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#1615 人生の正午と不惑
2026-06-04 15:06

#1615 人生の正午と不惑

#1615 人生の正午と不惑

心理学者のC.G.ユングは、人生を太陽の運行になぞらえ、40歳前後を「人生の正午」と呼びました。

午前中の太陽が上昇し、世界を照らすように、人もまた人生の前半では、社会的な地位や家庭を築きながら「自我(エゴ)」を強くし、社会適応しながら成長し、「自立」を目指します。

偽りの自分が目指す自立と、そこに則した成長という事です。

しかし、正午を過ぎ、太陽が下降を始める午後の時間帯になると…成長や自立の質、内容や意味合いは根本的転換を迫られます。

下手すると「今まで何をやっていたんだ」という程、衝撃的な現実を知る場合もあります。

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笑倍繁盛チャンネル、望月まもるです。本日もよろしくお願いします。
心理学者のユングさん、最近よく出てきています。
この方は、人生を太陽の運行になぞらえて、40歳前後を人生の正午と呼んだんですね。
午前中の太陽が上昇して世界を照らすでしょう。人もまた人生の前半は、社会的な地位や家族を築きながら、
自我を強くして、社会適応をしながら成長して、自立していくわけですね。
社会適応をしちゃうということは、本来の自分じゃなくなってきますからね。
偽りの仮面をどんどん付けていって、自分が目指す自立と、それに即した成長をしていくということなんですね。
ところが、正午を過ぎて、つまり40歳を過ぎて、太陽が下降を始めると、午後の時間帯になると、
成長というものとか、自立という、この言葉の質とか内容、意味合いは、根本的な転換を迫られるわけですね。
下手すると、今まで何やってたんだと、こういうほど衝撃的な現実を知る場合もあるわけですね。
人生の前半における成長というのは、まずこれは主に獲得と拡大なんですね。
足していくとか増やすことが成長という価値観とか概念なんですよ。
教育を受けて職業を選んで配偶者を見つけて、社会の中で何者かになると。
だからユングの言う、パルソナですね、仮面を山ほどつけることにもなるわけですね。
また、社会という集団の中で、何とか自分というものを確立するための戦いでもあるわけですね。
そのためには、自分をごまかしてみたり、本音本心を抑えてみたり、社会に合わせながら等価を出したり、
その対価としてお金をもらったりとか、ボナスが高くなったりとか、いろんなものを足していく、増やしていくのが成長だとか、
自立だという、こういう概念なんですね。
ところが人生の生を、これまでの法則が通用しなくなるんですよ。
これは中年の危機と言われているわけですね。
他者からの期待や社会的役割という本質に従いながらも、時に本心を曲げて、時に本音を飲み込んで、時に作り笑いして、
こうやって生きてきた人がですね、突如として自分の内側にあるですね、空っぽ、何かにね、え、こんなんじゃないじゃない?
なんていうのに直面してですね、真の意味での実存ですね。
自分の存在を問い直す段階なんですね。
何の疑問もなくそのまま行く人も多いですけどね。
40歳ってのは不悪ですよ。
惑わないって言うんですね。
これを呼ばれるわけですよね。
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不悪っていうのは、論語の40にして惑わずっていうね、これに由来する別称なんですけども、
30代の後半までの経験を積んできて、40歳になって自分の進むべき道とか判断基準が確立して、
世の中の出来事や周囲の意見だとか、流れだとかが一切惑わされなくなると、
要は自分がちゃんと確立してるからね、そういう状態を指すわけですけども、
これはね、でもね、30代までの生き方ね、これで決まるわけですよ。
人生後半での自立っていうのは、外的な達成や評価など条件付きの松葉杖で立つことではないんですね。
増やしてきちゃった。これもあえて言うよ。増やしてきてしまった。
諸々を眺めながらですね、俺は何してたんだと。
ある意味では、ある側面では絶望して、ある側面では、じゃあこれからどう生きていきたいのかな、俺はね。
こういう自らの内面的な真実ですね。
これ自己需要のところでもお話してますけども、こういったものと向き合って責任を持つというのが、
ここからの成長であり、自立ということですね。
でね、それはね、今まで散々社会や他社に預けてた主権ですよ。
多軸的なわけですから、これをやっぱり自分に戻す、主権浄土、こういうことでもあるわけですね。
これね、農科学的な部分から調べてみたら、やっぱり裏付けあるんだよね。
若年期の農というのがドーパミン報酬系が活発にあるんですね。
新しい刺激とか社会的地位の向上とか競争に勝つって、これ強い快感を覚えるわけですね。
