1. ハト組ホームルーム
  2. 心が軽くなる生き方とは?悩み..
心が軽くなる生き方とは?悩み多き日の視点
2026-09-20 25:13

心が軽くなる生き方とは?悩み多き日の視点

No.090🎧人間関係の悩みに効く?心地よい生き方を探る哲学談義





「たまにはのんびり、休んだっていいじゃない」がモットーのポッドキャスト。今回は、シルバーウィークの話題から、古代から伝わる「方違え(かたがえ)」や「風水」といった思想が現代の私たちに与える影響について掘り下げます。特に「徳を積む」という行為の本質を深く考察し、他者のために行うことが、いつの間にか自己満足になってしまう心理の落とし穴を語り合います。自己と他者の境界線を乗り越え、心が楽になる生き方のヒントが見つかるかもしれません。日常のモヤモヤを抱えるあなたへ、心地よい思索の時間を。
ぜひ最後までお聴きくださいね。





◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆









🎧今週のハイライト🎧






  • 「のんびり」「休む」ことが心のゆとりを生む理由




  • 「方違え」に見る古人の知恵:不運を避ける生活の工夫




  • 風水が教える、自然との調和による心地よい暮らし




  • 子ども部屋の方角が心理状態に与える意外な影響




  • 「徳を積む」行為の真髄:見返りを求めない心の在り方




  • 自己満足に陥らない利他行動とは?深い思索のヒント




  • 自己と他者の境界線を曖昧にすることで得られる心の解放




  • 日常の小さな行動から見つける、自己肯定感の高め方




  • 科学だけでは説明できない事象との向き合い方




  • 人生を軽やかに生きるための、視点転換の重要性





◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆





Chapters






  1. - オープニング:番組紹介と「のんびり、休む」精神




  2. - シルバーウィークの過ごし方:日本人の働き方と休暇




  3. - 古代の知恵「方違え」:引越しと方角が持つ意味




  4. - 日常にある風水思想:空間と心のつながり




  5. - 子ども部屋の風水:方角が引きこもりとどう関係する?




  6. - 見えない力との付き合い方:科学では解明できない世界




  7. - 「徳を積む」行為の真意:素手でのトイレ掃除が示すもの




  8. - 真の利他とは:自己満足を越えた「徳積み」の境地




  9. - 自分を解放する考え方:自己と他者の境界線を曖昧にする





◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆





🔗公式SNS





ハト組ホームルーム公式Xはこちら!

▶️Tweets by hatogumihr





👥 コミュニケーション 👥





❶お便り募集





番組へのお便りは、hatogumi@lifebloom.funまでメールにてお寄せください。
以下のURLからお便りフォームもご利用いただけます。





✏️https://hato.lifebloom.fun/letter/





Discordを覗いてみる





Lifebloom.funが運営するDiscordへのご参加お待ちしております。
番組リスナーだけのチャンネルを覗いてみてください!





▶️https://discord.gg/MRJcr6KUvU





❹レビューとコメント





お聴きのPODCASTアプリで、番組の評価やコメントをお願いいたします。
あなたの評価やコメントで、より良い番組へと育って参ります。
お気軽に思いのままの評価をいただきましたら幸いです。





\ Spotifyでのレビューの書き方解説を見る /
▶️https://lifebloom.fun/spotify-reviews/





❺番組のシェア





あなたのご家族や友人、同僚や先輩後輩など、番組に共感をいただけそうな方に向けて、番組のシェアをお願いいたします。
SNSで「#ハト組ホームルーム」をつけての投稿もお待ちしております。





▶️https://lifebloom.fun/programs/hato/





◆━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━◆





今週も最後までお聴きいただきありがとうございました。
この番組は、人生に花を咲かせるPODCAST番組をお届けするLifebloom.funの制作でお送りいたしました。





 





感想

まだ感想はありません。最初の1件を書きましょう!

