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生物学者と書店員のインターネットラジオ、本の虫のススメ。
本を偏愛する生物学者の椿と書店員の佐藤が、本にまつわるあれやこれやをゆるっとお届けします。
はい、今回も始まりました、本の虫のススメ。今回はゲスト回です。
今回ゲストにお迎えしたのは、ナメクジの研究をしている、うだかひろこさんです。
いらっしゃいませ。うだかさん、どうぞよろしくお願いします。
よろしくお願いします。
さっき佐藤さんにも聞かれて話してたんですけど、私たち多分もう15年くらいの付き合いじゃないですか。
私もね、いつ会ったのかなって考え、昨日考えたけど、初対面がいつかがあんまりはっきりわからなかった。
そう、思い出せないんですよ。
15年よりも、もうちょっと、もっと前だと思う。
え、やだ。
で、まだ椿さん、確か大学院生だったから。
うん、大学院生でした。
私もまだ大学院生だったはずだから、最初は。
そうか。
ギリギリ、20代。いやもう、まだ20年にはたってないかなっていうぐらい。
そう、私たち実は、貝を研究する仲間だったんですよね。
仲間。
まあそうですね、あの、第何回かで忘れましたけど、貝類学会でね、出会いましたね。
かなり初期の貝ですね。
3回だよ、3回。
3回だっけ?
3回、この話にはなるだろうと思って、見てきた。3回です、それは。
そう、貝類学会っていうね。
でも私はね、なめくじはあんまり貝、貝だけど、まあまあ集めるとこないよねって言われる貝なんでね。
集めないですよって心の中でちょっと思う。
須貝さん、でも貝を研究してたの?貝面を研究してて、貝はどっちかっていうと、まあなんか俗的なことなの?
いやいや、あの、最初は真面目に、真面目に?なんか貝の研究してましたよ。
系統樹を書いたりしてましたよ。
系統樹って何ですか?
あ、そうそう、なんかついついなんか。
そうそう、素人だから。
なんかピロコと2人でお茶してるみたいな感じになった。
何ですか、系統樹って。
うわ、なんか嫌な、先生すいません、樹って何ですか。
なんかあれですね、種同士、違う種同士の関係を知るために、何やろ、とにかく近い者同士が近いところに並んでる図みたいなのあるやんか。
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でその人、同じ霊長類だったら霊長類の枝から猿が出て、チンパンジーが出て、人間が出てみたいな図。
あれの階盤を作ったりしてた。
はー、なるほど。
なんか、そういう、何ですかね、王道っぽいこともしたりしてましたよ、私当時。
えっとそう、うだかさん、このポッドキャスト、本のポッドキャストなんですけれども、本とは浅からぬ縁がありまして、
まずご自身がすごい読書が好きっていうことが一つ、それともう一つ、改正者から出てる、一応これ中高生向けぐらいですかね。
え、一応小学校、高学年以上向け?
