「憧れの園で、先生になった3年間 」/ 先生の人生ノート
2026-11-07 15:44

「憧れの園で、先生になった3年間 」/ 先生の人生ノート

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憧れていた幼稚園で保育士として働き始めたみさきさん。新卒から3年間、年長担任として経験を重ねる中で、理想と現実の違いに直面します。「辞めたい」という気持ちから、「次は何を経験したい?」へ。最初の職場を離れ、次の保育を選ぶまでのキャリアの分岐点をたどります。


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憧れの園で、先生になった3年間 保育士・みさきさん
先生、大丈夫っすか? そう声をかけてきたのは、クラスの子のお父さんでした。
そして、めっちゃ作り笑いしてますね。
みさきさんは驚きました。 自分では、いつも通り笑えているつもりだったからです。
その頃、保育士3年目。 みさきさんは、年長クラスの担任をしていました。
仕事にはいけている。担任として保育もできている。
それでも、自分が思っていた以上に、余裕がなくなっていたのかもしれません。
ここは、みさきさんが子供の頃から憧れていた幼稚園でした。
自分自身が通っていた出身園。 憧れていた先生が働いていた場所です。
いつか自分もこんな先生になりたい。
そう思っていた幼稚園に、今度は自分が先生として戻ってきた。
そして、そこから始まった3年間は、みさきさんにとって保育士になる時間であり、
初めて自分のこれからを考える時間にもなりました。
今回は、保育士みさきさんの最初の3年間をたどります。
みさきさんが子供の頃に憧れていたのは、面白くて楽しい先生。
自分が通っていた幼稚園には、そんなふうに思える先生がいました。
その先生が働いていた園に、今度は自分が先生として就職する。
新卒で採用が決まったときは、もちろん嬉しかった。
でも、先生になれるということ以上に、
これから子供たちとたくさん関われる、一緒に楽しく過ごせる、
そのことへの期待のほうが大きかったそうです。
そして迎えた保育士1年目。
最初に任されたのは年長クラスでした。
ええ、私が年長?それはものすごく思ったと言います。
その年に入った新人は、みさきさんを含めて3人。
だから、まあしょうがない。
そう思いながら、新卒1年目から年長担任としての日々が始まりました。
先生としてはまだ1年目。
でも、目の前にいる子供たちにとっては担任の先生です。
そして、夏には山へ行くお泊まり保育もありました。
3泊4日です。
もちろん、新人のみさきさんも引卒します。
ある保護者からは、
新人の先生が山のお泊まり保育を引卒するのは不安で仕方ない。
そう言われたこともありました。
みさきさん自身も、それはそうだよなと思う部分がありました。
まだ先生になって数ヶ月、それでも子供たちを連れて山へ行く。
新人だからと言って、子供たちの前でずっと分かりませんと言っているわけにもいきません。
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少しずつ先生としての毎日が始まっていきました。
働き始めて最初に大変だったことの一つが、
縁バスの天井でした。
みさきさんは乗り物用意をします。
だから、縁バスに乗るたびに子供たちとの楽しいバス時間というより、
まずは乗り物用意との葛藤。
そして、働き始めて気づいたのは、
子供たちがいる時間以外にも先生の仕事はたくさんあるということでした。
冬の早晩の日には、勤務時間よりも早く縁へ行って、
雪かきから一日が始まります。
眠い目をこすりながら雪をかいて、
子供たちが来る頃にはいつもの先生として一日が始まる。
一年目の夏には行事前だったこともあり、
20時近くまで縁に残って仕事をする日もありました。
ただ、毎日そこまで残らなければ終わらない仕事が明確にあったわけではありません。
同期も残っている。先輩も残っている。
だから、新人のみさきさんも残る。
こういうものなのかな、そう思っていました。
当時は、遅くまで残っていることがやる気のある先生として見てもらうために
必要なことのようにも感じていました。
今振り返れば、時代もあったのかもしれません。
でも、新卒のみさきさんには比べる場所がありません。
最初に働いた縁が、先生として働くってこういうことなんだ、と思う基準になっていきました。
