1. IN YOU RADIO 引用ラジオ
  2. #63「人は変えられるのは未来..
#63「人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいる」:平野啓一郎『マチネの終わりに』
2025-12-24 24:44

#63「人は変えられるのは未来だけだと思い込んでいる」:平野啓一郎『マチネの終わりに』

第63回は、ゲストおともだちの、まりさからの引用。


平野啓一郎さんの『マチネの終わりに』から、記憶の話について。


自分を縛るように見える、確固としたような過去の記憶は、実は繊細で大きく変わり得る、かもしれない。


主人公のセリフから、雑談しました。


感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

00:02
言葉の中に、あなたの中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
03:38
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
06:18
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
09:18
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
12:03
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
言葉の中にある言葉。
いい思い出に変えることもできるし、必ずしもいい思い出に変えなきゃいけないというわけではないと思うんだけど、
なんかそれが大切なもの、思い出に変わるみたいなこともあるなと思う。
だからそういう意味ではすごい同意というか、
過去は、未来だけしか変えられないっていうのはことだけじゃなくて、
過去も変えようといえば変えられるし、なんなら変わっていってしまうものでもあるなっていうのはすごい。
短い結果と長い結果みたいなところに通じるなと思って。
どういうこと?
何かをした時に、短期的に見たらそれは失敗だったかもしれないけど、
長期的に見たらそれは自分の人生においてすごくいいものをもたらしてた時に、
それに気づくのってもうちょっと先、人生の中でもうちょっと先の話かもしれない。
それぐらい時間を経った時に改めてその過去を振り返ったら、
やっぱりあの時にこのことが起きたから今の自分があってよかったんだって思えるけど、
その失敗と短期的に思った時はその過去ってすごくビターなものじゃないですか。
そういう話。
私が思い出したのは大雨田とわこと三人の弟のセリフで、
どのタイミングで出てきたセリフかっていうと、
主人公のとわ子に親友のかごめちゃんっていう市川美学を演じる幼馴染がいるんだけど、
そのかごめちゃんが途中で急に死んでしまう。
その時に、とわ子は結構登場人物としては三人の元夫と、
その時にちょっと恋中になっている仕事上ではライバルの小田切女がいて、
その小田切女が親友のかごめちゃんの死に悲しんでいるとわ子に対して言ったセリフで、
ちょっと長いんだけど、過去とか未来とか現在とかそういうのってどっかの誰かが勝手に決めたことだと思うんです。
時間って別に過ぎていくものじゃなくて、場所っていうかその別のところにあるものだと思うんです。
人間は現在だけを生きているんじゃない。
5歳10歳20歳30歳40歳その時その時を人は懸命に生きていて、
15:03
それは別に過ぎ去ってしまったものなんかじゃなくて、
だからあなたが笑っている彼女を見たことがあるなら彼女は今も笑っているし、
5歳のあなたと5歳の彼女は今も手を繋いでいて、
今からだっていつだって気持ちを伝えることができるっていうセリフがあって、
結構これ難しいセリフだなって思ってその時聞いてたんだけど、
今いろいろこの話をしている中で解釈したことで言うと、
平野慶長さんのこのセリフとは結構反対のことを言っているかなと思っていて、
過去って簡単に変えられてしまうし変わっていくものではあるんだけど、
それとは別に自分にとってこういう記憶として残しておきたいっていう形に、
意思を持って残すこともできるみたいなことなのかなと思っていて、
それを過去とか未来とか現在とかは関係ないみたいな、
別の場所にあるっていう表現にしたのかなみたいに思っていて、
だからどっちも共感する部分があるというか勝手に変わってしまうし、
関係性とかその人との距離とかによって書き換えられてしまうことなんだけど、
例えばこのマチネの終わりの話でいくと、
おばあちゃんと一緒に石で遊んでたっていう記憶があって、
それはすごい美しい記憶としてきっとあると思うんだけど、
それがおばあちゃんを死にいたらしめてしまったものとして書き換えられてしまう、簡単に。
それはできるんだけど、そっちを見るというよりは楽しかった記憶の方に目を向けるとか、
それとしてちゃんと別で保存することってできるよねみたいなことを、
この大豆田とはこのセリフは言ってるのかなって思った。
語り直しみたいなことはあるよね。生活史とかの文脈とか社会学とかの文脈でも。
何かの事実として過去にあったことを再び誰かに語り直したりとか、
震災の記憶とか原爆の記憶とか戦争の記憶みたいなものを本人が語り直すことも、