あ、そうなんだ、そうなんだ。一応だから、分類としては、上はどこまででも。
一応、自動書の分類。
になる本を出されていて、著者っていう立場でもあるんですよね。
で、その本の書名が、茶甲羅さんの秘密を知りたいなめくじの話。
これ帯文がいいですよね、ただのぬめぬめした塊ではありません。
そう、なのでそのお話とかも、今日聞けたらいいかなと思ってます。
さとさんどうでした?これ、全然貝の研究とか、生き物の研究とか、経験でなく読んでみてどうですか。
なんか、そうね、まずなんか、なめくじの生態って身近に見る割に、全然知らんかったりするから。
そうやね。
そう、なんか本の中で、生成熟して繁殖する時期が秋、大阪のなめくじの場合は秋っていう風に書いてあって、
で、秋から真冬はちょっと収まって、春に散乱したりするっていうことが書いてあって、えーっと思って、なんか寒い季節って、なんか全体的に生物静かになるじゃないですか。
てっきり春にわらわらなめくじが増えていくんかなと思いきや。
ね、普通そう思うよね。
ね、うん、っていうなんか意外な、全然身近なようで身近じゃなかったんやなとか、着目してなかったんやなっていうのが知れたりとか。
でもさとさんやっぱりもう、さとさん実は、実はっていうかこのポッドキャスト聞いてくださってる方やったら、まあご存知かもしれないですけど、絵を描く人でもあって、
なめくじの神秘を題材にした絵を描かれたことがあって、それで意外感がなかったんやと思うんやけど、たぶんそのこの本読んで、本当にほんまになめくじなんも知らんっていう人がまず驚くのは、
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私優同体。
あー、確かに。
なんかオストメスが一つの個体の中で同居してるっていうとこかなって思ったけども、
確かに。
なめくじ慣れしてる。
そうなんですよね。
あとなんか結構ね、あんまりどうやって増える生き物かっていうことを考えるって結構、どっちかっていうと生き物にちょっと関心とか知識がある人だから、
全然のない生き物について何のその関心もないような人は分裂で増えるみたいな、
ブチって切れて増えるんかなって思ってる人とかが多いから、そもそもオストメスがあるとか、
確かに。
交尾するとかっていうことをすらまず考えない。
内臓があるって思わなかったみたいな人が結構いるから。
確かに、確かに。
かまぼこみたいになんか中がなんか詰まってる生き物だと思ってましたみたいな、とか昔言われたことあって。
でもまあね、関心がないものってそうですよね。
解像度がね、下がっちゃいますよね。
結構その、みんなの解像度が低いところを埋めにいくような本でもありますよね。
まあね、なんかなめくじに種類があるとか思わないとか。
なんかね、あんまなんか、たぶん人生の中で昆虫採取するとか、なんかのはずみでセミを採るとかいう経験がある人は多いけど、なんかのはずみでなめくじを採るみたいなね、
あんまそもそも積極的になめくじに向かっていくみたいな人生。
なめくじに向かっていくって面白い表現。
なんかあんまりないから。
私なめくじ買ってましたよ。
それでも大人になってからでしょ?
大人になってからそう。かなり経ってから。
研究室で買い始めたのは22とか、22ぐらいか。
この本にそれもいろいろ経緯が書かれてて、そのあたりも、それこそ生き物にそんなに興味ない人は、
こういうふうにして研究者ってなるんだとか、こうやって研究として食っていく方向に進んでいくんだとかいうのが興味深いかもしれないですね。
私は結構なんか、そうだったんだ、みたいな。
なんなんだろう、ちょっとのぞく感じのテレみたいなのがちょっとあったりしましたけど。
知ってる人が書いた本ってだいたいそう、なんかちゃんと読めない。
たぶんみんな自分のことって100%書かないし、100%のこと書かれてもちょっと無理やと思うから。
あと自分でもやっぱり、一応その児童書、お子さん向けやからやっぱりちょっと子供の頃どうだったみたいなことも入れてほしいみたいなことで入れたけど、
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実際は結局大人になって自分から見た子供の自分でしかないから、
本当にそういえば10歳の時どうだったかみたいなことはもうだいぶ、自分が思う10歳の自分しかないから、本当の10歳の自分をもた、
たぶん親とか兄弟から見ればまた全然違う人間だったと思うし。
そりゃそうでしょうね。
自分で見た自分やから、さらにそれを知って、今の自分を知っている人がそれを読むってなるとすごいなんか恥ずかしい。
自分が知っている人が書いた似たような本とか読むとちょっと恥ずかしいみたいな。
自分が思っているその人とその人が思うその人みたいなのでやっぱりだいぶ違うから、なんかキャってなる。
キャってなりましたけど、でも純粋にやっぱり興味深いし面白かったですよ。
コーギーもかわいかったし、コーギーじゃないや、ボーダーコーギー?