サマリー

シルバーウィークの休み方から、古代の方違えや風水が暮らしに与える意味を語る。方角を気にしすぎる危うさにも触れつつ、風水には住環境を整える生活の知恵として読める面があると話す。後半では、徳を積む行為の例として、ある僧侶が公共のトイレを素手で掃除する実践を紹介する。その行為をめぐる衛生面への反発と、自己満足や見返りを超えた利他という捉え方を対比し、徳を積むとは何かを考える。最後に、自分と他者の境界や損得への執着を手放すことで、自然体に生きられる可能性を語る。

シルバーウィークと休むこと
ハト組ホームルーム
ハト組ホームルーム出席をとります、みょうゆうさん。 そして、私、ヒューガー大輔。
このハト組ホームルームは、たまにはね、 伸びちゃっていいじゃない、休んだっていいじゃない、みたいなメンタリティ。
で、カフェで集まった僧侶とマジシャンが語り、役に立つのか立たないのか、決めきれないことをしゃべるのを横で聞いていただく、そんな趣旨のポッドキャストでございます。
みなさま、いかがお過ごしでございましょうか。 ハト組ホームルームのお過ごしでしょうか。
9月20日のはずなんですけどね、リリースされているのが、シルバーウィークなんですって。
そう、今年はね、すごい連休ですよね。 シルバーウィークって言葉、最近なんか普及してきた言葉ですよね。
なんかね、あまりしっくりこない。 ゴールデンウィークとの対比例っていうことだと思うんですけど。
そういうことなんだ。 でも日本人ね、まあ働きすぎってよく言われて、いいんじゃないって僕は思いますけどね。
シルバーウィークでもやっぱ結局働いてて働いてるわけですけど、もちろんね。
なんかこう、6月とあと9月ぐらいには休みが欲しいみたいなイメージが僕にはあって。
ゴールデンウィークはまあいいとしても、6月何も祝日がないとか、夏は休むからいい。でも秋も休みたいみたいな。
最近学校もね、秋休みが普通にある学校もあったりとか。 あ、そうなの?
日期制だったりするとね。夏休み終わってもまだちょっと一期が続いてて、一期の終わりが秋休みが境目になってっていうところもあるらしいですね。
まあちょうどその頃、祭りだね。 祭り。どの頃?
9月。9月のシルバーウィークぐらいの時には秋祭りじゃない? そうか。
いろんな神社がお祭りしてると思うよ。 なんかこう収穫?収穫には早いのかな?でもそういうこと?
いやもう収穫、米なんかは収穫して、神様ありがとう的な。 まあそうですよね。確かにね。
方違えと風水の知恵
やっぱりその当時はね、米取れなかったら死活問題なわけで、取れたらよかったね。また生きていけるねっていうところですかね。
それでまあそこから秋冬と厳しい季節になっていく前に、神様ね、肩替えする神様も多いからね。スワ神社なんかも。 肩替え?
神様がいるところを写したりするじゃない。 ああそういうのを肩替えって言うんですね。いやわからない。
肩替え?肩替えって言ったら何?肩替えっていうのは。
普通はここから私が東に行くんだけど、今日は東に行ってはいけない運勢だから、一回西に行って、西から東に行くみたいなことを肩替えって言うんだと思うよ。ちょっとチャッピーに聞いてよ。
初めて聞いた。そういう言葉があるんですね。 神様もさあ動かしたりするじゃない。 まあ引っ越すっていうのはありますよね。
引っ越すというか別荘から帰ってくるみたいなイメージね。そういうの秋っていろいろあるよねって。
なるほどね。秋はいい季節なんでしょうね。夏は暑いし冬は寒いんで。ちょうどいい時期にそういうことをやろうってことなんでしょうかね。
そういうことそういうこと。 そうか。肩替えね。
ちょっと待って今ねチャッピーにね肩替えって言ったらねこんな風に返してきた。肩替えだけだと何を指しているのか少しわかりません。
もしかすると次のどれかでしょうか。肩替え。肩を変えるって書いてあって。肩が痛いという意味。入力途中だった。もう少しだけ教えてくださいとか言ったら。
うちの子は肩だよ。肩ってどういう意味ですか。 方向の方。
