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2026-01-11 27:27

#137 モヤモヤを分解して語ることで霧を晴らす!

2026/1/11

新年からイライラ、ウツウツ、モヤモヤしていることを語ることで無力感とたたかい霧を晴らそう。

ホットタピオカ抹茶ミルクはこんな色です。美味しい。

#声日記

 

サマリー

このエピソードでは、年始に感じるもやもやとした気持ちや、シリアでの軍事衝突の影響について語られています。特に、個人の感情や社会的状況がどのように絡み合っているかに焦点が当てられています。モヤモヤの感情を言語化することで自分を見つめ直し、前向きな気持ちを取り戻す方法に重点が置かれています。また、シリアにおける精神的な負担についても考察され、同僚たちの強さを感じる内容となっています。

年始のもやもや感
こんにちは、2026年の1月11日、日曜日の17時10分です。
今日の声日記です。
さあ、新年、初ではない、2回目ですかね、前回は2025年の振り返りをしたので、
はい、2026年のお話としては、初なんですけど、毎回ね、1月の初めって結構、
なんかうつうつとした感じに毎年なりますね。
まず何かっていうと、年末は割とね、お休みがあっても、ゆっくり休みだ、みたいな感じで、
あと旅行とかするのも楽しいし、のんびり家にいるのも楽しいし、
12月31日までは、休みだ、ホリデーシーズンだ、みたいな感じがあふれてるんですよ。
1月になるでしょ、日本だったら3月2日くらいはお正月だから、お休みってお正月雰囲気にあふれてて、
4日とか5日くらいから、よしって言って働くぞ、みたいな感じで、さあ何か新しい年が始まりました、みたいな、
ちょっといろいろ抱負とか決めたり、いろいろ仕事も急に、急にっていうかちゃんとみんなで始まる、みたいな感じってあったんですけど、
会社で働いてるときとかはね。
でも、まず多分ね、私が勤めているヨーロッパの国では、1月5日か6日にカトリックのホリデーがあるんですね。
それもあったりもするし、たぶんあとはNGOだからっていうのもあると思いますけど、
企業だったらちょっと違うのかもしれませんけど、1月のたぶんね、明日くらいが新年開けて稼働しますみたいな、
11日、12日、もしくは人によってはだから18日みたいな感じなんですよ。
ホリデーシーズンがずるずると続くんですね。
しかも、その1月をいつまで休むとかっていうことをみんななんか言わない。
今は何なんだかわかんないみたいな状態になっていて、先週1週間くらい、1月の4日くらいから私たちは稼働してたんですけど、
なんか返事が来ないみたいな、今休みなのか誰が働いているのかわかんないみたいな感じで、
休みなのか休みじゃないのかわかんないみたいな曖昧なホリデーが続いてたんですよ。
曖昧なホリデーって、もうそれを好きになったらいいと思うんですけど、
なんかやっぱりどうも慣れないっていうか、ここの国の人も1月にあんまり休むっていう習慣ないんですよね。
年末はクリスマスとかあって、2日も日本より早く、1月の1日は祝日ですけど、2日、3日とか普通の日みたいな感じなんだと思うんです。
このイラクの文化的にはね。
でもそうやって去年溜まった分を片付けて、新しい2026年の仕事を始めるぞみたいな気持ちになっているところ、
あれ、まだ休みなのかみたいな感じで、なんかヨーロッパの本部が稼働してないので、
あれ、みたいな色々質問とかも去年から溜まっているペンディング事項が多々ありみたいな感じで、
結構ね、みんなもね、ちょっとイライラしているところもあるんですよね。
あれとこれを片付けたいのに片付かない。
で、私もそんな風にちょっとなってしまったところもあり、なんかイライラしたり、もやもやしたりしているうちにですよ、
あれですね、先週の火曜日からですか。
先週の火曜日から昨日までシリアのアレッポで起こっていた、エスカレーションという風に英語で呼んでいますけど、
軍事衝突で市民が巻き込まれた、市街地での軍事衝突に市民が巻き込まれて15万人ですよ。
15万人、雨の中、夜を子どもとか、ディスプレイスって何て言うんですか、家から避難しなきゃいけなくなったという状況が生じていて、
先週1月6日ぐらいに始まって、きのう、今日ぐらいまでエスカレーションが続いており、状況が悪化するということが続いて、
シリアでの軍事衝突
今朝になってようやく収まってきました、という状況。