コーギー違うよ、シェルティー。
シェルティー全部違った。
そうそう、写真、ちっちゃい頃の写真が入ってるんですよね。
あれはあえて何個か写真があって、やっぱりあの犬、シェリーっていう名前だったんですけど、あの犬を飼ってたっていう経験はその前もあるけど、
あれがやっぱり獣医がいいなとか、動物に関わる仕事をしたいなとかっていうやっぱり気持ちを持続させたっていうのもあるんで、
あれでもし犬いなかったらどうだったかな、なんかたぶん全然もしかしたら獣医になりたいとかっていう動物に関わりたいみたいなことっていうのはもっと早い段階でなくなってたかもしれない。
そしたら今頃は全然違う職業になってたかもしれない。
大学ですごい一生懸命中国語勉強されたみたいな話とかもあったから、中国語してたかもしれないですね、そうなると。
そうですね、なんか何のはずみかよくわかんないけど、すごい小中ぐらいは言ったら学校の勉強みたいなの比較的できる方やったんですよ。
で、高校になって、高校1年間部活しだすまでは結構よかった。
え、部活って、ごめんなさい、部活って何してたんでしたっけ。
で、高校1年の終わりから演劇部に入って、
そうだそうだ。
で、何やかんややってる間に、ちょっと転がり落ちて、なんか底辺を這いずり回る。
なんかすごい見たことがない獣医になったみたいな、ギャーみたいな。
なので、そうですね。
まあでも全然違いますもんね。本にも書いてましたけど、大学での研究っていうのと、高校でやる勉強というか、これをこの時期までにこの完成度にしなさいみたいな教育というか。
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高校のだんだんやっぱり興味がなくなって、高校の勉強に。
で、なんか興味がなくなったら当然のようにね、
高校2年の時ぐらいには文系の大学行きたいと思ってたから、でも理系のコースに行ってしまってたんで、
なんかね、数三数四とかもう絶対やらないといけないみたいな。
勇気科学も、なんか2とか、今2とか言わないのかな、なんか勇気科学とか、絶対これ文系の大学の受験にいらないみたいな科目も全部やらないといけなかったから、
当然やる気がない。やる気がない勉強ほどね、できないものはないですよね。
興味なし。
で、なんか大学行ったら、なんかもっと自由に、勉強したかったらしたらいいみたいな感じになったから、
もっとこう、じゃあこれやろうみたいな。
この人の授業出たくないなみたいな時には出ないとか。
出ないで、勝手に自分で勉強して、なんか試験だけ受けるみたいな。
そういうこう、絶対ここにはまらないといけないみたいなのが、大学はすごいなかったから、よかったかな。
特にうちはやっぱり田舎の高校なんで、すごいこう、自由がないというか、もうなんか、こう、ガッチリ決まってたから。
うちらもでも高校そうでしたね。自由もなかったよね。
私たち中高の同級生。
そうそう、そもそもそうですね。
さっきのさんと私はそうなんですけど、だから高校時代というとたぶん、同じような閉塞感。
本当に。
あったなっていうのは、思いますよね。
なんかそういうところから出られたっていう、なんか開放感みたいな。
で、やりたければどんどん勉強していいみたいな。
中国語も単位とは関係なかったけど、なんか上のコースとか取ったりとかもできたし。
で、なんかね、そういうこう、自由さみたいなのが、大学に行ったらあったから、よしよし。
すごい本読む時間とかもたくさんあったし。
そうですよね。やっぱり大学受験みたいな枠では、結構成功と言われるような種類になると思うんですけど、京都大学っていうところ。
トップオブトップみたいなね。
みたいなっていうか、トップオブトップなのか。
日本の大学においては。
でもやっぱりその、全然大学の研究、やっぱ違うし。
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なんかそこで、なんか高校の受験、高校じゃない、大学受験がよくできた人が、研究もすごい優秀っていうのは全然違うんやなっていうのをすごい身をもって知って。
それはなんて言うんですかね、これをやりなさいっていうカリキュラムに従うのが得意な人か、自分でフロンティアを、なんていうか。
