポケットみたいなものに入れ、
スマホと鍵と少しのお金だけを持って出かけてきました。
カシオン山での出会いと人々の親切
そして、ダマスは北に行くっていうのがわかりやすいんです。山があるから、カシオン山っていう。
カシオン山の方に向かって歩いて行ってみよう。
昔ね、私が住んでいたのもカシオン山の中腹だったので、
少しそっちの方に近づいていきたいと思って歩き始めました、北に向かって。
そしたら、予定外に私が住んでいた地域ではなくて、私のお友達が住んでいた地域の方に入ってきたので、
それはそれで良かろうと思って、引き続き真っ直ぐ真っ直ぐ真っ直ぐ山に向かって歩きました。
そしたら、だんだん傾斜になっていって、だんだん道が細くなっていって、
だんだん階段みたいな、家と家の間を迷路のようになっている階段みたいなところを少しずつ登ってみたいな。
今ね、お年寄りがお家の前でコルアンを広げて、多分礼拝というかコルアンを読んでいたんですけど、
その敷物にどうぞここにお座りなさいって言って進めてくれた。
私が多分疲れていると思ったんだ。
はい、それで、大分ね、山の中腹みたいなところを、
ハロー、ハロー、キューハルコン、シロネーチ、子供たちが1,2,3,4,5人。
家の前にね、階段の玄関の前の木陰みたいなところにみんな座って、子供やお年寄りが座っています。
今もその多い階段を下りているんですけど、
もう何て言うんでしょう、本当にモロッコのメディーナとか行ったことある人は想像つくと思うんですけど、
その旧市街のすごく細い路地で道が入り組んでいて迷路みたいになっているのの山バージョンですよ。
山でそうなっている。
かしおんさんの中腹まで、多分ここもだから古い古い、本当に旧市街なんですよ。
ロコナデインという地域ですね、そこの山を登って行ったら階段を登って、もう本当に1時間ぐらいで登り続けたんですよ。
だから本当はもっと山みたいな、一番上まで行きたかったんだけど、もう迷路みたいになっているから行き止まりもいっぱいあって、
階段を登りきったところが行き止まりだったので、もう今日はここでいいやと。
1時間も登ってもう疲れたと思って、ちょっと降りる前に休憩と思って、日陰だった階段に座って休憩をしていました。
そしたら男の子が、8歳ぐらいの男の子ですかね、でもすごい賢そうなお利口そうな男の子が来て、
上から、だから近所に住んでいるんだと思います。
その男の子がね、山に行きたいの?って言うんです。
アラビア語でね、ビッテクトゥルハッジャバールって聞かれました。
山に行きたいんですか?
ここ山だけどねって思いながら、はいはいって答えたら、その山はこの階段を降りてもうちょっと右に行ってもう一つの階段を登ったところから行けるんだよって教えてくれました。
それでもうここで今日はいいと思ってたんだけどって思ったんだけど、せっかくその男の子が教えてくれたので、これはね、なんかやっぱりじゃあ行こうかなと思って。
でまたこの男の子の礼儀が正しいことには、本当8歳ぐらいの子ですよ。
それで私を待ってて一緒に行こうとかっていう感じでもなく、その男の子が私にそれを教えた後、ちょっと心配そうに見ながらも先に行ったんです。
であそっかもうこの男の子は教えて行っちゃったんだと思ったらですよ、その階段を降りて右に回り込んで、教えてくれた次の階段の入り口っていうところでその男の子は私を待っていました。
それでそこで待ってて、はいこの階段だよっていう風に教えてくれた後に安心して、どっか彼はどこかご自分の用事のところに出かけていったんです。
いやーなんて優しくて気遣いができる子なんだろう。
でそんな感じの人がいっぱいいるんですよね。この国本当に知らない人に道を教えるとか、ちょっと困ってそうだったら声をかけるとか。
だって私もうこの今日の山に登ってくる道の間で、その男の子だけでもなく他のいろんな大人の人も含めて車に乗っている人も含めて、乗っていきますかみたいに何人か声をかけてくれたんですよ。
