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「嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった私。/ 保育士と母親の顔
2026-11-08 16:02

「嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった私。/ 保育士と母親の顔

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子どもが好きで、いつかは母になることに憧れていた一人の保育士。でも、妊娠が分かった時は素直に喜べませんでした。保育士としての自分と、これから母になる自分の間で揺れた気持ちを描きます。【ほいくプラスについて】

ほいくプラスは、保育に関わる人が、自分らしい保育を続け、互いに学び合えるつながりを広げるための場です。

このポッドキャストでは、保育士の等身大の声を届けることで、保育者同士の縁を育み、保育に関心を持つ人との新しい接点をつくります。

現場で頑張る保育士の魅力と、実践に込められた思いを、より多くの方へ届けていきます。

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こんばんは。嬉しいはずなのに、素直に喜べなかった私。保育、母、命です。
この時間は、保育士自身の環境の変化があった時、きれいな結末に並べ直すための時間ではありません。
保育士として働く中で、自分自身の言葉になりきらない迷いに、少しだけ座ってみる時間です。
今日お話しするのは、ある保育士の実際の出来事を基に、特定できないよう一部を書いています。
ここに出てくる子どもも、大人も、場所も、実在の誰かではありません。
けれど、もし似たような時間や、似たような迷いを知っている方がいたら、その記憶を無理に結論へ運ばず、隣に置くように聞いていただけたらと思います。
語り手の私は、仮に私とだけ名乗ります。
保育士としての自分と、これから母になる自分の間で揺れた気持ちについて、少しお話ししたいと思います。
妊娠が分かった時、どんな気持ちでしたか?
嬉しかった、びっくりした、涙が出た、きっと人それぞれにいろいろな気持ちがあったと思います。
私も、妊娠が分かったら、きっと嬉しくって、自然と笑顔になるんだろうなーって、そう思っていました。
でも、実際に妊娠検査薬の陽性反応を見た時、私の頭に最初に浮かんだのは、赤ちゃんができた、という喜びよりも、仕事どうしよう、という言葉でした。
ずっと子どもが好きで、子どもたちの成長に関わる仕事がしたくて、保育士という仕事を選んだ私。
毎日子どもたちと過ごして、小さな成長を一緒に喜んで、命の大切さも、子どもたちの存在の尊さも、分かっているつもりでした。
なのに、自分のお腹に新しい命が宿ったかもしれない、そんな瞬間に素直に喜べなかったんです。
今日は、そんな私の妊娠が分かった日のことをお話しします。
今日もお付き合いいただけたら嬉しいです。
最初は、本当に小さな体調の変化でした。
なんとなくいつもと違う、疲れているのかな、仕事が忙しかったからかな、そんな風に思っていたんです。
保育士の仕事って、毎日が本当にあっという間で、朝子どもたちを迎えて、一緒に遊んで、食事をして、お昼寝を見守って、
気づけばもう夕方、仕事が終わる頃には体もクタクタ、だから少しくらい体調がいつもと違っても疲れが溜まっているだけなのかなって、最初はあまり気にしていませんでした。
でも、どこかでふと思ったんです。もしかして妊娠?
その可能性が頭に浮かんでから、なんだか落ち着かなくなりました。
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気になるけれど、確かめるのも少し怖い。もし妊娠していたら、私の毎日はどう変わるんだろう。
そんなことを考えながら、妊娠検査薬を手に取りました。
結果が出るまでのほんのわずかな時間、その時間がいつもよりずっと長く感じられました。
そして、目に入ってきた妖精の反応。
ああ、最初に出てきた言葉はそれだけでした。
嬉しい、びっくりした、そんな言葉にもならなくて、ただじーっと結果を見つめていました。
本当に私のお腹に赤ちゃんがいるの?
今この体の中に自分とは違うもう一つの命があるかもしれない。
そう思うと不思議な気持ちになりました。
まだ何にも実感がない。お腹が大きくなったわけでもない。赤ちゃんの姿を見たわけでもない。
でも、確かに目の前には妖精という結果がある。
嬉しくないわけじゃない。ただ、嬉しいという気持ちだけでは受け止めきれなかったんです。
そしてその直後、頭に浮かんできたのは保育園のことでした。