フロンティアまで行かなくても、何やろ、根気とか。
特にね、生物系はやっぱり上手く、特にマワシとかは実験系やったんで。
上手くいかないことの方が、計画立ててやっても、結局よくわかんないな、みたいなことの方が多いから。
こうやって1から10までやったら、11番目にこういうのが出るっていう予想があんまり、11番目は2番目に戻ります、みたいな感じだったりするのに耐えられるかどうかみたいな。
たぶん本好きな人とかとも一緒かな。本好きだから図書館で働きたいみたいなのが、何かが好き。何かの知識を得るのが好きなのと、実際に手を動かして知識を見つけるのができるっていうのはまた全然違ってるから。
実際に体を動かせるかみたいなところかな。
本を読むのが好きな人がみんな小説を書けるかって言ったら、そうでも。
出来上がったものを楽しむのと、そこに行くまでの過程。長ければ何年も何年もかけて、やっと本で行ったら一章分がやっとわかるみたいなところに耐えられるかみたいな。
全部終わってみたら、自分は守備一貫した小説、ミステリーみたいなのを書きたいと思ってたけど、何か謎の群蔵劇になったりね。
なんとなく群蔵劇をいい感じに、最初と最後にちょっと短いストーリーをつけて、なんとなくそれを群蔵劇にまとめるみたいな。
まとめないと成果として足りないよね、みたいなね。
結構、たぶん研究者の研究成果ってみんな希少転結みたいな感じで、1があって最後10があるって思ってるかもしれないけど、
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10を得た後に1とか2を書き換えるみたいなことは結構普通なんで。
論文っていう形でまとめるのが、たぶん研究者の主要な成果のアウトプットの仕方だと思うんですけど、
自分のやったことを書くのが、一応論文って基本的にアブストラクトっていう全体のまとめの短いのがあって、
その後イントロダクションっていう、これまでこの研究の近い分野でどういう研究が行われてきて、
自分が今回やった研究はどういうこれまでの課題があって、それに対してどういう、例えば仮説を立てて検証していくみたいな位置づけを丸々意思をかけて解説して、
その後、マテリアル&メソッドっていう方法と材料。材料と方法。材料と方法っていう。材料っていう言い方あんま好きじゃないけど。
っていう一応章が続いて、そこは名前の通りなんだけど、どういうものを使って、どういう方法でイントロダクションで述べたような課題に自分が対応というか、実際に何をやったかっていうのを書いて、
そのそこで書いた方法でどういう結果が得られたかっていうのをリザルツっていう章で次は書いて、そしたらまだでもただこういう実験しました、こういう結果が出ましたっていうだけの記述になって、そうなるとそれがどういう意味を持つのかっていうのがまだ書かれてないから、リフカッションっていう最後の章で、
これっていうのは、これまでに違う人がやったこういう研究とはこの件で違ってて、こういう違う結果が出たのは、例えばこれは種が全然違うところに住んでるから、温度体制の違いを反映してるんじゃないかとか、その結果、その論文の中で出てる結果だけを見てても言えないことに突っ込んで、他の研究とかも参照しながら議論していくっていう。
自分の出た、出した結果の位置づけっていうか、どういう意味を持つかっていうのを示していくっていうような。なので結構ストーリー自体って言っちゃストーリー自体ですよね。
なんかあるって、小説とかみたいにハラハラドキドキを最後に犯人こいつかみたいな、あんまりむしろ最後に、この章なくてもない方がここで終わっといたらよかったなみたいなのがついてたりもするし。
確かに。その後10年後のこの2人のストーリーはいらんかったなみたいな、なんでつけたんだろうみたいなのがついてたりもするんですけど。ある意味あんまり事実の羅列だけどそれなりに一応起承転結的なものはあるので。
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あるけどそれを、なんかよく高校生とかが多分最近こう探究って言って、なんかちょっと学校でより自由金魚のでかい版みたいなのやったりするんですけど、結構高校生とかはなんでこれをやるかどうやってやるかっていうのを考えて実験するんですけどね。
