「成長痛」は、伸びてる証拠なのに、ちゃんと痛い。
飛騨古川に住みながら、日々もがいている18歳・宮井陽音が、その過程をリアルタイムで記録するポッドキャストです。
答えが出た話じゃなくて、まだ途中の話をします。今日引っかかったこと、昨日の自分が間違ってたと気づいたこと、うまく言葉にならない違和感。編集して綺麗にする前の、生煮えのまま置いておく。
数年後に聴き返したとき、「このときこんなこと考えてたんだ」と自分でびっくりするための記録でもあります。だから背伸びも見栄もそのまま残します。
ただいま、成長痛。同じように途中にいる人と、隣り合わせで。
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サマリー
宮井ハルトが、生成AIとの出会いから現在までを振り返り、AIの進化によって人間が作ったコンテンツの価値はどこにあるのかを考える。AI投稿の氾濫には懸念を示しつつ、AIそのものの可能性は認め、結果ではなく制作過程や経験、共感、余韻に価値が移ると語る。AIの合理性では捉えきれない曖昧さや非合理性、未知への挑戦こそ人間の領域だとし、自身のnote執筆やポッドキャストも成長の過程として続けたいと話す。
生成AIとの出会いと技術の進化
ただいま、成長痛。このポッドキャストは、宮井ハルトが今感じている成長の痛みを、そのまま声にして届ける番組です。
というわけで、今回はですね、成長なのか?という話になってくるんですけども、今回の記事で書いた、過程こそが目的になる時代というわけで、3900文字もあるですね、ノートを公開したんですけれども、
そちらの方のですね、総括というか、ようやくではないですけど、こういうことを語りたかったということを、そのまま皆さんに解説できたらなと思います。
というわけで、始めていきたいと思います。
まずですね、僕は中学3年生まで、長野県の山奥で過ごしていたというのはですね、自己紹介の方でも語らせていただいたんですけれども、
山奥で過ごしていてですね、テクノロジーと無縁の生活を送っていたわけです。
大阪に中学3年生の頃に戻ってですね、この時ノートを始めたという話もしたんですけれども、この時ですね、親、両親から渡されたのがですね、2014年の時のMacBookを手にしてですね、
ほとんどのスペックもそうですけれども、ほとんど何もできなかった感じを覚えているんですけれども、その中でもノートだけ、ブラウザだけ開けるみたいなPCでですね、そこでノートを始めたことを覚えています。
中学3年生の冬ですね、ちょうどGPT3.5、本当にチャットGPTの初期バージョンなんですけど、それが登場して、
僕の中学校は結構、大阪にいた中学校の時はですね、いかに成績のいいところ、偏差値の高い高校に入るかみたいなことを結構大切にしているというか、そういう風潮ですよね。
普通の中学ってそういうもんだと思うんですけど、その中でですね、僕だけGPT3.5の方が未来があるってことにすごい感じて、本当に当時は未来を手にしている。
本当にその時感動して、だって僕が例えば質問をした時に、自律的に考えてそれを回答するっていう、今までだとBotってある程度、例えば何かわからないことがあった、カスタマーサービスみたいなところでもBotは
あったんですけど、
それ聞いたとしても、だいたい決められた回答しか返ってこないというか、Botはそういう仕組みなんですよ。なんですけど、GPT3.5はしり滅裂な回答があったりとかで、結構ハルシネーションと呼ばれるものが
あったんですけど、それでも自分が聞いた質問に対して自律的に回答するし、それも毎回違うってなると、
本当にこれはやべえと、今自分が勉強していることも、こいつらが出してくると、もう話が変わってくるっていうことを、その当時中学3年生の時も、多分本当に信じてくれないかもしれないですけど、その時本当にこれ
まずいぞってことにすごい気づいて、
これ精々使っていかないと自分がやることすべてが無駄になるってわけじゃないですけど、ちゃんと見極めてやっていかないとまずいことになるってことを薄々感じて、その時に。
親をめちゃくちゃ説得して、GPTその時は有料プランで4だったり4.5みたいな時代だったんですけど、もうどうしても使いたいんだっていうことを話したんですけど、20だって当時どれくらい?
