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蘭 前編
2024-06-29 15:55

蘭 前編

092 240629 山本周五郎 蘭 前編 朗読:冨士原圭希
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おしゃべり本棚。この時間は福岡のRKB毎日放送のアナウンサーによる朗読をお送りします。
山本周五郎 蘭
前編 松子は中原良太郎の娘だった
中原は須賀家の桃園にあたるので、良太郎とその妻が愛前後して亡くなるとすぐ
幾之助の父氷在門が彼女を家に引き取った。 不幸な境遇のためだろうが、初めは口数の少ない陰気な子だった。
十三歳になるまで、いつも一人でベースを書いているという風だったが、 やがて背丈の伸びるに従って顔立ちも明るく、
身振り声つきも際立って美しくなった。 平澤郎と幾之助がその変化に気づいたのは、ほとんど同じ頃である。
同時に、お互いが惹きつけられている感情の深いこともわかった。 こういう関係は稀でもなく、しばしば愚かしい結果を招く例も知っているので、
二人は必要以上に慎み通した。 もちろん、そういう状態が長く続くものではないこと、
いつかは苦しい瞬間に当面しなければならぬということはわかっていた。 なぜなら、
二人はそれほど深く、強く、 松子を愛していたからである。
幾之助の心は静まらなかった。 平澤郎から自分が嫁にもらうと告げられたときは、むしろ心の緊張を解かれたようにさえ思った。
全く平静ではなかったにしても、確かに一種の安堵に似た気持ちを感じた。 それが、時の経つに従って苦痛が強くなり、
もう取り返しがつかないという絶望的な悲しさが、激しく胸を締め付けるのだった。 ことはすでに決定している。
どうもがくすべもない。 奇跡でも起こらない限り、松子は手の届かぬ存在になってしまうのだ。
ああ、幾之助は幾百度うめいたことだったろう。
ああ、彼が松子にそのことを話したのは、苦痛と絶望に耐えられなくなったからである。 そのとき彼女は病床から起きて、初めて髪を上げたところだった。
03:12
風をこじらせた程度の患いなので、やつれるというほどではなかったが、みずみずしく髪を上げているためか、頬から首筋のあたり肌が薄く透き通るようだったし、
うるみを帯びた目もとや、どこかしら力なげな見ごなしなど、全体に生めかしいほど老たけて見えた。 それでなくとも幾之助は毒を飲むような気持でいたが、
常にない松子の美しさと、話を聞いたときの匂うような恥じらいの品とは、無惨なほど彼を打ちのめした。
わたくしにはお返じの申し上げようがございません。 彼女はまつげの長い目を伏せ、膝の上で固く両手の指を絡み合わせながら、おののくような声でこう答えた。
おじさまやおばさまのおっしゃるように、そしてあなたさまのおぼしめしどおりにいたしたいと存じます。
もちろん否定の色はいささかも見えなかった。 すべてが終った。
これ以上は未練だ。心のうちでそう自分に言い聞かせんながら、しかしおそらく顔は青ざめたことだろう。
幾之助は追い立てられるような気持で、その部屋を出た。 翌る日のことだった。
城中で昼げの休息に、閉座風呂の爪所へ行くと、金襦袢の者が五人ほど集まって、何か論じ合っていた。
みんな固い表情で、険しく眼を光らせて、膝を突き合わせるような姿勢をしていた。
閉座風呂だけはいつもの端正さを失わず、目を伏せ、口を引き結んで、彼らの言うことを聞いていたが、入って来た幾之助を見ると、手を挙げて話を止め、
少し取り込んでいるから下状の時、と言った。幾之助はうなずいて、そのまま引き返した。
午後からにわかに冷え始めた。 少し遅れた閉座風呂を待って、一緒に城を下がって来ると、空は白日になり、頂上と打ち重なる四方の山並みの上に、
雪を思わせる鼠色の雲が、押しつけるように、じっとのしかかっていた。
わきや東六がまたやった。
追手門を出ると、すぐに閉座風呂がそう言った。
06:03