私、仕事どうしよう。
保育士として働いていると、どうしても一年という時間を意識することがありますよね。
春に新しいクラスが始まって、少しずつ子どもたちとの関係を築いていく。
泣いていた子が笑顔で登園できるようになったり、できなかったことができるようになったり、
友達との関わりが増えたり、そんな一つ一つの成長を毎日そばで見守っていく。
私はその時間が好きでした。
だからこそ、担任を持ったからには一年間責任を持って子どもたちを見なきゃ。
そんな思いがどこかに強くあったんです。
妊娠したかもしれない。
そうわかった瞬間から、頭の中でいろいろなことを考え始めました。
これから体調はどうなるんだろう。
今までと同じように働けるのかな。
もしつわりがひどかったら、子どもたちと一緒に走ったり、抱っこしたり、
今まで当たり前にしてきたことができなくなる日もあるのかな。
それから、もし年度の途中でお休みに入ることになったら、
子どもたちはどうなるんだろう。
一緒に担任をしている先生は?
他の先生たちの負担が増えてしまうんじゃないかな。
保護者の方にも何か思われるかな。
まだ何にも決まっていないのに、まだ病院にも行っていないのに、
頭の中ではどんどん先のことを考えていました。
今思えば不思議なんです。
自分の体のことだってまだわからない。
これからどうなるのかもわからない。
それなのに、自分のことより先に、
クラスのことや周りの先生たちのことを考えていたんです。
06:00
もちろん、子どもたちのことが大切でした。
一緒に働く先生たちのことも大切でした。
でも、あの時の私は迷惑をかけてはいけないという思いに
少し縛られすぎていたのかもしれません。
保育士としてちゃんとしなきゃ。
責任を果たさなきゃ。
最後までやり遂げなきゃ。
そうやって、いつの間にか自分に言い聞かせていたんですよね。
でも、そのちゃんとって一体誰が決めたものだったんだろう。
その言葉については今でも時々考えることがあります。
妊娠が分かったらもっと嬉しいものだと思っていました。
お腹に赤ちゃんがいる。
新しい家族が増えるかもしれない。
それってきっと幸せなこと。
そう思っていたから仕事のことばかり考えてしまう自分に少し戸惑いました。
私、なんでこんなことを考えているんだろう。
もっと喜んでもいいはずなのに。
赤ちゃんが来てくれたかもしれないのに。
嬉しい気持ちは確かにありました。
でも、それと同じくらい不安もありました。
初めての妊娠。
自分の体がこれからどう変わっていくのか。
赤ちゃんは無事に育ってくれるのか。
ちゃんと母親になれるのか。
分からないことばかりでした。
保育士としてたくさんの子どもたちと関わってきた私。
ゼロサイズクラスの担任も多く赤ちゃんのお世話もしたことがある。
発達について学んできたこともある。
保護者の方から子育ての相談を受けることだってありました。
でも、いざ自分が母親になるかもしれないと思った時、
それまでの経験が急に少し遠く感じられたんです。
保育士として知っていることと自分が母親になることは同じではないんだなって。
子どもを預かる責任と自分の子どもを育てる責任。
どちらも大切だけれどきっと同じ形ではない。
今まで私は保護者の方に
大丈夫ですよ。少しずつ慣れていきますよ。
そんな言葉をかけてきました。
でもいざ自分のことになると、その言葉を自分にかけることができませんでした。
大丈夫かな。本当に大丈夫かな。そんな気持ちが何度も浮かんできました。
そしてもう一つ、心のどこかにあったのは保育士なのにという言葉でした。
保育士なのにこんなに不安になるんだ。
保育士なのに赤ちゃんができたことを素直に喜べないんだ。
保育士なのに。
そうやって自分自身に見えない期待をかけていたのかもしれません。
でも保育士である前に私は初めて妊娠を経験する一人の人間だったんですよね。
09:00
あの時はまだそんな風に考える余裕もありませんでした。
妊娠がわかった後、もう一つ考えていたことがあります。
それは職場にどう伝えようということでした。
まだ妊娠が確定したわけではない。
これから病院に行って赤ちゃんの様子を確認して自分の体のことも少しずつわかっていく。
本当はそのことを一つずつ考えていけばよかったのかもしれません。
でも私の頭の中ではすでに職場に報告する場面を想像していました。
どんなタイミングで伝えよう。
誰に最初に話そう。
どんな言葉で伝えたらいいんだろう。
そしてなぜか最初に浮かんだ言葉が
すみませんだったんです。
まだ何にも迷惑をかけていないのに、
まだ何かをお願いしたわけでもないのに、
妊娠しましたの前にすみませんという言葉が浮かんでしまう。
今振り返るとあの時の自分が少し切なく感じます。