その一方で、子供たちとの時間は楽しかった。
鬼ごっこをして一緒に走る。
虫を見つければ夢中になって捕まえる。
得意なピアノを弾いて子供たちと歌ったり、合奏したりする。
保育士になる前に思い描いていた、面白くて楽しい先生。
子供たちといる時には、そんな先生でいられる時間がちゃんとありました。
1年目が終わり、2年目もみさきさんは年長担任。
3年目も年長担任でした。
3年間、同じ年齢の子供たちを担任したことになります。
でも、1年目と3年目では、みさきさん自身が同じではありませんでした。
1年目は、目の前の一日を回すことに必死になることもありました。
それが、経験を重ねる中で、少し先まで見られるようになっていきます。
年長の1年間の先には、小学校への修学があります。
1人1人の今の姿を見ながら、これからどんな経験が必要なのか、
クラス全体としてどんなことに取り組んでいくのか、
修学までの時間を見ながら、計画的に保育を考えられるようになっていました。
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同じ年長担任でも、1年目に見えていた景色と3年目に見えていた景色は、少し違っていました。
実際、縁からは、将来的に主任になることも見据えた話が出ていました。
その話を聞いた時は、素直に嬉しかったそうです。
憧れて入った縁で、新人なりに挑戦してきた3年間、
その姿を見てもらえていたように感じたからです。
一方で、今の自分の経験だけで主任という役割を担えるのかな、という気持ちもありました。
年長時の保育は3年間経験してきた。でも、まだ知らない保育もある。
主任という役割を意識したことで、今いる場所でこのまま役割を担っていくのか、
それとも、まだ経験したことのない保育を学びに行くのか、そんなことも考えるようになっていました。
保育士として経験を重ねている。縁からも次の役割を期待されている。
でも、この場所で評価されることと、この場所でこれからも働き続けたいと思えることは、
三崎さんの中では少しずつ別のものになっていきました。
2年目頃から、上からの圧力や理不尽だと感じることが増えていたからです。
一緒に働いていた先生が、その中で心の調子を崩したこともありました。
その姿を近くで見ながら、「次は自分かもしれない。」そう思うこともありました。
それでも毎日は続きます。
担任として子どもたちの前に立つ。保護者と話す。行事を迎える。
保育を見る視点は1年目より確実に広がっている。
なのに、自分の中の余裕は少しずつ減っていました。
3年目のある日、いくつかの幼稚園が集まるサッカーの大会がありました。
三崎さんが働いていた園は、サッカーに力を入れていて、外部から講師を招いていました。
その大会で、園は準優勝。
翌朝、三崎さんが事務室で出勤の反抗をしていると、園長から、
「何、準優勝で満足してるんだ?」そう言われました。
その時、事務室にいたのは他に誰もいませんでした。
そして、いつものように一日が始まる。子どもたちが来る。保護者が来る。
三崎さんもいつもの先生として迎えます。
自分ではいつも通り笑いているつもりでした。
その時、クラスの子のお父さんから声をかけられます。
先生、大丈夫っすか?そして、めっちゃ作り笑いしてますね。
09:01
三崎さんは驚きました。私、そんな顔してるんだ。
仕事には来ている。年長担任として保育もできている。
それでも、自分が思っていた以上に余裕がなくなっていたのかもしれません。
その日の保育中も、保護者から言われた一言がずっと頭に残っていました。
家に帰ってからも、これからのことをいろいろ考えました。
時には、余裕のなさを家族にぶつけてしまうこともありました。
それでも、次の日にはまた園へ行きました。
年長の子どもたちがいる。年度の途中で担任としての役割を投げ出したくない。
人員にも余裕がない。自分がいなくなれば他の先生たちにも負担がかかる。
そして、辞めたとしてその後自分はどうするのか、そこもまだ見えていませんでした。
だから、辞めないと決めたわけではありません。ただ、今すぐではない、そう考えていました。
年末になる頃、みさきさんの中で少しずつ考えが変わっていきました。
ここを辞めたい。その気持ちだけではなく、この先自分はどんな経験をしていきたいだろう、と考えるようになったのです。
みさきさんは3年間、幼稚園で年長児を担任してきました。
