1. ラジオ版今日もはまようび
  2. ♯013 僕がコミュニティにこだ..
2026-01-23 1:33:15

♯013 僕がコミュニティにこだわるワケ

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コミュニティとは何か?なぜはまようは、コミュニティをたいせつにするのか?その理由について語ります。

サマリー

浜幼稚園のコミュニティ作りの重要性について語られ、その過程や経験がシェアされます。幼児教育とランニングを通じて、地域とのつながりや個人の成長を促進する取り組みが紹介されます。地域とのつながりを深めるためのコミュニティの重要性と、その実現に向けた活動の経緯について述べられます。特に、環境教育や街づくりに関するNPO法人での経験が、幼稚園の運営にどのように影響を与えたのかが考察されます。認定子供園制度が始まる中で、浜曜日の出版とともにコミュニティが形成され、ブックカフェが開設されます。地域のつながりを重視し、子どもや地域の人々が楽しめる場を提供することで、コミュニティの核としての役割が果たされています。このエピソードでは、コミュニティが幼児教育に与える影響や、浜内園が地域社会で果たす役割が語られています。その中で、地域の人々とのつながりを大切にしながら、学びや体験を通じた成長の重要性が強調されます。さらに、著者が天ヶ崎の地域社会への愛着と誇りについて語り、地元幼稚園の役割やコミュニティの発展について考察します。また、地域が変わっていく中で次世代に何を残すべきかについても触れられています。

番組紹介とスケジュール
ラジオ版今日もはまようび、私になる僕になる、くうのも走る人生。
この番組は、浜幼稚園の61歳のチーフディレクターでトレイルランナーのハタが、
幼児教育とランニングに満ちた毎日の中で、今語りたいと思ったことを気軽にお話しする番組です。
僕の経験や考え、そしてささやかな挑戦が聞いてくださる誰かの心に、少しでも響いてくれたらいいなと思ってお届けします。
どうぞあれこれしながら気軽にお聞きください。
1月23日金曜日時刻は17時18分です。
3日空きました。
撮れなかったんです。
いろいろスケジュールが詰まって撮れなかったんですけども、やっぱり話したいことがいっぱい溜まってしまいますね。
仲間からはどんどん上がっているなって言われたんですけども、
僕にしたら毎日上げられるのに上げられないジレンマが今ちょっとあるなと思っています。
この3日間めっちゃ寒かったんですよね。
毎朝の水巻きができていません。
なぜか水道が凍っているからですね。
カランが動かないので水巻きが3日間できていません。
昨年そういうことなかった。3日も続けて凍るということはなかったんですけど、この寒波は強いですね。
雪国の北部の方とかね大変だと思います。
スキ場は雪がたくさん降ってよかったですねっていうところで、
一つの寒さが到来して喜ぶ人もいれば安心する人もいれば、
ほっとする人もいれば困る人もいるしってさまざまですね。
この3日間何をしてたかというと、
20日は親子学級っていう幼稚園の保護者向けのワークショップですね。
は夕方にありました。
お昼間はミーティングばっかりしていて、夕方から親子学級をやっていて今年を振り返りました。
今回が最終回で20人の皆さんとずっとワークショップしてきたんですね。
これも20年前から24年前からやっていることで、
本当に今考えるとその24年前にようやったな、よう始めたなと思いますね。
恥ずかしげもなくファシリテーションのスキルもすごく稚拙だったと思うんですけど、
ワークショップのやり方も。
覚えているのは本当にちょっと行き詰まったり、行き詰まったりというか、
進行がうまく回らなくて冷や汗かいて背中汗が伝ったっていうことも覚えています。
一番ファシリテーターとかワークショップで鍛えられたのがこの親子学級ですね。
参加者に鍛えられたというか勝手に自分で鍛わったというか、
参加者の人はそんなことを思ってないと思うんですけど保護者の方。
めちゃめちゃ緊張しますよね。
なぜかやっぱり縁のトップがやっているワークショップですよ。
しょうもないことをやったらその話、そういう噂がまん延するじゃないですかたちまち。
新しく来た人によくわかんない兄ちゃんが、その頃は兄ちゃんでよかったかな。
兄ちゃんでよかったのが36歳だから兄ちゃんでよかったかもしれないですけど、
おじさんが始めたことってなんかわけわからんことを始めていろいろ始めて、
あれワークショップみたいな言ってるけどなんかおもろないわーとか言って。
その参加者も年々減っていくみたいな。
それいうことも全くと言っていいほど、そうなるということを全くと言っていいほど考えずに始めてるんですね。
今考えた本当に恐ろしい話です。
もうやろうと思って毎日毎回必死でやってましたね。
