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⑥私が会社を辞めた理由
2026-06-05 25:22

⑥私が会社を辞めた理由

会社を辞めた本当の理由。

それは、「仕事」自体が嫌いになったからでも、
「会社」自体が嫌だったからでもありませんでした。

私が大切にしたいものと、
その時の働き方が少しずつズレていったこと。

そして、
その違和感を見ないふりを続けられなくなったこと。

いろいろなことが重なっての決断でした。


今回は、
フルタイム会社員ワーママだった私が、
退職を決断するまでの紆余曲折と
当時の本音をお話ししています。


同じように、
働き方や暮らし方にモヤモヤしている方へ
届いたら嬉しいです。



【振り返りシリーズ】
① 働き方を変えたのに、また苦しくなった理由
https://stand.fm/episodes/6a02ae9fbfa3609ee4284e4a

② 働き方よりも、大事なこと。在り方が先、という気づき
https://stand.fm/episodes/6a02b19dbfa3609ee4284e94

③ 働き方を変えても同じ壁にぶち当たる|4年かけて気づいたこと
https://stand.fm/episodes/6a02b45f5c5a2d6b3ac51eb8

④自分からのSOSを無視して働き続けた、会社員ワーママ時代の話per.1
https://stand.fm/episodes/6a153799429aa55583ebe103

⑤自分からのSOSを無視して働き続けた、会社員ワーママ時代の話per.2
https://stand.fm/episodes/6a153be81839067db7a6eb8e


