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2023-05-23 27:51

【第28回】アテネのアクロポリス(ギリシャ)| 黄金比とペルシア戦争

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-出演者-

◇あけひとみ(世界遺産アカデミー認定講師、世界遺産検定マイスター)

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サマリー

アテネのアクロポリスは、ギリシャの世界遺産のひとつであり、その特徴や建築物などが詳しく紹介されています。アギア・ソフィア神殿とパルテノン神殿は、アテネのアクロポリスがギリシャ古代史の中でも特別な存在であることを示し、ギリシャの自由と民主主義の象徴とされています。アクロポリスの歴史を通じて、アテネの成り立ちやペルシャ戦争による勝利などを知ることができ、ギリシャの自由と独立の精神を感じることができます。

アテネのアクロポリスへの紹介
皆さんこんにちは、行きたくなる世界遺産です。
この番組は、僕たち世界遺産界の秘密結社、パスワードと一緒に、
学校の教科書や旅行雑誌には載っていない世界遺産の魅力について楽しく迫っちゃおうという番組です。
そして今回、皆さんのお耳のお供をします、世界遺産プランニングチームパスワードから
あけひとみです。
かなえです。
みどです。
はーい、ということで。
ちょっと、もうどうしようかと思った。
今さ、きみつけっしゃって言ってたよね。
きみつけっしゃ。
口が回らなくなってる。
いやいや、僕たちはね、ほんと情報には堅いんで。
ある意味、きみつけっしゃ。ある意味、ひみつけっしゃ。
って感じですよね。
TPO。
EATしておきましょうか。
ということで、今回も僕たちの手元には、拡敗ボールこいめが用意されております。
いつもありがとうございます。
お待ちしてます。
案件お願いします、サントリーさん。
誰よりも美味しく飲みます。
そうですね。
ということでですね、今回は私の方から世界遺産の紹介をできればなと思うんですが、
今回私が取り上げる世界遺産は、ギリシャの世界遺産です。
ギリシャの世界遺産、アテネのアクロポリスという世界遺産になります。
これ、前の延長戦的なやつ。
なんか聞いたことある。
本当ですか?
アテネにアクロポリスというのがあって、そのアクロポリスにはパルテノン神殿というのがあるんですよ。
例のパルテノン神殿。
ちなみに言っておきますけど、パルテノン神殿は一つしかありません。
でも、二つ見れる方法もあるんですよね。
あります。確実にあります。
それはいつの回を聞けばよかったんですか?
これはですね、スナックパスワードという回が出てますんで。
そこを聞いていただければ、ギリシャにいながらパルテノン神殿を二つも見れるという裏技を公開しております。
めっちゃすごいですよ、二つも見れるって。
かなやちゃん、超すごい。今の目すごい。
バキバキでしたね。
みんなパルテノン神殿見に行っても、それ二つ見れるとは思ってないですか?
いや、思ってないです。
是非その方法を知っていただいて、実践していただきたいなって。
そうですね。
スナックパスワード聞いた後に、これを聞くとまたより楽しめるという。
楽しめます。
間違いないですね。
早速なんですけど、アクロポリスってなんやねんっていう話ですよね。
確かに。警察ですか?みたいな。
そうですよね。
ポリスってついてますもんね。
これはですね、古代ギリシャの都市のシンボルになった小高い丘のことをアクロポリスという風に指してるんですよ。
実際にですね、アテヌの市街に、なんていうんですかね、完璧でできた小高い丘みたいになっていて、そこに神殿やら何やらがあるんですね。
そんなイメージが。
その辺の話もスナックパスワードの回を聞けばわかるんですけど。
どんだけ割愛してくねん。
どんだけ割愛してくねん。
解かせてよみたいな。
説明してくれよみたいな。
省略するからなって。
具体的に言うとですね、高さ150メートルほどのですね、高さで、広さはそんなに広くないです。
0.03平方キロメートル。
結構狭いですね、大地形の土地に神殿やら、居場やらが築かれた、その古代の遺構が残る世界遺産になっています。
0.03ってどれくらいなの?
