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おしゃべり本棚。
この時間は、福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
屋上の空。こうして音楽で生きてきた。前編。
松久間健太。
ビッシュが解散を発表して以来、自分はなぜ音楽プロデューサーとしてガールズポップをやってきたのかと考えていて、思い出したことがある。
あれは、18歳の頃だったと思う。僕は地元の福岡県久留米市で、久留米工業高等専門学校に通いながら、バンド活動に明け暮れていた。
ちょうど時代は、ビジュアル系とかメロコアバンドの前世紀でね。一番影響を受けたのは、森重樹一さんがボーカルのゼギーだった。
ボンジョビア、エアロ・スミス、ミスター・ビッグなんかも流行ってたし、レッチリ、レイジー・アゲン・ヒト・ザ・マシーン、グリーンデイ、ロックやメタルの王道バンドなんかを極端位で何でもコピーしてた。
バンド活動は今でもそうだろうけど、四五組集めてライブハウスを箱貸ししてもらう対番が普通だった。
1日10万円から15万円ぐらいの箱貸しを、それぞれが集めるお客さんからのチケット代で回収する。
だからまずバンドの数が集まらないとライブはできない。
それで知り合いを辿って対番相手を探すんだけど、その時はなかなか見つからなくて、ようやく見つけたのがジュディ・マリのコピーバンドだった。
でも他の出演者は僕のバンドも含めて男ばっかり。
それもドイツのメタルバンドハロウィンとかハードロックのボンジョビなんかのコピーバンドだった。
そんな男臭い中にポップなジュディ・マリを歌うガールズバンドが出てくれるのかと思ったけど、ギターをサポートしてくれるなら出るよって言うんだよ。
ライブやりたいし背に腹はかえられない。
まぁちょっと興味もあったしね。
それで生まれて初めて女性ボーカルバンドのエレキを弾くことになったんだ。
そのバンド名はストロベリーキス。
ゴリゴリのロック少年だった僕にしてみるとなんとも照れくさい感じではあったけど、ジュディ・マリの曲も弾いてみるとなかなかにテクニックがいる。
それにリハーサルしてみるとなぜかベースの音がずれていて、よく見るとベースの子が弦を上下逆さまに張っているんだよ。
そんなことってあるのっていうか、今までよく弾けたよねって驚いたんだけど。
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どうしても一曲弾けない曲が出てきて、それでその子も弾けるような曲として急遽、僕がオリジナル曲を作ったんだ。
ちょうど彼女たちが高校卒業前だったから、別々の道というタイトルにして、そんなこんなでドタバタしながらライブ当日を迎えた。
僕らや他のロックバンドのお客さんはそれぞれだいたい30人ぐらい。まずまずの集客だった。
ところがストロベリーキスのお客さんはなんとその3倍の90人以上。しかも女子ばかり。
メンバーがいくつかの女子校にまたがっていたこともあってか、集客力は絶大だった。
そして演奏を始めるとキャキャーと大歓声が。
それもこう一点ならぬ男一人、黒一点の僕に集中して、もう何が何だかわからない状況になった。
ステージを降りると何十人の女子からポケベルの番号を聞かれるし、とにかく人生初の経験だった。
僕のモテぶりはともかくとして、女子たちのキャーキャーを聞いた瞬間、人を楽しませるというのはこういうことなんだと皮膚感覚でわかった。
自分の好きなものより人が好きなものをやることが大事なんだ、と。
そして自分がやっていくべき音楽の方向性が見えた気がした。
ああ、Jポップなんだなってね。
ライブの後には思わぬ副産物が待っていた。
お客さんへのアンケートにオリジナル曲がよかったと書かれていたんだ。
何人も何人も。
それから僕はオリジナル曲の制作に精を出すことになった。
ビッシュが2021年のNHK紅白歌合戦で歌ったプロミス・ザ・スターを書いたのはそれから約20年後のことだ。
思い返せば挫折も失敗も限りなく繰り返してきた。
どのくらい立ち止まったかわからない。
だけど人生に約束されたものなんかない。
ただ奇跡を起こせる日を信じて未来を待っていたい。
そんな風に自分を励ましながら歩んできた道のりを今語ってみようと思う。
音楽プロデューサーとしてよく音楽との出会いは?という質問をされる。
何か劇的な出来事を期待してのことだろうけど最初はそうでもなかったんだ。
親父がフォークソング世代でよくアコースティックギターを家で弾いていたから小さい頃から音楽は身近なものではあったけどね。
稲垣純一さん、ハウンドドック、茶芸康、濱田翔吾さんなんかの曲が家や車で流れていて
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親父からアコースティックギターを教わったりコードブックを見ながら弾いてみたり、
おもちゃのドラムの前で写った写真もある。
でもそれが理由で音楽にのめり込んだというわけでもなかったんだ。
それより好きなのはメカだった。