これがまたシリア国内で去年の12月以降、アサド政権倒れてから何度か地域ごとのエスカレーションというのはいくつか何度かあって、
沿岸地域のワンアラウエ派の県とかスウェーダ県の県とかあって、まだまだ内戦は収まっていないと言いながらも、
今までは他人の話だと思って見てたんでしょうね、私も。報道とかを見るのも、結局は。こんなにズシンとくる感じではなかったんです。
もうちょっと評論家みたいな気持ちで、シリアの方のポッドキャストでもニュースを紹介するときも、精神的にその件がのしかかってくるということはなかったんですけど、
今回は北東シリア自治政府、私たちの団体の本部がある場所の自治政府とシリア中央政府の間の衝突です。
なのでやっぱり他人事ではないという気持ちになってしまったんですよね。人道支援団体なので政治活動をしているわけではないので、
それをそういう状況になったからといって、本部があるところの政府が軍事作戦に関わっているからといって、それを他人事ではないというふうに思うというのは中立じゃないという話になるのかもしれないとか、
いろいろそういうこともいろいろ考えながらも、ただ本当に他人事ではなかったんです。一人家族がアレッポに住んでいて、ちょうど里帰りをしていて、年末からスタッフがアレッポに滞在していたりもしました。
その他人事ではない感が、紛争に巻き込まれている他人事ではない感というのが、こんな人道支援のNGOで中東で働いていても、私はもしかしたら今回ほど自分が巻き込まれている感じになっているのは初めてかもしれないです。
自分が巻き込まれている感じになっているにも関わらずやれることは何もないというね。私がいる場所はドホークで、自分は安全な場所にいるということ自体はいいとして、本当にできるかというと何もできないんですよね。
これから先のことが心配とか、本当にいろいろ考えることがあって、それがごちゃごちゃに絡まっていて、何をどう考えたらいいかも分からない。
週末あたりは家にいて寒いのもあって、家は部屋にこもっているんですけど、ニュースをつい見てしまうし、見れば精神的にドドンと苦しい。
違うことをして気分転換しようという気にならない。こんなことが起こっているときに自分だけ楽しく、例えば映画を見て気分転換という気持ちにはならなかったですね。
本を読んだり勉強したりをして気分転換を図りましたけど、娯楽みたいなもので気分転換する気にならず、でもあれですね、これよくない。
このまま今日も続いていたら本当に精神的にうつうつになっていたところ、まず今日はオフィスに出勤したので、外に出たというのも多分よかったのと、何よりも状況が安定化の方に向かったので、
ちょっと気持ちが立て直してきて、声日記も撮ろうという気持ちになっています。
自体がこういう紛争みたいなことで悪化していっているときに、しかも自分が巻き込まれている気持ちになっているときに、その状況を声日記なりもしくはシリアの方のポッドキャストでも上げようかなと思ったりもしましたけど、今からどうなってしまうか分からないときには上げられないですね。
一旦状況が安定化してからじゃないと上げられないなということが分かりました。
そういう意味では私は報道の仕事とかできる気がしないですよね。
報道の仕事をしようと思っていたわけでもないですけど。今起こっていることを淡々と語るということだけでも、ニュースとか記事で出てきたものを翻訳して日本語にして語るということだけだとしても、何の感想も言わないものだとしても、自体がどんどん悪化しているときにはできる気がしなかったです。
どちらかというとアクションという形で関わる方ができないことにイライラするという感じですかね。
アクションというのは人道支援のためのアクションとか、もしくはこんなことになっているのに、それを止めようというアクションを取りたいというわけでもないけど、私にできることは何もないという無力感みたいなものがすごかったですね。
無力感がなかったとして、無力感じゃなくて逆の効力感を感じていたら何をするのかというと、気持ちが落ち込んでいなかったとしても何もできることはないんですけど、でも何もできることはないという事実以上に精神的な無力感というものが結構ダメージが大きかったですね。
感情の整理
なので講演日記を撮るということだけでも何かやっている感はあるので、無力感とかって何かの一つの物事に対して無力感を感じているとして、そのトピック、例えばシリアのあれっぽの状況に関する無力感だとしても、その無力感というのは他のありとあらゆることにその無力感が影響を与えていくんですね。
