この作品についてもう一つ伺いたいんですけど、この作品で初めてチャレンジしたことって何かありますか?
それは良い質問ですね。
ありがとうございます。
大極拳という一つの出来上がった伝統を習っていくという過程を少しずつ描いていくっていうのかな。
それは初めてですし、それから中にこの主人公がクライストというドイツの作家の作品を翻訳しているんですけども、
その翻訳を少しずつ毎日していくっていうのもここに散りばめられていて、
翻訳とね、誰かの本の翻訳と自分の作品を混ぜたら面白いだろうなとはいうことは前も考えたことあったんですけど、コラージュでね。
でもなかなかそれちょっとやりにくい話なのでやったことなかったんですけど、今回は自然にそれができて、
というのもその主人公が訳している作品というのがやっぱり年取った女性の話なんですよね。
ロカルノの古事記を知っている女性が大変な目に合う話なんですけど、
そういう意味で重なるので、ぴったりだなと思って、それで入れてみた。
これも前にはやったことないですね。
そうなんですね。
ずっとやってみたいなと思ってたんです。
その辺は何て言うんでしょう、作品取り組む前にとか取り組みながら、
なんかちょっと初めてのことやってみたいなみたいなものって、なんか意識的にやられたんですか。
それこそ僕が今質問させていただいて、そう言われてみればやってたなみたいな感じなんですか、この作品において。
今の部分は。
そう言われてみればやってたな。
ただし、私の場合、やっぱり新しい作品を始めるたびに、
前の作品とは全然違うふうにしたいという欲望はあるんですよね。
これまで描いてないようなことをふうに描きたいという欲望、これは基本的にあるんですけど、
それをどういう仕掛けとか、どういうアイデアによって実現するかみたいなのをあんまり計画することはなくて、
直感的にこういうふうに描いたら、前のと全然違うっていうことで描き始めるんですけど。
お話がかかってて4、50分ちょっと経って、今なんか率直にすごく感じてるのが、
私も今までいろんな小説家の方、インタビューさせていただいてきたんですけど、
ご自身の作品について語られるときに、本当に正直に今申し上げて、
これほど楽しそうにご自身の作品を語る方ちょっと初めてでですね、
田畑さんにとってこの八角漁師だけじゃないような気がするんですけど、
いわゆる小説、作品っていうのはどういう存在なんですか?
なんかね、すごくずっとにこやかにされて、本当に好きなんだなっていうのを、
勝手にすみません、感じちゃったんですけど。
いや、なんかもうね、完成した作品というのは自分のものという感じはしなくて、
昔親しかった友人みたいな感じで、ああいい人だったなみたいな感じなんですよね。
もしまだ近い位置にあったらば、自分の内面の苦しみを分かち合ってるような感じだったら、
あんまり話したくないですしね、聞いてほしくないみたいな感じかもしれないんですけど、
だから私がまだ書いてない作品とかについて話すのは苦手なんですけど、
もうできちゃって、私から離れてしまうと、ああいい人だったなみたいな感じで話せるんですよね。
ただあれですよね、離れても本当にパブリックになっても遠く行った感じではないですよね。
だからそんなコミュニケーションは取ってないかもしれないけど、
やっぱり友人だったというのはある感じですよね、今の感じだと。
ありますよね。もちろん私だけが知ってるぞみたいな秘密がちょっとあったりしてね。
ただそれが私が個人的に知ってるという感じがして、
他の人が読んだ方がずっと客観的に全体が見えてたりするんですよね。
だから読者の人がこれこういう小説だったと言われると、そう言えばそうだなと思って、
あまり近くにいたんで見えなかった部分というのがあるかなとは思います。
だから私がこの小説について語ることっていうのは、私にとってすごく印象的だったこととかであって、
他の読者にそれが必ずしも本質であるとは限らないんですよね。
もしかしたら他の読者の人たちがこの小説はこういうことじゃないかと言ったことの中に、
むしろ大切なことが生まれているかもしれないなと思います。
そういう意味ではこの八角漁師というこの作品に対して、
こういうことを伝えたいとかメッセージ、これだけやみたいなものっていうのはあるんでしょうかないんでしょうか。
そうですね、これはやっぱりいろいろ内容的に言えば伝えたいことはいろいろいろあると思うんですけれども、
私としてはやっぱりこの鶴が羽を広げた瞬間の動きみたいなね、
このバッとした感じが伝わればいいなと思うんです。
斜めにこう広げるんですけど。
僕YouTubeで見ちゃいましたよ、その後八角漁師。
見ちゃいました。
それですよ。その感じですよね。
開放感というかエネルギーがお腹の底から出てくる感じっていうんですかね。
足でしっかりと地面に足をつけて立って、その地面から吸い上げられてくるようなエネルギーが
体全体をこう螺旋状に登って、お腹を通してこの指先まで走るみたいな、
そういう瞬間ですよね。
その感じが伝わるといいなとは思いますね。
ありがとう。ちょっとほんとこれ読んでてやってみたくなりますね。