小学校の低学年の頃、家の周りに出来始めたコンビニで親父が500円ぐらいのバイクのプラモデルを買ってくれて一緒に作った。
それがなんだかむちゃくちゃ楽しくてね。
むしろそっちの方が音楽制作にはつながっているのかもしれん。
親父は文系で会社でも労務的なことをやっていたんだけど、僕は理系的なことが好きだった。
ガンダムのプラモとか、あとミニ四駆、それとゾイドってやつ。
今もあるけど恐竜とか動物をモチーフに作られた組み立て玩具でモーターを使って動くんよ。
週刊少年ジャンプとかの漫画雑誌を読んでると最後のページあたりに電子工作の広告があって、
ハンダゴテでパーツつけてロボットみたいなものが作れるやつ。
それがどうしてもやりたくなって、親に値立って小三ぐらいからハンダゴテでICとか抵抗をつけて遊んでた。
最初に作ったのは嘘発見器。嘘ついたらピコンと光るやつ。
あとは電子ピアノね。
その頃弟と妹はピアノとかエレクトーンを習ってて、僕は何もやってはいなかったけど、とにかく作るのが好きだった。
あとファミコンも本当に初期の頃、じいちゃんに買ってもらった。小学校に入る前ぐらいだったと思う。
大ブームになって、じいちゃんがこれからはコンピューターの時代だとか言って、まだカセッタが何本かしか出てない頃だったけど。
母ちゃんからはゲームばっかりやってるとアホになるよって言われてたな。
でも今はまさにパソコンで音楽制作するデスクトップミュージックをやってるわけだから、小さい頃の経験はものすごく生きてると思う。
ゲームばっかりやってたおかげで仕事になってるんだもんね。
そうやって電子工作とかファミコンに浸ってたわけだけど、ものづくりという点ではすごく影響を受けた人がいた。
それはおじさん。親父の兄さんなんだけど、この人が理系のものづくりオタクだったんよ。
1980年代からパソコン通信やってたし、電子工作もおじさんに相談したらむちゃくちゃ詳しくてね。
今でも忘れない。これは本当にエモい思い出だけど、福岡市にカホムセンというのがあって、そこに連れて行ってもらったんだ。
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車から西鉄電車に乗ってね。福岡市中心部の天神まで行くと赤と白で塗られたNTTのでっかいタワーがあって、めちゃくちゃ都会に来た気がしてね。
カホムセンはその天神にほど近い今泉というところにあった。ちょうど僕が今事務所を構えている場所とは目と鼻の先。
全くの偶然なんやけど、何か縁があるのかもしれん。
で、店に入ると電子部品とかねじ類とかパーツが無数に並んでいて、好きな人にはわかると思うけど、電子工作オタクの少年としてはとにかく時間が経つのを忘れるくらい楽しかった。
そしてちょうどその頃、テレビで見たのがNHKのロボットコンテストだった。あれは僕の進む道を決めた瞬間だったね。そのロボコンで大活躍していたのがクルメ高専だったんだよ。
それで将来はクルメ高専でロボコンに出ようと、小学生の僕は夢を膨らませたわけだ。学校は家から近いしね。
ところが世の中そんなに簡単にはいかない。草原簡単に行くわけないって。あ、興奮して方言が出てしまったけど、そのことについてはまた後で。
音楽の話に戻すと、初めて見たライブは大友光平さん率いるハウンドドッグだった。小学校の高学年の頃だったと思う。
クルメにブリジストンが建てた石橋文化ホールというのがあって、たぶん親父が会社でイベントに関わってたんで入れてもらったんだと思う。
もう強烈だったね。とにかくかっこよかった。一番後ろの席に座ってたら隣にいたお姉さんたちから立って立ってって言われて、いやいや立たされて弟と二人で見た記憶がある。
そんな風に音楽に目覚めつつあった小学六年の頃、クラスにちょっとおませな女の子がいてね。
あんたこれ知っとう?って流行りのバンドとか教えてくれるわけよ。ビーズとかワンズ、ザード、ティーボラン、あとXジャパンとかね。
それで昼休みとかにピアノの上手な子が教室のエレクトーンみたいなので弾いてくれるわけ。
例えば、Xのこの曲やって?というとすぐ弾けるんだよ。それが不思議でね。
なんでだろうと聞くと、この曲と同じコード進行の曲があって、それを知ってるからだと教えてくれた。
この一言は爆裂に衝撃だった。そうか、音楽ってそういう風にできてるのかって。
これが僕の音楽人生の幕開けだったかもしれない。
その場で、この曲とこの曲のこの部分は一緒だよねとか、キーを変えたら同じだよねとか、いろいろやってくれて。
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それまでアコギを弾いてて、カポタストをつけたらキーを変えられるというのはなんとなく知ってはいたけど、理屈で説明できるんだということがわかったわけ。
それがメカ好きな僕の理系頭にピンときた。
音楽の成績はずっと2しか取ったことなくて、楽譜も読めなかった。
でも彼女の話を聞いてからミュージックビデオを借りてみるようになったし、覚醒させてくれた恩人だね。
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