だいたいまあ、なんかいろんなよくわからないことになるわけです。最初にこう考えたこととやったことがちょっと合ってなかったりとかするんで、そうしたらもう何を変えるかっていうと、やったことに対してなんでやるかっていう理由を変える。別にそれ変えてもいいけど、なんかやっぱみんな最初に決めたことを守らないといけないっていうのがなんかあるんかな。
だから最初こういうふうに考えてやりました。こうやってやりました。なんか最初はこう時代小説を書くつもりでした。なんか侍の生活を調べました。書けたのはなんか近代ミステリーですみたいな。
そういう感じ。そうしたら近代ミステリーが出来上がったんやったら、こういう近代ミステリーを書こうと思いましたに変えたらいいのに、なかなかそこ変えられないけど、私らは変えるみたいな。なんかよくわからないけど、なんかわからないけれど、島に12人男女が閉じ込められてみたいな話になっちゃったら、じゃあそっちに変えましょう。
結果を変えるのはダメだから、得た事実を変えることはやっぱりダメなんで、そしたら動機を変えるみたいなことは結構しますね。それは別にそういうものみたいな。でもそこなんか結構不思議がられるかな。なんかあんまり書いたことない人とかは。
まあでも慣れと言うか、かもしれませんね。
そうですね。なんかやっぱ事実を時系列に、やったことを時系列に言ったら何で始めたかでどうやってどうなったかみたいなのを時系列に書くのが正しいって多分思ってる若い、なんか研究始めたばっかりの子とかは結構思ってるかな。そうじゃないよみたいな。
エッセイじゃないですからね。
そうですね。エッセイならたまにあるよね。最初は恋愛ものかなと思ったら最後なんかドロドロミステリーだったみたいに。ドロドロミステリーって思えないか。なんか冒頭と最後が違うこういう話だったよみたいなのは小説ではあり得るかな。
まあそうですね。
結局その本とかには、できたこと、ある程度良かったことを書くから。私の人生の中で良かったことをそこに拾い上げて作ったのがその本です。
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すごいまとめがたし。
そんなにでも、なんていうかな、やっぱあんまり、なんていうんかな、結構自信に満ち溢れて上へ行くぜみたいな人もいるけど、どう考えても自分の人生はそうじゃなかったから、今まで。
そんななんか、天下を取るぞみたいな感じの積極性、一心を持ってきたこともあるかな。
知らんと。そうなんや。
瞬間的に若気の至り的に、瞬間的にはなめくじで天下が取れるかもみたいな。なめくじで天下が取れるっていうのは定義がわからんけど、あったような気もするけど、でも、
そんな本にするのはなんかおかしすぎるだろうと思って、そういうところなんかそういう傲慢なところをガーッと削ったら、どっかで見た書評にすごく、著者はとても消極的な人だったみたいなことを書かれてて、まあそうやろって。
誠実に思いましたけどね。
今はなんか、結構その研究者のこれまでの人生みたいな本って結構いっぱいあるじゃないですか。研究の話もしながら、その研究者が自分のこれまでを語るみたいな本いっぱいあるから。
で、たぶん、やっぱ昔からそういうのが好きで、今もそのままそれを研究対象にしてるみたいなストーリーが受けやすいのがわかってたから、逆に絶対そうならんようにみたいな。
実際そうじゃないことはね、なかなか嘘になっちゃうしね。
で、あとはその本の中で書かないようにした言葉とかが結構あって、そのなめくじはかわいいとか、たぶんそういういわゆるちょっと擬人化的な感じの言葉は、たぶん一回も本の中では使ってないんじゃないかな。
本についてた冊子みたいなのには、なんかかわいいとか、そういう単語を入れたりするけど、極力こう、ペットとは違うみたいな感じで、そのやたら変愛してるみたいな。変愛?変愛?あ、これはホームスの最初のところか。
本は変愛していいんですよ。
本は変愛するんですけど、なんかそういうすごいマニアックな人間じゃないよ、みたいなのを考えすぎた結果、やや後ろ向きな本になりました。