どうなんでしょうね、僕行ったことあるんですけど。
何軒分くらい家?
何軒?
家ってカウントするとまあ、町ではないですね。全然狭いですね。
村?
村とも言えないですね。
何なんだ?
走って一周とか余裕でできますね。
へー。
全然、もちろん遺跡調査とかしてるんで、自由には走れない。
ああ、なるほど。
石ころだらけなんで、走ったらむしろ怪我しちゃうみたいな感じなんですけど、全然狭いです。
へー。
代表的な建造物でパルテノン神殿、エレクティオン神殿、アテナニケ神殿と呼ばれる神殿がですね、そこにそび立っているということになります。
ギリシャの神が出てくる。
そうですね。
その中でもですね、世界参詳しくない方でも聞き覚えがある名前だと思うんですけど、パルテノン神殿ですね、神殿があるんですよ。
なんですかね、ユネスコってあるじゃないですか、世界参のね。
我々としては、そこを抑えずには世界参なんて語れないんで。
ユネスコのエンブレムにモチーフになっているのがパルテノン神殿とも言われてますよね。
ブルーのバックに白い文字でね、神殿のマークが書かれてますよね。
そうですよね。
神殿って言われたら、パルテノン神殿ってイメージもありますよね。
あります。
このパルテノン神殿なんですけども、建築がですね、結構これ、面白いというか画期的で、
ペリクレスっていう人が、当時のアテネ、アテナイって呼ばれてたんですけど、アテナイの市長で、
黄金比と建築物
ペリクレスの元、ペイディアスという人が、このパルテノン神殿を建造していく上で、黄金碑というものを採用したんですよ。
黄金碑ってよくね、言いますよね。
顔とかね、言いますよね。
あー、そうですね。
違った?
黄金碑やったら、もう完璧やな。
なんか、よく芸能人とかで、黄金碑でやってますよね。
そうなんです。
佐々木のぞみさんとかも、黄金碑やったよね。
でしょうね。
この感覚で、目がここにとか、あるんですよね。
みどさんから言うと、田中美穂さんとかは、もう黄金碑に入ってるのかな。
僕が好きな芸能人は、公表してないんで。
そうなのか。
ピーしてもらって、じゃあ。
ピーしてするかな。
する必要ないんですけどね。
どんだけ秘密を。
秘密結社なんで。
どうでもいいところ隠す。
黄金碑、簡単に説明すると、全くその通りで、
人間がですね、視覚的に、目で見てですね、
最も安定して美しいと感じる秘密のことだそうで、
その黄金碑を初めて建物に取り入れたのが、パルテノン神殿と言われています。
具体的に言うとですね、パルテノン神殿の正面ですね。
正面の長さと、神殿自体の高さ。
この比率がですね、高さ1に対して正面の長さ1.618という比率らしいんですよ。
つまり黄金碑っていうのは、1対1.618っていう比率なんですね。
黄金比の応用
そうなんだ。
これがパルテノン神殿の建設に取り入れられて、その後もいろんなものに取り組みられたと。
先ほどカナエさんが顔っていう話をやりましたけども、その通りモナリザの顔とかも。
ダ・ヴィンチ。やるねーやっぱ彼は。
ダ・ヴィンチの顔がエロいっすもんね。
ダ・ヴィンチの顔が?
エロそうな顔してますよね、あのおじさん。
あいつの顔は関係なかったですね。
あいつじゃなくて、あいつの女の顔でしたね。
違う方とも言われてるし。
あとミロのビーナス。
ミキランジロの?