2,500円くらい、今では3,000円くらいになってますけど、それをよくわからないAIというものに課金するってなんでやねんみたいなことになって、結果的に課金はできない、課金却下されたんですけど、無料版
でもほとんど毎日触っては質問して、
自分が望む回答をどうやったら出せるのかみたいなのとか、プロンプティアっていうサイトでしたかね、プロンプトばっかりが掲載されてるサイトがあって、そのサイトの一個一個全部試していったりとか、今はメモリ機
能だったりとか、前回のチャットで何をしたかみたいなことを覚えてくれてるんですけど、
当時全然そんなことなくて、本当に一回新しいチャット開いたらもう終わりみたいな、今までやってた記録全部消えますみたいな時だったんで、今はプロンプト省いて書いてもある程度理解はしてくれるんですけど、そんな
時代でしたね。
高校ではアルバイトできるんですけど、最初はアルバイトというよりN高等学校というか、高校自体にすごい面白みを感じて、ちょっと生成AIとはちょっと離れるんですけど、その中でも友人、僕の親しい友人がいる
んですけど、友人がチャットGPTに課金し始めたっていうことも知って、
中学ではありえなかったんですよね、AIってなんだよそれって、ちゃんと勉強しろみたいな人たちばっかりだったんですけど、友人がAIに課金し始めたってことも知って、これは俺も課金したいってことになって、
ノートにも書いてるんですけど、サイズエリアというファミレスの飲食店でバイトをして、真っ先にチャットGPTのプラスに課金して、
あとはその当時、今はちょっと収まりましたけど、メタバースっていってデジタル空間ですよね、VRをつけるあれにすごい、あれも未来じゃんってなって、
今は10万くらいなんですけど、7万のメタクエスト3ですよね、メタクエスト3も買ったりとか、結構昔までテクノロジーに触れてなかったんで、テクノロジー触れるぞみたいな感じで、
結構いろんな高額なものに支払いまくったことも覚えてますし、あとはガジェットも好きだったんで、ちょっと横道すれますけど、僕今AirPodsとNothingのヘッドホンと、
さらにはピクセルブルースっていうイヤホンがあったり、AirPods Airですね、家にも何個か、合計買ったイヤホンで言うと7,8くらいありますね、それくらいガジェット好きで、テクノロジー自体が好きだ
ったんで、そういう感じでやってたりとかしてましたね。
ちょっと話戻すと、その以降ですね、ChatGPT以外にもGoogle Birdっていうですね、Geminiの先発、これ今AI使ってる人どれくらい知ってるんだろうって思うくらい、Geminiって新しくて
名前が、もともとはBirdって名前でGoogleが公開してですね、
その当時どうだったかな、GoogleワークスペースとかGoogleフライト、GoogleマップとかYouTubeとかにも連動できて、これGoogle使ってるユーザーこれエグいぞみたいなことにもなった
りとか、さらにはその時にドライブの情報とかも参照できるってことになると、各個人がデータベース持ってるようなものですよね、その人たちが今まで、
メールとかとも連動できたんで、メールの文体を読んで返信するみたいな、すっげえ革新的だなみたいなことを覚えてますね。
あとはMidJourneyって言ってですね、画像生成AIですね、今GPTとかGeminiとかで一瞬で画像生成できるんですけど、MidJourneyっていう多分その当時ディスコードで多分動くAIで、確か
1画像に多分20分くらいかかってたんじゃないかな、結構難しいプロンプトとか打つと20分とかかかってやっと1画像生成できる、
それもなんかよくわかんない画像を生成するみたいな、それも結構楽しかったり、その後グロードだったりグロック、パープレキシティっていう複合的なブラウザーも登場したりとか、僕は昔はArcとか使ってたんです
けど、そういったブラウザの中にAIが組み込まれるみたいな、そういう発展を遂げて、
