継続の意義について
こんにちは、hattoです。皆さんは、続けることに意味があるというふうに自分に言い聞かせて、苦しくなってしまうみたいなことってないでしょうか。
もちろん継続することで見えるものがあるとは思うんですけど、でもやっぱり継続自体が目的になってはいけないとも思うんですね。
私はこの2つの考えの中でずっと揺れ動いていたことがあったんですけど、ようやくその答えが出たので、今日はそんなお話をしてみたいと思います。
今日のテーマは継続は正義なのか、辞める理由がようやく言語化できたっていう話をします。
私たちハットは、家族の絆をより濃く、より強くをコンセプトに、家族の繋がりを大切にするアイテムを作っています。
この番組は、週に一度お届けするノートの記事に向けて、私自身の思考を整理し深掘りするための下書き調です。
ものづくりの裏側や日々の暮らしや子育ての中での気づきをお話ししています。
あの私10月から毎週インスタライブっていうのをやってたんですね。
10月から1月まで、10、11、12、1、4ヶ月間毎週続けてきたんです。
で、これをこの1月の終わりに辞めることに決めました。
正直なところ、この毎週インスタライブするのってちょっとしんどいなっていう気持ちはずっとあったんですね。
木曜夜9時っていう時間にしてたので、家族の協力も必要だったし、
そこで遅くまでアトリエにいたりすると、生活リズムがそこで崩れてしまったりもするし、
あとはやっぱりこう思ったように見に来ていただけない、アーカイブもなかなか見てもらえないとかっていうこともあって、
まあ多分いろんな要因があったと思うんですけど、ちょっとしんどいなっていうふうに思ってたんです。
でもまあそれって言ったらただの感情じゃないですか。
感情ってこう理由もわからずに浮き沈みするものだから、
それに左右されたくないなというか、それに左右されて決めてしまうのが嫌だなっていう思いがあったんですね。
だから明確な辞める理由っていうのが出てきた時が辞める時だっていうふうに自分で決めてたんです。
小さな工夫はいろいろしながらライブ続けてたんですけど、なんかずっとしっくりきてなくて、
表現の質の見直し
それがなぜしっくりこないかっていうのをちょっと考えてみたんですね。
もともとこのライブを始めた目的って、フィード投稿だったりリールだったり、その決められた枠内で伝えられない、投稿の中では伝えきれないことを伝えるためだったんですね。
でもそれが全然納得いく形で伝えられていない。
むしろこの今までみたいに丁寧に写真を撮ったりとか動画を撮ったり編集したり、
あと丁寧に考えて言葉を選んで文章を作るっていう投稿の方がハットのことを正しく伝えられているように感じたんですね。
それが分かって、 ライブがしっくりこないのってこのせいだなって思ったんです。
ライブがしっくりこないのも、ライブをすることがちょっとしんどいなって思うのも、全部この思ったように伝えられていない。
投稿では伝えられないことを伝えようと思って始めたのに、投稿よりも伝えられていないっていうことだなっていうふうに分かりました。
私はずっとこの明確な理由っていうのを探してたんですね。感情の波に左右されない明確な理由。
その答えがこの自分にとってのこの表現の質が落ちているっていう自覚だったと思います。
継続することで見えてくるものって確かにあると思うんですけど、その見えてくるものが自分の目的とずれてたら意味がないなっていうふうに改めて思いました。
手段が目的になってはいけないっていうのも重々承知ではいたんですけど、
やっぱり何かに集中してそればかり見てると見えにくくなるものがあるなっていうふうに思います。
今回はライブを辞めたことで、逆に何を自分は丁寧に伝えていきたいのかっていうのがより鮮明になった気がするので、
またちょっと形を変えて、違うやり方でその今までのライブの分のエネルギーを使っていきたいなっていうふうに思っています。
今日も最後まで聴いてくださってありがとうございました。
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ではまた。ハットでした。