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商売繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願い致します。
ジョージ・ウォーエルさんというですね、作家さんいらっしゃるんですけども、生涯通じてですね、一貫したテーマを追求した作家さんでもあるんですね。
パリ・ロンドン放浪期、これ1933年で、あと1949年ですよ、に発行された本でですね、1984年、1984年って、こういうものなんですけどもね、これ未来予測ですわ。
これを含む、彼の主要作品をつなぐ革新というのは、これ何かというとですね、人間の尊厳、それからですね、その損失で、それがですね、権力とか社会構造だとか、言語、真実の操作によってどのように蝕まれていくか、という点にあったんですね。
これはですね、彼の人生経験ですね、ビルまでの植民地警察官とかスペイン内戦への参加だとか、結核との戦いだとか、それから前にもね、彼の作品ちょっとね、そのパリ・ロンドン放浪期の話はちょろっと出ましたけどね、彼はその自分もですね、ホームレスになってですね、そのホームレスがどういう気持ちになるのかみたいなね、こういうことをですね、経験に基づいてっていうことで全部書いてる方なんで、
こういうですね、自分の体験がですね、今言ったテーマですね、人間の尊厳と損失、それが権力、社会構造とか言語とか真実の操作で、どのように蝕まれるかみたいな、こういうね、テーマに、あのテーマでね、単なる抽象論ではなくてですね、まあその自分の肉体と精神で味わった実感としてですね、描いたというところがですね、彼の特徴なんですね。
で、このオーウェルの初期作品にですね、この先ほど言ったパリ・ロンドン放浪期があるんですけども、これはですね、紅茶を恵んでくれる教会の聖職者を口汚く罵らずにはいられないと、こういうとても印象的な一文があるんですよ。
これはね、実際にホームレスや非雇用労働者としてね、暮らしてたって言ったじゃないですか。で、その時にですね、彼こう言うんですね、貧困は退屈で、貴族で魂を腐らせると言ってるんですね。貧困は肉体を弱らせるだけじゃなくて、人間性を見えない牢獄に閉じ込めると、といってですね、自分もホームレスとして取材しているオーウェルがですね、教会の聖職者から紅茶をね、もらう場面っていうのがですね、まさにこれなんですね。
で、もらった時にですね、向こうはそんなつもりないんですよ。恵んでくれてるんですから。だけどね、聖職者を口汚く罵りながら紅茶をもらってるわけですね。で、なんでかっていうと、感謝の言葉を口にすると、施しを受ける劣等者として自分で自分を位置づけちゃうと。で、そうすると自尊心が崩壊すると。
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だからこそ貧困者は恩人を罵倒せざるを得なくなるんだと。こういうね、とても悲しいね、必死な現実っていうのを表したんですね。で、このテーマはですね、動物農場1945年や先ほど言った1984年にも引き継がれるんですけども、権力者は人々を貧困無知、恐怖の状態において尊厳を奪うことで支配を容易にするよという構造なんですね。
オウエールにとって尊厳とは人間らしく考え、感じ、抵抗できる状態。で、それを奪うものが何であれね、貧困とか帝国主義とか全体主義とかね、彼は激しく批判してたんですね。
で、このオウエールがですね、権力が善のため、平等のためなんていう詭弁を言いながらですね、最終的には権力そのものを目的化するということをですね、繰り返し暴き出したわけですね。
それが動物農場という、こういうお話になってくるんですけども、この物語の流れとかですね、それをチャチャチャッと話していきますけど、まず一番最初は何かというとですね、人間の農場主ジョーンズに虐げられていた動物たちはですね、そこの中で暮らすですね、結構もう5年配になった豚のですね、オールドメジャーっていうですね、彼の教えに基づいてですね、
動物主義っていうのを掲げて、この農場で反乱を起こすわけですね。で、人間を追い出してですね、農場をですね、動物農場っていうふうに改名する。
彼らはですね、7つの戒めというのをですね、ナヤの壁に掲げるんですよ。で、その中でもですね、すべての動物は平等であるっていうこのテーマこそですね、革命の最大のスローガンですね。で、すべての動物が搾取から解放されて、互いに平等に暮らす理想郷を目指す象徴だったんですよ。
ところがですね、この豚ちゃんですね、知能が高い豚たちがですね、指導層に指導していく側になっていくわけですね。スノーボールっていう子がいるんですけどね、この子はですね、風車の建設とか革新的な計画を推進するんですね。
