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2026-03-11 22:43

成果を出そうとして出せたことが一度もない

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成果を出そうとして出せたことが一度もない

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サマリー

話し手は、自身の「独房」と呼んでいた部屋を解体したことをきっかけに、これまでの人生で「成果を出そう」と思って成果を出せたことが一度もないことに気づいたと語る。バンド活動、会社設立、ラジオ番組など、一見成功しているように見えるものも、目標達成ではなく、その瞬間の楽しさや「良いものを作ろう」という気持ちから生まれていたという。数字や目標達成よりも、人の才能を引き出すことや、面白いものを作ることに注力してきたが、今後は「ゲームとしてのお金儲け」や「数字を伸ばす」という、これまで避けてきた領域に挑戦したいと考えている。

「独房」の解体と象徴的な意味
はい、今はですね、鷹橋いいかねパレットから福岡市の自宅に向かって車を走らせております。時刻は16時43分ですね。
あのー、なんでいいかねパレットに行ったかというとですね、 独房を解体してました。
独房っていうね、僕が 住んでた部屋というか、いいかねパレットのある一室があるんですけど、もともと
職員室の奥にあった後衛室だったらしいんですけど、そこを僕の
布団とかを持ち込んで、ある程度家具とかも整えて、そこに個室みたいなのを作って、僕が住んでたんですね。
で、これがパレットが潰れかけて、東京から福岡に引っ越してきて、で福岡市内に家はあるけど、僕は田川で
パレットのことをやらないといけないみたいな、半分単身赴任みたいな時期があったんですけど、
1ヶ月に2回ぐらいしか帰れないみたいな、福岡市の自宅にね。 その時期に独房っていう
一室を作って住んでたんですけど、 もう本当に申し訳ないですけど、誰一人入らないでほしいっていう、僕そこの
プライベート感覚、プライバシー感覚みたいなのも強烈に強いので、なんていうか、
絶対に誰一人入らないでっていうと言って、でも鍵毎回閉めてみたいな感じで、部屋一つもらってたんですけど、
パレットもずっとフェーズが変わり続けてきて、どんどんどんどん部屋が埋まり続けてきた中で、そこの部屋をある用途に使いたいみたいな感じで
部屋が足りなくなったんですね。 キャパオーバーしちゃってみたいな。
で、プラス僕自身ももう社長から会長になって、いいかいなパレットの陣頭式みたいなものを取らなくなる、
なって。で、そっからパレットに行くことも年に何回かしかないし、行ってもパレットに
泊まる、パレットの中で寝るみたいなこともほとんどなくなってみたいな。
っていうことになって、まあ実質年にほとんど使う機会がなかったみたいな感じだったんで、
ついに解体しましたよと。その作業をしてきたんですよね。
なんかでも、まあやったことというか、これ行われたことは
使ってない自分の部屋をただ、
なんていうんですかね、出て行っただけなんですよ。
なんかでも、とても象徴的なことに思えてるんですね。僕の中で勝手に。
もうなんか、僕は独房がいいかいなパレットにあることで、一応魂は捨ててないというか、そこにいいかいなパレットの中に僕の魂はあるみたいな。
魂というか心臓というか、まあまあどういうイメージか、あれなんですけど。
なんかそういうイメージだったんですけども、
なんかね、完璧に、言ったらね、
言葉で言うと、いいかいなパレットに僕の居場所がなくなったってことになるんですけど、
うーん、なんか場所的な居場所がなくなったことで、
なんか完全にパレットを手放したと言ったらあれですけど、いやちょっとこれなんかそういうと冷たく聞こえるんですけど、違うな。
僕がパレットを卒業したっていうことなんですけど、言いたいのは。
なんか、親離れ子離れみたいな意味でのパレット離れなんですけど。
おー、なんか、もう完全に表す、なんか象徴的な感覚というか出来事だったなと思ってるんですよね。
なんで独房を解体しましたっていう、まあこれはね、どうやったら伝わるのかわからないですね、この感覚。
皆さんに多分そういう似たような事例がないと思うんですよね、これに。