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00:05
みなさんこんにちは。暮らしと働き方を整える、ととのえラジオ。 今日もお聞き下さりありがとうございます。
今週は台風が来たりしてね、あの小学校、中学校も休校になって、 私も一日、出社のお仕事があったんですけれども、それに行けなくなってしまって、
かなりバタバタとした1週間を過ごしました。 そうですね、ちょっと収録も久しぶりになってしまったんですけれども、
先月から私がフリーランスになって、もうすぐ丸3年を迎えるということで、 会社員を辞めてフリーランスに前振りしてですね、いろんなことを経験して感じてきました。
はい、そういった3年間を振り返るシリーズを撮ろうかなと思っていたんですけれども、
いろいろと自分自身のことを振り返っていくと、 会社員を辞めるまでの私っていうところも、
まあいろいろ、ああだったの、こうだったな、でもこんな風に変わったなっていうところが たくさんあったので、
かなり遡ってですね、振り返りの収録をし始めてしまっています。 なのでやっとですね、今回は会社を辞めた理由というか、
どういう経緯で決断をしたのかっていうところに、やっとですね、きました。 前回は会社員時代の私の後半をね、お話ししました。
はい、ちょっと会社員17年もやっていたので、 ワンママ時代を前半後半という形で収録しています。
はい、チャプターにリンクを貼っておくので、まだ聞いていない方いらっしゃいましたら、 ぜひ聞いていただけたらと思います。
はい、前回まででお話ししていますけれども、 キャリアとしてはおそらくとても順調で、私自身もありがたいなと思いながら、
ね、頑張ってきていました。 でも出産や育休復帰を経て、自分自身の価値観が大きく変化しました。
その当時はまだ言語化がうまくできなくて、
自分の気持ちとか考えを言葉にもできていなかったからこそ、 周囲の状況に何だろうな、違和感だったり、不満だったり、疑問だったり、
そういうのをもやもやもやもやと抱えているような感じで、 頑張っていました。
はい、心の中にある違和感っていうのを見つめていくのを、
ちょうど丸3年、4年近く前からですね、 私自身が心の学びと出会って、自分の内側とつながっていくっていうところを、
集中的に向き合うことをしたんですね。
心の学びだけじゃなくて、自己理解のワークとかもやったりしましたね。
はい、そうなんです。で、いろんなことをやってきて、
03:03
今振り返ると、本当に私自身が自分自己を持ってなかったっていうことが一つ言えるんですね。
どこを見て生きてんだよって、今だったら自分に言えるんですけど、 世間からどう見られるか、どう評価されるか、
だったり、会社の看板や肩書き、 そんなものにしがみついて、ちっぽけなプライド、
そういうのを持って、 いろんなあるべきみたいな価値観を握りしめながら、
私自身が本当に大切にしたいものを後回しにして生きていました。 もっと早く立ち止まればよかったですし、
今ではそう思うんですけれども、 当時の私はそれができませんでした。
なので、きっと似たような、 私と同じようなモヤモヤを抱えていたり、
こうしなければいけないって真面目に頑張りすぎてしまって、 自分の本当の気持ちなんて見えなくなってしまっていて、
ガチガチ思考で頑張っている方ってまだまだ多いんじゃないかなと思うんですね。 そんな方に、私が会社を辞める決断に至った理由とか経緯をお話ししたら、
何か自分の中で気持ちを言葉にできたりとか、 こういう考え方もあるんだなって一つ違う視点を持つだけで、
選択肢が広がっていったりとか、 取る情報が変わっていったりとか、いろんな変化が起きるきっかけになったりもするので、
本当の本当の小さな一つの事例でしかないんですけれども、 もしよかったら聞いてみてほしいなと思って収録をしたいと思います。
少し前回までの補足になるんですけれども、 当時の私の働き方をお話ししておこうと思います。
夫もフルタイムの会社員で働いていまして、 私は通勤片道1時間半、2時間近くかかる日もありました。
そういう遠距離通勤を続けていたんですけれども、 夫は車で10分15分のところに勤めていて、通勤自体は楽なんですね。
なんですけれども、毎日残業が必須と。 本当に帰りが遅い忙しい部署にいました。
なので私は原則、最初時短で復帰したこともあって、 残業はしませんということで、残業免除の申請を出して、
サクッと帰るようにしていました。 その代わりにやっていたのが早朝出勤ですね。
朝の子供の身近くは夫に丸投げをして、 朝6時には家を出ていました。
会社の修行時刻は9時ですけれども、 7時半ぐらいには会社に着くようにして、
06:04
私はみんなより1時間半前にはお仕事を始めていて、 もう誰もいないオフィスで電話も鳴らないですし、