そういうのもなぜやったかというとやっぱりファン作りですね。
ファン作りをしようというのを最初から言っていた。最初掲げたんですけども。
今日はすごく空いたんですけどもやっぱり先日お話しちらっと予告みたいな感じで軽く扱ったコミュニティの話ですね。
20日にその親子学級をやってこれもコミュニティ作りですね。
学びのコミュニティ、親の子育て、同じ子育てをしている仲間のコミュニティ作り。
実にそこから親子学級から様々な活動が生まれていったりもしました。
今ちょっとね活動が生まれていくムーブメントはないんですけども最初の頃はそこから生まれていったし。
僕と親たちの年齢も近かったのでわきわいやいとこんなにせえへんあんなにせえへんとか言いながら、
仲間の本当にコミュニティ一つのコミュニティとして活動できたと思います。
ヒヤヒヤでタドタドしく始めたそんなコミュニティ作りですけれども、
その部分のコミュニティ作りっていうのは割とうまくいってお祭りしようと言ってお祭りをやってくれたりとか、
毎年ねエコ祭りとか環境で環境月間6月か20日4月20日のあれですねエコの日正式な名称また忘れましたけど
地域との関係性
それに向けてエコ祭りしたりとかがありました。
そのいったことですねコミュニティについて僕が浜幼稚園に来る前聞いた時から考えていること目指していたことをお話したいなと思います。
その話が何分かかるかわからないですけどもの後に練習の話をしたいと思いますので練習だけ聞きたい人はチャプターで飛んでもらえばいいかなと思います。
チャプターが自動生成されるリスト便利ですね。うちのスタッフなんかもチャプターが立つので見出しが立つのでそこだけ聞いてますみたいな聞き方してる人もいます。
どのように聞いてもらってもいいですけど20日の夜に仲間研という研究会の例会があってそこでもテーマがコミュニティだったんですね。
ちょうどまたそのようにシンクロするのでコミュニティについて今日話そうかなと思っています。
21日が研修会ですね。大阪のファシュリテティブリーダーシップ研修4時間の5回目最終回でした。
昨日と今日は午前中家族懇談です。
クラスのこと家族と呼んでるので家族懇談を2回に分けてしました。
今回ちょっと毎年年末にとっている保護者アンケートで年少の方からのアンケート結果が我々にとって厳しいものになったので厳しいものになったジャンルっていうのは
やっぱりコミュニケーションのところなんですね。コミュニケーションが取れてないというところです。個別のコミュニケーションですね。
縁の考えとかっていうのは理解できているけれども日々の子どもたちがどう過ごしているか。我が子がどう過ごしているかとか怪我した時の報告とかいうところがあまり積極的に取られていない
っていうデータが出ましたので懇談会を少し変えて保護者が話し合ってもらう時間を設けたりして。今そういう在園児の保護者同士のコミュニティっていうのもちょっと薄れてきている。
そこに僕たちが縁の側がアプローチをかけてないわけではないのですけどその親子学級とかね。そういう話ではないだと思います。
全くないわけではないけど保護者との関係づくりもできていないというところもあったのでそれはちょっとしたことのようですけども少し保護者の声を聞くと
コミュニティづくりというような大きな枠組みの話ではなくて日々のちょっとしたコミュニケーションの話に今のところは聞き取っているところですね。
懇談してトレーナーのところに行って施術してもらってさらにまた研究会の夜はリーダーピーティーで若手のリーダーが学会で発表する自分たちのチームづくりリーダーシップマネージメントについて発表するということについて
話したんですね。その話もまた別日にしたいと思います。今日はコミュニティの話ということでコミュニティについて話していこうと思います。
浜予知園に一冊一冊というかコミュニティマガジンというか浜予知園を知ってもらう今日も浜曜日もともとこのポッドキャストがラジオ版今日も浜曜日と言っているんですけど
なんでラジオ版なのかというともともと今日も浜曜日というのは園のコミュニティマガジンとして2013年9月にゼロ号を送還しているんです。
ゼロ号と1号しか発刊できてないんですけど僕は一人で原稿作って書いてデザイナーに渡してデザインしてもらってデザイナーは外部の僕らの仲間ですけどに渡して編集してもらって製本して皆さんに呼んでもらっているところなんですけど
それが今日も浜曜日っていうのがマガジンとして最初にあるんですねで入園してもらういただく人や見学の方にお渡ししているマガジンなんですけども何ページ44ページかのマガジンです
これはタイトルは今日も浜曜日なんですけどもお互い様系コミュニティマガジンという位置付けにしていますそういう位置付けのマガジンですというのを宣言していて冒頭のオープニングを飾るコラムというか文章があるんですけども