全ての情報を多分Xとかで追いかけながら、いろんな生成AIに聞きながら、テクノロジーっていう進化を常に追い続けて、Nコアって結構時間空いてるんですよ、授業とかも全然、授業もあるんですけど、実習の時間が多
くて、その実習の時間とか本当にYouTubeでテクノロジーのニュースとか、最新情報を集めたりとか、
Xとかも一日中眺めては新しいAIが次リリースされたんで、それを毎回登録してどうやって使うんだみたいな、ディープシークとかも使ってましたしね、そういう感じでAIとか使って、それをもうね、これを聞いてく
れてる人たちはどうなんでしょうね、僕が会ったことある友人とかだと、
僕常にその時AIの話しかしてなくて、このAIこれ出てきてこれ使ってみろよみたいなことをずっと言い続けてましたね、本当に今思うと結構めんどくさい友人だなって感じはするんですけど、そんな感じでやって
ました。
AIコンテンツの氾濫と人間の作品
っていうのがAIですよね、僕が過去AIにどうやって出会ってきたかみたいな話なんですけど、その中でちょっと現在、今に話を戻すと、記事の内容でもですね、GPT 5.6が先日、つい最近ですよね、発表さ
れて、
僕が3年と8ヶ月前に生成AI、Chat GPT 3.5が登場してから、3年と8ヶ月だけで5.6ってもう今やハルシネーションって言ってAIが間違った回答する確率もすごい少なくなってますし、
Chat GPTだけではなく、クロードのフェーブル5っていう、ミトスとも言われてるんですけど、そのAIがもう使ってる人たちはわかると思うんですけど、レベルが違うんですよね、本当に回答のレベルとかが、
本当にすごくて、他の企業も最新モデルどんどん配出し続けて、やばいですよね、動画生成AIもそうですけど、
コンテンツ自体を生成する能力だったりとか、ある意味で本当にやばいですよね、僕が中学3年生の時、長野で山奥にテクノロジーで無縁の生活を送っていた私からすると、全ての進化自体が本当に目まぐるしくて、これを
追い続けるのが楽しいんですよね、本当にそんな感じですね。
ノートにも書いてるんですけど、最近YouTubeショートだったりインスタとかノートとかで、本当に生成AIのコンテンツ溢れて、僕もショート動画たまに見るんですけど、本当に5つに1つくらいはAI動画みたい
な、AI音声みたいなのあるんですけど、AIで完全に作られた動画みたいなのが5つに1つみたいな、
AIが喋ってる動画とかだったら本当に2つに1つみたいなものが増えてですね、僕個人としては本当にハラリさんっていってサピエンス全史を書かれた人もほとんどの情報はゴミだみたいなことを言ってるんですけど、
本当に僕もそれに共感してて、良質な人間のコンテンツに本当にたどり着くのが難しくなっているっていうので、
僕自身は本当にAI投稿は無格好ですね、特に無格好。プロンプとめちゃくちゃこだわりまくったら結構レベルの高いAIとか、AIだと判定できないくらいのレベルだったりとか、AIでもここまでのレベルある領域を開
拓してくれてるなっていうそういう目線で見る時もあるんですけど、
本当に無格好のAI投稿は本当に情報汚染だと僕は思っていて、これはプラットフォーム側もかなり規制とかしたりとか、僕自体本当にノートもそうですけど、本当に人間が書いた文章なのかAIが書いた文章なのか
みたいな判定をするか、それともこれはAIが書きましたみたいなラベルをつけるみたいなことをして、
非表示するモードみたいなのを作った方がいいくらい、本当に僕は良質な人間のコンテンツにたどり着くのが難しくなったって本当に感じてて、なんですけど、本当に新しいプロダクトを創出するのはいいんですよ。
本当にそれはもういいなと思ってますし、それである意味カルチャーみたいなものを生み出すのはいいと思うんですけど、本当に僕がセンセーアイで稼げました系みたいな投稿とか、本当にさっきも言いましたけど、本当に
無格好のAIを上げまくるみたいなところを本当に強く反対していて、
