好きな言葉「みんなが幸せになれたらいいな」との出会い
こんにちは、ひなみ ときあです。 今日は、私の好きな言葉について考えたことをお話ししたいと思います。
このチャンネルでは、大手外資系企業人事の40代時短勤務ワーママである私が、自分のキャリアのモヤモヤに向き合って、理想の働き方やその実現に向かって歩みを進める様子を素直な言葉で綴っていきます。
今日はですね、私の好きな言葉というところなんですけれども、それは何かというと、みんなが幸せになれたらいいなっていう言葉なんですよね。
これはですね、私のチャンネルのプロフィール欄にも書いているんですけれども、どこから来た言葉かというと、
劇団四季さんが、私ミュージカルが好きなので、劇団四季さんであったりとか、東宝ミュージカルであったりとか、ミュージカルでなくても舞台とかね、見に行くのがとても好きなんですよね。
その中で劇団四季さんの作品、夢から覚めた夢っていう作品の中に出てくるエンジェルっていう役のセリフ、口癖的にね、繰り返しこの作品の中で出てくるセリフなんですよね。
みんなが幸せになれたらいいな。これは学生時代にこの作品に出会って以来、ずっと心の中に残っている言葉だし、確かに私この言葉好きかもって思っていて。
なので、今でも座右の銘というほど大げさじゃないんですけれども、でも自分を表す自分の心情というかね、生き方みたいなのを表す好きな言葉の一つとして、チャンネルのプロフィール欄にも書いているという状況なんですよね。
でもその言葉について、最近ちょっと引っかかるなーって思ったことがあったので、今日はその話をしてみたいなと思っている次第です。
stand.fmプロフィール見直しと朝活チャレンジ
何かというと、スタイフのプロフィール欄をちょっと見直してみようかなと思ったんですよね。
最近は朝カツの時間、私は朝カツチャレンジ、それから朝カツチャレンジハイパー、朝チャレハイパーというですね、株式会社リフロール代表でもあり、それから書籍スタイフ副業の教科書というですね、音声配信に関する商業出版をされた、
日嵐佳林さんのLINEのオープンチャットでのコミュニティである朝カツチャレンジ、朝チャレハイパー、2期にわたって参加をさせていただいておりまして、夜型人間の私がなんと朝早起きをする、そして早起きしてね、自分の時間を有意義に使うっていうチャレンジを今まさに実施しているんですけれども、
その今の朝チャレハイパーの期間の中でのテーマとして、捨てカツ、それから道カツ、そして積みカツというテーマが設けられているんですよね。
その積みカツ、要は自分の将来のためとか自分の今後のために有意義であると思われることをコツコツと積み重ねる活動ということで積みカツなんですけれども、この積みカツの私はテーマとして発信を育てるということをテーマの一つとしてね、自分の中では掲げていてチャレンジしているところですと。
なので朝5時半ぐらいとかですかね、だいたい朝チャレハイパーで、早い方は朝4時起きとか、何なら4時前とかに起きていらっしゃる方もいらっしゃるし、6時半過ぎに起きていらっしゃるみたいな方もいらっしゃる。それぞれがペースを自分のペースで実施をされているんですけれども、
私は本当に毎日ではないけれども、だいたい朝5時半から5時台と呼ばれる6時前ぐらいに起きて、家族がまだ寝ている間に狭い家の書斎にこもって、スタイフ配信のネタを考えたり収録したりっていうのをやってるんですよね。
でもね、私本当にこの配信1本出すっていうのがすごく重くて、このチャンネル誰も聞いてないと思っているくせに、本当にタイトルどうしようかなとか、本当にこの内容で言っていいのかなとか、概要欄ちゃんと整えなきゃ出せないなとか、そんなことを永遠と考えてしまうんです。
毎日配信されている方とか見ると本当に尊敬しかないんですけど、そんな風にスタイフと向き合う時間が増えたっていうこともあって、最近はプロフィールも少しずつ見返して見てるんですよね。
「みんな」とは誰か?という疑問
まだプロフィール自体は見直し中というか、これから考えていこうかなっていう段階ではあるんですけど、つい先日ね、自分のプロフィール欄を読んでいて、ふと立ち止まったんですよね。この言葉、みんなが幸せになれたらいいな。
なんだろう、この言葉は今でも好きな言葉であることに間違いないんですよね。でもその時にふと思ったのが、このみんなが幸せになれたらいいなのみんなって誰よっていう疑問?疑問っていうかな、なんか引っかかりがあったんですよね。
なんか急に気になったって感じなんですよね。もちろん、みんなが幸せになれたらいいなって、その劇団四季さんのミュージカルの中では、世界中の平和であったり、本当に全ての人類、宇宙人とかも含めてなのかな、わからないですけど、