パリの外仙門のパーチの高さと建物全体の高さがその比率を採用されて。
日本にもありますよね。
法隆寺のギリシャのパルテノン神殿の柱を採用して。
採用したりとか。
もっと僕たちの身近であるもので言えば、例えば名刺ってあるじゃないですか。
名刺がですね、1対1.65らしいんですよ。
だから先ほどの黄金比1対1.618に限りなく近い。
これも黄金比を採用されてるんじゃないかという話だったり。
クレジットカードありますよね。
クレジットカードがですね、短編と長編の比率が1対1.58らしいんですよ。
これも近い。
なんか全部見えてきた。今目の前にタブレットがあるんですけど。
全部見えてきた。
あとはね、これ企業的な戦略なのかわかんないんですけど、
タバコの箱がですね、1対1.6らしいんですよ。
つい買っちゃうみたいな。
そういう購買意欲を誘うように設計されてるのかもしれない。
やめたいのについ買っちゃうみたいな。
それは黄金比から来てるのか。
かもしれないですよね。
だからやめられないのかな。
カッパエビセンのかな、じゃあ。
やめられない、止められないですもんね。
入ってんのかもしれないですね。
ちょっと渦巻きやしないで。
目に止まるように。
渦巻きもね、だから渦巻きの角度とか、
どれくらいの長さで渦巻いていくかっていうのも黄金比が決まってるらしくて。
巻貝とかそういうもんね。
国立西洋美術館とかもそういう話があるし。
もっと言えば、アップルのロゴとかグーグルのロゴってあるじゃないですか。
あれも複雑に螺旋状の黄金比を緻密に組み合わせて作ったらしいんですよ。
計算されてんのね。
そういう美的感覚を匂わすようにいろんなものが作られてるってことですね。
天才的な人たちが集結して作った会社っていうのは、
そうやって天才的に作られたログなんですね。
そうだね。
バザードも何か作らないといけないの?
黄金比で。
使ってきましょうよ。
黄金比で作りたいですね。
バザードやめられないくらい作りたいですね。
なんでこの人たち気になるんだろうみたいな。
なんか気になっちゃうよ、見ちゃうよ、聞いちゃうよみたいな。
そうか、そうやればいいのか。
なるほど。
詳しい方お待ちしてますので、ぜひお願いします。
黄金比専門家の方はね。
お願いします。
アテネの成り立ち
ぜひぜひDMください。
じゃあこのアテネの歴史的な成り立ちっていうのを、
軽くなんですけど、紹介できればなと思いまして、
まずこのアテネ、古来からアテナイっていう風に呼ばれてたんですよ。
この町ができたのがかなりですね、古くて、
紀元前1200年くらい昔になると。
3、4千年前ってこと?
今からそうですよね。
そうですね。
その時から今のアクロポリスのあの丘っていうのは、
あったらしくて、
その活用、その上に建物を建てたりっていうのが、
徐々に徐々に紀元前1200年頃から始まったらしいんですよね。
具体的に今のアテネの神殿群が作られ始めたのが、
紀元前8世紀頃になるそうですね。
そして建物をですね、作っていくんですけど、
すごいね、ちょっと待って。
1000年くらい悩んでたってこと?
作っちゃ壊して、作っちゃ壊してなかったね。
もう何世も何世もね、
そこでね、大声よけされてたかもしんないですよ。
面白いな。
1ずつ伸ばしていって、
どこが黄金飛沫かみたいな。
どうやったのね。
行きたいね、ちょっと。
ごめんね、ごめんね。
確かに。迷いが感じられますね。
で、このアテネの街を物語で外せない出来事がされまして、
紀元前500年頃になるんですよ。
このアクロポリスが本格的に形成されて、
3世紀くらい後ですかね、
ここでですね、この土地を揺るがす大戦争が勃発します。
その当時のですね、
ヨーロッパ、アジア圏の覇者っていうか、一強だった国があって、
それがですね、世界遺産を勉強されてる方が知ってるかもしんないですけど、
アケメネス町ペルシアっていう国。
イランにペルセポリスっていう世界遺産がありますけども、
そこを中心に栄えた王朝ですね。
すごく大きかったよね。
そうなんですよ。
ここがですね、むちゃくちゃ強くて、
その当時って、ギリシャにいろんな国があったんですよ。
アテナイもそうですけど、
スパルタとか、マケドニアの方にも国があったりとか、
あったんですけど、全然歯が立てない。
もう、あいつらが迫ってきたら、みんなビビっちゃうみたいな。
大国だったんですけども、
その人たちと、ギリシャ近辺の国々が団結して戦うことになるんですよ。
連合軍。
この戦争をペルシャ戦争っていう風に呼んでるんですけども、
ペルシャ戦争がですね、かなり長引いて、
50年間、このペルシャ戦争が続いちゃうんですよね。
すごいね。
ペルシャ戦争の勃発
ロシアとウクライナの戦争は?