これはどんどん外的な目標に向かって、自我をどんどんエンジンをぶん回す、午前中のエネルギーだったりするわけですよ。
ところが40代以降は前頭前夜の機能が成熟しちゃうんですね。成熟しますから。
だから農も効率性から統合性にシフトしていくんですよ。
具体的に言うと右脳と左脳の連携が強化されるんですね。
だから論理的思考と直感的な把握、こういったものを統合しながら複雑な問題に対処する能力がぐんと高まってくるわけですね。
だからユームが唱えた対立するものの統合っていうのは、脳科学的に言う脳の調和でもあるということなんですね。
だから後半生の自立っていうのは単純に一つの目的に向かって突き進むことでもないんですよ。
それまで重ねてきちゃった、それまで背中にいっぱい背負ってきちゃった、それまでいっぱい被ってきちゃった仮面とか、
こういう自分の中にある疑問とか矛盾を見つめて解きながら一つに調和させていくっていう能力ですね。
得ることだったりするわけですね。
前半過ぎて後半の人生の成長、自立とか、これの大きな特徴って何かというと、緩めること、手放すこと、捨てることにあるわけですね。
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その前に疑問に思うことっていうね、これがあるわけですね。
こういったものはこれまで握りしめていた若さとか増やし続けるっていうですね、
こういう概念をですね、本当にそうかなと。
手を広げてですね、風に逃したり、空いた手で自分を静かに撫でると、こういうふうになっていく段階でもあるんですね。
衰えでもないんですよ。
現実的な有限性を受け入れると、それがまた静かなる成長だったりするんですね。
これまでは年収10%上げられたとか、大きい契約取れたとか、高級車買えたとか、こういう外的な事実を自立とか成長ってしてきましたけども、
いい年越えてこれをやってるとちょっとね、変わってきちゃうわけですよ。
ここから違うんだからってことですね。
で、ユングはですね、正午の停滞っていうのを言ってたんですね。
これはね、中年の危機とも言われてですね、このままでいいのかっていうですね、
無意味感とか虚無感とか、あるいはエネルギーの低下とか将来の不安とかに襲われる停滞の時期のことなんですね。
人生の正午っていうのは、死の概念が明確になるので、人生の長さが有限であることを認識するっていうね、こういう時期でもあるんですね。
40超えたあたりからね、死を意識し始めますからね。
この転換期に内面的な統合が行われてないと、相変わらずの価値観でいると、
その後の人生が非常にどんどんどんどん1年ごとに虚しくなっていって、停滞したまんま過ぎちゃうわけですね。
大きい転換のチャンスであると同時に危機だとも言われてるわけですね、ユングさんはね。
だからこそここからですね、やっぱりそんな自分の欲の深さに激々したとか、自分の欲を果たすために情けないほど自分を曲げてきたとか、
こういう生き方の闇だね、これをちゃんと自分で受け入れたりとか、
あるいは深夜の静かなところで30分間一度も自己否定しないで自分の呼吸に耳を傾けてみたりだとか、
帰宅後は一切スマホも見ない、テレビもつけずに自己対話してたとか、
これ内面的な自己需要にですね、ちゃんと価値を置くようにシフトしていくわけですね。
これまで足し続けてきた諸々見直してさ、もうこれいらないなとか、こんなに固くなかったから自分が辛かったんだなとか、
こういうことを認めてですね、そういうものを解放していくということがこの危機の乗り越え方だったりするわけですね。
これまで守ってきたさ、外向きの自分ですよ、演技してた自分ですよ、ペルソノですよ、こういうものを少しずつ手放していってね、
本来の自分と向き合ってみたりとか、これまでの若さとか外的な成果だとか、そんなことばっかりじゃなくて、
自分のシャドウとか無意識に隠れていた側面ね、ちゃんと見つめ直して、統合して、自分自身を深く知るということで、
ああ、俺って全然自分が一致してなかったんだな、バラバラだったんだなっていうことをね、
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気づくことから自己統合ですね、自己一致に戻していくということですね。
まあこれどっちかというと本来の自分に戻ってくっていう感じでいいんだけどね、
そもそもこれいらないな、これいらないなってやってたら、本来の自分っていうのが残りますから、これなくならないですからね、
これまで外したらもう悟りですからね、そこまで社会生活で別に行く必要ないよって人は別にいいんですよね。
これ哲学的な見地から見てもですね、仏教的なところから見てもですね、やっぱり執着からの離脱とか、
ハイデーガー側でね、死への存在の覚悟っていうね、こういう言葉を言ってますからね。
私もそうでしたけどね、40の声を聞いたときね、自分の終わりっていうのは意識するものよ。
10代の頃はですね、ひどいですよ、40になったら人生は終わりだって思ってましたから、本当に。