すっごく静かで人に話しかけられることもないので、 集中して一番重いタスクを朝一に片付けるっていう風にやってたんですね。
朝って頭がすごくクリアなので、 この早朝出勤スタイル実は気に入っていました。
まだ子供が起きる前に、ママ行ってくるねーって言って、 寝てる子供のほっぺにチュッチュってして家を出るんですけど、
起きた時にママがいないと泣くってパパには聞いてたんですけど、 いても行かないでってグズられるので、
だったら寝てる間に行っちゃおうと思って、 出勤してました。
苦渋の選択だったんですけどね。 なんとか仕事と暮らしを回すための
やり方、工夫というんでしょうか。 必死に仕事自体は回していました。
朝一に重い仕事をだいたい終わらせているので、 みんな上司が出勤してくる9時過ぎには、
私はもう業務説明できるように何かが整っていて、 上司が来て朝礼とか転校、
打ち合わせ終わったらすぐすいませんって言って、 お時間下さいって言って話を入れて、 仕事をどんどん進めていくっていう風にやっていました。
いつの間にやったの?とか、すごいびっくりされた 驚愕がありますね。
早く来てやっただけですって思ってたんですけど、
なのでこう仕事自体は、何なくこなしている人にもしかしたら 見られちゃったかもしれないんですが、
裏では努力をしていました。
通勤の電車の中でも頭の中で、 どういう風に説明しようかなとか、
どういう段取りで仕事を進めようかなってずっと考えてたりもしたので、 仕事自体は突発がなければ回せていたんですね。
そういう感じで仕事を回していました。 朝6時に家を出るってさっきお話ししたんですけれども、
その後の生活としては仕事を全力でやって終えて、 帰宅は早くても18時半ぐらいでしたね。
帰り残業したり、電車が止まっちゃったとかもいろんなことがあって、 遅くなる日は8時半とか9時に帰ってました。
駅ビル直結にあるオフィスに勤めていたので、 秋冬は平日5日間私、太陽の光を全く浴びてなかったんですね。
昼休みに外にランチに出ればまだいいんですけれども、 駅ビル内で済ませてしまうことも多かったので、
本当に無意識に太陽の光浴びてなかったので、 やっぱり自立神経がすごい乱れていたみたいで、
その後睡眠がうまく取れないっていう事態になったり、 過労で倒れたりしました。
09:05
ちょっと話が逸れてきましたが、そういう生活をしていました。 本当に今振り返るとよくやってたなぁと思いますし、
もうそういう生活には戻りたくないなって、 正直思います。
家にいる時間は本当にわずかだったんですね。 ホイクレの草原も本当は自分でしたいんだけど、物理的にできないですし、
だから祖父母と夫にお願いしてました。 小学校2年生だった娘も私に聞いて聞いてって、いっぱい話しかけてくれるんですけど、
ゆっくり聞く時間もないですし、 仕事を頑張りすぎて家に帰ってくると、
思考停止状態なんですね。 何か話しかけられても全く入らないんですよ。
耳から耳に抜けちゃうみたいな表現しますけど、 耳にも入ってなかったかもしれない。
ママ聞いてるって何度も何度も言われたなぁって 思いますね。
帰宅するとクッタクタで、 口をついて出る言葉が今ではもう思い返したくないですけれども、
こんな言葉ばっかり出ました。 早くして、ちゃんとして、ママを困らせないで、これ以上仕事を増やさないで、
イライラして子供や夫にそんな言葉をぶつけていました。 酷い時は子供を怒鳴りつけて、
寝なさいじゃなくて寝ろって怒鳴ってましたね。 もうあなたたちが寝てくれないとママは寝れない、私を殺すつもりぐらいなこと言ってました、本当に。
もう寝れないと疲れが取れないし、次の日に響くので、 私がちゃんと睡眠を取れないと死んじゃうって、
本当に思ってたんですよ、当時。 でも寝たくなくて遊んでたい子供たちにそういう
極端な辛辣な言葉を投げつけていて、 頭では思うんですよ、本当の最低の母親だなって。
でももう口から出てしまう。
言いたくないのに言っちゃうんですね。 で、こんなお母さんでごめんね、こんなお母さんで可哀想な子たちだなって、
本当に思って、自己嫌悪になる、 自分責めするっていうことを繰り返していました。
そんなある日、 ギリの母から何かの会話の流れでポロって聞かされた話がありました。
ちょうど2年生くらいだったと思うんですけど、娘が、 ママが困るから私は風邪をひけないのって、
キリッとした顔で何か言ってたみたいなんですね。 だからちゃんと手を洗うしマスクをして学校に行くんだよって。
12:04
私気をつけてるけどたまに風邪ひいちゃうからなぁって。 気をつけなきゃなぁって。
こぼしてたんです、そうなんですよ。 そんな話を聞いた時、本当に衝撃で、
あーこの子も頑張ってくれてるんだなぁって。 まだまだ小さくて、本当は甘えたい時もいっぱいあったでしょうし、
小さな社会の中に毎日頑張っていってるので、しんどいこともあったと思うんですよ。
