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或る母の話 前編
2023-08-26 16:40

或る母の話 前編

048 20230826 渡辺温 或る母の話 前編 朗読:本田奈也花
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おしゃべり本棚 この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
ある母の話 前編
渡辺恩 母一人娘一人の暮らしであった
生活にはこと書かないほどのものを持っているので母は一人で娘を慈しみ育てた 娘も母親の有り余る愛情に
堪能していた それでも娘はだんだん大人になると自分の幼い最初の記憶にさえ影をとどめずに世を去った
父親のことをいろいろ想像する折があった 友子のお父さんはこんなに立派な方だったのだよ
母親は古い写真を見せてくれた 額の広い目鼻立ちの火出た若者の姿が黄色く
色覚めて映っていた 本当にずいぶん綺麗だったのねー
お母さん幸せだったでしょ そりゃあその当時はねー
思い出して悲しくなることあって 死んでからもう20年近くにもなるんだもの
それにこの写真みたいに若い人じゃまるで自分の息子のような気がしてね 母親はそう言って笑った
だが娘は母親の若よかなエクボのある頬がちょっとの間 うち気な少女のようにういういしく輝くのを見た
そうね私だってこんな若いお父さんのことを考えるのは変な気がして 一層お前のおむこさんなら似合いかもしれない
ひどいお母さん でもお母さんはどうしてそれっきり他へお嫁にいらっしゃらなかったの
どうしてって お前のお父さんのことが忘れられなかったし
それにあんまり悲しい目にあうと女は誰でも臆病になってしまうんだろうねぇ 寂しかったでしょ
少しの間さ すぐにお前がみんな忘れさせてくれるようになったもの
母の声はくたびれてでもいるように聞こえた 娘は若い時になら自分よりも器量良しだったに違いない面影の忍ばれる母親が
03:08
そんなに早く青春から見捨てられてしまった運命を考えて胸をすぼめた その年の春
友子は女学校の高等科を卒業して 結婚を急ぐほどでもなし遊んでいるのも無駄だったので
小遣い取りに街のある障子会社へ勤めた さて夏の始めだった
友子はある日事務所と同じビルディングの地下室にある食堂へ 昼食を取りに降りた
そこはいつも混んでいるので大抵外へ出て食事をする習慣だったが その日は仕事が忙しくてそんな余裕がなかった
やっと隅っこの方にたった一つ空いたテーブルを見つけて リバーのサンドイッチとコーンのシチューをあつらえた
ところがサンドイッチを半分も食べない中に 同じテーブルに彼女と差し向かいにさらに一人の客が席を占めた
リバーのサンドイッチとコーンのシチュー大急ぎでと その客が9時に命じた
友子は顔を上げて自分とすっかり同じ品を注文する客の方を見た
青い仕事着の胸からネクタイをつけない 白いシャツの襟をはみ出させている体格の良い青年だった
青年は食べ物などよりももっと他に心を満たしていることがあるらしい様子で ぼんやり娘の食べ物の皿を眺め下ろしていた
そのとぼけた大きな瞳とぶつかった時友子は少なからず狼狽した 青年の方でもわずかに鼻先へ突きつけられた
美しい娘の顔に気がついてドギマギしながら眩しそうに横を向いた はて
と友子は考えたのである 確かにどこかで見たことのある親しい目だった
すぐにそれが親な父親の写真に写っている眼差しだったことを思い出した
まあそれに額の立派なところまでよく似てるわ 肩幅は少し広すぎるけれど
でもお父さんは若字になすったのだから こんなに元気そうではなかったのに違いない
しかし彼女はあんまり長いこと知らない若い男を見つめているのは非常に物質家 だと気がついたので
06:05
急いで食事を済ませてテーブルから離れた 晩に家へ帰ってから母親にその話をした
綺麗な男の人はみんなお父さんに似ているのかもしれないねー と母親は娘の大げさな話ぶりを聞いて笑い笑い