3年目。
どうなるかわかんないですけどね、ここから。
ほんとに50年も続いて、
血で血を払う血みどろの戦争になるんですけども、
逆に言うと、ここまで長引かせたのも、
ギリシャの小国の国々が結束をしたからっていう風に言われてて、
この結束したのをデロス同盟っていう風に呼んでるんですよね。
なるほど。
社会の教科書とか。
デロス島とかってか。
そうですね、そこでギリシャの小国たちが結構ライバル関係にあったんですけど、
いやいや、うちら喧嘩してる場合じゃないよねってことに気づいて、
みんなちょっと一旦仲良くしようと。
一旦結束結んで、ペルシャ倒そうやと。
ということでデロス同盟っていうのを組んで、
連合国を組むわけですよ。
50年続くんですけども、結果的にですね、
これがですね、同盟国がアケメン市長ペルシャに勝っちゃうんですね。
ついに?
ついに。
結構ね、すごい接戦だったみたいなんですけども、
やっぱまとまって団結力を合わせたからなのか、勝てたと。
その勝利を祝して、当時アテナイの言語になっている女神アテネに捧げる意味で建てられたのがこのパルテノン神殿と。
へー、そういうことなのか。
勝利の女神だもんね、アテネ。
そうですね、そうですね。
記念碑になるってことですよね。
そうですね。
結構その時ってやっぱ古代ギリシャって多神教じゃないですか。
だからいろんな神々がいるんですけども、アテナイはアテネをモチーフにできた国家だったので、
アテナイに勝利の喜びを捧げたと。
他にもアテネニケ神殿ってあるんですけど、ニケっていうのは同じように勝利の女神で。
ニケが勝利だっけ?戦いの女神だっけアテネ?
ニケは勝利の女神で、あれですね、ナイキの語源になってますね、シューズの。
へー。
ニケ。
へー。
ナイキってそこから来てるんですね。
そうそう、ニケを英語読みして、ナイキですね。
で、こんな感じで、それまで植民地開拓をアケメナ市長ペルシアっていうのをしてたんですよ。
どうやって大国になったかっていうと、どんどんどんどん領土を広げて、取った領土を植民都市にして、
そこで重税をかけて、国を潤わせてっていう風な発展の仕方をしてたんですけども、
そういった支配領土を拡大していたアケメナ市長ペルシアの先制政治って言われてるんですよね。
結構高圧的な政治というか、植民地政策をしていた国に、自由を求めたギリシャの国組が反発して、
ポリス連合っていうのを組んで、勝ったわけですよね。
ギリシャの自由と独立
ある意味警察みたいな感じが。
来てるかもしれないですね。
そこから来たって聞いたことあるんですけど、どうなんだろう。
あるかもしれないですね。
社会秩序を正そうみたいな。
ギリシャの歴史の本を持ってるんですけど、そこで読んだ気がしますね、ポリスとかって。
間違ってたら本当に知りませんですけど。
僕たちは飲んでいるんで勘弁してくださいと。
それはもうサントリーさんのせいだということですから。
でもね、いろんな語源がそこから始まってますよね。スパルタとかもそうですし、いろんな語源が結構きてるっていうのは間違いないですよね。
すなわちそこから自由を問じた民が初めて強制力を強いてたペルシャの先制政治に勝ったということで、
ギリシャでは直接民主制っていうのが左右左右なんですよ。
直接民主制っていうのは何なのかというと、政治をする上でよく選挙とかするじゃないですか。
日本っていうのは国会議員を選挙で決めて、そこで選挙しますよね。内閣を作って。
直接民主制っていうのは、民がみんなで政治をすることを直接民主制って言います。
大統領選挙みたいなもん?アメリカの。