うーん、自分はいないのにずっと自分の居場所があったところ、でもなんかあれかもしれない、なんかお墓がなくなるみたいな感覚かもしれないですね。
例えば、わかんないですけど、どっか田舎に実家があって、で、自分自身は例えば東京に出て行って仕事をしていて、
うん、でもまあ、わかんない、じゃあ福岡県のどっかのところが自分の実家で、
で、でも自分は東京に出てって家族守って生活しているけど、一応実家があって福岡に。
で、なんとなく福岡っていうのは、実家があるから自分は福岡に、まだ拠点がある感じがしていたのだが、
例えばじゃあご両親がもうお亡くなりになって、で実家もなくなって、で一応墓だけは福岡に置いてたみたいなね。
で、それで多分ずっと過ごしてたのが、もうちょっと墓も手放すかみたいになって、福岡にある墓を手放すというか、
時の感覚にめちゃくちゃ近いかもしれない。わかんない、僕はあの墓を手放したことないので、わかんないですけど、
そこに何かしらの文脈があったところをもう消し去るというか、
だからそこの土地に由来がもう全く残らなくなるっていう、なんかその感覚かもしれない、なんか。
それを想像すると、皆さんにも伝わるかなと思いました。この僕がパレットにあった独房を手放すという感覚って。
それか、じゃあ別に寂しいことではあるんですけど、なんか良くないことかというと別にそうじゃないと思ってるんで、むしろそれは
どっかのタイミングでやらないといけないなと思ってやったことなんで、
そりゃいいんですけど。いやー、ということをしましたよと。
成果を出そうとして出せたことがないという気づき
で、えーと、なんかね久々の配信になるので、この番組。
なんか最近思うことあるかなと思ってたんですけど、 ちょっと最近ね
ふと気づいたことがあって、
僕、成果を出そうと思って成果を出したことが、もしかしたら人生で一回もないんじゃないかっていうことに気づいて、
ちょっと、なんていうんだろうなぁ、
残念な気持ちになったんですよね。 っていう話なんですけど、
これね、僕の人生を振り返ったときに、とても成果を出してきてる方だと正直思ってるんです。
例えば、えー、なんやろな、
バンドをやってた時期、ある程度、僕の中では評価ある程度されたなと思ってるし、
で、大学とかも一応望んだところに入ってるし、
あとはなんやろな、
自分でオフィス樋口っていう会社を作って、そこをなんとか潰さずにね、黒字化して、
で、しっかり弟に受け継いで、今も続いてるって意味では、
たぶんオフィス樋口を作って、ちゃんと引き継いだっていうところまでは成功したと言っていいと思うし、
実際そこで、一流の人たちと一緒に広告音楽の世界で携わることができて、っていうのあるし。
で、いいかいなパレットについても、何を成功で何を失敗とするかは定義によりますけど、
金銭的には成功してないですけども、
いいって言ってくれる人が多数いて関わってくれる人が多数いて、
今実際働いてくれてるスタッフがいるっていう意味では良かったと言えるし、
古典ラジオもそうですし、ある程度結果を出した、
ある程度どころか古典ラジオは日本一になってるんで、結果を出したと言えるだろうし、
それから派生して、ポッドキャストラボ福岡とか樋口塾とか、
そういう関わってくれる人も増えてるし、
なんか一見ね、僕は成果を出そうとして成果を出してるように思ってたんです。
自分の自己認知でもそうだったんですけど、
ただなんかね、ふとこれ、何も目標を立てて頑張ってなかったなーっていうことに気づき、
絶望した、絶望じゃないな、なんか愕然としたっていう感じなんですけど、
これどういうことかというと、その瞬間その瞬間に楽しいことを楽しんでたり、
その瞬間に良いものを作ろうとしてただけで、
そこについてくる成果を目標にして、それを出したことがないんです。
これどういうことかというと、年間いくら売り上げを立てようみたいな目標をつけて、
実際それを達成したりしたことないんですね。
ただ、例えば音楽の仕事で言うと、良いものをその瞬間作って、
目の前の人に喜んでもらおうっていう圧倒的な気持ちがあっただけなんですよ。
実際、良いものを必ず、僕の中で80点以上、アベレージ、僕の中での90点以上出してきたつもりなんですけど、
それを死んでも叩き出すっていうことをやってきただけで、
それによって自分のギャラをいくらぐらいにしようとか、売り上げをいくら立てよう、
会社に利益をいくら残そう、年間に何本以上案件を取ってこようみたいなことを考えてやったことないんですね。
コテンラジもそうで、目の前の二人の話が面白すぎるから、
