こんばんは、くらげです。
今は4時55分でして、全然、こんばんはという時間ではなくて、むしろおはようという時間なんですけども、
ちょっと先ほど仕事が終わりまして、ちょっとシャワーを浴びて、家事を軽くしてですね、ごみを捨てまして、というところで、今この時間になっております。
この収録が終わったら、そろそろ寝ようとは思うんですけど、あまり睡眠質が良くないというか、寝るまでが時間かかる睡眠障害っぽい感じなんで、
そういうわけで早めに寝て、昼か夕方には起きたいなとは思っているところなんですけども、
この辺はとにかく運次第というところがあるので、何とか改善したいとは思うんですけど、なかなかなというところで、もう10年目ぐらいですね。
そういうわけで、ちょっと深夜というか早朝の収録にお付き合いいただければ幸いでございます、というところですね。
窓を見るともう本当に日が昇りきっているというか、本日は曇りなんで明るい感じなんですけども、
ちょっとさっき外に出てみるとですね、空気があまり冷えてはいるんですけど、やっぱり東京の風というのは、
ここ東京都の片隅で、いわゆる住宅街なんですかね。
そういうところにいるので、空気は涼しいんですけど、空気が澄んでいるかというとそういうわけでもなくてですね、
風はあるんですけど、爽やかというよりはちょっとベタついている。
昼間とかに比べたら全然爽やかではあるんですけど、田舎とかですね、
何て言えばいいんでしょう、自然豊かなところに比べたら全然爽やかさのかけらもないかなというふうに思っているんですけども、
この辺は本当に公園はちょっとありますけど、いわゆる緑っぽい緑と言いますか、木があったり森があったり林があったり山があったりというのは全然ないので、
とにかく見渡す限り建物ですね、建物と人と車とそういうところなので、
やっぱりそんなに人が住みやすいかというと、自然が好きとかそういうあんまり人が好きじゃないとか建物が好きじゃないという人にとっては本当に寒々しいというか住みに行くところだろうなというふうには思います。
自分の山頃だと言いますと、ちょっとプロフィールにも書いてあるんですけど、山形県のちょっと離れたところですかね。
田舎とか山ってわけではないんですけど、やっぱり自然は豊かなところというか、自然と果実園と畑と田んぼですね。
そういうところがないようなところ出身なので、やっぱりこういうところは今住んでいるところですね。
今住んでいるところみたいなところはやっぱり田舎と比べたら全然爽やかではないですし、心地よくもないんですけども、やっぱり便利というか、
まあ、障害とか病気とか持ってますんで、やっぱり医療とか福祉とか考えると、なかなかこういうところから引っ越すのは難しいなというふうに今思っております。
6月の末にですね、ちょっと山形に帰ったんですよね。山形に帰って、4泊5日かちょっと実家に泊まって4泊5日してきたんですけど、やっぱり爽やかというか自然豊かなわけですよ。
庭が、庭というか畑というかちょっと家の畑、ちょっとした敷地があるんですけど、そこに本当に親も忙しいもんであんまり、畑にはちょっとキュウリが鳴ってたりトマトが鳴ってたりしたんですけど、
あとは基本的に雑草が生えてて、ちょっと花が生えてて、そこにアリがいててですね、それでいろんな蝶々とか、なんかアブじゃないですねあれは、ちょっとクマバチみたいなのが飛んでたりしたり、カエルがいっぱいいたり、そういう環境なんですけど、
まあそういう環境も結構いいなとは思うんですけど、やっぱり手入れとか考えるとなかなかそういうところに住みたいかっていうと、今だとちょっと微妙にしりごみしちゃうかなっていうのも確かにそういう自分もいまして、なかなかこうわがままといいますか、人間と自然の関わり方っていうのは大変難しいなと思いますね。
やっぱり見てる分とか感じてる分には本当に快適なんですけどね、そういう山とか庭とか森があって、あとモガミ川が近くにあってですね、ちょっと足を伸ばして散歩すればモガミ川のいわゆる、モガミ川で有名なのはサミダーレを集めて林モガミ川って言いますけど、本当に川の流れが急でゴーゴー鳴ってるんですね、普通の川なのに。
で、ちょっと一緒に妻が帰ったときにですね、これ本当に川なのって言ってて、まあ川なんだよって言ったら滝かと思ったみたいな、そういうくらい激流なんですけども、まあそういう環境は本当に、たぶんタッチしたり暮らす分にはすごく気持ちいいんですけど、
さあ自分がそこに入って、今のところ田舎のコミュニティにも組みですね、入ってそこで生活できるかっていうと、まだちょっと今の自分だと厳しいかなというふうにちょっと思いましたね。
