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            舞踏会 後編
2023-04-29 15:25

舞踏会 後編

031 230429 芥川龍之介 舞踏会 後編 朗読:武田伊央

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おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
芥川龍之介作 舞踏会
後編 その後またポルカやマズユルカを踊ってから
秋子はこのフランスの海軍将校と腕を組んで、 白と黄と薄紅と三重の菊の間柿の間を、
開花の広い部屋へ降りて行った。ここには塩尾福や白い方がしきりなく拠来する中に、
銀やガラスの食器類に覆われたいくつかの食卓が、 あるいは肉と焼肉との山を盛り上げたり、
あるいはサンドイッチとアイスクリームとの塔をそば立てたり、 あるいはまたザクロとイチジクとの三角塔を築いたりしていた。
ことに菊の花が埋め残した部屋の一方の壁上には、 巧みな人工のブドウツルが青々と絡みついている、
美しい金色の格子があった。そうしてそのブドウの葉の間には、 蜂の巣のようなブドウの房がるいるいと紫に下がっていた。
秋子は、その金色の格子の前に、 彼女の父親が同年配の紳士と並んで葉巻をくわえているのに会った。
父親は秋子の姿を見ると満足そうにちょいとうなずいたが、 それぎりツレの方を向いて、また葉巻をくゆらせ始めた。
フランスの海軍将校は秋子と食卓の一つへ行って、 一緒にアイスクリームのさじを取った。
彼女はその間も、相手の目が折々、 彼女の手や髪や水色のリボンをかけた首へ注がれているのに気がついた。
それはもちろん、彼女にとって不快なことでもなんでもなかった。
が、 ある刹那には女らしい疑いもひらめかずにはいられなかった。
そこで黒いビロードの胸に赤い椿の花をつけたドイツ人らしい若い女が、 二人のそばを通ったとき、
彼女はこの疑いをほのめかせるために、 こういう簡単の言葉を発明した。
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西洋の女の方は、本当に大美しゅうございますこと。
海軍将校はこの言葉を聞くと、思いのほか真面目に首を振った。 日本の女の方も美しいです。
ことに、あなたなぞは……
そんなことはございませんわ。 いいえ、お世辞ではありません。
そのまますぐ、パリの舞踏会へも出られます。 そうしたらみんなが驚くでしょう。
ワットーの絵の中のお姫様のようですから、 秋子はワットーを知らなかった。
だから海軍将校の言葉が呼び起こした、美しい過去の幻も、
ほの暗い森の噴水と、すがれてゆく薔薇との幻も、 一瞬の後には名残なく消え失せてしまわなければならなかった。
が、ひと一倍漢字の鋭い彼女は、アイスクリームのさじを動かしながら、
わずかにもう一つ残っている話題にすがることを忘れなかった。
わたくしもパリの舞踏会へ参ってみとうございますわ。
いいえ、パリの舞踏会も全くこれと同じことです。
海軍将校はこう言いながら、二人の食卓を巡っている人波と菊の花とを見回したが、
たちまち皮肉な微笑の波が瞳の底に動いたと思うと、 アイスクリームのさじを止めて
パリばかりではありません。 舞踏会はどこでも同じことです。
と、 半ば独り言のように付け加えた。
一時間の後、 秋子とフランスの海軍将校とは、やはり腕を組んだまま、
大勢の日本人や外国人と一緒に、 舞踏室の外にある星月夜の露台に佇んでいた、
欄間ひとつ隔てた露台の向うには、 広い庭園を埋め尽くした信用樹がひっそりと枝を交わしあって、
その梢にてんてんと宝月常晴の火をすかしていた。 しかも冷やかな空気の底には、下の庭園から昇ってくる
苔の匂いや落葉の匂いが、 かすかに寂しい秋の呼吸を漂わせているようであった。
06:06
が、すぐ後ろの舞踏室では、やはりレースや花の波が、 十六軒を染めぬいた紫チリメンの幕の下に、
休みない動揺を続けていた。そうしてまた、 調子の高い還元額のつむじ風が、
相変わらずその人間の海の上へ、 容赦なく鞭を加えていた。
もちろんこの露台の上からも、絶えず賑やかな話し声や笑い声が、 夜霧を揺すっていた。
まして、暗い信用樹の空に美しい花火が上がる時には、 ほとんど人どよめきにも近い音が、一同の口から漏れたこともあった。
その中に混じって立っていた秋子も、 そこにいた婚姻の霊嬢たちとは、
さっきから気軽な談笑を交換していた。
が、やがて気がついてみると、 あのフランスの海軍将校は秋子に腕を貸したまま、
庭園の上の星月夜へ、黙念と眼を注いでいた。 彼女にはそれが何となく恐襲でも感じているように見えた。
そこで秋子は、彼の顔をそっと下から覗き込んで、 お国のことを思っていらっしゃるのでしょう?
と、半ば甘えるように尋ねてみた。 すると、海軍将校は相変わらず微笑を含んだ目で、
静かに秋子の方へ振り返った。
そうして、ノンと答える代わりに、 子供のように首を振ってみせた。
でも、何か考えていらっしゃるようでございますわ。
なんだか当ててごらんなさい。 その時、露台に集まっていた人々の間には、
またひとしきり、風のようなざわめく音が起こり出した。 秋子と海軍将校とは言い合わせたように話をやめて、
庭園の信用樹を足している夜空の方へ目をやった。 そこには、ちょうど赤と青との花火が、
雲出に闇をはじきながら、まさに消えようとするところであった。 秋子には、なぜかその花火が、ほとんど悲しい気を起こさせるほど、
それほど美しく思われた。 私は、
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花火のことを考えていたのです。 我々の美、
のような花火のことを。 しばらくしてフランスの海軍将校は、
優しく秋子の顔を見下ろしながら、 教えるような調子でこう言った。
大正七年の秋であった。 当年の秋子は、鎌倉の別荘へ赴く途中、
一面式のある青年の小説家と、偶然汽車の中で一緒になった。 青年はその時、網棚の上に鎌倉の知人へ送るべき、菊の花束を乗せておいた。
すると、当年の秋子、 今の栄一老婦人は、
菊の花を見るたびに思い出す話があると言って、 詳しく彼に六名間の舞踏会の思い出を話して聞かせた。
青年は、この人自身の口からこういう思い出を聞くことに、 多大の興味を感じずにはいられなかった。
その話が終わった時、 青年は栄一老婦人に何気なくこういう質問をした。
奥様はそのフランスの海軍将校の名をご存知ではございませんか? すると栄一老婦人は思いがけない返事をした。
「存じておりますとも、 ジュリアン・ビオとおっしゃる方でございました。」
「では、ティだったのでございますね。 あの大きく婦人を描いたピエル・ロテだったのでございますね。」
青年は愉快な興奮を感じた。 栄一老婦人は不思議そうに青年の顔を見ながら、
何度も こうつぶやくばかりであった。
「いいえ、 ロティとおっしゃる方ではございませんよ。
ジュリアン・ビオとおっしゃる方でございますよ。」 地下鉄ギヨン駅から徒歩2分、RKBスタービル博多ギヨンスタジオは、
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