方向を変える。 だと思うんだよ。私の間違ったあれかい。替えってよく。
でも出てきましたよ。肩替えとは一方的に肩たがえ。同じ意味で使われる言葉で。
引っ越しや外出の際に不吉な方角を避けるために一度別の良い方角に移動して宿泊し、それから目的地へ向かうことで災いを防ぐっていうね。
よかった。そうなのよ。よくね、源氏物語に出てくるね。光の君がね肩替えなんかしている場面がありましたよね。
そうなんですね。 本当は葵の宮のところに行きたいが、昔の人って風水みたいなの見るの大好きだったから、おみおじだかなんだかわからんが、
その人たちが光の君今日は葵様のところに行くのはよろしくないですとかいう話になって、
そしてじゃあ一回どこぞの川のあたりに行って一泊して、そっから行くかみたいなこと。
のんびりだよね。のんきだよね。今の世の中大変だよ。そんな肩替えしてたら。
今日どうもね勤め先の病院に行くのがダメなんですよみたいな感じで。
早く来いって言われますよね。 なのでちょっと途中ドトールに寄ってから行きますみたいな。
そのぐらいならかわいいですけどね。別の町まで行かなきゃとなるとちょっとえらいことになるんでね。
そういうことですね。でも方角ってなんかね、僕も全然詳しくないんですけど風水とか、気泡みたいな考え方、いまだにちゃんと注意する方いますよね。
あと台湾とかさ、中国もそうだと思うけど、風水でビルとか建ててるもんね。
やっぱそうなんですね。だから江戸城とかも江戸の町も風水的には良いって言われてたらしいですね。
ものすごく守られてると思う。ほら日光島省軍の方にあるあそこと、あそことあそことっていう風にきっちり置いてさ、石をバンバンと置いて守ってるわけじゃん。守られてると思わない?この江戸。
守られていますよね。なんだかんだでね。
台風もくるくるって言っていつも来ないしさ。大きくはね。台風の被害に遭ってらっしゃる方には申し訳ない言い方でしたが。だけど守られてるような気がするよね。
比較的ね、穏やかですよね。だからこう、何か人間が人知を超えた何かがあるんだろうなって昔から思ってきたのはすごいわかるし、科学的に説明できないからなしっていうのは僕はそこまで型物でもないので、何かあるんだろうなってぐらいに思ってますけどね。玄関とかもね、どっちがいいよとか言うじゃないですか。
風水と住環境・子ども部屋
玄関なんかもともと名前からして黒って字が入ってるんで、方角点が北の方がいいんだろうかみたいなこともあるし。うち玄関めっちゃ南向いてますけど。
今年は東だね。でもね、その風水っていうのに関連してね、前面白いこと聞いたんだけど、引きこもっちゃう。子供が。引きこもったりとか、それからまあなんていうのかな、親を親とも思わずにうるせーとか言っちゃうような時にその先生は
子供部屋ってどこにありますって必ず聞いて、東にあるんだよね。東ですって言う人が結構多くて。東ってさ日が当たるしさ、家の中では割といいエリアだと思わない?北とかに比べて。朝日が入って。さすが気持ちいいだろう。
子供部屋にあてがおうっていう考えになる方も多いのかもしれないけど、その先生は子供部屋どこにありますか?お家の中で。東ですって言った時にすぐ変えなさいって。常に言ってた。子供東はダメだ。
そうなんだ。 なんかその上に立っちゃうみたいな。それで風水的によくないってその先生は言ってた。だから東のまず部屋を変えるとうまくいくみたいな。何も考えてないですけどね。
その後にその方々が本当にその子供部屋が東だったものを変えてどうなったのかというところまで全然追跡調査をしてないので、というようなことがあったよっていうだけの話なんだけど。
わかんないですけどね。実際どうだったかね。なるほどね。東とか西とか。でもわかりやすい人類普遍のあれですからね。太陽が昇って沈んでっていうところは。そこにエネルギーの何か循環を感じてたってことなのかなとは思うんだけど。
風水をどう捉えるか
地球が回ってる対極的に見ればね。地球がコマみたいにくるくる回ってるからそうなるっていうだけのことなんで。僕としては東でも西でもやること一緒じゃんって思っちゃって。見も見たもないんだけど。