やっぱりとにかく自然を整えるのは時間も手間もかかりますし、まあもちろんそういうところに住んでいる人たちもいろいろ大変なんでしょうけども、やっぱり山形は雪がありますしね、雪かきって本当に大変なんですよ、本当に。
もう30分40分かけて、朝から寒い中やんなきゃいけないし、まああとは屋根の雪下ろしですね、あれは1人間1回2回は土地によってはやんなきゃいけないし、本当に雪が重いんで、ちょっと間違えたらちょっと怪我しちゃうぐらいの、時々人死んでますしね、事故で。
屋根から落ちる事故で人が亡くなっちゃってますから、まあそういう非常に厳しい環境っていうのもあって、まあ東京は非常に、なんでしょうかね、やっぱり爽やかさのかけらもなく、暑いし臭いし、騒々しいんですけども、まあそれと自然豊かな環境で過ごすのがどっちの方がトレードオフかっていうと、結構難しいものがあるかなというふうに山形に帰るたびに毎度思いますね。
山形に暮らしたいっていう気持ちはやっぱり田舎ですからね、実家があるところなんで暮らしたい気持ちはやっぱりあるってはあるんですけど、まあいろいろ考えるとなかなか現実的にはちょっと難しいところがあるかなみたいな、まあそういうところは確かにあるので、なかなか自然というのの付き合い方が難しいなというふうに思っております。
で、お外なんですけど、早朝に妻がギャーって、ギャーっていうかギャーというか、ギャーが近いかもしれないですけど、なんか叫んでるんですよね。
で、どうしたのって聞いたらゴキブリが出たと。すいません、ちょっとこういう話嫌いな人がいるかもしれないんですけど。
後で見たら3センチか4センチくらいの結構でっかいゴキブリだったんですけど、それが動いてると。
で、それが洗濯機の下に潜り込んじゃって、それを格闘してて本当に。とにかくもう諦めてちょっと目離してたらいつの間にか洗濯機は洗面所に置いてあるんですけど、洗面所の隣が風呂場になってるので、ちょっと諦めてちょっとって逃げてくれただろうって思ってご飯食べてたんですよね、朝に。
で、それでじゃあシャワー浴びてお風呂入ろうかと思ったら、お風呂になんかもしかしてと思ってみたらやっぱり黒い何かがありましてね。
で、それを必死で殺虫剤ぶんまいたり洗剤ぶんまいたり、しまいには動かなくなったゴキブリに熱湯をぶっかけるみたいな、そういう非常に荒れないやり方で倒したんですけども。
まあそれで熱々になっちゃったんですけど、そういうゴキブリもやっぱり自然と言えば自然で、まあそれ言ったら人間も自然なんですけどね。
やっぱりそういう虫一匹入ってくるだけで大騒ぎっていうのはちょっと人間としてどうなのかなと思わないんですけども。
自然ってやっぱりゴキブリというところじゃ火のないいろんな生き物がいるわけでしてね、ヒルとか虫とかいますし、まあそういうところに人間の生活圏ですね。
やっぱり生活圏に急に入ってくるとやっぱりびっくりするっていうのがあって、やっぱりそういうのも人間の矛盾かなというか。
ただ衛生とかそういうの考えればやっぱり人間は人間でいた方がいいし、他の生き物はいない方がいいっていうのは確かにあるんですけども。
まあやっぱりこれも人間と自然の関わり方の難しさなのかなと思ったりするんですけども。
あとそれを見ながらちょっとご飯食べてるとやっぱりクマがですね出てきたっていうニュース最近本当に多いんですけど、やっぱりゴキブリとクマを比べちゃいけないんですけど本当に。
クマもやっぱり大変ですよね。やっぱり山の中にいてくれる分には全然大事な自然の一部ですし。
まあやっぱりああいう生き物はいないと日本のいわゆる森林ですか、森林が守られないっていうのもあるんでしょうけど。
一方でそういうのが人里っていうんですかね。人里に降りてきて市街地に出てしまうと。
まあそれ自体が人間の自然の管理がうまくいってないってことなんですけど。
やっぱりそういうのを考えると、人間は人間の領域と自然の領域ってどこまで区別するべきか、どこまで混ぜるべきかっていうのが非常に難しくて。
これは自然と人間の区別じゃなくて、いわゆる人間という生き物のてりとりっていうんですかね、縄張りというんですかね。
まあそういうどこまでがいわゆる身内で固めて、どこまでを他の外部の人たちと関わり合うのかっていう問題を含めてね。
なかなか、まあ人間も生き物って何度も言ってますけど縄張り意識というんですかね。
まあそういうのを考えると、やっぱり住み分けるっていう一言で言えば簡単なんですけど。
やっぱり自分と同じものは中にいてほしいし、自分と同じではないものは外に出てほしい。
外にいてほしいですね、外にいてほしい。
そういう非常にある種のわがままと言いますか、まあ何でしょうね。
適度に混ざり合いたいけれども、完璧に内側に出るのがちょっと難しいみたいな。