いやーみんな親切なんです本当に心の底から。それでしかもそれをねあんまりしつこくしたら嫌がるだろうなみたいなこともわかっていて、そう軽やかになんだろうこちらが心地よいように声をかけてくれる。
本当にすごい何という人たちだというふうに思います。
ここにもまた似たような階段がある。だからもうこの山の上の方の地域に住んでいる人はあるところまでは道路があるんだけど、最後の最後は本当にすごい急階段ですよ。
これを買い物とかしたら運ぶの無理。家具とか買えないですね。だから今住んで家の中にあるもので暮らさないと。
大きいものを運んで行ったりできなさそうのぐらい細い階段で上がった路地の上に住んでます。
ここを今降りてきた道ぐらいまで来ると車があるところに来ました。
でもこの車もいっぱいね軽トラみたいなものがここにはいっぱい止まっているからこの辺のこの車が止められる地域の人はその上の人のための運送業みたいなことをするんじゃなかろうか。
さあ私は降りていきます。だから朝8時半に出かけてもう今何時?10時でしょう。1時間半ぐらい歩いてます。予想外のすごい運動をしている。
でも傾斜を登る話、いぶきステーションで上田瑠衣選手がルームランナーで40度の傾斜で練習をしたと。山に行けない時に。
今日はリッスンニュースでのんちゃんもダイエットをしていて運動をしていてルームランナーで15度ぐらいの傾斜を登るのをすると。
それで近藤さんはジムとかで運動するのは苦手だから大門寺山の近くに住んでいるから大門寺山を登るっていう話を聞いてよしそれで山を登るぞと思って出てきたっていうのもあるかな。
私もちょっとルームトレーニングみたいなのはどうしても苦手ですぐ飽きちゃうんですよね。10分もしたら。でも普通に街を歩くんだったら2時間でも3時間でも歩けるので。
街じゃなくてトレイルとかにも行きたいですけどとりあえずトレイルじゃなくても坂道を街。でも私は実はね自然の中のトレイルというよりは人の住んでいる住宅地みたいなのを歩くのは結構好きですね。
今日の男の子みたいな子に会って道を教えてもらったりいろんな人と挨拶を交わしたりっていうのは本当に本当に大好きです。
なんかねこの生活の様子がわかるしちょっとした違いっていうのもあってあの例えば道が結構ゴミが落ちているところもあるんですけど。
あのさっき休憩していたところなんかはその細い階段がすごく綺麗にお掃除をされてたんですよ。でなんかそういったちょっとした違いとかももしかしたらなんていうのかな住んでいる人たちの生活を垣間見るみたいな感じにもなるじゃないですか。
なんかいろいろあと電気のね電線がつながっている感じとか排水の配管がつながっている感じとかハローハローはいえっとねこうやって話しながら歩いてるから不審がられないように人に会ったときはご挨拶をするようにしています。
これもほら山の山歩きの人と似てるでしょ。すれ違ったときには挨拶をする。結構いろいろ似てるんですよ。当たり前ですけどね。なんかまず私は決して不審な怪しいものではございません。あなたたちの住んでいる場所を尊重しておりますっていうことを示すことはとっても大切ですよね。
はいえっとなんだっけあそうそうそう生活の様子を想像しながら観察をしながら街を歩くっていうのが本当に大好きです。
感情としての「恐怖」の考察
あきませんね。はいえっとでなんだっけ以上にしようかな今日は今日は山に登ってきて今山を降りていくっていう話でした。
もう一個だけだからやっぱりねちょっとなんだろういろいろ歩きながら考えてきたんですけどちょっとヒントっていうか自分のメモとして覚えてるとこだけ話しますね。何の話してるかわからないと思います。
恐怖恐怖恐れ心配っていうタイプの感情恐れている怖い心配っていうタイプの感情ってなんかみんなそれをそういうふうに表明しないことが多いと思います。
大人になるとね怖いんですっていうふうには言わない例えばですけどわかりやすい事例としては家を選ぶっていう仕事私はひたすら結構最近しているのでやっぱり女性とかだとその地区によってはちょっと夜歩くのが怖いとかいうことがあったり