何か別の大切なものになる、できるかもしれないし、
それを語り継ぐことで、もっと多重的な、いろんな人の大切な記憶とか、
事実は変わらないかもしれないけど、真実が変わっていくみたいな、そういうのがある。
ちなみにヒカルこれもうすでに引用してます。
18:01
あれどれ?
いつか死ぬのだからでこれをね、確かヒカルはもうすでに引用してる。
シャープQで。
でも多分その時と言ってる。
違うから。
違うというか、多分解釈があるね。
そっか。
多分言ってるんだよね。
俺なんかあれ?聞いたことある。
止めなかったけど。
どっかしてたか。
でもね、それぐらいでも、いつも参照元にあるセリフなんだろうね。
そうだし、結構何と一緒に参照するかによって結構解釈って違うなって思って、
多分その時ちょっと違う文脈で話してた気もしてて、あんま覚えてないんだけど。
今のマチネと一緒にテーブルに載せたことで、
こういう風に捉えられるなって自分で話しながら気づいた部分もあって。
引用するものも、一つの理由があって引用したいわけじゃなくて、
いくつかの切り口から刺さってるからこそ引用してて、
今日はまた別の切り口からその引用がまたあらためて登場されたってことですね。
それこそ語り直したと思うんだよ。
見た記憶は変わらないわけじゃん。
その時の時間とさ、いつみたいなの分かんないけど。
セリフ自体は変わんないけど、
それが何かセットになったりとか、思い出すタイミングとか、
なんかこの境地的な、共に起こる物事によって、
また全然別の表情が見えてきたりとか、
また全く別のものに見えるみたいな、語り直し的なものだなってすごい思うね。
いいね。
このセリフも、いつ刺さるかとかも変わってくるって思えるというか。
なんか結構この1,2年忘れてたんですけど。
そういうのあるよね。
繰り返しては確かになって刺さったりするし。
いいセリフだね。
これ結構あれだよね。
石田由里子が行為を抱く結構大きなきっかけになったのかなって勝手に思いながら。
待って思い出したことある。
はい、ごめん。
それに答えて言うと、この陽子自身もその後に、
今この瞬間も例外じゃないのねって未来から振り返れば、
それくらい繊細で感じやすいもの。
くぅー。
楽しい。
この夜も楽しい夜だからちょっと怖いなみたいなことを言って、
そこからストーリーが始まっていくっていうのもあるから。
そんな急にシャレ聞いた答えできる。
初対面ですよ、この2人。
上手すぎじゃん。ちょっと頭の回転。
でもそれくらい初対面のこの夜に強く惹かれ合ってしまったっていうようなストーリーがあるんですよ。
不思議だよね。ワイルストーンがすごい打たれてる感じがする。
また読み返したくなる。
本とか作品ってさ、それは時代が変わらないから、
いつでもあの時のセリフがあるのもいいよな。
21:05
俺が思い出したのはさ、
ビフォアサンライズっていう映画。
結構好きなんだけど。
私も好きです。
結構好きなんだけど。
ビフォアサンライズ、ビフォアサンセット…
ビフォアサンライズ、ビフォアサンセット、ビフォア…
ミッドナイト。
ビフォアサンライズで、当時20代だった若い2人が
ウィーンに経由する電車に2人で乗り合わせて、
たまたまちょっと行き届をして、
車内レストランみたいなところで行き届をして、
一緒にウィーンの街に降りようよって誘って、男の子が。
男の子がアメリカ人で、女の子がフランス人で、
お互いウィーンで降りるんですよね。
で、そこで最後のシーンで、
なんで一緒に降りようと思ったんだい?みたいなことを彼が聞く。
そしたら、そのレストラン車両の中で、
おばあちゃんの話をするんだよね、その男の子が。
亡くなったおばあちゃんとの大切な記憶の話をするんだよね。
で、その時になんかね、ホースで水を撒いてたら、
そこに虹ができたんだみたいな話をするの。
そのおばあちゃんとの記憶がそれを語った時に、
すごい素敵な人だと思ったみたいなことを言うわけ。
その中で家族への眼差しとか、
それを大事に今でも思い出しているその人の人柄みたいなことに
魅力を感じて、もっと話したいと思ったみたいなシーンがあって、
もう大好きなんですよ。
あれめっちゃいいよね。
出会いのシーンも最高だし、
ウィーンの街をひたすら歩きながら喋ってる会話劇だよね、基本的に。
もう一瞬、最後の終わり方もね、いいよね。
最後ね、ホームでね。
会えるのかなって思って終わる。
そうそう。
ビファーサンライズ。
思い出しました。
あるよね、人に惹かれる瞬間ってさ、
もちろん優れてるみたいなものが魅力に感じることももちろんたくさんあるけど、
なんかこの繊細なものを丁寧に扱っているっていうか、
自分の中の記憶とか、他者への。
なんかそういうとこに魅力を感じるのはなぜなんだろうみたいなことを思うんだけど、
でもそういうのがあるっていうところですかね。
じゃあ最後にもう一回引用のところを読んでもらって終わりにしましょう。
24:04
今日引用したのは平野圭一郎さんのマチネの終わりにから、
人は変えられるのは未来だけだと思い込んでる。
だけど実際は未来は常に過去を変えているんです。
変えられるとも言えるし、変わってしまうとも言える。
過去はそれくらい繊細で感じやすいものじゃないですか。
というセリフでした。
ありがとうございます。
いいですね。
よりですよりです。
ありがとう。
ありがとうございました。
24:44

コメント

スクロール