だからナポレオンっていう子はですね、権力欲が強くてですね、秘密裏にですね、裏でですね、犬たち、犬たち秘密警察なんですけども、これ育ててですね、死兵か、もう要は自分のための兵にしちゃうみたいなね、そういうことを進めるわけですよ。
で、スノーボールにですね、スノーボールだからこの風車建設とか革新的な計画を推進している仲間ですよ、豚ちゃん仲間のスノーボールをですね、ナポレオンはですね、犬に追放させちゃったんですよ。
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で、どうしたかというとですね、独占をですね、し始めるんですね。さあ、こっから豚だけが特権を独占し始めるんですよ。まずリンゴやミルクを独占し始めました。農の健康のためです。家畜小屋じゃなくてですね、ついに農場主の家に住むようになりました。
で、労働は他の動物に任せてですね、自分たちは監督とか管理とかそんなことのみになりました。で、豚の代弁者でありですね、プロパガンダ担当のですね、スクイーラー君ってのはですね、他の動物を説得しながらですね、何をしたかというと、その先ほどの7つの戒めをですね、少しずつ書き換えていくんですね。
それはですね、動物はベッドで寝てはならないっていうのをですね、動物はシーツ付きのベッドで寝てはならないっていうのに書き換えている。動物はアルコールを飲んじゃならないっていうのを、動物は過度にアルコールを飲んではならない。飲むようになっちゃったね。で、理由なく他の動物を殺してはならないっていうのを、他の動物を殺してはならない。つまり、豚同士だったら殺し合いを正当化するということですね。
こういったことはすべて必要だからとか、みんなのためだからって説明されて、動物たちはですね、なんかおかしいなって疑問を抱きつつも受け入れちゃうんですよね。で、最後の終盤ですね、すべての戒めが消されてですね、消されちゃったの、最後は。
なやの壁に残るのはただ一部だけ。すべての動物は平等である。だが、一部の動物は他の動物よりももっと平等である。この矛盾した表現っていうのが、革命を裏切ったのが豚ですよというね、これになっちゃったわけですね。
結局、平等っていう言葉を残しつつ、より平等っていう言葉で階級差を正当化したわけですよね。豚の方が上っていうね。論理的にはもう破綻してるんですよ。ところが、権力者が強制すれば真実になるんだっていうですね、そういう物語でもあるんですね。
このフレーズが示す本質的な意味っていうのはですね、権力の腐敗の本質的なものを言ってるんですよ。どんなに高尚な理想、平等だ、自由だ、正義だなんていうことを言ってもですね、権力握ったやつっていうのは、それを自分たちの特権維持のためにどんどんどんどん歪めていくよということなんですね。
あとは言語の操作がありましたね。言葉を微妙に変えるだけで、真逆の意味にすり替えることもできるわけですね。平等の名の下に不平等を正当化しちゃったからね。
大衆の無力さっていうのもありましたね。他の動物たちなおどうしたって、過労な労働とプロパガンダで疲弊してるんですよ。疑問を誰も口にできなくなっちゃうわけ。記憶も操作されて、過去の理想とかさ、どんどん忘れちゃったわけですね。
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これはもう現代への継承でもあるんですよ。例えば上級国民とか特級下級とかエリート主義とかさ、批判するときに今でも頻繁に平等とか自由とか使われてるわけじゃない。
だけどどうなのって、豚たちは完全に人間のように、最後の最後よ、物語の最後の最後どうなったかと言うと、完全に人間のようになっちゃうんですね。2本足で歩くようになっちゃうんですよ。服着てね、ムチ持ってね、人間の農場主と酒を組み交わしてね。
だから人間とタッグ組んじゃってさ、他の動物たちを虐げる側になっちゃったわけですね。他の動物たちは窓から見つめて、豚と人間の区別がつかなくなったっていうふうに絶望するんですね。革命は成功してるのかって話だな。
この結末こそが、オーウェルはですね、スペイン内戦とかスタリン体制を見て学んだ最大の教訓で、権力は腐敗すると、絶対的権力は全体的に腐敗していくんだと。彼のエッセイでも繰り返しこれ述べてたということなんですね。
動物農場自体は短いお話なんですけどね。この一文に凝縮された皮肉と皮肉ですね。これはちょっと面白いですよね。ワーッと思いますわね。
オーウェルはですね、客観的真実が存在しなくなる社会ってのは、人間の心が自己都合で、後から自由に変更とか自動化してしまうって、これを生涯警告してたんですね。
1984の過去を支配するものは未来を支配するとかね、こういう話だったんですね。
あとはスペイン内戦で見たね、戦闘がない場所でですね、大規模戦闘が報じられたとか、死体が横たわる場所で沈黙がされてたと、支配されてたと。