近いですけどちょっと違ってて、アメリカは共和制って言うんですよ。
これ、古代ギリシャと古代ローマで結構似たような認識をされてる方がいると思うんですけども、決定的に違う部分があって、古代ギリシャは直接民主制、古代ローマは共和制なんですよね。
何が違うかというと、共和制は元老院を選挙で決めて、元老院が民の代表として政治を行うんですよ。
じゃあ日本と同じような感じか。
そうですね。近いですね。
直接民主制っていうのは、民そのものが政治をみんなでやっていくと。だから自由度が高いんですよ。
農民の人たちとか、結構区分差があったんですよね。
自由度が本当になくて反発しちゃって、それで始まった政治なんですよね。
そうですね。
ギリシャの人たちは、やっぱりアキュメンス城ペルシアにそういった植民都市というか、自由ある程度はあったけども、自治権とかもあったんですけども、重税とか課されてたんで、それに反発して自由を求めてこういった直接民主制ができたんで、その恩恵としてできた象徴と言われるものが、アゴラと言われるヒーローなんですよね。
アゴラって、皆さんご存知だと思うんですけども、哲学者、プラトンとかソクラテスとか、アリストテレスとかが集まって、哲学者が集まり、哲学だったり、政治の論争みたいなのを自由にしてたと。
これ考えてみてくださいよ。普通に共和制とか、君主制だったら、論争とかって、もちろんこうじゃないって言うじゃないですか。政治批判したらその時点で死刑になるんで、これができたのは直接民主制の恩恵なんですよね。
なんか、これ違うんじゃないって思われたら、即死刑なイメージがね。
そうだよね。
魔女だとかね。
そうです。
今出たプラトンですけど、ソクラテス、誰だったかな。結構有名な人も、すごいズバ抜けたこと言っちゃって、だいぶ批判されて死刑になった人がいますよね。
そうなの?
誰だったかな。
誰か?
誰かが確かになって。ごめんなさい、本当はダメだ。頭が働かない。
ちょっとわかんないですけど、でも結構他の国家よりかは自由度が高くて、だからその論争ができた。論争っていうことは正しい両方の面の意見を交わすわけじゃないですか。
でも、王とか共和制で言うと、議会の人たちがいるとすると、自分たちの反発意見をされたら嫌だから、重罰を課してたわけですよ。
でもそれが許されたっていうのは、やっぱ自由を求めた民たちが強制力が強いペルシアに勝ったからっていう、やっぱ恩恵があるっていう感じですね。
だからそういったアゴラもあるのもそうだし、神殿とかもあるのもそうなんですけども、やっぱギリシャっていうのは自由なんですよね。
自由が許された約束の街で。
それがあったのもやっぱりペルシャ戦争で勝ったから。
自由を求めた民たちが強制力に勝ったと。
その恩恵としてできたのが、やっぱアテネの街なのかなと感じさせられる場所ですね。
アテネのアクロポリスの歴史
アテネの名前を決めるときのアテナイと海のポセイドンの争いの話ぐらいしか知らなかった。
結構ね、文学的なところも結構深いですよね。
そういう歴史があんだね。
やっぱギリシャの土地で文学的証拠だったりっていうのが残されてるのも、やっぱり自由が許されたっていうところが強いのかもしれないですよね。
残念ながらその後に古代ギリシャっていうのは、古代ローマっていうのが誕生して、ローマ帝国の支配下に入ってしまって、
パルテノ神殿とか、その後ローマ帝国の巨像だったりとか、その後、今度はイスラムの勢力が迫ってきて、
イスラムのモスクとか寺院に回収されたりでもするんですけども、
そうなんだ。
そうなんです。
モスクになってるの?