幼稚園てなんやねんっていうキャッチフレーズお互い様系コミュニティの物語始まる物語もこの前これはストーリーですねちょっと長いけどここの文章を読みたいと思います
時代の変化とともに幼稚園に求められる姿が変わってきましたけれど世の中の多くの人々は未だ幼稚園と保育所の違いも知りませんいえ知ろうとしません幼稚園が変わろうと昔のままでいようと世の中の人々はそんなことを知ったことではない幼稚園てチーチパッパで遊んでいるだけでしょ幼稚園なんてどこも同じでしょ先生はお昼で仕事が終わってお気軽だね
この40年私たちが住むこの国の社会環境は大きく変わりその変容は現在進行形です子どもの数が減り各家族化が進み町の姿が変わり地域コミュニティが減衰し人々の興味関心が移り価値観が多様化しグローバル化が進み鄰国との境は治らず
当たり前にあった安全と安心の社会基盤が脆弱化し私たちはほんの40年前には誰もが夢見ていた希望ある未来をうまく想像することができなくなってしまいました
都市化のために遊び場を奪われ町では迷惑対象として見られる小さな子どもとその親常に社会の隅っこで控えめにしてきた子どもとその家庭は社会の変化の波になす術もなく流されながら個別的な自助努力を強いられ
家庭の教育力の低下と落院をされるなぜこのような社会になってしまったのでしょう誰がこのような社会をつくってしまったのでしょうもちろんそれは他の誰でもない私たち自身ですしかし晩酌尽きた後は頼むと子どもたちにつけを回すまでにはまだ少し時間がありそうです
浜幼稚園は尼崎市東部の下町にある小さな幼稚園です鍵かっこ幼稚園です今のところ法的にもそれは正しいですが鍵かっこいわゆる幼稚園ではないと思っていますかっこ思われています
それは浜幼稚園がよ鍵かっこ幼児を保育しているだけではなく鍵かっこ幼児を保育しながらささやかながら世の中を少しずつ変えられるようなムーブメントを起こすことを目的としているからです
その具体的な活動がこのコミュニティマガジンの発行です
この本はいわゆる縁外道ではありません浜幼稚園を書くとした新しいコミュニティのための開放誌となります
子育て自分育てを真ん中にした新しい地域コミュニティ再生の物語がここから始まります
というのが僕が書いた宣言みたいな文章ですね
なぜ僕がこのコミュニティというものを再生したいと思ったかから始めたいと思うんですけども
幼稚園というこの器装置場所を改めてここに来て浜幼稚園に来てこの浜幼稚園という場を見たときにこの幼稚園は最初地域に開かれていませんでした
全く一番簡単な園邸開放さえもしていませんでしたし園長以下スタッフは地域とつながっていませんでした
完全に閉ざされた幼稚園でした
僕はそこを見たときにすごくもったいないなと思ったんですね
これを開放しないといけないと思いました
なぜかこれは私立幼稚園は経営者の考え方でいかようにも作り変えられるなと思ったんですね直感的に
これは町の宝であり町の持ち物ではないかというふうに思いました
この町の持ち物であって我々がそれを運用させていただいているというか借りている場を一義的には幼児を育ててほしいということですよね
地域からの養成は幼児を育てる施設であってほしいというのが一義的な要請だと思うんですけども
私立幼稚園というのはそもそも元々ほとんどが地域の養成から生まれたというふうに聞いています先輩方から
うちの幼稚園も今の上さん園長の祖父が校の先生を退任して壊れてこの地で土地を与えられて幼稚園を始めることになったと聞いています
これはもったいないなと思って地域に開放されていないのは
地域とのつながりの重要性
まずこれは地域の持ち物であると僕は思って
そしてそれまでに幼稚園に来るまでに活動していたのが町作り系のNPO法人だったんですけども
活動していたというか自分がやりたいことをコピーライターをやめて一旦やめて
NPO町作りの環境教育をやりながら環境教育と町作りっていうのはつながっていて
町の中で環境教育したり公園で環境教育したりとかそういうことをやるっていうことを当時やっていたので
環境教育をやるときにフリーランスで環境教育とかどこかに所属して環境教育をやっていくっていうときに
本当にちょっと困ってるっていうことは拠点が持てないか持てるかっていうことなんですね
自分のフィールドつまりは自分のフィールドを好きにできるフィールドを持っているか
端的に言うとひと山持ってたらちょっとキャンプができるとか小川が流れていて森があってひと山持ってるって
そういう持っている施設持っている山持ってて川が流れてる山があって畑があって田んぼがあってみたいな
そういう里山ひとつひとつのパッケージとして持っているフィールドを持っていたらめちゃやりやすいですよね
何でもできるなという色々できるなというでも現実的にはそういうものを持ててないし借りるのもひと苦労だと思うんですね