いた さもなければお前が心の中でその人を好きになったんだよ
好きな人ならどんな風にだってよく見えるから けれどもお父さんは若い娘を狙うような真似なんかしなかった
あら同じ食べ物をあつらえたからってまさか狙ったとも言えなくてよ お母さんと来たらずいぶん苦労症ねー
大丈夫 私お母さんに何かちっとも心配かけやしないわ
娘はいつになくはしゃいだ調子で答えた 次の日出勤の折
会社の扉口の前で友子は再び青年と出くわした 青年はちょうど廊下を隔ててすじ向かいになっている
自動車会社の事務所から姿を表したところだったが 彼女と顔を見合わせると慌てて目をそらせてまるで怒ったかのような
硬い表情を浮かべながら玄関の方へ歩み去った 友子が考えてみるにその青年は前からそこの自動車会社に勤めていて
これまでも幾度かお互いに顔を合わせながらどんな男の社員たちにもほとんど 関心を持たなかった彼女だったのでつい見過ごしていたのかもしれなかった
その後彼女はしばしば彼の姿を気に留めて見かけるようになった そしてやがて彼がその自動車会社の技師で朝原玲介という名であることや
またこの頃自動車の発動機について何か新発明を完成させて 相当職望されていることなどを知った
土曜に入って最初の夕立がした ちょうど退勤時刻だったが雨自宅がなかったので
友子は事務所に居残って仕事の余分を続けながら晴れ間を待っていた 日が暮れ落ちても雨足は弱らなかった
それで待ちあぐんでともかく建物の玄関まで出てみた 通りがかりのタクシーでもあればと考えたのだがそんな裏町を
09:00
退勤時刻過ぎて通り合わせる車は滅多になかった 近所の自動車屋へ電話をかけてみると
あいにくみんなで払っていた ともこは途方に暮れたまま青白い街灯の中に銀色に光るたくましい雨を眺めていた
すると そこへ彼女の背後から靴の音をさせて浅原が出てきた
浅原は雨垂れに向かってしょんぼり佇んでいる友子の姿を一別してちょっと躊躇 したらしく
立ち止まりながら暗い日差しの外を仰いだが 上着の襟を立てると人狼を横切ってその向こう側につけてあった
小さなクーペの扉を開けてそれへ乗った ともこもさっきからその自動車には気がついていたのだが
さすがに浅原の状況とは考え及ばなかった 浅原はガラス窓の内側から熱心な瞳で
友子の方を見つめた あの人乗せてくれるかもしれないわ
友子はそんな期待を感じて胸を固くした だがそのまま浅原のクーペは軽いエンジンの音を響かせて滑り出した
そして哀れな友子を置いてきぼりにして たちまち赤いテイルライトを飛び色の雨闇の奥へ滲ませながら消えていった
友子は苦笑などでは紛らわしきれないほどひどく当たりの外れたような物足りなさを覚えた
人気のない雨のびしょびしょ降るオフィス街の薄暗がりに たった一人立っている自分がにわかにわびしい気さえした
とうとう友子は本通りまで濡れていくことに決心した そこでスカートの裾をつまんで敷石の上を歩き出そうとした時だった
行く道の街角を強いヘッドライトの明かりが折れたかと見ると 自動車が一台しぶきを上げながら走ってきた
そして友子がひょっとしてそれが飽き車の札を掲げてはいまいかと思って 踏み出したつま先をためらっている目の前に来てピタリと停車したのである
飽き車の札はどこにも見当たらなかった ところが扉を開けて降りてきた運転手が友子へいんぎんに挨拶をしたのである
お待ちどうさまでした はぁ
友子はびっくりした タクシーでございますただいま表通りでクーペをご自分で運転していらし
12:07
た紳士の方からそう言い使ってまいりました あなた様ではございませんでしょうかしら
友子はそれでようやくが転することができた a 私私をご苦労様
ピロードのクッションの中に身を落ち込ませて友子はほっとした するとなんだかかつてない明るい嬉しさと一緒に
お菓子さが込み上げてきて一人でクック笑えてならなかった 郊外の住居へ着いた時に代金を支払おうとすると
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