もしくはその女性と男性がこういう地区でその一つのアパートをシェアしているとコミュニティの目とかもあったりするのでそれは怖いというよりは心配その実際に本当に男性と部屋をシェアすることが怖いっていうことももしかしたら心配っていう感じがあるのかもしれないし同じ仕事の同僚でもね
中が分かれていようがなんとなくちょっと心配とゲストハウスが男女共用だったりすると心配でそれがそうそれをそういうふうに言うのははばかられる場合文化的に社会文化的に近所の目が心配っていうような言い方をしたりいろいろなレベルでの心配っていうのってあると思うんです
もしかしたら本当に同僚とでも男性と同じ8アパートの中で部屋が分かれていようがなんとなく一緒に泊まるのは怖いって思ってるかもしれないしね
なんかその怖いって感じよってシェアしにくいそういう他人が危害を与えていることが怖いっていうふうに言ってるとなんとなくその他人に対して配慮があるからシェアしにくいし男性だったりしたらやっぱり怖がっているっていうのって一番隠したいタイプの感情だと思うんです
もしかしたらそのやっぱりこうそんな自分は勇気があるっていう自己認識で痛いと思うと特にそれをあんまり誰か相手を選んでたったらもしかして言うのかもしれないけど私みたいな立場の人に対してそういうこういう環境は怖いとかこういうことをするのは怖いって言ってくれないですほとんどの人は
でそれをどういうふうに伝えるかというとでもその怖いっていうのがベースにあったときに怖いをもとにしたまず感情というのがあってそれゆえに要望ということにつながると思うんですけどその要望を出すときに
変化球みたいになってくるんですよねこういうふうだと怖いから私はこういうふうにしてほしいって言われればそうかそれは怖いからじゃあこういうふうにすればいいんだって私もストレートに分かるんですけど
怖いっていう感情を隠したままにその要望とか提案のところだけを出されたときに何かね誤解して伝わっちゃうように言ってくるというか本当にこの人はどうしたいんだろうということがよくわからないような形でその要望であったり提案であったりっていうのが提議される気がしています
何の話してるかわかんないですねもうちょっと具体的に言ったほうがいいかななんかね話がとにかくでもストレートにまとまらないみたいな感じになっちゃうんですよねそのまずのベースにある怖いっていう部分について隠しているがゆえに。隠してはいないにせよそれを言わないがゆえに本当は怖い
怖いっていう感情をむしろ本当に気楽にシェアした方がいいと思うんですよ。怖いんですと。それをするのは怖いんですこういう場所にいるのは怖いんです。こういうところで暮らすのは怖いんですと、ね。でもそれが聞き届けられないってなったときにですよ
なんかまたこれ急に大きい話につなげるのも嫌なんだけども言いますけどやっぱりこう紛争とか戦争って
国と国じゃなくてそれがコミュニティ同士の争いにも展開している場合って大抵多分その恐怖ですね
自分たちがやられる前にやらなければならないとか
ただ一緒に暮らしていた隣人なんだけれども
ちょっと宗教が違うとかっていう理由によりもう信頼できない怖いっていうのは根拠のない恐怖ではなくて根拠がある恐怖ですけど
でもその根拠っていうのはその本当にその隣人の人が怖くなったっていうことではなくて
なんかもうちょっとその政治的根拠っていうのはもうちょっと大きい政治的な流れとかその大きなところで起こっている戦争っていうのがベースにあるからこそ隣人のことも怖くなってしまう
で怖いから逆にこちらが先に先手を打とうと思ってなんかそういう武器を持ち出すみたいなことになっていってしまう
自分の家族を守るためにとか
でもそれって本当に多分怖いっていう感情がその始めのところにはあるんですよね
で怖いっていう感情って一番なんかコントロールできないタイプの感情だと思うし
結構動物として怖いっていうのってすごい大切な生存のために直結している感情じゃないですか
多分生き物だと考えたらその