もともと自分がそこで住んでてそういうことをやり始めるとか森の幼稚園やるとかっていうのはあると思うんですけども
なかなか都会に住んでいて環境教育やっていくっていうのはやっぱり難しい
で拠点っていうのがフィールドっていうのが自前であったらすごいラッキーっていうことなんですよ
で僕が幼稚園をやるかやれへんかっていうか幼稚園の後取りと後継ぎと結婚することになって
でふとその幼稚園を見ると全然使われてないこれはすごいめっちゃもったいないし
これはフィールドこのフィールドは自分で好きにできるっていうのはなんてラッキーなんだというふうに思ったんですね
でその時その前にだから思ったのでその前に活動していたその街づくり系のNPO法人っていうのはもともと1995年の阪神淡路大震災をきっかけに生まれた
NPO法人での経験
あの時はボランティア元年って言われていてそこから神戸元気村とか有名な西宮のボランティアセンターっていうか
今もずっと続いているプロップだったっけ竹中さんとかすごい活動が爆発的に始まったんですよねNPOでNPO法ができてっていう中で環境教育をやろうと思ったことと
そして街づくりで阪神淡路で壊れた街この阪神間の神戸の街阪神間や神戸の街僕は神戸の生まれ育ちなのでここから新たな潰れてしまった1回崩壊した街をもう1回再生する
街づくりそういう意味での街づくりでしたね最初はきっかけはそれをやることと環境教育をやることというのが自分の次の目標みたいなことを思っていて
幼稚園する前年にちょうどレイチェルカーソンのセンスオブワンダーっていう本があってそれはレイチェルカーソンという沈黙の春で有名な沈黙の春っていう本は1960年代に郊外問題を一人訴えた本を書いた人で
環境問題のジャンのダルクとか言われている人だと思うんですけどもその人が科学者ですね科学の地点からその沈黙の春やがて春が来ても鳥が鳴かず木々が芽吹かないっていうそういうサイレントスプリング沈黙の春になるんじゃないかこのまま行くと環境が汚染されると
っていう本でしたけども
晩年にレイチェルカーソンは独身を通した人ですけども老いにロジャーという幼児から遊んでいる老いがいて好きで
その彼と森の中に出かけて行ったり自然の中に出かけて行ってそして子供たち子供がどのようにして自然と接するのか自然に触れて驚いたり発見したりするのかっていうのを
不思議さに目を見張る感性というセンスオブワンダーっていう言葉にしてエッセイを書いたんですね
エッセイはセンスオブワンダーって後から題名つけたのかわからないですけどちょっとはっきり覚えてないですけど
子供とレイチェルカーソンが過ごしてそこで出会う不思議さや驚きそれを綴ったエッセイがセンスオブワンダーなんですけども
そのセンスオブワンダーの本を映画化するプロジェクトがあってでその映画が完成して全国で自主上映をするというプロジェクトが起こったんです
その時ちょうどこれは自分はその時フリーで仕事していたのでこれやってみたいなと思って一人で自主上映天ヶ崎で自主上映をやろうと思って
一人で個人でこのセンスオブワンダーを自主上映するというのはあまりにもちょっと途方を過ぎてどこから手をつけたらいいのかっていうのはわからないので
まず自分の所属を持った方がいいなと思ってNPO法人のシンフォニーというところの扉を叩き代表に山崎さんという方に直談判して
このセンスオブワンダーを自主上映したいので協力してほしいというか資源を使わせてほしいんですねはっきり言うとシンフォニーの資源を使わせてもらって
シンフォニーは阪神淡路大震災以来立ち上がったNPO法人で天ヶ崎市で一番初めに多分認証を受けたNPO法人です
今も活動してありますねそこでいいよって言われてそこから上映に向けてあちこちの人に会いに行って天ヶ崎市教育委員会とか兵庫県とか兵庫県行ったかな
いろんなところに公演を依頼しに行ったりそして上映できる人技師映像技師っていうんですかそういう人を見つけたりとかいろいろ駆けずり回って
幼稚園とコミュニティづくり
人に協力してもらって託児する保育者の人その時は僕は幼稚園の先生使ってないんですよ浜幼稚園の先生全然全く使ってない浜幼稚園入るってまだ決めてなかったし
それよりも自分がやりたいのはこっちだからだから他の保育所で働いている保育士の人に手伝ってもらったりしてたんですね
戦争ボバンダーの役者の上人恵子さん読んでうち僕の前職の仲間である姉貴のような天野玲子というアウトドアライター
上人恵子たけしの弟子ですけどと上人さんとそれから岡島秀之さんその時は日本環境教育フォーラムの理事長かな
それと西宮の僕がずっとお世話になっていた環境教育のファシリテーターインタープリターである川島健司さんにお願いしてシンポジウムと上映会をセットしたんですね
それが2001年でそれの時に子供を走れる今でこそ当たり今でこそ当たり前ということもないかそんな見たことないですよね