ちょっと太極拳をね。
でもせっかくだからベルリンでやりたいなと。
ベルリンでね。
ありがとうございます。
この八角漁師からちょっと少し外れるんですけど、
ズバリ田畑陽子さん、小説家、詩人としてもでもいいですし、
一人の人間としてですけど、
人生で今まで最大の教訓もしくは何か受けたアドバイスって言われて
一番先に思い浮かぶものは何ですか、言葉。
最大の教訓ですね。やっぱりあれですかね、
非常に口にテーマにしにくいことも大事な人とは話し合わなければいけないってことですね。
それをもうちょっとだけ説明するのも口にしにくいかもしれませんが、
もう少しだけ解説を加えていただくと。
近しい人というのはですね、最初は親兄弟から始まって、
恋人とか友人とかね、親友とかね、
近いからこそなんか口に出せないことっていうのが出てくるじゃないですか。
むしろだからインターネットのチャットとかあるわけですよね。
全然知らない人に対してはいろいろ話せるんだけど、心を開いて。
でも近くに本当に近くにいる人、大切な人にはなかなかね、
言えないことっていうのができてきちゃうと思うんですよね。
でもそれが積もり積もって道を間違えてしまうって言うと変ですけど、
何かがねじれてきてしまうことっていうのがあると思うんですよね。
だからそれを避けるためには非常に言いにくいんだけれども、
何かこれをやっぱり口に出さなきゃいけないんじゃないかなっていうふうにね、思うんですね。
それはつまり今日の話に行くと、もちろん直接ってことですかね。
そうですね。
ありがとうございます。やっぱり田原さんといえば小説家でもありまして、
本もたくさん読まれてると思うんですけど、
この本の中に18ページに迷い棚っていう表現があってですね、
迷い棚もう手に取ることはないだろうが、
捨てることのできない本だけが並んでいる本棚の一角のことという定義でいいかなと思うんですけど、
これ迷い棚って本当に田原さんご自宅にあるんですか。
迷い棚はないんですけどね、
でも本がねちょっと人には言えないようなカテゴリーでの棚はあります。
いろいろ。
これこんなこと言ったら初対面で怒られそうですけど、
何かそう人に言えないようなものって、何か田原さんの場合別に何かなさそうって言ったりするんですけど、
ちょっとこれ失礼になっちゃうかもしれない。
でもあるんですね。
あるんです。
でもその中でも人に言ってもまあ大丈夫なのは絶対読んでなければおかしいけども、
とても読む気がしない本とか。
なるほどね。
これはさすがにしかも田原さん読んでるだろうみたいので読んでないものがそこにあるってことですね。
そうですね。
私が読んでなかったらおかしいんだけど、
どうしても読めないとかそういう本ですね。
いいですね。
これを想像するのがちょっとラジオで音声聞いてみたらいいですね。
またね想像力でみんな受け手に合わせてっていう感じで。
無人島に一冊だけ本持って行くとしたら何持って行きますか。
一冊だけですか。
一冊だけだったらそうですね。
一冊だけか。
一冊だけはつらいですね。
何を持って行こうかな。
好きな小説とかだったら一冊でも退屈しちゃうかもしれませんよね。
自分はこれだけかみたいに思ってね。
でも無人島にでも住んでなかったらとてもしっかりとゆっくりと最後まで読めないだろうと思えるような
失われた時を求めてとか戦争と平和とかそういうのを持って行くかもしれないし。
戦争と平和は書いた時一応読んだんですけど忙しいので急いで読んで全然何も覚えてないし。
ちょっと迷い棚に近いですね。
そうですね。でももしかしたら聖書とか持って行ってね。
これだと文学作品とはまた違った意味でどこ読んでもいろいろ考えることができるじゃないですか。
だから時間がたくさんかかるというかいろんなことが考えられるという意味で
かえって面白いかなとも思うし。
できれば大きな図書館のある無人島がいいですよね。
もう無人島じゃないですね。もはやね。
いや今ねやっぱり田原さんが聖書っておっしゃってご存知かもしれないですけど
BBCのもう長年やってる70年やってる番組デザートアイランドディスクスっていう番組ご存知ですか?
いや知らないです。
文字通りデザートアイランドで無人島にもしあなたが流れ着いたらどんなレコードを持ってきますかっていうのが
70年くらい有名な方から本当戦争体験者の方がBBCで毎回ポッドキャストでやってて僕ずっと聞いてるんですけど
その企画がいわゆる7つか8つのレコード
まあ今では曲ですけど著名な人に聞いて
それと一つの贅沢品と一つのバイブルはあるよっていう話なんですよ。
だからそれで音楽かけながらラジやっててすごく素敵なんですけど
なのに今の話がかかってて
そうだから聖書っていうのは逆に彼らにとっては
やっぱりもう当たり前にそのチョイスするもの以前に入ってるんだなっていうのを
やっぱり感じてそして田原さんからも出てきたっていうのはまたちょっと
なんかねいろんな文学読んでるとヨーロッパのやっぱりどの本も
何らかのつながりのある本っていう感じで聖書にたどり着くみたいなところがあるんですよね
やっぱりそうなんですね