モスクにもなってるんです、実は。
それを巡り巡って、一回破壊されたりとかいろいろあるんですけど、今は再建されて、
今でもやっぱり巣穴者たちが影の跡じゃないですけども、その跡影を感じられるところなので、
ぜひぜひね、世界遺産とか旅行とか好きっていう方は行ってみてもいい場所かなと。
そうだね。
川を感じられそうですね。
そうね。
争われたんだね、あそこを撮りたくて。
撮りたくて争って。
その時代のレイヤーとかが見れるの最高だね。
面白いね、なんかね。
そうですね、だからアメリカとかも自由の国って言われてますけど、言うなれば元祖自由の国かもしれないですね。
だね。
私もオランダが一番自由の国ってイメージがあったんですけど、
そうなんだ。
自由と光の象徴
今こうやって聞くと、確かに元祖はそうかもなって。
実は結構オランダって、たぶんアメリカよりもすごい自由度があって、なんだろうな。
ちょっとあんまり良くないですけど、自殺とかも、なんて言うんですかね、許されるって言ったらあれですけど、
そのためのものがあったりとか、あとは薬とか。
そうか、そうですね。
そういうのもね、初めてじゃないか。
確かにオランダ合法化されてますよね。
合法化されてたり、それこそ同性婚が世界で一番最初に認められたのがオランダなんですよ。
なんで結構オランダって自由の国って言われてるんですけど、なんかね、今の話聞いてると、結構ギリシャもすごいそういうイメージ。
ガラッと変わりましたね、今イメージが。
オランダって比較的、パリもそうなんですけど、新しい国で、ギリシャがあってそこからローマ帝国の支配下に入って、
その当時ってヨーロッパって全部森だったんですよね。
そこをガリアって言われる土地なんですけど、そこをローマ帝国のカエサルって人たちが開拓してって、植民都市を作って、
その植民都市をローマと権力イーブンにしようやって言って、そこでカエサルがある程度自由を与えたんですよ。
そこからその波形もあるかもしれないですよね。
例えばドイツのケルンとかパリとかっていうのは、古代ローマ人、ローマ帝国の皇帝たちが作った街であるんですけど、
やっぱその自由を与えることで、国って発展できるんだっていうことを証明した街なのかもしれないですよね。
カエサルって意外といいことやってない?
やってます。
シーザー。
やってます。最終的にカエサルは暗殺されますけど、ミソなのは、暗殺されたのにローマ市民はカエサルを暗殺した奴を憎んだっていうのが。
なぜかというと、確かに彼は独占に走ったんですけども、それを全部ローマ市民にバックする計画だったんですよ。
へー、そうなんだ。
だからそういうのもあって、やっぱ結構ね、いろんな光の面、闇の面もあるんですけども、
自由とか、光とか、民のためとか、そういったものを願った人たちが最終的には、栄光をつかむっていう傾向にあるのかもしれないですね。
なるほど。
すみません、なんかベラベラとしゃべってしまったんですけど。
ちょっとくつ返すようですけど、一番の自由の国は日本だと思いますよ。
あー。
縄文時代。
あー。
いやいや、もうすみません。
ま、それも捉え方は自由ということですね。
そういうことですね。
そういうね、この我々のアゴラ的な、このね、哲学を話してね、議論し合うという場でしたというか。
はい、そうですね。
ということで、まあなんかね、いろいろな世界遺産の奥に知られてるストーリーとかって巡ってみるのも面白いと思うので、ぜひぜひ皆さんも調べてみてはいかがでしょうか。
はい。
ということで、今回は私からアテネのアクロポリスのお話でした。ありがとうございました。
ありがとうございました。
27:51

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