いやーでも、擬人化とかってキャッチーですけど、ほんと難しいですよね。
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やっぱり性格性を変えたりとか、なんだろう、変な方向にいっちゃうことが多いから。
まあね、なんかこう、やっぱそこは分けるべきか、そういう、なんていうかな、生き物がオスとメスがキャッキャしてるのを見て、キャッキャしてる、擬人化やな。
仲良くなんか、仲良くとかも多分人間の感性だから、オスとメスの生き物がいたときに、すごい愛し合ってる、みたいな、あんまなんか、結構今人間の感情とか解釈で結構動物を見ることってすごい多いから、
できれば、生きすぎるとやっぱり見間違うっていうか、生き物に対する理解、やっぱり生き物は全然違うから、人間がいいと思うことはその生き物にとっては全然良くないこともいっぱいあるわけじゃないですか。
だから、なんか結構ね、良くも悪くも人間の表現の中に、なんかハゲタカみたいなやつだとか、生き物を良く言うときまでは悪いことの表現に使うこともあるけど、
全然生き物としては良いとか悪いじゃなくて、そういうものでしかないのに、人間の尺度で見るとハイエナみたいなとか、いやいやハイエナは大事な生き物ですよ、みたいなね。
そういうなんかね、人間の尺度でやっぱり生き物を見ると良いとか悪いとか、役に立つ役に立たないみたいな、すごい狭い価値観になっちゃうかなと思って、
だから、研究者側からなんか可愛いとか、あんまり、ちょっとその本の中ではそういう表現は迫力しないっていうふうにしましたね。だからチャコーラさんって呼ぶかどうかはだいぶ編集の人と議論があったんです。
確かにね、タイトルがチャコーラさんの秘密を知りたいになってますもんね。
最初はそれもちょっと抵抗があったんです。
最初はチャンとかクンとかは、そもそもまずおかしいからって言って、私優同体やし。
一瞬押すの機能しかないときも本当はあるんで、ある瞬間だけ切り取れば、チャコーラかっこ押すみたいな時もあるのはあるんですけど、
そこはちょっと編集の人とは議論をして、
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ギリかなっていうところでした。本当はもっといろいろあったけど、それはもうダメです、ダメですって言って、
やって最後はせめてチャコーラさんをみたいな感じでやったような覚えがあります。だいぶ記憶が飛んでるんで。
出されてる出版社がカイセイ社っていう、自動書がメインの出版社なんですよね。
ノンタンとか聞いてる方はご存知かな。ノンタンとかが有名かな。
そうそう、だからたぶん、お子さんにやっぱりとっつきやすいように、親しみやすいようにっていう意味もあったんでしょうね。
その3をつけるっていうのは。
チャコーラだとわかんないですもんね、確かに。
で、なめくじだと、そうだね、やっぱり基本はもうチャコーラなめくじの話しかないから、
そうなった時に、何の話なのかっていうのはやっぱりね、タイトルでわかってもらわないといけないっていうのとか、いろいろやっぱ考えてくださって。
自動書、特に小学校、高学年ってすごく読書幅の広い学年、年齢なんで、読む子はたぶんもう大人向けに近いものを読んでて、読まない子は本当まだまだ字いっぱいみたいな感じで読まないとか。
だから、すっごい販売が難しいから、その辺はちょっとこう、編集の方の、まあじゃあそのぐらいかなみたいな感じで、だいぶこう調整というか。
小学校、高学年、何読んでたかな。
でもすごい確かに。
山国誌とか読んでた。
え、そんなもう。
完全に幅の上の層というか、大人に近い層の。
だから、自分の考えたときには、なんか別に自動書っている?みたいな感じだったけど、だからわかんないからもう、その辺はおまかせしてました。
なんか結構その、読んでてすごいこう、販売がやっぱりいいなっていうふうに、いいなって言うとなんか偉そう、すごい偉そうな口調であれなんですけど、
小学校、たぶん4年生か5年生ぐらいから読める文章の文体なんだけど、大人が読んでも全然なんかこう、子供に、なんて言うんだろう。
子供だまし?
