まっすぐな言葉と、やさしいまなざし。ゆい先生らしさ。
保育への朝、部屋に入ってきた子どもが、すぐに遊びの場へ向かわず、入口の近くで立ち止まっています。
周りでは、友達の声が聞こえ、遊びが始まっています。
大人なら、早く中へ誘いたくなる場面かもしれません。
でも、少し待ってみる。子どもの表情を見て、何を感じているか考える。
そばまで行き、子どもの目線に合わせる。
無理に動かすのではなく、その子が自分から一歩を出せるように見守る。
そうした小さな関わりに、保育者のまなざしが現れます。
今日お届けするのは、ゆい先生から聞いた、保育で大切にしていることです。
今回のテーマは、その先生らしさ。
特別な肩書や大きな出来事ではなく、子どもと向き合う毎日の中に、その人らしさがどう現れるかをたどります。
ゆい先生が大切にしているのは、子どもと同じ目線に立つことです。
そして、保護者と一緒に子育てを楽しみ、困った時には一緒に考えること。
ゆい先生の話からは、すぐに答えを決めず、目の前の子どもをよく見て、その子に合う関わりを探そうとする姿勢が伝わってきます。
では、子どもと同じ目線に立つとは、具体的にどのような関わりなのでしょうか。
単に子どもの高さにしゃがむことではありません。
子どもが何を見ているのか、何をしようとしているのか、何に困っているかを考えることです。
言葉にならない気持ちを表情や動きから受け取ること、そして大人の都合で結論を急がないことでもあります。
身近な場面を考えてみましょう。
靴下を履く、靴を履く、持ち物を片付ける。
大人ならすぐに手伝えることでも、子どもにとってはいくつもの動きを順番につなぐ挑戦です。
うまくいかないとき、全部を代わりにするのではなく、どこまで自分でできているかを見る。
少しだけ手を添えるのか、やり方を示すのか、もう少し待つのかを考えます。
結井先生は、大人には簡単に見えることも、子どもにとっては難しい場合があると考えています。
自分でやりたい気持ちはあるのに、うまくいかず困っていることもあります。
そのため、すべてを代わりに行うのでも、見守るだけでもなく、必要な部分を支えたいと願っています。
そこには、子どもの力を信じながら、困り事を見落とさない姿勢があります。
もっとも手伝うべき内容は、場面によって異なります。
子どもが自分でやろうとしているのか、助けを求めているのか、悔しさを感じているのか、
少し休みたいのか、表面に見える行動だけで決めず、その子の様子を確かめる必要があります。
結井先生は、子どもに問いかけ、気持ちを表したり、自分で選んだりする時間を大切にしています。
言葉がまだ十分でない子どもに対しては、視線や動きも大切な手がかりになります。
子どもの目線に立つことは、子どもの言う通りにすることとは違います。
気持ちを受け止めながら、安全や生活に必要なことを伝える。
なぜ必要なのかを分かる形で伝え、次にどうするかを一緒に考える。
子どもを一人の人として尊重し、必要な援助をすることです。
結井先生は、自分が間違えた時には、子どもに謝ることも大切にしています。
先生だからいつも正しいと見せるのではなく、大人も間違えることがあると伝える。
そして、間違えた後にどうしたら良いかを考える。
そうすることで、子どもにも失敗を恐れすぎず、やり直した良いことを伝えたいと考えています。
保育には、すぐに変化が見えにくい場面があります。
食事の時間に不安を感じる子、身の回りのことに取り組むのが難しい子、新しい活動に戸惑う子、
周りと同じようにできるかだけを目標にせず、その子が何に安心し、何をきっかけに一歩を出せるかを探ります。
食事の場面なら、席に着くこと、食器を前にすること、匂いや感触に慣れること、一口試してみること、それぞれが小さな段階です。
大人には一続きに見える時間でも、子どもにとっては一つずつ経験していくことかもしれません。
表情や動きをよく見て、苦手だと決めつけず、どんな環境なら落ち着けるか、どのような声かけが届きやすいかを考えます。
由井先生は、すぐに結果を求めず、その日の様子を見ながら関わることを大切にしています。
昨日と同じように見えても、よく見ると少し違うことがあります。
自分から席に近づけた、表情が和らいだ、その場にいられる時間が延びた、そうした小さな変化を見つけることが嬉しいと話していました。
ここで大切なのは、できた、できなかっただけで子どもを評価しないことです。
子どもが安心して試せるよう、環境を整えたり、手順を分かりやすくしたり、必要な部分だけを手を貸したりする。
援助とは、子どもの代わりに終わらせることではなく、その子が自分の力を発揮できるよう支えることです。
行事の結果や目立つ役割だけで子どもの経験を評価することはできません。
準備の途中で見せた表情、挑戦しようとした瞬間、終わった後の安堵など、その過程にも成長があります。
結井先生は、行事に向かう中で見えた子ども一人一人の頑張りを保護者にも伝えたいと考えています。
縁での姿を具体的に共有することで、家庭では見えにくかった一面に保護者が気づくこともあります。
行事は子どもが期待に応えるためだけのものではなく、その子なりの経験を保護者と一緒に喜ぶ機会にもなります。
結井先生の記憶には、以前は登園や行事で涙を見せていた子どもが、
日々の関わりを重ねて本番を迎え、終えた後に達成感のある表情を見せた姿が残っています。
舞台での出来栄えだけではなく、そこに至るまでの変化を保護者と分かち合えたことが嬉しかったそうです。
縁での様子を伝え、家庭での姿も聞く会話を通して、子どもの成長を一緒に確かめられた経験です。
子どもの育ちを支えるには、保護者との関係も欠かせません。
家庭での姿と縁での姿は同じとは限らず、縁で気になることを伝えるときには、言葉の選び方が大切です。
伝え方によっては、保護者が責められたように感じることもあります。
結井先生は、子どもの良いところも難しいところも、日々の具体的な様子として伝えたいと話していました。
どんな場面で子どもがどうしていたのか、保護者がどのように関わったのかを共有する。
縁で見えたことを一方的に決めつけず、家庭での様子も聞き、一緒に考える、その積み重ねが信頼関係につながります。
保護者に寄り添うことは、必要なことを何も伝えないことではありません。
子どもの成長や生活について気になることがあれば、具体的な姿を共有し、保護者の受け止め方を確かめる。
必要に応じて縁の中で相談し、専門機関につなぐことも含めて選択肢を考えます。
そのとき、保育者が先回りして、保護者の気持ちを決めつけず、反応を確かめながら話すことが大切です。
ユイ先生自身も、保護者との距離の取り方に迷うこともあると話していました。
必要なことは率直に伝えつつ、話した後にどう受け止められたかを確かめる。
近づきすぎず、話を避けるのでもなく、まずは子どもの日常を共有することを大切にしています。