「やらない後悔よりやる後悔」への疑問
こんにちは、hattoです。
やらない後悔よりやる後悔っていう言葉ありますが、
皆さんはその通りだと思いますか?
私はずっとこれ、全然自分には合ってない考え方だなっていう風に思っていました。
やらないことで後悔するっていうよりも、
やったことによる後悔がすごく後を引きずってしまって、
やらなければよかったって思うことが多々ありました。
今日は、やらない後悔よりやる後悔についてちょっと考えてみたいと思います。
hattoのコンセプトと番組の目的
私たちhattoは、家族の絆をより濃く、より強くをコンセプトに、
家族の繋がりを大切にするアイテムを作っています。
この番組は、週に一度お届けするnoteの記事に向けて、
私自身の思考を整理したり深掘りするための下書き帖です。
物作りの裏側や日々の暮らしや子育ての中で気づいたことをお話ししています。
このやらない後悔よりやる後悔っていう言葉は、
「やる後悔」が引きずる理由の考察
イタリアの政治思想家の方の名言らしいんですが、
ちょっと近しいような名言って他にも似たようなものがいくつかありますよね。
これ、意味としては、行動せずに後悔するよりも、
挑戦してやってみて失敗したことの方が、
そこから学びや成長があるから、後々悔いが残らないよっていう意味の言葉だと思います。
この考え方ってすごく真っ当というか、
その通りだなとは思うんですけど、
実際自分がどうだったかっていうと、
冒頭にお話ししたみたいに、
やらなければよかったな、こんなことしなければよかった、
こんなこと言わなければよかったっていう、
このやってしまったことに対する後悔の方が、
私は大きくてずっとこの後に引きずってしまうっていうことが、
今まですごく多かったんですね。
だからやらない後悔よりやる後悔っていうその考え方に憧れはありつつも、
自分には合わない、自分には向いてない考え方だし、
やり方だなっていうふうにずっと思ってきました。
夫との違いと「自分軸」・「他人軸」の発見
私の夫はまさにこのやらない後悔よりやる後悔って、
普通に思っているタイプで、
やって失敗したって別にそれはその次に行かせるから、
もうそもそも失敗じゃないからっていう考えをナチュラルにしているタイプなんですね。
何が違うんだろう、私とその夫は何が違うんだろうなってちょっと考えたときに、
最近気づいたことがあったんです。
それが何かというと、
やるっていう判断をどうやってしているかっていう差かなと思ったんですね。
すごく簡単に言うと、自分軸か他人軸かっていうことなんだと思います。
夫は自分軸で考えられる人なので、
自分でいろんなことを考えて判断してそれをやるっていうふうに決めるから、
たとえそれが失敗したところで、それも次に生かす成功のもとにできる。
ただ私はずっと他人軸で考えていたから、
これをやった方が周りの人にいいって思われるんじゃないかとか、
逆にこういうことしたら不親切だなって思われてしまうかもしれないなとか、
そのやるやらないの判断が自分の外にある他人軸になっていたから、
自分がその判断が失敗した、間違っていた時に自分の中でその判断に責任を持てない。
だから感情ばかりが表に出てきてしまって、
失敗してしまった、やらなければよかったっていう後悔の感情ばかりが前に来てしまって、
なぜそれが失敗だったのかっていう、
そこの判断に対する責任まで考えられない。
責任が多分真相心理では自分の判断じゃないから自分のせいじゃないって思っているから、
そこまで多分考えが及ばない。
でも失敗してしまったことだけ頭に残っていて、
やらなければよかったっていう後悔につながるっていうことなのかなっていうふうに思いました。
後悔の捉え方の変化と今後の展望
ここまで考えてようやくやらない後悔よりやる後悔っていう言葉の本当の意味というか、
本当の本質というか、
その言葉の本質がなんとなくわかったような気がします。
今までとはちょっと違う捉え方をできるようになったような気がしています。
だからってすぐにそういう思考に自分がなれるかっていうと、
それはなんかまだまだちょっとすぐには難しいなと思うんですけど、
やっぱりそこの認識をするっていうところがまずスタート地点なので、
かなり遅いですが、やっとこのスタート地点に至ったのかなっていうふうな気がします。
エンディング
今日も最後まで聞いてくださってありがとうございました。
ではまた、ハットでした。