この二人の話をどうやったら面白い音源として世に出せるかっていうことだけを考え続けてやってきたので、
それによってリスナー数が何人増えるかとか、
それによる利益がいくら出るかとかも考えたことないし。
バンドもそうで、良い曲を作って良いライブをするっていうことしか考えたことないんですよ。
ただたまたまそれに対して評価をしてくれる人がいて、みたいなことやし。
例えば今、ありがたいことにコンサル的なことをお願いされることが多くて、
やることあるんですよ。
何が分かりやすいかな。
例えばハイパー企業ラジオっていう番組にディレクター、
僕アドバイザーってずっと言ってたんですけど、実際やってたことはディレクター、プロデューサーだったんですけど、
ハイパー企業ラジオについても、
まあはっきり言って、2人の話がめちゃくちゃ面白かったんで。
古典ラジオと同じですよね。
数字出すっていう気がさらさらなかったんですけど、
番組が面白くなるためにはこうした方がいいですっていうのを言い続けたら、
バンバン待って数字が伸びてったみたいな。
だからコンサルとかアドバイザー的に入ったとしても、
それしか考えずにやってきてるんですよね。
で、普通のコンサルとかってKPI、KGIみたいなものを提示し、
そうですよね。
なんか定性的、定量的目標を立て、そこに向かって進むみたいなことはあるんですよ。
もちろん立てたこともあるんですけど、
僕自身の経験としてそんなのをただの数字でしかなくて、
なんていうんですかね。
達成したところで何の意味があるのみたいな環境しかなかったんですよ、ずっと。
で、実際それでいいかねパレットって潰れかけてるから、
そのスタンスで仕事したせいで。
で、実際立て直したときも、
どっちかというと数字のことをずっと考えてたのは、
僕よりも現社長の青柳幸也で。
僕は人の才能をいかに世に出すかみたいなことしか考えてなかったんで、
潰れかけてたときも。
で、それがいいと信じ切っていたし、
実際そのスタンスがあったからこそ多分幸也も、
なんですかね、
パレットに協力してくれるというか、
残ってくれてたと思うんですけど。
で、結果は言ったら実際潰れなかったんで出してるって言っていいと思うんですよ。
青柳という人間をパレットに留めておくことができたので、
経営としてはギリ成功だと思うんですよ。
ただね、いわゆる世に世間一般で言われている経営の数字というか、
経営力の部分ですよね。
だから今僕が言ったのって、
優秀な人間をずっとそばに置いておくことができたっていう経営力の、
多分めちゃくちゃ大事な部分は果たせてたと思うんですけど、
ある意味、数字の目標を立ててそこに到達させるみたいなところで、
オフィスでヒューチーのときは太陽がやっていたし、
ブックのときは青柳がやっていたので、
僕、花からそこに何て言うんですかね、
興味を持てなかったし、価値を感じてなかったし、
もっと言うと軽視してたかもしれないです。
ロマン派というか、
仕事ってそういうお金のためにやるわけじゃなくて、
気持ちでやるもんだろうみたいな、
ある種、青臭いロマン派みたいな、
もっと言うとただのガキというか、
青春を終わらせきれてない、
青臭いガキの発想ですよね。
今まで来ちゃってる感覚があって、
「やれる」のに「やれていない」現状への葛藤
もちろん頭ではわかってるんですよ、
経営ってそれだけではダメだし、
大きな失敗してるから、
めちゃくちゃわかってるんですよ。
気持ちだけで物事って進まないし、
僕は今家族ができて守るべきものがあるので、
これを全部捨ててやるってことはもちろんできないし、
やろうとも思ってないし、
ってなった時に、
分かっているものの、
分かったからといって、
自分がやれているかやりきったことがあるかって言うと、
よくよく考えたらねえぞってなったんですね。
じゃあ、
僕がそこに特性があるかないかで言うと、
これがね、
皮肉な話というか、
やろうと思ったらやれる感覚だけはめちゃくちゃあって、
これはあれの感覚なんですよ。
ボードゲームの感覚なんですね。
僕は結構ボードゲームをやる時って、
初めてやるゲームでもルールを理解し、
システムの勘どころを見極め、
そこに対して最適解を出し、
一回ゲームが終わった後に反省をし、
ある意味PDCAを回した後に2回目の戦略に活かすみたいなことってやるし、
なんやったら、
敵に対していかにストレスをかけイジワルをすることによって自分に有利にするかみたいなものも、