だから鬱とかになっちゃうんですよね、人は多分ね、食事をするとか外に出て歩く、散歩するとかということさえもできなくなってしまうぐらい無力感が強いとそういうふうに全ての何もできなくなってしまうというふうになるんだなという、
そういう欲打つ状態の入り口みたいなものを週末の間体験していましたよ。でもそこからは脱したかなという感じがしています。
無力感というものは本当につらいので、それは感じていたくないんですけど、客観的な事実として無力であることには変わりはないので、
だったらそうだな、もしかしたら切り替わりのポイントは全然関係のないコーチングのコースの無料説明会に申し込んだりしたんですけど、そういったアクション、本当に全く関係のないことでも何でもいいから、
少し自分にとって前向きだなと思えることのアクションを撮ったり、本を読んだりということをしたんですけどね、それがちょっとは良い効果があった、いや違う、逆にちょっと落ち着いてきたからそういうことができたのかもしれないし、
もやもやという感情についてちょっと解像度が深く考えましたよ。もやもやって、もやっていうくらいだから視界が白くなってて見えないっていう感じがまずあるし、
そのもやっていうものには蜘蛛の巣のような糸のようなものが体に絡みついていて、複数ね、たくさん、太い綱で縛られているとかいうよりは糸のような蜘蛛のようなもののちょっとベタベタするものにいっぱいが絡みついていて、
動きが取れない、全く動けないんじゃないんだけど、ちょっとだけ動けるんだけど、なかなかすっきりと全部取れないので、動きが取りにくいみたいなふうに、動きが重いみたいになっているし、視界も白くなっていて見えないので、見えなくて分からないという感じと、
体が動きにくいという感じが、もやもやっていう感情の要素としてあるなということをちょっと感じました。
今までいろんな、例えばキャリアコンサル担当の面談の実技、演習とかっていう中でも結構ね、もやもやするんですなんていう感情を自分が言うことは多かったし、他の人ももやもやしているんですみたいな話をして、
じゃあもやもやっていうのはどういうことなのかをもうちょっと深く見てみましょうみたいな話をしたことがあったんですけど、そのまあ、客観的な事実で何が起こっているっていうことだけではなくて、そのもやもやっていうことの体感の感じっていうのを改めて味わいましたね。
視界が見えない、もう先が、暗いっていうんじゃなくて白いような感じなんですよね、もやっていう感じで。
モヤモヤの分析
本当に絶望しているところだったら黒い霧の中に入った感じになるんですけど、もやもやっていうときは白いので本当だったら動けるはずだみたいな、自分のせいで動けなくなっている、見えなくなっているみたいな感じがして、見えそうなのに見えないっていう感じと、
細い糸か蜘蛛の巣で縛られている、巻き取られているみたいな感じもこんな細い糸なので、それを無理して頑張って立ち切って動けそうなものなのに動けないっていう無力感みたいな、自分は無力であるっていう気持ちとそこが多分つながっていて、自分に失望するみたいな様子も入ってくる感じですね、もやもやって。
私にとっては昨日のやつはそうだったです。
ちょっと暗い話になったんで、今チャジというこのチャイナのカフェで、中国風カフェレストランで食べているものを急に紹介して終わろうと思います。
まずはですね、抹茶ボバティー、タピオカミルクティーの抹茶バンっていうやつがありました。
それのホットっていうのがあるんですよ。これはもはや和菓子っていうか和のお茶なんで、抹茶のミルクティーに黒糖味のタピオカがいっぱい入っている。
で、和の温かい飲み物っていう感じ、美味しいです。和のデザート、温かい。いいですね。
これはミルクティー、普通のミルクティーのやつもとても美味しいんですけど、抹茶のやつ、温かくして飲むときは抹茶のやついいかもしれない。
でね、やっぱり抹茶が美味しいですよ、ここの抹茶は。
抹茶って今流行ってて、いろんなカフェに抹茶ラテみたいなのあるんですけど、なんかね、抹茶ってなんだかわかっているかなみたいな。
抹茶って言っているそれは何かなみたいな場合があって、結構ピンクだったりブルーだったりする場合もあるんですよ。
で、多分言葉の抹茶の茶は茶、お茶の茶だっていうのはわかっていないような気がするので、