いや確かにね。 東でうまくいって、西で。それどうなんだろう。だから気にしすぎて逆にね何かがんじがらめになっちゃうのもちょっとなって思ってはいるんだけど。
でもさ風水のさ、東西だっていうのも関連するのかもしれないけど言ってることってさ、人間が生活する上での注意点じゃない?だって。だってトイレはいつも綺麗にしておくとかさ、じめじめしてるところにはお風呂場は置かないとかさ。
当然な話じゃん。そんな風にしたらだってカビケてさ、絶対的に良くない話になるよねみたいな。っていうのを玄関は綺麗にするとかさ、いつも開放的に風が入るようにするとかさ。全部生活、人間が生物として生活する上で必要なことなんじゃない?
そうかもしれないですね。なんかわざわざ言葉にしなくても、動物とかはやってるじゃんとかね、いうレベルのことに近いのかもしれないけど。
それをあえて風水みたいな形にして言語化すると、なんかそうなっちゃうけど、本来なんか普通にやることのような気がする。
今となってはね、いろんなことが解明されて、元素は110何個あってとか言ってるけど、自然科学の世界では。意外と僕その中国の古来の音名語行説でしたっけ?とかは面白いなと思ってみたりしますけどね。
何でも分類したからなっていうのは、何でも5個だよみたいな。東西南北でエネルギーの質が違ってとかは、なんかすごく分類としては面白いなって思ったりもするし、お寺とかでも5式の色に分かれてるものとか使ってるのありますよね。あれはもともと多分その思想から来てるのかな?多分と思うんですけどね。
一つ一つ仏様があって、一つ一つ意味があるんだけどね。でもそういう感じだよね。捉え方っていうのかな?風水にしろ、市中水明にしろ、いろんな捉え方。この宇宙の現象は一つなんだから、その現象をどういう角度で捉えて分析していくかってことだよね。
さらにそれをどれを選択して、どれでもってやっていくかだし、もしくは全く気にしないでやっていくかだし、自由だね。
自由。それ言っちゃったら全部そうだね。
自由だよ。
徳を積むトイレ掃除
捉え方。ふっと思い出しちゃったことがあった。とっても偉いお坊さんが話してたことなんだけど、自分の徳を積む。徳を積むっていうのは自分だけがいいわけではなくて、その積んだ徳を今度はエコーって言って周りに渡すんだよ。で、循環させるの。
それが最終的目的ね。徳を積んで自分だけがいい子になるんじゃなくてね。徳を積む、そしてエコーする、そういうことをしましょうというお話の中で、その方がやってらっしゃることはトイレ掃除なんだって。
トイレ掃除を常にしている。ご自分のお寺のおトイレの話なのかなと思っていたら、そうではなくて、外で使わせていただく、よそのお家だったり、それからあとはお店だったり、それからもっと言えば駅だったりのおトイレも洗うんだって。
しかもその時に素手でね、なんか手袋してブラシ使ってとかではなくて、もう素手でその自らの御手をね、素手でパッと突っ込んでざっと綺麗に洗うと。
お話の中では、自分の体を使うことがね、そうであればあるほどいいと。つまり手袋したりとかブラシを使ったりとかするのっていうのは徳が薄まると。自らの手をパッと突っ込んでパッと洗うということをね、しているんだと常に。
だから駅でおトイレを借りたらざっと手を突っ込んで洗うというね、そういうことをして実践していますっていうお話だったんだよ。
すごい話だな。 すごい話でしょ。私も驚愕してさ、何と言っていいかわからんみたいな気持ちになったわけ。
すぐにはね、これは素晴らしい、真似しようとはなれなかったっていう間いて、いやいやと思ってたわけ。でもその悶々としたまんまそのお話をあるおばちゃんグループのところにいたときに、おばちゃんって失礼だけどね、ちょっとご高齢なご婦人たちのところに行ったときに、こういうお話をね、この間お聞きしたんですよっていう話をしたら