そんだけバカいときはですね、その歳になったときに見える景色なんかわかんないのよ。
だからね、どう死んでいきたいのかとか、そのためにはどう生きればいいと思うって。
これ姿勢観ですね。この問いかけを自分にし続けるとですね、少なくとも今ここにいる自分っていうのは社会の歯車なのに一つでもなく、他人の所有物でもないと。
こういう事実にも気が付けるかなと思いますよね。
これは年齢は関係ないんですけども、こういうことをちゃんと思えた時からですね、人は誰でもですね、真の意味での自立した存在になるのかなと思います。
この後半戦の人生はですね、かつてだったら陰境みたいなね、社会の本領から外されてきたよ。
内面を掘り下げる成熟した人間っていうのはですね、効率を最優先する近代資本主義社会にとってですね、精神性を落とすだけじゃなくてですね、とっても管理しにくい不都合な存在なんですよ。
だから現代ではさ、都合いいことに生涯現役とかさ、若々しい高齢者とかさ、そういうのを美徳にしてるけども、
これはですね、ひどい話でですね、午後の夕暮れの太陽を無理やり午前中の太陽みたいに繋ぎ止めようとする非常に不自然な気持ち悪い行動なんですね。
マインドコントロールなんですよ。
僕はですね、個人的にはそうは言ってますよ。好きなことを続けたいんだったら続けるのが一番だと思ってますね。
生活のために働かざるを得ない状況を先ほどのようなプロパガンダで無理やりっていうのは大変不幸ですけども、やりたいんだったら別にいいんじゃないと。
私がよく行く地方の定食屋さんがあるんですけどね、そこでもおそらく80歳超えてるお母さんがですね、この若い衆にですね、一等値を譲らないでですね、ずっとオーダーを受けてるんですよ。
オーダー忘れる。忘れちゃうんですよ。頑張ってるんですよ。でもですね、お仕事一生懸命で楽しそうなんよね。
こっちも温かい目でですね、やっぱりお世話になってるという感じなんですよ。もういいって。お母さんいいよって。だったらいいって。
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俺のやつは我慢するって。あと15分かかる。わかった。遅れるけどいいよって連絡しとくって。そういう風に思いますね。
という感じですね。だからね、前回グレートマザーとかでもですね、お話でもやっぱり人生の後半とかは完全な若いというところに行くわけですよ。
後半生生きる人はですね、人生前半でやりまくってきた自分の中の弱さ、こういうものを隠すために強さで装ってきたわけですね。
でもそういったものもですね、全部解いていくっていうですね、今度は優しさ。自分で自分をですね、ちゃんと認めて抱きしめてあげるっていうですね、こういう優しさっていうね。
こういったものがですね、孤独も愛するし世界ともつながってるよっていうですね、この自立であったり成長であったりっていうところにつながるのかなと思いますよね。
人生の正午過ぎてからの成長とか自立っていうのはですね、世界に対して何か証明することとかじゃないんですよ。
自分の中に最初からあったですね、本来の自分を取り戻していくと。慈しみを持ちながら取り戻していくと、こういうことなんですね。
もう一つ言っておきますけど、自分の人生に無駄なんか一個もありませんからね。
午前中の戦いでね、例えば傷を負ってたとしてもね、手に入れた勲章があったとしてもですね、やむを得ずつけてしまった仮面の数々もですね、全てはですよ。
自分の個性、本来の自分を思い出すためにつけたもの、身につけた大切なね、一個一個の素材だったっていうふうに気づけるんですね。
だからこの境地に立ったときですね、なんかやっぱり大人になるかなと。
親からもね、社会からも何より自分勝手な自我からも自由になるかなと。
静かに死ぬためにこう生きていこうというふうに思えるのかななんていうふうに感じます。
ということで本日も最後まで聞いていただき誠にありがとうございます。
人生はフェーズによってですね、生き方っていうものが変わりますからね。
どこに何を問いかけるのかなんてのも全然変わります。
ちなみにですけど、僕はこの辺の話、20代の子たちにもしてます。
やっぱりね、それを分かってやるのと知らずしてやるのでは全然異なるから。
もう20代の子たちでも十分ここまで偽りの仮面かぶったりとかね、一生懸命やっちゃってますからね。
やっぱり生きづらさっていうのが出てますからね。
だからこういうお話はもうしてます。
だから何も40代とかになったからだけでもないのかな。
だから本来の自分でね、私はこれをやりたいからやるんだよっていうふうに生きていくのは年関係ない。
若ければ若いほどいいと僕は個人的に思ってます。
ということでまた明日お会いしましょう。
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それではバイバイ。
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