そういう非常に、まあ一種のわがままというか傲慢と言いますか。
そういうのはやっぱり誰しもあるっていうのは思うので。
まあそれが本当に悪いってわけではないんですけど、やっぱり過度にやってしまうと東京みたいな、それはそれでいびつな街ができてしまいますので。
まあそういうのもなんかこう、やっぱりバランスって言ってしまえば簡単なんですけど。
やっぱり人間と自然、自分と他人、自分のグループと他のグループみたいなね。
そういうことはやっぱりどこまでが許容範囲なのかなっていうのはやっぱり認めつつ、考えつつですね、来ていかなきゃいけないんだろうなというふうに思っております。
さてあの、まあなんかいつもながら前置きが長いというか、前置きが本番みたいなところがあるんですけども。
でも結構しゃべりがうまいっていうのはその頃からやってて、本を出したことでいろいろ講演とかやってましたね。いわゆるトークショーだとか何回かやらせていただいてるんですけど、極めつけはおとたけさんですね。
あのショー会社の、あの方は前回の選挙に出て落ちましたけど、その前に3年前かな、2年前か、2年前にもう1回出てるんですよね、選挙に。で、その時にですね、やっぱり落ちてるんですけど、その時にどういうわけかなんかこう、選挙カーに登ってですね、おとたけさんの選挙カーに登って、応援でちょっとするってことをやってるんですけど、
それも結構、靴だけは本当に回ってですね、自分でも何だか全然わかんないんですけど、普段の生活ではめちゃくちゃ噛みっ噛みなんですよね。言葉間違えますし、詰まるし、あとは本当に滑舌悪くて全然聞き取れないって言われるんですけど、どういうわけかマイクを前にするとこうすらすらしゃべれるっていうのは何でなんだろうなって本当に思いますし、
妻からはですね、お前は口の先から生まれてきたんだろうとか、家系は日の車なのにお前の口車だけは運転がうまいなって言われたりですね、お前の口車だけは第二種免許、つまりタクシー免許だよねって言われるんですけど、でもそれ言ったらお前の口の悪さは本当に一流だなって思うんですけどね、妻の。
そういう口車だけは本当にうまいと言いますか、実際そうだから否定はできないんですけど、妻の口車の悪口の回りっぷりが本当に一流なので、自分全然面白くないなと思ったりするんですけど。
ちょっともう20分話してるんですけど、今までのポッドキャストも20分ぐらいずっと喋ってるんですけど、やっぱりポッドキャストがなんか分からないんですよね本当に。
やっぱりさっきちょっと話し方出ちゃったんですけど、23歳の時に手術してそこから17年のうち、10年間は本当につけててもあんま聞こえないみたいな状態が続いてて、それでいろいろあってやっぱり頑張って聞こうってなったのが妻と同棲ですね、同棲してからか。
だからまだ14,15年か。それで結構頑張っていろいろやったんですけど、それでも結構やっぱりポッドキャストとかラジオとかは難しいなってなったのが。
そうですね、そういうのが本当にもう20年以上か、20年以上経って、それで昨年の6月にですね、右耳も同じ手術受けたんですよ。
補助が結構法律が変わってこれまでは片耳しか保険はおりませんよってなってたんですけど、両耳つけても保険はおりますよってなったので、それでちょっとありがたく手術させてもらったんですけど、それでやっぱり音のバランスが全然違いますね。
音のバランスが全然違いますし、音のクリアに聞こえる程度も違いますので、改めてポッドキャストとかそういうラジオとか頑張ろうってなって、いろいろ聞いて、主にはですね、オーディブルとかKindleの読み上げアプリとかあるんですけど、そういうのを使って耳を鍛えていたんですけど、
でもやっぱり、結構聞こえるって聞こえるようになって、大体1.2倍くらいのスピードで聞くようになりまして、だいぶ耳は鍛えられるかなと思うんですけど、結構配信の方は全然あまり興味がなかったというか、やっぱり配信に関しては全然素人なので、どうすればいいかわからなかったんですけど、
まあやっぱり、自分にとってポッドキャストとかそういう世界は本当に別物なところがありまして、まあ別世界ですね、未だに。未だに別世界で。
もともと文章を書くのは好きなので、1,000字、2,000字くらいは普通に書けたりはするんですけど、ものを書く人ですね、自分は、基本的には、ペースは。
なので、あんまり喋ってるのと文章を書くのって、自分の中での頭の使い方ってそんなに差がないかなと思ってて、差はないんだけど、そこから出てくる、アウトプットする期間が指か口かくらいかなっていうふうに思ってるんですけど、なのでずっとずらずら喋るのはそんなに苦でもないんですよね。