そのうちの数人が、あらやだって、そんな汚いことしてって。要は梅菌だとかね細菌だとかいろんなものあるところに手突っ込んでね、よくその後の手を洗ったのかしらって。その手をね、汚いものがくっついた手でよそ玉の家に行ってね、あれだこれだって触ったらそこに梅菌がまた映っちゃうじゃないのと。
まったくやめてほしいわみたいな人が2,3人いて、声が大きかったもんだから、その回全体がそっちへガーッとやってしまって、そんなことやる必要ないみたいな感じになっちゃったんだけど
自己満足を超えた利他
何が言いたかったかというと捉え方だなって思って。そのお話を聞いて心を打たれてね、自分もそうしようって素晴らしいなと思う人も必ずいたわけで、でもある別にはね、そうやって汚らしいって言っちゃうような人もいて、その両極端を見せていただき、さあ自分はどう考えようかなって思っちゃったよという話でございます。
大さんはどう思う?
今の話を聞いて、まず真似できないかもしれないと思うんですよ、すぐには。でもそもそも得を積むとはどういうことなんだろうって思いがいたり、
その方はそもそも、例えば手を突っ込んでトイレ洗ったことで自分の手が汚れて、自分の体に何か危害が発生するかもしれないっていうことを考えること自体が自分のエゴでしかないっていうことだからこそあえてそうなのかな、ブラシを使わない、手袋を使わない、それはおばあちゃんたちが言ってるのが物理的に正しいですよ。
汚いって言って、そうだ汚いね。でも汚いことをじゃあなんで避けるんだろうってどこまで深く深もった結果なのかもしれないし、汚いって思う、嫌だって思うって心ってなんだろうっていう話なのかなと思っているから、自分ができるかとかさておき、それ自体が得を積む行為だってことは理解はできるし、その方にとって得を積むっていうのはそのやり方だというのはね、それを場人に強制するもんではもちろんないと思うんですけど
なんかそういうことじゃねえんだけどなっていうふうにおばあちゃんたちには思いますね、わかるよ気持ちが。でもそういう話じゃないんだよっていうところ。それはそう、それはそれ。そういう話をしたいんじゃないか。そういうところまで得を積むって発想になる人もいるよって聞いてもらえばよかっただけであたらそれやれって言ってるじゃないよとかね、そういうことじゃない?わかります?
わかるわかる
要は多分その方が言ってた、そのお坊さんですかが言ってたことっていうのは、僕はそうだよと、僕はそういうやり方で自分は得を積まなきゃと思っててやってるよってことなんだけど、それぞれのレベルでいいと思うんですよね
それぞれのレベルで、例えば僕だったら何かこう人の家に上がったりしてちょっとなんか水こぼしちゃったとか汚したときにさっと拭こうっていうこと、まあいいでしょ乾くからっていうところと拭かなきゃっていうのが誰も見てる見てないじゃなくて、そういうところが境目なのかなって思っててそこをあえてやってみようとかを意識することありますよね
時間がないときはごめんってなるときもあるしとかあるんだけども、なんかそういうことを一個ふっと怠けてしまうとかふっと自分目線だけになっちゃうとかってところをあえて越えてみようというか
それが自分とっての得を積むことなのかなってそれ気づけばいいんじゃないですかね、その方はそういうふうに、私にとってはもうそのぐらいレベルになってくるとそのぐらいのこと、トイレに手を突っ込んで素手で洗うがそれなのかもしれないし、人によってレベルは違うでしょうね
でもさらにはさ、さらにはだよ、得を積んだって思った時点でアウトだと思うんだよね、なるほどね、例えばさ電車に乗ってね、おばあちゃんが目の前に来て席を譲りました
これで私得を積んだって言ってしまった、思ってしまった時点で自分のためにやったことになるじゃん、だから本当の得を積むという行為っていうのは自分で得を積んだ感がないんだと思うんだよね
だから座席を譲ったってことに関して言えば、なんだ、何も特別なことをしたわけではないと、いいことをもちろんしたわけでもないというふうに何も自分自身の気持ちの中に起こらない、発生しない