ベビーカー走れるベビーカーベビージョガーという走れるベビーカーに子供その時生まれたてですね生まれたての娘をベビーカーに乗せて市役所まで走って行ってそのベビーカーをしてで打ち合わせの市役所の仲間でベビーカー入れて
打ち合わせのデスクの隣に娘ベビーカーで寝てるんですよでっかい三輪のベビーカーですよ今もあんまり見ないなでも本当走れるブレーキもついて走れるやつなんですけどそれを横付けして打ち合わせしたりしてましたね
それを1年間でやったんですよ
そういう活動を通じてコミュニティづくりコミュニティというものに入門していったというかそういう考えとか世界に足を踏み入れて
いくんですねで同時に同時じゃなかったかな
雨ヶ崎市内雨ヶ崎市がいろいろ集めてこれ話だっけ話だっけ
雨ヶ崎ゴミ減量推進作戦会議でAGGという活動があってそれは2年ぐらいやったと思うんですけども
そこでやったのはゴミゴミ袋を有料化する前のコンセンサスづくりとか
エコ雨君はあれはトイレットペーパーあっちだから
エコ雨君は雑魚市だ雑魚市を集めて市内の雑魚市を集めてトイレットペーパーを作るというそれは青年会議所と一緒にコラボしてやる
雨ヶ崎市がエコ雨君ロール今も浜淵園では使ってるはずですけど
エコ雨君ロールを立ち上げるプロジェクトに参画したり同時にその雨ヶ崎ゴミ減量推進作戦会議で
AGGというグループが中心というかコラボレーションしながらいろんなことをやっていくんですけども
その中の一つに雨ヶ崎市民祭っていうのを改革しようということになって
雨ヶ崎市民祭はそれまでいわゆるテキ屋の皆さんが
お店のことなんていうの屋台って言うのかお祭りの屋台たこ焼きとかねそういうやつを出して
大体的にやっていたんですけどもそういったやり方ではなくて市民による市民のための市民祭に変えていきたい
そのためにどうしたらいいかAGGとしてどのように参画していけるか
その時は第一回は市と市が作っているAGGのメンバーと青年会議所で雨ヶ崎市民祭を変えていこうというプロジェクトをやって
ミーティングしながらそのミーティングの時に僕が進行役としてミーティングファシュリテーターを買って出たんですよ
じゃあ僕やりますって言って市民祭りが今の形に変わったんですよ
でその時にゴミをこれだけ市民祭りゴミを出さない市民祭りにしようという目標があったのですけど
そう言っても第一回なのでゴミはいっぱい出る屋台は市民の屋台ばっかりにして
敵側の方たちにはご遠慮いただいて市民だけが眠るべくゴミを出さない物物販とか飲食とかもしようと言ったんですけど
出たゴミをみんなが見える形に置いておこうと普通お祭りで出たゴミっていうのは見えないところにどんどん運んでいくっていうやり方だった
普通というかそれまでねそれを見えるところに置いておこうと分別をしていくとかいうことを企画してそれをみんなでやったんですね
何回もゴミ運びをしました
そういうことをもう一つ活動としてやった他には自転車天ヶ崎です
今駅前にはレンタル自転車とかそれから駐輪場の整備されましたよね
それ以前はもう市内天ヶ崎この辺の人はご存知だと思います
駐輪だらけ駅前でずっと乗ってない誰のものかわからない自転車が放置されていてそれを定期的にずっとトラックで運ぶ出すっていう
そういうのの繰り返しをしていて
そこから脱却するための自転車による街づくりどうしたらいいか
今自転車専用道できてますけども車道にそういうこともその当時提案したりとか
自転車での街歩きじゃなく街巡りとか企画したりとか
そういったことを今南部再生の人たちその後か南部再生に行ったのかな
彼は誰やったっけどう忘れしたとかそういう活動もしてました
それも市民として参画してたんですね手を挙げてねやってた
でそういうことをしながら街づくりに参画していてその後に幼稚園に来たんですよ
で幼稚園npoとか市民活動でのボランティアとか街づくりの経験を経て幼稚園に来たんですね
でその子の使われていない幼稚園見た時にこの子がこの地域浜地区塩江のここを拠点に浜幼稚園を拠点に街づくりをやっていこうというのが最初の僕の興味でした
浜幼稚園を使ってやろうと思ったんですね
様々使ってやろうと思いましたでやり始めたのがじゃあ幼稚園やろかということになった時に始めたのがもちろん遠慮開放運とかっていうのは当たり前で年程開放は僕は自分
神さんは子育てやってね子供が長い1歳とかからですから幼稚園入ったの
僕は一人で遠慮開放になってやっていたんですね
あとそういう親子学級初のお母さんの集まりでエコクラブやったりとかそこが自然発生的に生まれた活動とかそういうコミュニティづくりっていうのを最初から目指してやってきました
でいつかコミュニティカフェができたらいいよねって言って神さんと言っていてお二人とも本が好きなので
ブックカフェコーヒーが好きなのでブックカフェいつかやりたいねっていうのはそれはもう最初からの夢でした
