1. 朗読 de ポッドキャスト
  2. #14【青空文庫】幸福
2021-12-06 05:00

#14【青空文庫】幸福

spotify

島崎藤村「幸福」

---------------------------------

Shimazaki Toson title:Happy

00:02
幸福 島崎 東村
幸福が、いろいろな家へ訪ねて行きました。誰でも幸福の欲しくない人はありませんから、どこの家を訪ねましても、みんな大喜びで迎えてくれるに違いありません。
けれども、それでは人の心がよくわかりません。 そこで幸福は、
貧しい貧しい小敷のようななりをしました。 誰か聞いたら、自分は幸せだと言わずに、貧乏だというつもりでした。
そんな貧しいなりをしていても、それでも自分をよく迎えてくれる人がありましたら、その人のところへ幸せを分けて置いてくるつもりでした。
この幸福が、いろいろな家へ訪ねて行きますと、犬の飼ってある家がありました。
その家の前へ行って幸福が立ちました。 そこの家の人は幸福が来たとは知りませんから、貧しい貧しい小敷のようなものが家の前にいるのを見て、
お前さんは誰ですか? と尋ねました。私は貧乏でございます。
ああ、貧乏か。 貧乏はうちじゃお断りだ。
とそこの家の人は、戸をぴしゃんと閉めてしまいました。 おまけに、そこの家に飼ってある犬が恐ろしい声で追い立てるように鳴きました。
幸福は早速御免をこむりまして、今度は鶏の飼ってある家の前へ行って立ちました。
そこの家の人も幸福が来たとは知らなかったと見えて、嫌なものでも家の前に立ったように顔をしかめて、
お前さんは誰ですか? と尋ねました。
私は貧乏でございます。 ああ、貧乏か。
貧乏はうちじゃたくさんだ。 とそこの家の人は深いため息をつきました。
それから飼ってある鶏に気をつけました。 貧しい貧しい小敷のようなものが来て、鶏を盗んで行きはしないかと思ったのでしょう。
03:09
とそこの家の鶏は用心深い声を出して鳴きました。 幸福はまたそこの家でも御免をこむりまして、
今度はうさぎの飼ってある家の前へ行って立ちました。 お前さんは誰ですか?
私は貧乏でございます。 ああ、貧乏か。
と言いましたが、そこの家の人が出てみると、 貧しい貧しい小敷のようなものが表に立っていました。
そこの家の人も幸せが来たとは知らないようでしたが、 情けというものがあると見えて、
台所の方からおむすびを一つ握ってきて、 さあ、これをおあがり。
と言ってくれました。 そこの家の人は黄色いたくあんのお香までそのおむすびに添えてくれました。
とうさぎは高いいびきをかいて、 さも楽しそうに昼寝をしていました。
幸せにはそこの家の人の心がよくわかりました。 おむすび一つ、たくあん一切れにも人の心の奥は知れるものです。
それをうれしく思いまして、 そのうさぎの勝手ある家へ幸せを分けておいてきました。
05:00

コメント

スクロール