子供だましって言うのかな。じゃない、ちゃんとなんか内容が詰まってるけど読みやすいっていう、すごい難しい、両立してる文章かなってすごい思いましたね。
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だから本当にひらがな、振りがながちゃんと振ってあるので、小学生でも読めるんだけど、本当に100歳っていうかもう、何歳でもこう大人でも読めるいい文章だなってこと勝手に偉そうなんだけど。
あとちょっとね、大きい本、ちょっと大きめの本なんで、ちょっと字も大きいじゃないですか。そうすると案外、ちょっとお年を召すとやっぱ、もう私も今そうですけど、だんだんちっちゃい文庫とかは字がちっちゃい詰まってるみたいな、そういうちょっと年齢層上の方にも字として読みやすいみたいな。
私の90、今いくつ?90、そろそろ後半に差し掛かっている祖母も読みやすい。
それ嬉しいね。
物理的に読みやすいっていうのも多分あって。
なんか本屋さんに問い合わせに来られる年配の方なんかで、まず第一声に、字の大きい本はないの?って聞かれることが意外とあって、だからそもそもその文庫本とかの字がちっちゃい本はそもそも対象にならないというか、やっぱりちょっとそうするとそういう出社選択みたいなのが結構ご年配の方々あるので。
確かになんかあの読書虫眼鏡みたいなの売ってたりするけど、毎回あれかましてやるかって言われると確かに結構面倒だし自分もせえへんかもって思うもんね。
最近、なんか多分本の単価を下げるためか、結構行間と、なんか昔からこんなに読みにくい出版社だったっけみたいな、なんかフォントとかも変わってるのかな。
でも対象比の高等とかはありそうですね、関係が。
100年の孤独かな、今。文庫版とか出てるじゃないですか。すっごい、私の目にはすっごい縦の幅と横の幅、なんかすごい過読性が悪くて、無理ってなってそっと本棚に戻しました。
文庫買ったんですか。
買ってないだから、読めないと思って。だから読むなら電子版かなと思って。
昔の新潮とかは、すっごいフォントが読みにくい時代もあったけど、昭和ぐらいに出てる新潮の文庫とか結構フォントが読みにくい。
岩波とかもそうかな、岩波の新書とかも古いやつはなんかフォントが読みにくいみたいなのがあったけど。
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考えたことなかった。
フォント感度が低くて、どれでも読んじゃう感じ。
絶対講談社とか違うじゃん。
まあまあ、読みやすい印象はあるな。
でもあれもある時から変わったよ。
あ、そうですか。めちゃめちゃ把握してる。
そう、ぴろこさん、本読みでもあって、実はこの番組のテレビリスナーでも。
そうなんですよ、ありがたいことに。
ありがとうございます。
なんか気に入ったとこ何回も聞いてたりするから。
いやー、嬉しいな。
そう、だって毎週金曜日5時にこの番組公開してるんですけど、5時半とかに感想を送ることあるじゃん。
めっちゃ嬉しい。井上一馬に聞いてくださってる。
本当にありがたいテレビ。
ありがたいですね。
というわけで、いろいろと宇鷹さんの研究とか、研究対象に対する思いとか、
このチャコーラさんの秘密を知りたいなめくじの話という著書を軸にいろいろとお話をお伺いしてきたわけなんですけれども、
ちょっとこの番組のヘビリスナーだということからもにじみ出ている通り、
宇鷹さんはすごい本が好きな人っていう、単純にそういう研究者とかそういう属性を取っ払ってもそういう属性がありまして、
そこについてちょっとまだあんまり掘り下げることができなかったので、延長戦次回。
やったー。ありがとうございます。
ということで、今回はここで一旦締めとしまして、
来週はそんな宇鷹さんからどんな本の話が飛び出すのか楽しみにしつつ、
皆さんまたチャコーラさんを読んでいただきながら、
良い読書体験を秋の夜長に楽しんでいただければと思います。
それでは、良い読書体験を。
良い読書体験を。
ありがとうございました。
次週も引き続きよろしくお願いします。
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