例えばシカみたいな動物って結構すぐ怖がる印象ありますけど
行くと怖がってパッと逃げるあれは生存のためですよね
その恐怖っていう感情を察知するできるようにできていて
じゃあさあ逃げるっていう風に彼らは早い足をもらっているわけですが
そういう感じの恐怖を察知するっていう能力って生き物としてとっても大切な能力だし
その能力は本当に生命の根源に関わっている能力なので
その感情って本当になんかこう原始的ないい意味で原始的なっていうか根本的な中心的な
感情っていうのももしかしたら違うぐらい痛いとかに近い感じかな
もしかしたらいたっていうのと同じぐらい怖っていうのってなるんだと思うんですね
それを抑えたりすることってあんまりできないと思うんですよ
一瞬のものについては深呼吸するとかっていうやり方も多分あるとは思うんですけど
でもなんかそれを抑えないほうがいいっていう場合も多いと思うんですよね
怖いっていう感情でもそれがとっても大切で根源的な中心的な感情なのに怖いっていうのは
でもそれをまず表明するっていうことが文化的に社会的にあんまりしない習慣になってきていると
でもその怖いっていう感情は引き続き継続してあります
怖いっていう感情はそんな簡単に消せたりはしません
他人が説得したりということでそんなに消えたりはしません
その怖いっていう感情をずっと持っているから何か身を守るとか
もしくはちょっとこの怖い感情に対する反応のところはうまく整理できないから今話すのやめよう
いずれにせよ怖いっていう感情って大切で根源なんだよとコントロールできないんだよ
感情がもしかしたら内側にあるんじゃないかなって耳を傾けてそれをそこをちゃんと聞けてますよ
その恐怖なんですねそこにあるのは恐怖なんですねっていうことを聞き届けるみたいな感じの役割って結構重要なんじゃないかな
本人が無視をしようとしている感情だからこそ一層本人が隠そうとしている感情を無意識に隠してしまいがちな感情だからこそ一層
なんかその図越しで指摘するみたいな形は良くないと思うんですけど
その怖いを隠したがっている人に対してあなたがわかってるのねっていうっていう意味ではないんですが
そこには恐怖があるんですねっていうことを
まさにエンパシーを持って一緒に感じてみるみたいなことをするっていうことは多分大切なことなんじゃないかなというふうに思っています
それは私の仕事をする上でとか私が今からやろうとすることをしているしていく上でっていうことですね
波風立つ世界への愛と自身の役割
はいだいぶ下の方まで降りてきましたお店があるところに来ましたね
はいえっとそうそうで最後にね最後にって何回言うんでしょうね私この話が長い中で
あのそういえばこの歌をねいつもね
私ボスニアヘルツゴビナのヤイツェという町で
それも15年以上前だな何年前かな15年前ぐらいかな仕事をしていた時に
まあ結構それも本当に大変で大変な仕事だったんですけど
そこもあそこも内戦があったりしたからいろんな民族の人が暮らしていて
なんかまあなんかいろいろあった時にこのあのこの歌をね結構毎日聞いてね
励みにしていたんですよミスチルの花火のこれを歌わない方がいいかな
歌詞だけちょっと引用します臆病風に吹かれて波風が立った世界をどれだけ愛することができるだろう
でも今ねこうやって騙すにいると私臆病風に吹かれて波風が立った世界だけど
本当に臆病風に吹かれて波風が立った本当にそういう社会だけど
それを私は愛することができるだろう
できるって思うんですだからそれを私は私は愛することができるので
とにかくそれを愛することができるというか愛しているので
臆病風に吹かれて波風が立ったこの社会を私は私は愛しているので
だからそれは何というかめぐり合わせとして私にできることがあるんじゃないかな
なんてことを今思っていますということです
なんか最後に思い切ったことを言いました
以上にしますありがとうございましたまた今度
26:29

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