妊娠したことを謝りたかったわけではありません。
ただ自分が抜けることで誰かに負担がかかるかもしれない。
今までと同じように働けなくなるかもしれない。
そのことがどうしても気になっていたんです。
保育の現場って一人で成り立つ仕事ではないですよね。
一緒に働く先生がいて、子どもたちがいて、保護者の方がいて、
毎日の生活がたくさんの人の関わりの中で続いていく。
だからこそ、自分一人の変化が周りにも影響することを
よく分かっているつもりでした。
でも、それを分かっていることと
自分が全て背負わなければいけないことは本当は違うのかもしれません。
もし、同じ職場の先生から
「妊娠したんだけど仕事が心配で。」と相談されたら
私はどんな言葉をかけただろう。
きっと、「体を大切にしてほしい。」
「無理しないでほしい。」
「一緒に考えていこう。」
そんな風に思った気がします。
なのに自分のことになると、どうしても同じように考えられなかったんだろう。
誰かには優しくできるのに、自分には厳しくなってしまう。
あの時の私は、そんな自分にもまだ気づいていませんでした。
妊娠が分かったあの日、私は何か大きな決断をしたわけではありません。
仕事をどうするのか、いつ誰に伝えるのか、
これからどんな毎日になるのか、何一つ答えは出ていませんでした。
ただ、今まで当たり前だった日常が少しだけ違って見えたことを覚えています。
これまで私は子どもたちの成長を見守る側にいました。
初めて歩いた日、初めて自分の気持ちを言葉にした日、
12:02
友達と一緒に笑い合った日、
そんな瞬間に立ち会えることが保育士としての喜びでした。
そしてこれから、自分自身も一人の子どもの成長を
母親として見守ることになるのかもしれない。
そう考えた時、嬉しさと同時に言葉にできない不安がありました。
保育士としての自分、母親になる自分、
その二つはどちらかを選ばなければいけないものなのかな、
そんなことも考えました。
仕事を大切にしたい、
今目の前にいる子どもたちとの時間も大切にしたい、
でもお腹に宿ったかもしれない命も大切にしたい、
自分の体も大切にしたい、
全部大切なんです。
どれか一つが大切で他は大切じゃない、
そんな簡単な話ではありませんでした。
だからこそ迷ったんだと思います。
妊娠を素直に喜べなかった自分を少し責めていたのかもしれません。
でも今なら、あの気持ちは喜びがなかったということではなくて、
大切にしたいものがいくつもあったからこそ、
簡単には喜びきれなかったのかもしれない、
そんなふうにも思うんです。
ただそれも今だから言えることなのかもしれません。
あの日の私にとっては、
仕事のことも赤ちゃんのことも自分のことも、
全部が初めてでどう受け止めたらいいのかわからなかった。
それがあの日の私だったんだと思います。
妊娠がわかったとき、
嬉しいはずなのに素直に喜べなかった私、
あの日のことを思い返すと、
今でも陽性反応を見つめていた時間を思い出します。
不思議な気持ち、少しの嬉しさ、
そしてたっくさんの不安、
その中で一番最初に浮かんだ
仕事どうしようという言葉、
もしかしたら同じような経験をした方もいるかもしれません。
妊娠がわかったとき、
嬉しい気持ちよりも先に、
仕事のことが頭に浮かんだ方、
職場に報告することが怖かった方、
子どもたちのことが気になって、
自分の体のことを後回しに考えてしまった方、
あるいは、妊娠とは別の出来事でも、
自分の人生に大きな変化が訪れたとき、
喜びより先に周りへの影響を考えてしまったことがある方、
保育士という仕事は、
毎日子どもの成長や命に関わる仕事です。
だからこそ、目の前の子どもたちを大切にしたいという思いが、
自分の中に深く根付いているのかもしれません。
でも、子どもたちのことを大切に思う気持ちと、
自分自身の人生を大切に思う気持ちは、
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本当にぶつかり合うものなのでしょうか。
あの日の私に、今何か言葉をかけられるとしたら、
何を伝えられるのでしょうか。
もっと喜んでいいんだよ、でしょうか。
仕事のことは後で考えればいいよ、でしょうか。
ううん、もしかしたら何も言わずに、
ただ隣に座るだけかもしれません。
あの日の私には、きれいな答えも、前向きな言葉も、
すぐには必要なかったのかもしれないから。
今日この話を聞いてくださったあなたは、どうでしょうか。
自分の人生に何か大きな変化が訪れた時、
一番最初に誰のことを考えますか。
今日の保育・母・命はここまでです。
今夜は答えではなく、一つの問いをそばに置いて終わります。
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