母親からもですね、一回AIコードとかAI自体を教えるとかね、わからないところをサポートしますみたいなって結構お金になるよと、ニーズもあるし、絶対ビジネスになるよっていう、多分僕が高校1年生2年生の頃
本当にセンセーアイにハマりまくってたピークの時にそれを言われたことがあるんですけど、
なんかね、それに同意できなかったんですよ。高校の時は本当に起業を志してたりとか、どういう分野で起業しようかみたいなことを考えてたんですけど、その中でセンセーアイってある意味いいのかもなーなんて思ってた
んですけど、それでもなんか無楽層が悪いというか、AIで稼げますみたいなんて、僕個人的にすごいうさんくさく感じていて、
僕が結構うさんくさいかうさんくさくないかで見分ける一つのポイントとして、AI画像使ってるか使ってないかみたいなんて結構重視してて、人間の写真に似せたいAI画像ってあると思うんですよ。
AIイラストとかって結構見抜きにくいんですけど、肌の光沢とかってまだ全然AIのそのところの分野ではまだ全然できてなくて、まだAIがこれ作ったなってまだ見抜けるレベルなんですけど、それ結構僕本当にう
さんくさいと感じていて、たまにポスターとかもAI画像でいいじゃねえかみたいな勢がいるんですけど、僕それに本当に納得ができなくて、
本当に僕がもともと美術部に入ってたりとか、デザインっていう分野に足を突っ込んでたっていうのもあるので、そこはそうじゃないんだよなみたいなのはすごく感じているっていうのを思っていて、
かといって人間が生み出したコンテンツとAIが生み出したコンテンツにちょっと倫理感とか常識とかいろいろ抜いたときに違いは何なのかって思うと、あんま違いってないんですよね。
結果だけ見ると、プロダクトできました、このデザインできましたっていう結果自体はあんま変わらなくて、実際AIがどんどん進化していくとその差異みたいなものは絶対結果だけ見ると見抜けなくなるっていうことにな
ってきたときに、
過程こそ目的になる時代
やっぱりいろんな一般論でも言われますけど、プロセスエコノミーって言葉を使われますけど、家庭こそが目的になるんじゃないかって僕は個人的に思っている、一般論にかぶせて思いますけど、家庭こそ目的になる時代
なんじゃないかなと思っていて、
本当にAIは画像資料そして動画を瞬時に高品質で生成するっていう、今ではもともとチャットGPってオープンAIがソラという動画生成アイを出してたんですけど、ちょっと採算取れなくて閉めちゃったんですけど、
高品質で、将来的には1秒くらいで生成できるみたいなAIが登場してもおかしくないんじゃないかと思ってるんですけど、全ての人がある程度のレベルで仕上げてくるっていう時代が絶対突入してきて、今もそれに片足を
踏み込んでたりとか、
ウェブ上のブログのコンテンツが確か人間よりもAIが生成したコンテンツの方が多くなったっていうのが多分1年前くらいにそうなったと思うんですけど、本当に全ての人がある程度のレベルで仕上げてくる中で、自分が
今思っている問いとしては本当に人間が作ったプロダクトの価値は何になるのかっていうこともそうなんですけど、
そもそもプロダクト自体の価値って何なんだろうってことがすごい思っていて、AIが生成しようが人間が生成しようが、プロダクトはプロダクトなんですよね、それは結果で見るとプロダクトなんですけど、それって結局
何なのってことにすごい問われていて、
ちょっと話が変わると、ホワイトカラー消滅論っていうのが結構最近あると思うんですよね、何でしたっけ、クラウドサービスか何かのやつとか、そこは詳しくニュース見なきゃいけないんですけど、ホワイトカラー消滅
しますよと、
だからブルーカラーだったり職業的専門性、専門性磨けと、伝統とかAIには代替できないところに行けっていう主張が結構ここ1年2年くらいは騒がれてますけど、その主張も理解はできるんですけど、
なんか今ここひだふる川っていうところに来て、改めて市場価値とかお金のためだけに生きる生き方にはすごい賛同できないなと思っていて、僕個人として本当にウェブデザインっていうのも好きなんですよ、デザイン好き