まさかこんなに早く夢が実現するとはこれも思ってなかったんですけども
ラッキーでした制度が変わってこの2013年この時点では僕自身はそんなにあの制度とかいうものにはっきりと興味がなかったのでもう自分の幼稚園のことだけで
あーしたいこうしたいというのがもういっぱいあったのでもうガシガシ動いてたので制度はこう変わるみたいやでみたいなのでだからこの幼稚園って何やねんっていうキャッチフレーズはそこから来てるんです
認定子供園制度の開始
どうなるんか分かれへんけどなんか幼稚園が変わりそうやなっていうところにちょうど僕が来たわけです
そのタイミングでで認定子供園制度っていうのが始まるで認定子供園になるためには給食給食室はそれまでにありました
当然最初にあった仕事が給食ですからじゃなくて2013年に浜曜日今日も浜曜日を出版というかして作ってで2015年から認定子供園っていう制度が始まるっていうのにこの日浜曜日作った直後ぐらいに
だいたいプランが固まって制度が固まって0歳から6歳5歳までをできると両方連携型認定子供園でそのためにはそのために園舎が耐震にかなってないとあかんと給食室はあったので後園舎なんですよね
で園舎を認定両方連携型認定子供園になる条件で園舎の建て替えの補助金が出るということになって
本当は浜幼稚園は施設側は法人側4分の1で住んでたんですけども建て替えの費用を4分の1施設浜幼稚園4分の1天ヶ崎市で4分の2国が出すというような補助金があったんですけども
その当時浜崎市は幼稚園に対して建て替え費用のこの4分の1という費用を出さなかったんですねいくら直に直談判しても出さなかったんですよ
で兵庫県に行って兵庫県に行って何で浜崎市は出さないんでしょうねって言って兵庫県の人もいぶかしく思っていてもうギリギリまで待ったんだけど交渉したんだけど交渉お願い言ったんだけどやっぱり全然動かない浜崎市は出さないということで
もうでもこれはやるしかないって言うじゃあやるためにどうしたらいいかってもう仕方がないですねって兵庫県の人じゃあもう国の2分の1だけは取れますからでもうこれ最後最後ですよとか最後じゃなかったけど言われてもうここで決断してくださいってやるかやれへんかっていう
もうギリギリでもう僕らも手持ちの資金というのもほとんどなかったのでなかったんですけど借金するしかないのでそして2分の12分の1と自分たちの借金2分の1ですねで立て替えたんですよ
そうして認定子供園になっていよいよこの本格的にこのコミュニティというのが加速していくんですけどその立て替えの時に立て替えたと同時に2015年にブックカフェできたんですよ
2002年に幼稚園を受け継いでいつかブックカフェできたらいいねって夢のように思ってたんですけども制度が変わって立て替え要件になって立て替えするんやったらブックカフェ作れるやんみたいなこれを作るしかないなっていう風がどんどん追い風が吹いてきてでそれに乗っかって絵本室に基地が付いてるという形の体で
ブックカフェ作ったんですねで作るなら最初はもう簡易的なことを持ってたんですけども本格的に作ろうということになって今のタイミングでしかできるんでできると思ったので作って保健所に通って営業許可も受けてブックカフェが作れたんですね
本当になんかこういうと本当にトントン拍子みたいにもなんか全然計画性なしに来てるんですけども風が吹くんですよね嘘のようにでコミュニティカフェですでコミュニティカフェを作ってこのコミュニティカフェ&ブックスつながりの木というのですけども
これもご利用の手引きとか運営趣旨とお約束とかっていうのを決めてるんですけども運営趣旨とお約束というものをちょっと読んでみますとコミュニティカフェ&ブックスつながりの木は養護連携型認定子どもや浜幼稚園が地域の乳幼児教育センターの役割を担い子育て支援の一環として開設するブックカフェです
浜幼とつながりのある人々に開かれた地域コミュニティの場として浜幼保護者ボランティアで運営されます
たくさんの絵本と大人の本があり美味しいコーヒーやお茶とともにゆったりと読書や会話を楽しめます
そのため普通のカフェと違う点がいろいろとあります
この運営趣旨にはつながりの木で大切にしていることが書いてありますというのが運営趣旨の中でコミュニティカフェである理由
原則的に浜幼稚園が運営する浜幼稚園につながりのある方在園祖先児とその家族と地域の方のためのカフェです
浜幼稚園の理念や方針に共感賛同される方のコミュニティの場としてご利用いただきます
地域に開かれているということと非営利です
地域コミュニティの重要性
半パブリックですスペースを貸し出します
当初からここはボランティアで運営してもらってやりたい人がやってもらって
そして場を貸し出すということを目的に作りました
地域の人やつながりのある人がこの場を使ってワークショップしたり何でもカフェをやってもらってもいい