でもママも頑張ってるから私も頑張らなきゃみたいに、 頑張ってくれてた。
私のために我慢もしてくれていた。 気投げですよね。
本当になんか涙が止まらなくなりましたね。 まあそういう辛辣な言葉を投げつけている母親になっていたので、
そういうエピソードを聞いた時に、 ふとですね、
あれ?私って何のために働いてるんだろう?って思ったんですね。
子供の前で笑顔でいられないお母さんでいるために、 そういうお母さんになりたくて、子供を産んだんだっけ。
何のために働いてるんだっけ?って 思いました。
ここまでして、こんな思いをして、こんな思いをさせてまで、 この仕事を続ける意味って何だろう?
そういうふうに思ったのが、 大きな転機だったのかなと思います。
その後娘に言われたことがあって、 ママって大変だね。私は会社員にはなりたくないなぁって、
何の悪気もなく言うんですね。 ママ、いつも働いてばっかりで可哀想だよ。
お家でもやることいっぱいあって、お仕事いっぱいしてるのに、 外に行ってもお仕事してるんでしょ?って。
遊んでないんだよね?って、ずっと働いてるんだよね?って。
子供なりに私のこと見てるんですよね。 そういうふうに思うんだねって。
でまた、その時4歳ぐらいだった息子にも、 お風呂に入ってた時に急に質問してきたんですね。
ママ、疲れてどうやってつくの?って聞かれたんです。 私は思わず、え?って疲れはつくもんじゃないよね?って。
体が疲れてるんだよって。 頑張ると疲れちゃうんだよ?みたいな感じで確か返したと思うんですね。
すると息子が、え?だってママいつもお風呂入ると、 疲れが取れるって言うじゃん?って。
取れるものならどうやってつくのかな?って気になったんだよね?って言われて。 なんか言葉遊びみたいですけど、その発想が可愛いって思わずその時は笑ってしまったんですけどね。
15:01
同時に気がついて、 娘にもママいつも疲れてて可哀想だって言われたし、
息子から見てもまだちっちゃいのに、 ママいつも疲れた疲れたって言ってる人なんだなって。
そういうイメージになってるんだなって思ったんですね。 でそういう
ご認識する場面が重なった時に、自分の子供時代も思い出しました。 私の両親は自営業で朝から晩まで働いている人たちでした。
週6働いて、週1回しかない休みも、 仕事はゼロじゃなかったので、ずっと働いてたんですよね。
だから私は子供の頃、大人って仕事ばっかりなんだなって思ってたんです。 だから正直大人になるのは全然楽しみじゃありませんでした。
何のために大人になるんだろう?嫌だなって。 子供の頃から思ってて。
しかも進路を決めていく段階、それぐらいの年齢になったら、 親からも店は継がなくていい。大変だからって言われて。
自分自身も両親みたいにはなりたくないなと思ってたので、ちゃんと勉強して、 ちゃんと大学に行って会社員になりました。
そして幸運にも、大手企業に入ることができて、 両親も手放しで喜んでくれるようなところで、
私自身もこれで幸せになれるんだなって思ったんですよね。
でも実際は忙しくて余裕がなくて、子供にあたって夫にあたって、 お金は多少入ってきても使う時間もなくて、
気づいたら子供たちから、ママ働いてばっかりでかわいそうって言われる始末です。 その時ハッとしたんですよ。
あれ?これって私が子供の頃に見ていた景色と同じじゃない?って。
私は子供たちに大人になるのって楽しみだな、 大人って楽しそうだなって思ってもらいたかったんですよ。
そういう生き方をしたいって思ってたのに、 全くできてなかったんだって思ったんですね。
真逆の姿を見せていた事実に結構ショックを受けました。
まあそういうエピソードがあって、 だからといってすぐ辞める決断ができるというもんでもないですよね。
せっかく入れた会社、積み上げてきたキャリア、 安定している収入、お家のローン、共働き前提の家計、
そして正社員は辞めてはいけないっていう思い込み、 私はそれを強く強く握りしめていました。
しかもこれはちっぽけなプライドが邪魔してたと思うんですけど、
同期も結構頑張って続けている子がすごく多くて、 なんか辞めることは逃げることみたいに、
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どこかで感じちゃってました。 辞めることは負けること、頑張れなかった証拠。
そんな風に思っていたんだと思うんですよね。
だから私はみんなが頑張れていることを、私だって頑張れる。 逃げない、負けない、みたいに、
すごい頑張ってましたね。 だから本当のところはもっと違う暮らしがしたいんだけど、
いやいや私にはそんな選択肢は選べないよって、 選んじゃいけないんだって思って何年も何年もグズグズグジグジしていました。
違和感を感じながら見ないフリをして頑張り続けてきたんですね。
でもある時、やっぱりふと思う機会があって、