だったりとか、さらには本当にデザイン、ウェブデザイン、デザイン、あとは人間が作るものっていうものもすごい好きなんですよね、
逆にAIが作ったものが嫌いかっていうと、そうじゃないですよね、AIも本当にプロンプトの1分次第だけで全く違うものを生み出すみたいな、そこの面白さっていうのは僕3年くらい触り続けてるんで、そこもすごい理
解してるので、AIのコンテンツがダメとかどうこうってわけじゃないんですけど、
なんで急にホワイトカラーダメになったからブルーカラー行きますみたいな、ブルーカラー行けみたいなとか、専門性磨けみたいなって、なんか結構諦めに近い論調で、僕は学生としての身としては将来こういうことをや
っとけみたいな大人の人たちって結構いると思うんですけど、もうそれに結構飽き飽きしてるんですよね、本当に。
結局何なのってなった時に自分で見つけ出さなきゃいけないし、AI触れる中でこれは自分は必要だろうみたいなことをちゃんと見つけて、それに狙い撃ちしていく、それは狙い一つのことに狙い撃ちするのは危ないので、
何個か狙い撃ちをした方がいいんですけど、その狙い撃ち自体を多分大人の人もそうですけど、専門家とかにあんま任せない方がいいんじゃないかって個人的に思ってるんですよね。
誰もその先制AIの未来っていうのは予想つかないし、急にフェーブル5って新しいAI出てきたら急に米国政府が使うなみたいな、そういう政治とかも絡んできて本当に未来が予想できない中で、これだけやっとけ
みたいな論調に従うのって結構危険だなっていうのが個人的に思っていますっていうので、
ちょっと話はそれたんですけど、結局そういった諦め論だったりとか、さらにはたまに高校の友人とか音楽とか3Dとか映像とか制作してる人たちが何人かいるんですけど、その人たちと話していても、AIちょっとやべえ
よなみたいな話になっているんですけど、
結局僕最初言ったように全ての人がある程度のレベルまで仕上げてくるっていう世の中になった時に、結局人間とAIの出力差は将来的に見分けがつかなくなる。だから本当に信じるか信じないかゲームになる可能性が本当
に僕危惧していて、
結局言いかかりつけられて、これ生成愛使ったなとか、これ生成愛使ってないっすみたいな、そんな論争が多分、この未来10年20年は多分クリエイターの皆さん絶対に衝突する壁になると思っていて、
AI時代における人間の価値
結局どうでもよくなるとか言い続ける人たちは残ると思うんですけど、結局どうでもよくなるみたいなことになってきた時に、最初に戻るんですけど、家庭こそが目的になる。本当に重要になるのがプロセスエコノミー。
生み出す過程だったりストーリーとか、共感とか要因とか、僕もノート書いてて思うんですけど、やっぱりその人がどう感じて結局この結論に至った。その結論が正しいとか間違ってるとかじゃないんですよね。
その人がその経験をしてそう感じたんだってことがものすごく価値で、AIっていうのは本当にこれはこうだからこうですよねって論理的に要因もなく要約してくるんですよね、記事とかを要約させると。それってあん
まり価値はなくて、それというよりかはその個人がどう感じてどう思ったのかとか、
言葉もそうですけど、僕のノートって結構AIによく文章力も強化したいので、文章力を強化するためにどういったことを書けばいいと思うみたいな提案とかもさせたりとか、いろんな壁打ちするんですけど、やっぱりそう
していくと要因というものがなくなっていくんですよね。
結局AIの回答に寄せられて、それを世の中に公開するって本当に価値はあるかっていうと、あんまりそうじゃないと思うんですよね。
ってなった時に、そのAIに構成させるとか、誤字脱字発見させるっていうそのプロセスも、そのプロセス自体が自分の成長になり、結局ノートでいい年数集めたとか、ビュー数を多く稼げたみたいなんてあんまり価値にな
らないっていうのを改めてノートを書いてて思っていて、