浜幼がやっているつながりの木というカフェもあるし別の人がやっているカフェの日もあるみたいなね
そういう構想を持っていました
コミュニティカフェ&ブックスつながりの木のご利用の手引きというのもいつも新規のお客さんに配っているのですけれども
それを読むとコミュニティカフェ&ブックスつながりの木はこういう思いで開いています
かつて地域にあった町の溜まり場のような場所になったらいいなと考えています
お手本としたモデルはヨーロッパの街角にあるおしゃれなカフェではなく
子どもたちが小銭を握りしめてふらりと立ち寄れる駄菓子屋さんや貸本屋さんだったり
残り物の冷やご飯を家から持ち込んでそば飯にしてくれるお好み焼き屋さんだったり
麦茶を飲みながらゆうすずみした誰かの家の軒先あるいは道端です
老若男女いろいろな地域の人が交わります
間違ったことをすれば叱ってくれる大人がいます
自分だけ得をしようとか損をしないようにとか特別扱いを押し付けてくる人はいません
その場を等しく心地よくシェアしようという分別を誰もが持っています
浜幼稚園の在園卒園児の家族と地域の人のために作りましたが
趣旨に賛同し約束を守っていただける方はどなたにも利用していただけます
ということがルールにしているんですね
主な後コマ自分のことは自分でする我が子から目心と目を離さない
本の扱いは丁寧に小学校以下の子供の過ごし方中高生の子供の過ごし方
ゴミの削減に努めますみたいなそんなことが書いてあるんですけど
そしてカフェアンドブックスつながりの木をこうした場にすることで実現したいのは次の2点です
第一に人と人のつながりを作ることです
世界中の人々と開かれたコミュニケーションを可能にするインターネットの普及によって
身近な人との人と人の関係はむしろ息苦しさを増しているようにも思います
私たちは今一度自分たちの足元を見つめ直し
顔の見える等身大の関係を紡ぎ出し
つながりの中でお互い様もちつもたれつつもちつもたれつの心持ちを育んでいきたいと願います
第二楽しむエネルギーを分かち合うことです
コミュニティカフェアンドブックスつながりの木では
いつも誰かが自分のやりたいことをしています
ある人にとっては趣味の延長だったり
またある人にとっては夢への一歩かもしれません
自発的に主体的に物事を楽しむ人のエネルギーに触れることで
自分自身の中にも新しい何かが生まれるかもしれません
取り立て大きなことではなくてもね
そしてカフェアンドブックスつながりの木に関わる全ての人が
私になる僕になるを実現してくれることを願っています
ということが書かれていて
今も今日もカフェは営業しておりまして
卒園時の保護者を2人がカフェの店員となって
今は本当に元プロというか
普通にお店にパティシエートで勤めれば
プロに間違いのないか保護者の方がケーキやスイーツですね
スイーツスイーツを作ってくれて
コーヒーは僕が焙煎しているコーヒー
神戸のまた同棲している
コーヒー屋さんにお願いした豆を僕が焙煎して
スタッフが丁寧にハンドドリップで入れている
おいしいコーヒーとともに一時を楽しんでもらっています
今は寒いのでこの時期はね
薪ストーブに当たってもらいながら
今日もご近所のカフェスタッフが名付けてるんですけど
お長寿組か近所の老人会の人たちね
80歳以上の人はコーヒー半額なんですよ
なのでコーヒー100円だと思います
普通に200円なのでちょっと破格なんですけど
比喩入りなんでやってます
今日もお昼に僕が覗くと
混乱終わって覗いたら5、6人集まってくださって
薪ストーブの前でお茶を飲んでおしゃべりを楽しんでくれていました
こういうことを浜幼稚園では大事にしていて
コミュニティの核になるのが幼稚園であるっていうことを体現しているんですね
コミュニティっていうのは知恵っていう風にも言われていますけども
僕たちは幼稚園は子園だと思うんですね
子どもの園子どもを通した地域のつながりっていうのを再生したい
再生したいというか再生できる僕らはやるようによって
コミュニティの中でむしろあだになっているのがこの知恵っていう
地域に縛られてしまうっていうその重く重さかな
でルールに縛られるとか役割を与えられるとかPTAなんかもそうですけども
相互扶助とか大人の世界ですよね知恵は
研究会の仲間が言っていたのですけども
子どもの頃そのコミュニティの中では本当に子ども扱いで
大人とはもう本当に分かち合われていて
そのことが自分の中では納得いかなかったというか
あまり思い出となっていないという話がありました
まさにそれはそうした時代の知恵をきつい縛りですよね
に対して時代のこの空気を私たちが合わなくなってきた
価値観が多様化してきて楽しみが多様化してきて
コミュニティという意味も拡大してきていると思うんですね
昔は地域コミュニティしかなかった地域コミュニティか会社に行くか学校かぐらい
の時代の話だと思うんですけども