とにかく全て、本当にもうオーバーウォール全部なんですよね。が、幸せになれたらいいなっていうのが多分エンジェルの役どころとしての思い。
それに対してもちろん私も、いやそれはね、世界が平和であってほしいとは思っている。戦争はない方がいいし、みんなが悲しい思いをするっていうことはないように、悲しい思いをする人も少ない方がいいと思っています。
でも正直なことを言うと、別にね、全世界の人の幸せを本気で願えるほど、私は立派な人ではないなとも思うんですよね。
例えば、今この瞬間に会ったこともない誰かがどんな気持ちでいるのかっていうところは、もちろん理解はできないわけですし、そこに対して何か私がアクションできるわけでもない。
そうなってみると、じゃあ私が言うみんなが幸せになれたらいいなのみんなって誰なんだろうって、ふと感じたんですよね。
身近な人々への幸せを願う気持ち
そう考えてみたときに浮かんできたのは、自分の家族、友人、会社の同僚、あとはこのようなスタイフとかそういった音声配信を通じて出会った人たち。
そんな感じで、自分の人生に関わってくれている人たちが幸せでいてくれたらいいな、幸せになれたらいいなっていうのが、私の意図するみんなが幸せになれたらいいなーなのかなーってなんとなく思ったんですよね。
例えばこの前も家族で、週末の話なんですけど、先週の土曜日かな、ちょっとお出かけをしていて、先々週か先々週の土曜日ですかね。
家族でお出かけをしていて、そんなに遠出をしたわけではなかったんですけど、自転車でね、家族でサイクリングじゃないけど、そんな感じで大きな公園に行って子どもたち遊ばせて。
でもちょっと思ってたよりも帰りの時間が遅くなってしまったので、今日は家族で外食しようかみたいな話になったんですよね。
その時私は正直なところを言うと、そんなにお腹が空いてなかったので、家でお茶漬けでもいいかなーぐらいに思ってたんですよね。冷凍ご飯あるよなーとか、なんかそんな感じで思ってた。
でも子どもたちはちょっとどうしようか、お夕飯どうしようかねーみたいな話をした時に、バーミアンのラーメン食べたいって小学生の3年生の息子が言う。
それに対して妹である2歳の女の子もポテトみたいな感じで、フライドポテトが食べたいと。
さらにアンパンマンのおもちゃも欲しいということで、結局行き先はバーミアンになりました。
バーミアン私好きなんですよ。バーミアンラーメンも美味しいですし、子どもたちも自分たちの好きなものを食べられるおもちゃもゲットできるみたいなそういうのもあるし。
あと中華料理って一皿一皿が小皿を選べたりとかそういうところもあったりするので、家族で食べるっていう時には結構一人一丼ぶりとか一人一皿ではなくて、
いろんな小皿でいろんなお料理を頼んでみんなでシェアして食べられるっていうところで、栄養面とかそういうのでも外食が良い悪いっていうのはもちろんあるかもしれないですけど、
子どもとはいえいろんな食材を一気に食べられるとか、自分では家で料理ができないものを食べられるとかそういう意味でもバーミアンすごい好きなんですけど、
でも正直その日はさっきも言った通りあんまりお腹が空いてなかった。油物か中華かみたいなちょっと気持ちはあったものの、
最終的には子どもたちの希望とか家で料理休日料理作る担当である夫のちょっと楽さとかも考えるとバーミアンでいいかっていう話になったんですよね。
結局その日私はお腹空いてないなと思ったのであれもこれも食べるのはやめてお豆腐とバンバンジーのサラダみたいなものを食べたんですけど、
でも結果的に言うと子どもたちは大満足。夫も楽させてもらってよかったなぁみたいな感じでみんなニコニコだったので、
その様子を見ながらね私自身も当初はお茶漬けでいいとか言いながら結果すごい満足感があったんですよね。
なんかそんな小さいエピソードかもしれないんですけど、私は昔からこう周りの人自分の周りの人自分の人生に関わってくれる人たちが喜んでいる姿を見るっていうのが本当に好きなんだなっていうのを感じたんです。
ストレングスファインダーと調和性
それってあのストレングスファインダークリフトンストレングスって呼ばれているものだと思うんですけど、34個の人にはね34個の資質っていうのがあって、
それの順位自分が強い順位と弱い順位みたいなのがあるみたいなのこういう性格診断とはまた違うのかな。
でもまあねあのそのストレングスファインダーっていうものを私も受けたことがあるんですけど、それで言うと私は調和性ハーモニーっていうのが1位なんですよね。
なのでなんかその周りの人が喜んでいる姿を見るのが好きっていうのもその調和性っていうところが強い資質だからなのかもしれないなって思ったりするんです。
「みんな」に自分自身は含まれているか?
