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2021-11-29 03:01

#13【青空文庫】兵隊の死

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渡辺温「兵隊の死」

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Watanabe on  title:Death of a soldier

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兵隊の死。渡辺御園。楽しい春の日であった。花盛りなるその広い原っぱの真ん中に、
乾き色の新しい軍服を着た一人の兵隊が、赤い毛布を敷いて大の字のように寝ていた。
兵隊は花の香りにむせびながら口笛を吹いた。何という素晴らしい日曜日を兵隊は見つけたものであろう。
兵隊は町へ活動写真を見に行く小遣い船を持っていなかったので、仕方がなく初めてこの原っぱへ来てみたのだった。
兵隊は人生の喜びの在りかがやっとわかったような気がした。
兵隊はふと病気にかかっているのではないかと思った。兵隊の額の上には、ホリゾントの青空のごとく青々と物静かな大空があった。
兵隊はいつしか口笛を忘れて、うっとりとあの青空に見惚れた。
兵隊は青空のみずみずしい横っ腹へ一発鉄砲を打ち込んでやりたい情欲に似た欲望を感じたのだ。
ああ、一体それはどういうことなのだ。
兵隊は連隊切手の射撃の名手であった。
兵隊は鉄砲を取り上げると、仰向けに寝たまま額の真上の空に狙いをつけて、ズドンと撃ち放した。
すると弾丸は高く高く遥かなる天の深みへ消えていった。
兵隊はやはり寝たまま鉄砲を捨てて、そして手近な花を摘んで胸に抱いた。
それからさて兵隊はすやすやと眠った。
何分か経つと、果たして兵隊の優れた射撃によって打ち上げられた弾丸は、少しの宝物線も描くことなしに、天から落下してきて兵隊の額の真ん中を撃ち抜いた。
それで花を抱いて眠っていた兵隊は死んでしまった。
シャーロック・ホームズが眼鏡をかけて兵隊の死因を調べに来たのだが、
この19世紀の古風な探偵の持つ観察と推理とは、
兵隊の心に宿っていたところの最も近代的なる一つの要素を検出しうべくもなかったので、探偵は頭をかいて当惑したという。
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