ただ、ポッドキャストというかラジオとかそういうタイプの喋り方って全然わからないので、多分これも出来の悪いオーディオブックみたいな喋り方になってるんじゃないかなと思うんですけど、
そういう意味で本当に、あまり相互会話的と言いますか、自分とリスナーの相互交流のために話しているというよりは、本当に自分が一方的に喋ってるだけですね。
それもそれで一つの芸ではあるんでしょうけど、ポッドキャストとしての面白さってなんだろうなと思った時に自分の喋り方ってのは多分リスナーにとってはあまり言うものではないんじゃないかなと思ったりするんですけど。
じゃあ、ポッドキャストってなんだ?ってなった時に、やっぱりリスナーのすごい良いところって字幕があるところですからね。
聞こえるって言ったってやっぱり限界はあるので、細かいニュアンスがわからなかったり聞き取れないところってすごくいっぱいあるんですよ。
それをリスナーが字幕を見ながら、あ、こんなこと言ってるんだみたいな、そういうすごくわかるっていうのはすごく感動なものなんですけど、やっぱりそういうところで非常にすごいなと思いますし、このシステム時代が。
あとはやっぱり聴覚障害者に限らず、高齢者とかもどんどん耳が悪くなってきますから、結構敵面に落ちますよ、人の耳って。覚悟しておいてください。
でも覚悟しておいたって言ってもどう覚悟していいかわからないと思うんですけど、今はこういうAIの良いシステムがありますから、皆さんぜひ使ってください、リスナーを使ってくださいっていうところなんですけど、そこはちょっと話は出るので置いておいて。
あのポッドキャストをちょっと聞いてるんですよね、ちょくちょくリスの他の方々の。やっぱりその中でですね、リスニュースですか、近藤さんと千木部さんのリスニュースで、7月5日ので、ポッドキャストの大事なものは何?っていうのがあったんですよね。
タイトルはポッドキャストに大切な3つの要素とはっていうタイトルだったんですけど、これはと思って見てみたんですけど、その3つがまとめてしまえば、笑いと知性と人格って言ってるんですけど、笑いと知性と人格ですね。
自分どれもないと思うんですけど、とにかく一番足りないのが、あれでいえば一番足りないのが笑いかなと思ってて、その笑いってなんだろうなと思うと、情報量がゼロでも喋り方とか、そういう生々しさっていうんですかね、話術で笑わせるってところがあるんでしょうけど。
なんでしょうね、自分は結構他の人の話を、ポッドキャストとかラジオで聞いて笑うって経験がほとんどないもので、どうやったら笑わせたらいいかわかんないし、いわゆる漫才とかもわかんないんですよね。漫才とかコントも全然聞いたときがないので。
でもその辺結構勉強しなきゃいけないんだなと思って。やっぱりなんでしょうね、やっぱりリアムタイム性って言うんですかね。文章ってどちらかといえば非常に読むほど書く方の距離が遠いってのはやっぱりあるんじゃないかなと思うんですけど。
一回文章っていう文字にして出すっていうところに非常に手間がかかるというかプロセスがかかってますので、そこで結構時間がかかると言いますか、手間がかかっているので、書き手と読み手って結構距離があるというか、当然文章は文章で交流はあるんですけど、交流はあるけども何か一緒のドライさっていうか。
生々しさっていうのはどうしても抜けると思うんですけど、こういうポッドキャストって絵というか画像もなく声だけっていうところで、非常にそれはそれで生々しさが生まれていると思うんですけど、
そうなるとある意味リスナーさんと想像しながらリスナーさんの反応をある意味でのリアルタイム性を想像しながら交流するっていうのが多分一種のポッドキャストの正しい発信の仕方なんでしょうけども。
さっき自分が言った通り、自分はどちらかといえば物書きなので、物を書くように喋っているので、あまりそういう意味では非常にドライというか、あまりリスナーさんのことをリアルタイムで思いながら喋っているかというとそういうわけではなくてですね、一方的に喋っているだけだなというふうにちょっと思っているんですけど、
そういう意味では非常に喋りがうまい方の喋り方というか、話術ですね、そういうのを今から聞いて勉強していきたいなというふうに思っております。
何か30分以内に終わらせようと思っているんですけど、もう28分経ってるんですよね。
まあ、まあいいか。もうちょっとだけ喋るんですけど、ここまで喋っておいてなんですけど、そんなに書くのが好きならノートなりブログなり何か適当に書いているよって話なんですけど、何でしょうかね。
やっぱり書くって大変なんですよ、本当に。パソコンを開いて、キーボードを開いて、エディータを開いて、バババマって文字が写って結構肉体労働ですし、結構大変なんですけど。