でもねあの今回もう一つそのみんなが幸せになれたらいいなに関して気づいたことがあったんです。
それは何かっていうとそのみんなが幸せになれたらいいなのみんなっていうのは全世界の人全人類の平和ではなく、
自分の周りの人自分の人生に関わってくれる人の平和、平和じゃないや幸せを願っているっていうところは先ほどお話しした通りなんですが、
それに加えてあれそのみんなって言ってる中に私自身は入ってなくないかって思ったんですよね。
最近小学校3年生の息子が結構よく言う家の中とかでねよく言うのが、俺様世界一みたいな言葉なんですよね。
いや何の世界一ですかあなたみたいなところではあるんですけど、そういう言葉をマウントを取るみたいな形で学校で発言したりするのかな。
なんかそれでねちょっとお友達とトラブルになったりすることもあるくらいなんかもういろんなことに根拠のない自信が満々なんですよね。
でもねなんかその息子の様子を私は見ながら半分ツッコミを入れつつ何の世界一なのみたいなツッコミを入れつつではあるんですけど、
でもうんうんそうやって自信持っている姿いいよいいよとそのままでいいんだよみたいな思いも親ばっかかもしれないですけどねあるんですよね。
堂々としてていいじゃんみたいな。
でその時に思ったのが、息子に対してはそういう言葉がけとかねそういうふうな思いでいるのに対して、
自分に対してはそういうふうに思ってあげられてないなーっていうのを感じたんですよね。
私自身は結構こう自己肯定感が低くって、なんかいやいや私はもう大丈夫です。
あの皆さんがいいのであれば私は大丈夫ですって言ってこうちょっと我慢をしてしまうというか、
なんかみんなの主張をあじゃあそれでって言って受け入れて、
なんか自分の意見をなかなか言えない場面があったりとかっていうのが思い当たって、
でも本当だったらもっと私も自信持っていいのかもしれないし、
そんなに周りに気を使って自分を小さく見せようとするんじゃなくて、
自分の希望をしっかりこう主張する。
それはなんかわがままを言うとかご利用しするとかっていうことではなくて、
私の希望はこうなんだけどっていうのを一言添えてみるとか、
なんかそういう言葉をね、なんかもっとかけてあげてもいいのかな自分に対してっていうのをね、
息子を見てて思ったんですよね。
自分を含む「みんな」の幸せ
なんかちょっといろんな話がとっちらかっちゃったように聞こえるかもしれないんですけど、
みんなが幸せになれたらいいなーっていう私の好きな言葉、
その気持ちは今でも本当なんですけど、
でも今の私はみんなが幸せになれたらいいな、
すなわち自分を含む自分の人生に関わってくれる人たちみんなが幸せになれたらいいなって、
そのみんなの中に自分も入れてあげたいなーなんてそんなふうに思ったのでした。
ということでですね、ちょっと長くなってしまったんですけれども、
スタイフのプロフィール欄をちょっと見直してみたりとか、
それからこのあさかつチャレンジをしていく中で、
スタイフと関わる時間っていうのがちょっと増えてきたタイミングで、
こうやって言葉の定義じゃないですけど、
そういうものをちょっと見直してみて考え直しているところっていうのをシェアをできればなと思って、
今回配信を撮ってみました。
なんかね、私が思っていたみんなっていうものの正体じゃないですけど、
定義みたいなものが少し見えてきた気がしたので、
ここは別にその言葉を削除する、プロフィール欄から削除するとかそういうことではなくて、
ちょっと見直してみようかなと思えた配信ということで収録をしてみた次第です。
今日はそんなところで終わりにしようかなと思います。
ちょっと長くなってしまったと思いますが、最後まで聞いてくださってありがとうございました。