だから僕自身は本当にプロセスを目的にしていいんじゃないかって考えてるんですよね。これは学生だからっていうこともあると思いますね。学生だからお金稼がなくていいというか、そういう仕事をしてないので、プロセ
ス100で全振りしていいと思ってるんですよね。
さらには、AIは数分で本当に人間を超えてくる作品っていうのも出てくると思うんですよね。最近最新のニュースを追いかけてると、映画をAIが数分で制作するみたいなとか、さらには著作権振る虫のキャラクターを出
したアニメとかも出てきてますけど、
そういった人間を本当に超えてくるAIっていうのが登場していくので、その潮流に逆らう、その流れに逆らうのは結構危ないのかなと思っていて、それも受け止めつつ、プロセスって何なんだろうっていう結構個人的な価
値に近くなってくるんですよね。
個人的な、これは俺がやりたいんだみたいなことを突き詰めた先にそれを共感してくれる人たち多分いると思うんですよね。僕がこのポッドキャスト撮ってる理由も、多分数万人とか数百万人に刺さるトークみたいなこと
は全然できてないですよ。
だってお笑い芸人の方が話絶対上手いし、こんな一学生が語ってるこのよくわかんないトークよりも絶対芸人の方が面白いし、AIとかのようやくAIニュースとかの方がわかりやすいと思うんですよ。ネジっこくない
ので。
けどそこは僕は目的にしてなくて、むしろ自分がこのポッドキャストっていう一回期での撮影の中で何を語って何を伝えるかみたいなトーク術って多分自分の一生の財産になるなっていうこのプロセスこそが価値になる。
アウトプット、このポッドキャストで投稿されたそのアウトプットに価値がある投稿じゃなくて、このポッドキャスト語ってる時間もそうだしノート作ってる時間もそうだし、いろいろ試行するそのプロセスが価値がある
っていうことかなと思っていて。
なので僕個人としてもその価値を追い続けていきたいですし、ちょっとコモディティ化ってちょっと難しい言葉を使ってるんですけども、一般化してしまうと思うんですよね。
ある程度のレベルまで作れてしまうってことは、とんがり続けなきゃいけないんですよね。作ったものに対して自信を持って、それをAIがどうこう言おうが、他人がどうこう言おうが突っ走らないといけないっていう、
ある意味でいうスティーブ・ジョブズみたいな感じですよね。
これは俺にとっての価値がある、これは俺にとっての価値があるってことは何百万人に価値があるんだみたいな、それくらい突っ走らない限りはちょっとコモディティ化、一般化してしまうのじゃないかなっていうことに
も危惧してるので、僕自身はこのただいま成長2は回を追うごとに多分トークが上手くなっていくのかな。
そうだと思うんですけど、それ自体のプロセスをこの聞いてくださっている皆さんにも価値だと感じてくれたら、僕が本当に狙っているところにフィットするのかなと思っているので、ぜひそこをちっこいなとか、どう
いうことなんだよみたいなところがあれば、
ぜひノートで質問だったりコメントいただけると僕のモチベーションも上がりますし、僕が改善できるポイントだなと思うので、ぜひやってほしいです。
ということで、最後人間にしかできないことで締めてるんですけど、やっぱ本とか余韻が価値なんですよね。たまに僕の友人とかもですね、本とか記事とかすぐに要約させて、こうこうこうだよねみたいなのがあるんです
けど、
それは端的に要約して物事を伝えるっていう目的であれば合理的なんですけど、本とか筆者が伝えたいこととか、記事とかもそうですけど、思ってることみたいなところって結構独自の語彙だったり言い回しとかって
AI要約では捉えきれないってことは、これはもう過去ずっと僕も3年間使ってますけど、そう感じるんですよね。
で、やっぱり合理性を排除したよくわからない体験的なコンテンツ、このCCIが出てきて本当に激動の時代だなってすぐ思っていて、僕自身ノート書き続けてる理由の一つも、一つ前のノートの記事で有料記事で書いた文
もあるんですけども、
激動の時代でももがきながら葛藤を綴る文章だったり、このポッドキャストを喋るみたいなところって、それが人間にしかできないのかななんて思っているので、僕も近く喋りますけど、