修学までを見据えながら、子どもたちの育ちを考えることも少しずつできるようになっていました。
幼稚園でもっと経験を積んでいく道もある。でも、みさきさんにはやってみたいことがありました。
入児保育です。これまで現場で経験してきたのは幼児保育でした。
だから、もっと小さな子どもたちの育ちも見てみたい。
入児期から子どもがどう育っていくのかを経験してみたい。
ずっと幼稚園で働くことだけが保育士としての道ではない。
別の場所で、今までとは違う年齢の子どもたちと関わることも、自分にとって一つのキャリアになるかもしれない。
辞めたいという気持ちの先に、次はこれを経験してみたい、が見えてきました。
年が明けて、みさきさんは退職することを決めます。
決めた後は、みさきさんらしく、就業規則を開きました。
何日前までに伝える必要があるのかを確認して、日数まで数えたそうです。
退職理由として伝えたのは、保育士としてのキャリアアップのため、
オンビに辞めるために選んだ言葉でもありました。
でも、全部が健全だったわけではありません。
入児保育を経験してみたい、もっと違う保育を知りたい、その思いもちゃんとありました。
退職を伝えると、園長は意外そうな反応をしたそうです。
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主任になることも見据えた話が出ていたことを考えれば、
縁側からすると、これからも働き続ける先生だと思っていたのかもしれません。
そして、退職を伝えた後も、いろいろなことがありました。
みさきさんの言葉を借りれば、
理不尽攻撃のラッシュ。
でも、不思議と以前ほど気にならなかったと言います。
環境が変わったわけではありません。まだ同じ園に通っています。
それでも、自分の中では次へ進むことを決めていました。
その違いは、思っていたより大きかったのかもしれません。
そして、迎えた最後の日。
子どもたちとの別れは寂しかった。
保護者との別れも、一緒に働いてきた先生たちとの別れも寂しかった。
でも、縁を出た瞬間のことはほとんど思えていないそうです。
みさきさんはこう言います。
覚えてないくらいサラッと立ち去った。
3年間働いた憧れの幼稚園。
そこを出た時、保育士としての答えが全て見つかっていたわけではありません。
ただ一つだけ、次に経験してみたいことがありました。
入児保育。最初に選んだ場所を離れて、今度は自分が経験してみたい保育へ進む。
それが、みさきさんが保育士になって初めて、自分で選んだ次のキャリアでした。
それから年月が経ち、みさきさんは今、保育士15年目になりました。
最初の3年間を振り返って、あの縁で身についたものは?と聞くと、返ってきたのは忍耐力という答えでした。
でも少し考えて、こう続けます。
でも、いい忍耐力ではなかったよね。
当時はストレスで、暴飲暴食したこともありました。
だから、あの経験があったから強くなれた。
そんな風に綺麗な話にするつもりはありません。
今のみさきさんが思うのは、そこまで自分を追い込まなくてもよかったということです。
もし作り笑いをしていた頃の自分に、今の自分が会えるなら、何を言うのか、みさきさんは少し考えました。
時代も違う。今だから言えることもある。
それでも、つらいなら休むのも大事だったと思う。
その方法を知らなかったなら、周りの人を頼ればよかったんじゃないかな。
そして最後に、「でも、頑張ったね。」そう言います。
15年前、みさきさんは憧れていた場所から、保育士としての人生を始めました。
でも、最初に選んだ場所が、その人のキャリアの答えになるとは限りません。
働いてみて、初めてわかることがある。
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経験を重ねたからこそ、次にやってみたいことが見えてくることもある。
みさきさんにとって、それが入児保育でした。
保育士になったばかりの頃、思い描いていた先生と15年目の今の自分。
同じところもあれば、きっと変わったところもあります。
あなたが保育士になった頃に思い描いていた先生と今のあなたは、
どんなところが同じで、どんなところが変わっていますか?
先生のキャリア、今回は保育士みさきさんの最初の3年間のお話でした。
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