茶せん、粉的なものを茶せんで溶いて出したら、カラフルだったらそれは抹茶だって思っている可能性がありますね、海外の人だいぶ。
抹茶の茶は茶、ティーなんだよ、しかもグリーンティーのことなんだよっていうことがね、多分通じてないかな。
でもここはチャイニーズレストラン、チャイニーズカフェレストランでオーナーも中国の人なので、抹茶の茶がお茶の茶だっていうことは多分よくわかっている。
で、多分その抹茶パウダーもだからちゃんとお茶のパウダーを使っていると思います。だから美味しいです。
ミルク入ってますけどね、抹茶ラテ、ホット抹茶ラテにタピオカ入り。
で、もう一個それをあったかい飲み物だけではなくて、冷たい飲み物も飲みたいなと思ったので、グレープティーというのを頼みました。
グレープティーはね、あれですね、グレープティーにもつるつる入ってるんですけど、こっちはナタデココですね。
ナタデココ入りグレープティー。
グレープジュースに多分アイスティーとグレープジュースの半々ぐらいに割ってある感じなので、ちょっと苦味のあるティー感のあるグレープジュースにナタデココ入り。
で、それを二つ頼みましたよ。なんかこの辺もあれかもしれないですね、無力感が収まってきている証拠っていう感じがします。
もしくは無力感を断ち切ろうとする努力っていう感じなのかもしれない。
なんか抹茶ボバティーとグレープティーがあって、両方どっちにしようかなって迷ったときに、よし両方頼んじゃえみたいな。
ある意味今日はそういうエネルギーが必要でした。
もうどっち選んだらいいか分からないから、どっちか諦めるっていう感じよりは両方頼んじゃえみたいな。
ちょっと精神状態が上向きになっている証拠かも。
スリアの現状
それぞれ別々の味わいなので両方楽しんでおります。
今日はモヤモヤの分析の話と、スリアのあれっぽの軍事エスカレーションにだいぶやられましたっていう、精神的にね。
精神的にやられている場合ではないんですよ、本当に。
今日あたりはスリア国内の同僚たちも忙しいかもしれないんで、連絡取れずにいましたけど、
明日ぐらいから実際にどういう影響があってとか、何か人道支援的な活動が必要になるのかとか、そんなことも情報収集を始めなきゃならないんです。
私ももしかしたらまたダマスに入ることになるかもしれないというのは、
今、北東スリアとスリアの中央政府の間の陸路の国境関門が全部閉じられています。
これはいつまで続くかわからないですね。
いろんな影響があるので、本当に落ち込んでいる場合じゃないんですけど、だいぶ落ち込みました。
だから私のスリア人の同僚たちすごいなと思いますね。
もっと本当に全部が自分ごとで、それがずっと続いていて、2011年から。
それでも前向きにみなさん元気よく、前向きに行動できている。
無力化に巻き取られてしまっていないということは本当に強い人たちだなと思います。
そういう値段からちょっと貴重な経験ではありますけどね。
実際には何にも巻き込まれていないですけどね、私なんかは。
安全ですし、何一つ実際に巻き込まれているわけではないけれども、
感情的には今までのどの時よりも紛争に巻き込まれたというような気持ちを味わっています。
今からグレープティーと抹茶タピオカティーを引き続き飲みまして、
お家に帰って、明日は早くオフィスに来る予定があるので、明日元気に出勤したいと思います。
明日はヨーロッパ人の尊敬しているお医者さんの同僚が北東シリアンに入りますので、
それをオフィスで見送るお仕事、それも別に大したことをするわけではないんですけど、
ちょっと同僚とお話をするということが本当にしたい気分なので、
情報交換とかをできるので、朝8時ごろに職場に行くことになっております。
今日はそのお医者さんのためにキッチンにリンゴとバナナとビスケットとチーズとトマトを買って、
先ほどゲストハウスに夜遅く着きますので、
ちょっと差し入れを買って、キッチンのテーブルの上に並べてからオフィスを出てきましたね。
明日の朝、旅立つ前にちょっとお話をできればいいなというふうに思っております。
はい、では以上にします。長くなりましたけど、
こういうやつこそ小絵日記で撮るのがいいやつだと思いますよ。話まとまってないやつ。
だけどなんかそのモヤモヤしているみたいな、その体感を探るみたいなやつ。
はい、では聞いていただいた方、どうもありがとうございました。
ではまた今度お会いしましょう。
27:27

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