そういった曖昧さだったり非合理性を追求したコンテンツみたいなのはAIに勝ち続ける人間の領域なのかなと思っているので、その曖昧さだったり非合理的なところは人間にしかできないですよね。
なんでこうなるかなんて結構人間にしかない。AIと対話してたら結局あんまり感情論とかにならないですよね。AIに質問して自分の回答に寄せていくっていうただただ作業になるんですけど、この人間と人間のコミ
ュニケーションってなんでそうならないかなみたいな。
正々堂に起こらないけど、正々堂とほとんど同じことを質問したら人間の回答の方がなんだんだよみたいなことが多いと思うんですけど、それすら人間の価値だし、AIは多分模倣する目的で作られてないので、究極の合理
を突き詰めたのがAIだと思うんですよね。
だから僕はAIが好きなんですけど、かといってAIの合理だけでは人間を捉えきれない。その取りこぼされた曖昧さとか非合理性が何回も言いますけど、勝ち続ける領域なんじゃないかなと思っているので、僕個人として
もノートも書き続けたいと思いますし、ポッドキャストもそうですね。
これも実際に僕が投稿し続けるとか、世の中のクリエイターとかが投稿し続けることによって、それ自体がAIのデータベースになっているという側面があるので、なんか皮肉ですよね。
これ本当に思うんですよね。2年前とかXがグロックAIを開発し始めて、イーロンマスクがツイッターを買収したときもそうなんですけど、このツイッター上にある画像のコンテンツとか全てのコンテンツをAI学習に使
いますっていう同意の文章に変えたと思うんですよね。
それになったときもそうですけど、ちょっと気づき始めてきたと思うんですよね。AIを作っている人たちもどれだけスペックを上げても人間を共感してくれないみたいなことにもなってきて、そこでだんだんと余韻
っていうもの、人間味があるみたいな。
GPT4.何本出したときも温かみが少なくなったみたいな話もあったんですけど、やっぱり人間って結局は合理性ではない。人間自体が非合理な存在なので、やっぱり非合理を追い求めたいみたいなところもあるのかな
と思うんですけど。
AIに逆らう挑戦と発信の継続
そこの部分ですよね。ちょっと何を言いたかったかわからないですけど、ようやくすると曖昧さだったり非合理性がAIに勝ち続ける人間の領域かなと思ってますということで、今後個別最適化されたフィジカルAIだった
りロボットみたいなのも中国だったりアメリカも今開発していると思うんですけど、
そのAIが登場したとき、ノートでは個人の可能性が狭まる器具をしているって書いてたんですけど、その理由として簡単に言うと、メモリとかAIのメモリ機能とかもあるんですけど、結構自分の可能性を狭めてるんです
よね。回答とかも自分が今まで行ってきた範疇の中でしかAIが提案してくれなくなったりとか、フィジカルAIもそうですけど、
フィジカルとかも、そういった自分個人を真似たときに、挑戦って非合理なんですよね。すごい合理的じゃないんですよ。いかに現状をキープし続けるかってことが合理的な気がするんですよね、生成とかデータ上では。挑
戦ってだって未知ですし、AIが勝率みたいな算出したとしても、それ逆転する可能性もあるみたいなところで、
そんな中でみんながAIを使い始めて、ある程度自分と同じような人格とか提案してくれるAIが登場したとしても、そのAIが言ったことをことごとく反対して、全然違うことをやっていく方が、むしろAI時代に生き
残り続ける人なのかなって。結局さっきも言いましたけど、コモニティ化してしまう。
AIが提案したことばかりをやっているとね。そんな感じもするので、ある意味自分が今までやったことないところの領域をどんどんチャレンジしていくっていうことも必要なのかなと思っていて。
ポッドキャストもそうですけど、僕ポッドキャスト始めたのも高校生のときポッドキャストなんかやってなくて、今初めて2人でポッドキャストやってみて、今やっと2人でもやってますけど、もう一つのチャンネルで1