ゲームの中だったらめちゃくちゃ楽しいしできるんですよね。
でもこれが人間が関わったりとか、
本当に相手を任すとか、
ガチのお金が動くとかになってきた途端にできなくなるっていうのがあるんですけど、
多分これは何かしらのセーブ機能が働いてるような気がしていて、
リミッターというか呪いと言ってもいいかもしれないですけど、
働いてる気がしてて、
もうちょっとだから、
システムとか数字とかで考えるとやれることいっぱいあるんですよ。
だから僕結構アドバイスを求められるといくらでも言えるんですけど、
じゃあ実際自分がやるってなると全くできないみたいなことに陥りがちなんですよね。
こうすれば絶対に数字が伸びる合理的な考えみたいなものはある程度提案できても、
じゃあそれをやれるかというとやれないみたいなことがあって、
っていうのをずっと思ってるんです、ここ最近。
「ゲームとして」の挑戦への意欲
ということで、
ここまで思った中で、僕やれると思ってるけどやれてないんですよ。
でもこの状態一番ダサいなってちょっと思っていて、
だって本気出せばやれるけど本気出してないだけっていうことじゃないですか、これ。
言い方を変えると。
その状態ってめちゃくちゃダサいなって思うんですよね。
それって、やれると思い込んでるだけでやる能力がないだけじゃないですかっていう。
客観的に見て思うんですよ、自分のことを。
だからね、ちょっと僕の中で今、
ゲームとしてのお金儲けみたいなものをめちゃくちゃしたいですよね。
ゲームとしてお金儲けとか、あとゲームとしてポッドキャストだったら、
全然意味ないとは分かっているけど、
リスナー数を伸ばすためだけのコンサルをやり、
本当に数字を伸ばすっていうことをやりたいなと思ってたり。
それって僕が今までずっと意味ないなと思ってきたし、
否定してきたし、かっこ悪いなと思ってきてたことなんですけど。
でもなんか、かっこ悪いからやれないのじゃなくて、
能力がないからやれないだけでしょって、
自分に対するツッコミを最近ずっとしちゃってるんですね。
だから、これ、一回結果出した上で、
やっぱり嫌いだからやらないってしないと、
ダサいし説得力ないなって最近めちゃくちゃ思ってきていて。
なんで、やりたくないけど、
やってみるかっていうのを最近思ってるんですね。
これでやれなかったら、もう本当に、
自分には才能も能力もありませんでした。
諦めますって言って、全部やめてやろうかなと思ってるんですよね。
自分に対する引導を渡したいみたいな気持ちも強いのかもしれないですね。
試したいというか、チャレンジしたいという感覚なんですけど、
これチャレンジしたいとか、自分の力がどこまでいけるのか知りたいとかではなくて、
本当に自分の才能や実力や特性が知りたいっていう、
そっちの意味での試したいというよりは実験したいっていう感じですよね。
挑戦したいではなくて、データ取りたいみたいな意味で、
ただただ今まで乗り気じゃなかった結果に対してのみコミットするみたいなものを
興味としてやってみたいなっていうことを最近ちょっと思ってるなーって感じなんですよね。
それはやっぱり本業じゃやりたくなくて、
例えばじゃあいいかねパレットだったり、
ブックの数字だけを伸ばすっていうのをやってみたいとかって一切思わないですよ。
実際今僕がやってるコテンラジオとかギチカンとか愛の楽曲工房とか、
いやちょっと待ってギチカンはそうでもないか。
ギチカンはもうおもちゃとして悪ノリでできるんですけど、
愛の楽曲工房とかコテンラジオとかこの樋口清則の世界とか、
あとポッドキャストラボ福岡とかの公式番組とかに関しては一切思わないんですけど、
なんかそういうゲームだよねっていう納得してくれる人と、
そのゲームをやってみたいっていう感覚がめっちゃ強いんですよね。
まあこれ伝わるかな。
まあまあまあちょっと最近そういうこと思ってますよっていうことで。
じゃあ具体的に何がしたいかっていうと、
まだ定まってはないんですけど、
最近そういうのを持ってますよっていう話でした。
なんでもしね、
遊びとしてのビジネスというか、
お金儲けという遊びを一緒にやりたいという方がいたら何か教えてください。
本気ではやりたくないんですけどお金儲けを。
お金儲けをするという遊びをちょっとやってみたいなと思ってます。
22:43

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