増島三之丞と中原又作をばば呼び出して、仲間で取り詰めて、中原は腕を折り、三之丞は頭を割られたそうだ。困った。
幾之助は黙って眉をひそめた。
黄金寺山から吹きおろす風は、武家町の広い乾いた道に埃をまきたて、木々の枝に散り残った枯葉を引きちぎって行った。
悪いことには、若い者の間に、だんだんわきやの勢力が広がって行く。
粗暴と高害が、わけもなく壮烈に見える年頃だ。
捨てておくと、取り返し用のないことになる。
確かに、あれは将来きっと癌になる。
幾之助は低い囁くような声でこう言った。
何とかしなければならない。心から反県を思う者は、そう考えているのだろう。
けれど、こういう俺自身でさえ、やはり手をつかねているのだから。
わきやはそれを見通している。刀の柄に手をかけることが、自分の存在の強大さだということ。
そして、人が亡霊に対してたやすく立つ者ではないということ。
彼は、そこを根にして伸び上がるんだ。
悪はそれ自身では、決して成長しないものだ。
だが、と幾之助は言い淀んだ。
だが、正しさを守るために払う代価は必ず大きい。
したがって支払う時期と方法は、よほど確かでなければならない。
菅川の屋敷は下原禄にある。
別れ道へ来た時、平澤郎は町屋の方へ足を向けた。
まだ何か言いたりないようだった。
爪先上がりになっている道を、二人は屑流川の方へ下って行った。
町の軒に黄昏の色が濃くなり、
凍るような風が家々の日差しや木立や枯れた道草をひょうひょうと鳴らしていた。
暮れて行く光の彼方に、ぞっとするほど冷たく川の流れの見えるところまで行って、
二人は元へ引き返した。
松子へは話をした。
別れる時、幾之助はそう云った。
依存はないようだ。
平澤郎は友の顔を見るに絶えなかったのだろう。
脇を向いたまま、ありがとうと云った。
時暮れの降る日だった。
昼少し前に平澤郎が幾之助を爪所に訪ねて来た。
今黒狼に呼ばれたのだがと平澤郎は座るより早く口早に云い出した。
09:07
江戸財布中の野戸の神から使いがあって、将軍家より小笠原流礼法を聞きたいという加盟だから、
然るべきものを出付させるよう、
自分の考えでは幾之助か平澤郎がよかろうと思う。
そう云う意味の墨付けが来た。
それで家臣相談の上、自分に出付するようにと申し付けられたというのであった。
ともかく考える時間をもらってきたが。
平澤郎は常になく押し付けるような調子で云った。
これは俺の役ではないと思う。
是非底下に出てもらわなければならない。
そうお答えするつもりだから頼む。
せっかくだが断る。
重役型合議と云えば軽くはない。
他のこととは違って、
お家伝統の大事だ。
誰の目にも底下だということは動かないだろう。
お受けすべきだ。
だが俺は…。
平澤郎は畳みかけるようにこう続けた。
俺は今江戸へ行きたくないんだ。
松子さんとの話もまとめたいし。
そんな私事が事態の理由ならなおさらだ。
よし、それだけでないにしても。
と幾之助は脇えめをやりながら冷ややかに云った。
御用はさして長くかかりはしないだろう。
二人のうち一人勝山に残るとしたら、
それは俺だよ。
その言葉には何か意味があるのか。
格別な意味はない。
ただ何をするにも、
底下と俺とは力を合わせなければならない。
二人が一緒にいて固く手をつないでやれば、
大抵な困難は打開できる。
しかし一人ではいけない。
そう云いたかったのだ。
平澤郎はうなずいた。
幾之助が彼を残したくないのは、
脇や登録との間にきっと何か起ると察したからだ。
確かに平澤郎はそのことを考えていた。
恩賢な幾之助がいては過断な手段を取りにくい。
江戸へ立たせた後、
然るべき機会を作って一挙に登録らを抑えてしまおう。
そう心を決めてきたのであった。
けれども幾之助はそれを推察してしまった。
そして推察した以上は動かないことは明白だ。
二人一緒にという言葉を拒むことはできない。
12:03
平澤郎はむなしく詰書から出て行った。
聞きたいラジオ番組何にもない。
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