人でトークするって多分めちゃくちゃ下手だろうなと思って今やってるんですけど、聞き返して思うんですけどやっぱりちょっと下手だなって思ってるので、そこも強化していきたいんですけど。
なんかそれですよね。AIが急に今までの自分を知っててポッドキャストやりませんか?みたいな提案してこないんで、そういった提案をことごとくやめていく。それじゃない新たな第三の回みたいなことまでも見つけて
いく。
それくらいまで自分も可能性を突き詰めながら、それになんかよくわかんないけどちょっと足を踏み入れてみるみたいなことは僕の課題でもあるんですけど、それをちょっとやっていけたらなみたいな思いつつ、時代の潮流
に逆らわず、AIニュースも今後大いに出てくると思ってます。
このポッドキャストでは今回の最後だと思うんですけど、AIニュース。最初で最後だと思うんですけど、そんなAIニュースとかもちょっと自分の口で要約しながら自分の考えとかもまとめていけたらなっていうか、
ノートではですねちょっとこういうのことをこういうこういうしすぎてちょっと全然AIのことあげれてないんですけど、ちょっとAIのことも僕好きなんで、そういった時代の潮流みたいなところも僕があげる価値
みたいなところに戻ってくるんですけど、
それでも大学生使ってAI使ってます。中学生の頃からAI使ってますみたいなんで、ブランドにはなるのかな?わかんない。それもあるのかなと思っているので、そういったところをやっていけたらなと思ってます。
僕がこの記事、このポッドキャストもそうですけどね、ちっこく言いたかったのは、やっぱりこの要約しにくいだったりとか人間にしか書けない内容こそがやっぱり本質であり、激動の時代だからこそ経験に根差した少し合
理的ではないコンテンツを、僕もノート毎日投稿してますけど、毎日発信し続け、後から振り返った時にちゃんと人間やってたんですね。
そんな感じですよね。そんなことを言える人生とか生き方にしたいなと思っているので、海外とかいろんなところに行きたいですけど、いろんなところに行って、自分の経験とか道を増やしてできたらなみたいな。
このひだ振る川にいるってこと自体が僕が高校1年生、2年生、3年生の夏くらいまで想像できなかった進路だと思うんですけど、そんなAIだと多分SFCだったりとかAPUとかそういう科学学習のところをお勧めして
くると思うんですけど、自分が見つけた甲斐なんでちょっと自信を持って今の進路を歩めているので、そんな感じでちょっと合理的じゃないところにも目をつけながら、
でも生活とかは合理的にやりつつ、興味あることは不合理的に誰も見つけてないみたいな甲斐とかを見つけながら発信していけたらななんて思っています。
ちょっと成長痛なのか、成長痛ですよね。僕が毎日コンテンツを上げ続けているのにAIのコンテンツが増えていくなんなんだみたいな思いつつも、それでもトークとかも成長しなきゃいけないし文章力とかも成長したいな
みたいな、もぞもぞした感覚を今日は捉えて投稿しましたというわけで、今日はここまでになるんですけども、ただいま成長痛は不定期に更新していくと言いながら結構早めの更新になります。
聞いていただける皆さん嬉しいですし、ちょっとでも宮井ハルトのファンになっていただけると僕はなお嬉しいです。
次回もまたその時に感じている痛みだったりとか思っていることなどをそのまま持っていって投稿します。
あとはですね、宮井ハルトはちょっとポッドキャストでも何回も喋ってるんですけども、note.comというブログで毎日続いているので是非フォローしていただけると僕の励みにもなりますし、
note.comの記事ではわかんなかったよみたいなことがあると、じっくりこのようなポッドキャストでまた説明したいなと思うので、是非聞いていただけると嬉しいです。
ただいま成長痛第2回終わりたいと思います。ありがとうございました。
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