辞めることもすごく怖いんだけど、手放す怖さもあるんだけど、
このまま頑張り続けることの方が、もしかしたら怖い未来が待ってるんじゃないかなって、
思った瞬間があったんですね。 私はさっきもちらっと話したんですけど、自分が過労で倒れたんですね。
で、お医者さんにも見てもらって、病気じゃないよって。 病気ではないけれども、過労になるってことは病気になる寸前ですと。
未病っていう段階だから、今働き方を変えたり、自分で自分を痛まれるようにならなければ、
何度も繰り返すし、もっとひどい病気として体が悲鳴を上げるのは目前だと思うから、ちょっと考えた方がいいと思いますって言われました。
それともう一つ、
子供たちのことですね。 子供たちの大切な幼少期を、私の余裕のなさで、
盲目的に、思い出せないみたいな感じで、
過ぎ去ってしまうことが嫌だなって。 そっちの方が怖いなと思ったんですよ。
例えば高校生とか大学生、大人になってから、あの時もっと話を聞いてあげればよかった。 もっと笑っていたかったな。もっと一緒に過ごしたかったな。
そんな後悔をする自分にはなりたくなかった。
子供たちが一番親を必要としてくれる時期は、
おそらく今なんですね。 その時間は二度と戻ってこなくて、
大事にしたいなと思いました。
将来のためにとか、老後のお金が心配だから、定年まで頑張って退職金をもらおうって、どこかで思っている自分もいたんですけど、
その一番大事な子供たちの幼少期に、体を壊したり、心を無くして、
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子供に当たり散らして、駆け抜けて、 定年退職して、退職金をたくさんもらって、
その後は世界旅行に行ったり、
のんびり暮らせる幸せが待っているかもしれません。 だけど、老後もすごく大事だけれども、
正直そこまで生きているかもわかんないので、やっぱり一番大事なのって今なんじゃないかなと思ったんですよね。
しかも自分だけの今が大事なんじゃなくて、 もちろんそれも大事だけど、子供たちの心と体を育む大事な時期、
だからこそ今が一番大事な時期だって思ったんですよね。 そう、そういういろんなことが重なって、
私はやっとやっとやっと会社を辞めようと決めました。 正確には辞めるというよりも、
自分の感覚としては一度立ち止まるという意味で退職を選びました。 全部を投げ出すのではなくて、
その会社にいるキャリアは途絶えてしまうけど、 一回働き続ける人生の中で一回立ち止まって、ちゃんと自分と向き合いたかったですし、
キャリアって仕事をしていることだけがキャリアじゃないので、 なんか別の経験をするっていうことも、
新しいキャリア形成の一つとしてやってみるのもいいんじゃないかなって 思えてきていたんですよね。
はい、何よりも これ以上自分の気持ちを無視しないで生きようっていうふうに
思えるようになっていたんですね。 それはいろんな、これまで話してきたエピソードと並行して、
自分がたくさんのことを学んだから、そういうふうにマインドが変わっていって、 変化をしていたってことなんですけれども、
なのでここでちゃんと自分の声を聞かなかったら、私はまた同じことを繰り返してしまうし、
それは嫌だなって、 絶対嫌だなと思ったから、会社を辞める決断をしました。
会社を辞めて、時間にも心にも余裕ができまして、 やっと望んでいた暮らしに近づけるって思っていたんですよね。
はい、でもまあもちろんその後も私のキャリアチェンジは続いていきますので、 お話はここでは終わりではないんですけれども、
はい、なかなか退職をするとか、続けてきたこと、 辞めるってすごく怖いことだと思うので、
なんか一つの体験談として参考になればなぁと思ってですね、お話をしてみました。 決める時のコツっていうものはないとは思うんですけれども、
24:07
決めるまでに私は何年もかかってしまったので、
一番は、どこを見て生きていくのかってことだと思うんですね。
誰のために、何のために、何を大切にして生きたいかっていうところをしっかりと自分が言葉にできて、
自分の内側からあふれる気持ちをちゃんと見つめることができたら、決められると思います。
はい、そこを世間の目とか他人軸で選んでいたら、
何回転職しようが、何を変えようが、また同じことを繰り返すんじゃないかなっていうふうに思ってます。
はい、ちょっと今回一番長くなってしまいましたね。
はい、ということで次回はオンライン秘書という働き方について、
なぜこれを選んだのか、この働き方をなぜ選んだのかですね。
実際にやってみてよかったことや気づきなんかも参考になるようなお話ができたらなと思います。
はい、それでは最後までお聞きください。ありがとうございました。
25:22

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