この現実も経験してるわけですね。
彼はこれをですね、真実は歪められるのではなく置き換えられるっていう風に表現したんですね。
貧困を描いた初期作品でもですね、中3階級が貧困者の現実を見ない、信じないことでですね、社会的な不正が維持される構造を批判してます。
真実を認めない姿勢はですね、自らの尊厳の損失と権力の温床になっちゃうんだよということなんですね。
言語が思考を形作るっていう認識は、これオーウェルもですね、すごく言ってるわけですね。
その中の一つでですね、結構1984がですね、この言語に関してはですね、かなりグッと深く切り込んでですね。
1984の本の中はですね、何かと言うと、とにかく人の語彙を減らしてニュアンスを排除することを徹底したんですよ。
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そういう部分があるんですね。
そうすると何かと言うと、複雑で奥深い表現がどんどん理解できなくなるから、結果的に思考力も下がって反対性的な思考自体を不可能にしちゃう。
つまりバカにしちゃうとですね、言語語彙力を減らすとですね、バカになっていくからどんどんそうしようぜみたいな、それを進めようぜみたいなことをやったということなんですね。
これってどうですか。現代のSNSなどにある文字制限とかハッシュタグ文化とか、あとは動画とか写真とかのショートとかね、その流行がありますね。
これ延長線上にあると思いません。実際にもう今文字が読めない子たち出てきてますよ。
本を読んでも何かどんな意味だかわからないって、説明紙を読んでも意味がわからないから作れないって、こう言うんですよ。
本当ですよ。実際に僕そういうこと話してますよ。もう現れてます。
OLの初期作品でもですね、階級社会の言葉遣いですね、丁寧語とか因語っていうのはですね、人間関係を歪めたりとか尊厳を損なう様子も書いてたりなんかもするわけですね。
だから我々がですね、日頃思考レベルから使っている言葉とかその意味とか概念なども全てですね、何かしらの制限があるぞとか何かしらの操作がされてきたんだよっていうことをOLは説いてたりもするんですよ。
まあこんなOLがですね、一貫して守ろうとしたものは個人の尊厳と自由な思考ですね。だから客観的真実存在してるんだよということなんですね。
権力への回避ですね。先ほどもね、動物の罪ありましたね。どんな理想も権力化すると腐敗するということですね。
まともさとか礼儀正しさとか人間らしい振る舞いは重要だよということをですね、前作品通してお話してたわけですね。テーマとしてあったんですね。
彼はですね、それが起こるのを許さないで、それはあなた次第ですっていうメッセージも残してるんですね。
これは個人の倫理的抵抗が全体主義を防ぐ最後の砦だよということを伝えてるんですよ。
今のようにね技術とか監視が進んでもね、人間の心理的な脆弱性ですね。
それは例えば、人はね、苦痛や不快を避けて心地良さを求める本能があるので、これを最大化すると抵抗しなくなっちゃうんだとかね。
生活のあらゆる面をさ、より快適に、より早く、より安くする技術サービスっていうのが依存を生んでね、思考の独立性奪われるとかさ、
同じメッセージとかイメージとか行動を繰り返し聞いてるとね、脳がそれを当たり前とか真実として擦り込んじゃうとかね。
まあこれはあれですね、節約だとか、いろいろとなんか言ってるみたいですね。
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僕テレビないからわかんないけどさ、テレビとかでは節約しろだとか、みんなで共有するのいいことだみたいな、そういうことを言ってるみたいですよね。
するとですね、矛盾を許容できない、白黒つけたかったりとか、考え極端で柔軟性に欠けるようになっちゃったりとか、
都合の悪い情報を無視しやすい、否定しやすかったりとか、自己正当か言い訳が早かったりとか、党不メンタルなのにこだわり派になっちゃったりとか、
こういうことをですね、各自が自分で自覚して抵抗し続けることが鍵だというわけですね。
オーベイルはですね、1940年代に1984書いてるのからね、予言者なのって言うんですけど、つまり予言者じゃないんですよね。
人間の本性を深く観察した記録者だったんですね。
だからこそですね、彼の警告っていうのはですね、今この時代になってもですね、響いてくるわけですということで、
今日はですね、ジョージ・ウォーエルのですね、動物の蝶というところとね、その裏側にね、ずっと走ってですね、
彼のですね、何か考えとかですね、思想みたいなものをお話しいたしましたということで、本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
また明日お会いしましょう。それではバイバイ。