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2026-01-16 06:37

【暇人モーニング#35-5】書くことは、考えることの最良の形である アン・ラモット(作家)

サマリー

アン・ラモットの言葉を通じて、書くことは思考を整理するための重要な手段であると強調されています。特に、書くことで自分の内面を理解し、思考を深めるプロセスについて述べられています。

書くことの重要性
毎日が日曜日、暇人モーニング、略して、暇人ラジオ。毎日、素敵な誰かの名言から、朝を始めましょう。
本日の名言は?
本日の名言は?
違う違う違う。書くことは、考えることの最良の形であるアン・ラモットさんですね。作家の方です。
何だったんだろうっていうことだったんですけど、今のはですね。スルーしていこうかなと思いましたけども。確かにこれありますね。
僕思うのは、最近AIとかでもやったりしてたんですけど、壁打ちみたいなやつをAIにバーって入力してね。
これどう思う?と思うとかじゃなくて、バーって自分が考えていることを言って、まとめていく作業みたいなのがあったんですけど。
なんかほら、ジャーナリングってなんかあるじゃないですか。
あれですよね。一回こう書き続けるひたすらっていう時間を持つってことですよね。そのことについて。
そうそう。なんかメソッド僕知らないんですけど、どういうふうにするのか。なんかやったことあって、何回かずっとそのなんかもやもやするなーっていう時、寝れない時とかにやってみたんですけど何回か。
すごいかき殴ったんですよ。とにかく思ったことっていうか感じたこととか。何も脈絡なくバーって。
始めは単語とかしか出てこないんですけど、だんだん語句が増えていって、だんだん文章になっていってってなるんですよね。それやった時。
で、なんかすごいページ、もうなんていうんですか。呪いのノートみたいな。
なんか寝れないもやもやを書き記した言葉ですよね。
そうですそうです。もう驚々しいノートになったんですけど、めちゃくちゃすっきりして。
最後はそのディータ・ラムス的にシンプルにこれかな、これ今日は寝れなかったのはこれかみたいな。ちょっとなんか自分の引っかかってたことが出てきて、それを魚の骨抜く的になんかね、ひも解いていって、あ、ありました。
美みたいな感じになったんですけど、なんかやっぱりちょっとこれとは違うのかもしれないですけど、なんか考え、気づかなかったこと、自分の中のそのもやもやみたいな形にも言葉にもなってないものを炙り出す作業としての書くっていうのはすごいあるなと思いましたね。
なんか炙り出されていくというか、そのプロセスを通じてどんどん理解が深まるというか。
そうそう。なんか多分書くことによってアウトプットするんでしょうね。なんかもやっとしたやつ。これ何て書けばいいんだろうみたいなことが起きてるのかもしれないですけどね。
確かに。この過程は結論がポンと出るAIじゃなくて、自分でこう書いてるからこそ生まれる何かですね。
うん、だと思うんですよね。だから本当なんか書くっていうことはやっぱりすごくいいこと。なんか最近ちょっとなくなりつつあるような気がするんですよ。書くこと自体も。
はいはいはい。
少しなんかやっぱ、そのね、手でフリック入力とか、PCのね、キーボード入力とか、音声入力とか。
確かに、今高校で授業持ってる先生に聞いたときに、持ち物として筆記用具って書かないと持ってこない人が結構多いっていう話を聞きますね。
未来の書くこと
そういう時代なんですよね。
そういう時代らしいです。タブレット配ったりとか、なんかそういうのが当たり前の学校とかだと、筆記用具持ってきてくださいねって書いてなかったらそれは持ってこないよねっていう子が当たり前みたいな。
今日その話聞くとなんかいろんなことに思い馳せる感じになりましたけど、なんか未来っていうか、今までの時代だと書くことっていうことがそもそも当たり前の前提でね、そういうツールがあってって主流だったんですけど、なんか今からの未来は全然違う感じになっていて、脳とかも変わっていきそうですね。
考え方変わってくるでしょうね。書くっていうことがもしかしたら僕らの今の世代が感じる書道と同じみたいになってくるのかもしれないですね。
そうですよね。昔、芸術的に書くだけ書くっていうことをするとかね。なんか怖いっすね。なんか怖いっていうかなんていうんですか、ワクワクもするんだけど、ワクワクじゃないな、怖いだな。
未来のことを考えてあんまり怖いと思ったことないんですけど、ロストテクノロジーっていうか自分たちが当たり前と思ってたことがロストテクノロジーになっていくのはちょっと怖い感覚があるな。
文化としては残りそうですけどね。書いてある文字が美しいとか。
そうですね。考えることに書くことが、やっぱり手を使うっていうことの尊さみたいなやつがあるからですね。
クラフトフルネスって本を書いてる方がいらっしゃいましたけど、作るっていうことの手を動かすことを通じてマインドフルネスが出てくるっていうか。
思考整理を書くことにするっていうのも多分そういうのに近いと思うんですけど、自分の心の中では思い出としては手作業とかの尊さっていうか、当たり前ですけど、人間が当たり前にする手と脳が繋がってるっていうのがやっぱりあると思うから、なくしてほしくないなみたいなちょっと思いましたね。
何か表出の場所として大事そうですね。
だからね、今日ちょっとなんか全然違う話になってきましたね。もうダメなんですよ。もうすいません。脱線マンなんで、いかんいかんと思いながらね。
書くことが考えることの才能の形であるっていうのは確かにそうだなと思いました。でもなんかやっぱり手を動かすと脳が本当に動くっていうのはあると思うんで、
今日はなんかいつもねパソコンとかばっかり使ってるかもしれないですけど、ちょっとなんか書いてみる1日にするとやっぱり僕もちょっと今日書いてみますなんか。
いいですね。
般若心経を書いてみます。
嘘です。
書いてましたっけ?
いや、見たことも書いたこともないです。
まあじゃあ今日はそんな書く1日にしてみてはいかがでしょうか。それでは、いってらっしゃい。
いってらっしゃい。
06:37

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