でそれを外から見た、まあ仏がいるならいるかもしれないけど、その仏が得を積んだというふうに認定するんじゃない、もしそこにさ得を積もうと、得を積むために席を譲ってあげようと、で席を譲りました、あ、私は得を積んだってなった時点で仏はチョンって切ってる気がするよ
なんかちょっとわかる気がするそれも、そういうことじゃないんだよと、ポイント性でもないし、誰かに褒められるためでもないし
結局誰のためにやってるのかってことで、得を積むためにやったら自分のためでしょってこと、そんなイメージがちょっとあるんだよね
そうですね、ためっていう言葉が出てくることすらもしかすると必要ないというか、なんか前回話した縄文時代の自他同一というか境目がなくて、やること自体は自分のためというか自分のため人のためで次元を超えてるというか
当然そういうもんでしょって呼吸するようにやるっていうところまでいけたら、ある種自然とできちゃうんでしょうね、さっき言った売金がどうこうっていうのは売金というものが自分に対して気が汚すから嫌だ、じと他があって
そういう汚い人が自分家に来るのも嫌だ、じと他があって、でも衛生的な観点は置いときますけど、まるっと一個のものであるっていうふうに捉えたら受け入れられるのかなと思ったりするし
なるほどね、確かに譲った時にいいことしちゃったって浮き足立っちゃう時点でまだ修行不足なんだろうなと思いますね、呼吸するようにスッと
自分の殻を手放す
もう全然我から出てないのよ、浮き足立っちゃったってことは、もう自分のやったことに自分が満足して、自分がちょっといい子になったみたいな気になって気分良くなってってさ、全然自分から出てないじゃん、だから何にも起こらないんだと思うんだよな
なんか自分という意識を手放すって言ったらいいのかな、自分という殻を手放すみたいなのって実は結構いいことが多いなって思ってるんですよ、最終的に見たら
何かこう、例えば妙優さんは人前で話す時に緊張しますか? しないんだ、これが全然 でしょ、それって多分そういうことだと思うんですよ、ある種評価とか自分が得する損するとか相手から危害加えられないとかそういうことのレベルじゃなくて
ある種もう手放してるんですよ、僕も自分という名前がついてるんですか、大介という人がいてって、でも人ってなんだとか自分てなんだってことをふと考えた時に、もうそれは現象名だなと、自然現象、台風何号発生したかと同じように一時的に地球から分離してる現象なんだなとか思ってちょっと自分を手放す時があって
そうすると今スピーチしてくださいって言われて、これがうまくいくいかないっていうのは何の損得もないじゃん、ただ自然体で自分の今中にあることを言葉にする以上って思うと緊張する意味がわからなくなってくるっていうのはありますね、緊張しないですかってすごい聞かれるんですよ、仕事から
しないね、しないよね する時もあります、それは何かって言ったら うまくやろうとしてる時? うまくやろうとするとか、あとわからないそれうまくやろうとしてる時とかもあるし本質を掘ると自分のため利益を得てるやろうとしてるのかとか、そうですね、あとお客さんのことを過剰に気遣ってしまう時、でもそれも周りもあったら自分の利益のためなのかもしれないけど
なんか大切なお客さんだからちゃんとやんなきゃっていう時とかは緊張する時がありますよね、それ手放せるといいのかななんて思ったりもしますけどね、なんか皆さん日々、別にこれトイレ掃除を素手でしろっていう番組ではございませんので、そういうこと言ってるじゃないですからね
何かこう、自分の中で境目を作っちゃってね、境目の内側に入るか出るかとかでプラスかマイナスかとかそういうことを判断しちゃってる、ジャッジしちゃってるってところがあったりするのかなどうなのかなってことを思ったら是非フォームに書いていただいてですね、感想を教えていただきたいなと思います
ということでまた次回お会いしましょう、さよならー
さよならー
ナレーション 次回のポッドキャスト番組をお届けする、lifebloom.fanがお送りいたしました
25:13

コメント

スクロール