今はコミュニティといってもいろんなコミュニティがありますよね
選べる楽しみも選べるし学びも選べる
自分の志と仰ぐ人も自由に選べる
そんな中でやっぱり知恵の中だけで大人になっていく
地域コミュニティの中で大人になっていくイニシエーションを受けるとか
例えば僕が言っている修行
大峰奥がいいじゃないわ
修行じゃなくて熊野猛威ですね
熊野本宮に猛出ること
それは聞くところによるとこの地域関西近畿の人たちの一つの原服というか大人になる儀式の一つが
熊野猛威であるというふうにも聞いたことがあります
そうした地域のしきたりとかルールを守っていくことが
大人になる術だったとも言えると思うんですね
そうしたことに対する息苦しさを言っていい時代に今はなっているし
現実的にこの浜内への地域には子ども会はありません
僕は神戸の時には子ども会はあってお祭りがあったりとか
やっぱり一番地域を子どもの頃感じたのはこの町に住んでるっていうことの遅延
それこそ子どもとして遅延を感じたのは地蔵本とかね
地蔵本かなお祭りもそうだけどお祭りももちろんそうですけど秋祭りで僕らはみこし家を担ぐです
それもそうだけど地蔵本で地蔵本はその地域の町のお家に行ってあれですよね
だからお家に行ったか地蔵さんお家に行くのはハロウィンやなお家には行ってないな
お家はもう普段からずっと行ってるのでお地蔵さんがあるところですよね
そこの各町って言ってもいくつかあってお地蔵さんがそこに行ってお菓子をもらうっていうことですね
がすごく印象思い出に残ってるんですけども
そういったつながり地域コミュニティの中で育った感覚っていうのは僕の中にはやはり強く残っている
幼稚園から帰ってきてよその家行ってお兄ちゃんと一緒に遊ぶっていう異年齢で遊ぶ
幼児教育におけるコミュニティの役割
その学び育ちという体験は非常に今の自分のそれこそ幼児教育が謳っている人格形成の基礎を培う重要なものを本当に感じる体験でしたね
毎日毎日幼稚園では決まったことをやらされて幼稚園午前中に終えて帰ってきて
コミュニティの中でコミュニティの人たちと年齢の違う人たちと交わって
自分が育っていくいろんな体験をしていくイライラなこともされるし
文字通り怪我をしたりとかアホなこともするんですよ
もしかしたら死ぬかもしれないようなそういう危険な遊びとかもしていたんですよ
そういうことの中で度胸が試されたりとか優しさを身につけたりとか思いやりを身につけたりとかしてきたという思いがあるので
そういうコミュニティともにあるいろんな人がともにある何かを共有しながらともにあるという
ともに育つという感覚というのは自分の中には知識としてではなくて体験としてありましたね
ですからここの幼稚園という本当に地域の架空となれるこのスペース装置場をもらった時には
もうすぐに自然にコミュニティづくり子ども中心のコミュニティづくりをするで町づくりですね町づくりここが核となってこの町のフードをもう一度作っていくということを始めようとしたんです
この地域の町内会の会長さんが昨年帰籍に入られたんですけどそれまで学校関係者評価委員に入っていただいていて
いつもそしてこのコミュニティカフェで町内の老人会の人たちと月1回浜バルというバルを開いてくれてみんなでポットラック形式で持ち寄って宴会してくれてたんですね
このカフェででその人その方が会長さんに学校関係者評価委員に来ていただいて寸標をもらう自己評価についての妥当性をかあの図っていただいて
そして公表いただくそんな時に地域の誇りである浜内園がねっていうふうに言われた時にはやってよかったなっていうやっぱり自分のやってきたことっていうのは我々がやってきたことっていうのは地域の役に立ててるなっていう思いになりましたね
地域の誇りが浜内園ははっきりと言ってくださったのは鮮明に心に残っています本当にありがたいですね
その限定会をしたり音今もつながっているお父さんのランニングクラブのコミュニティを作ったり
そして今着手した3年前か3年前にオープンしたのは施設公園ですね浜内園が運営する公園です
芝生広場と砂場と水場と小川が流れる地下水がてちょうどねほったらいい水質の地下水だったので幼稚園の園庭の中庭は掘ってもいい水質が出なかったので
今ガチャポンポンプはあるんですけどもそれは雨水なんですね雨水なんです雨水貯めたやつを出してるんですけどもそういうことも知らない人多いと思うんですけどうちのスタッフにもなんか知らない人いるんちゃうかなと思ったけど
ふと施設公園つながるパークと言いますつながるパークのあの今持ってきてないこれに話すまた用意不足ですけどつながるパークは空いてる時には誰でも使える公園で誰でも使ってくださいって言ってるんで
嬉しいことに近隣の保育所の子供たち先生が子供を連れてやってきてくれて使ってくれるんですよ公園で012歳主に012歳ですけど連れてきてくれて散歩に来て散歩のついでに公園寄ってくれて公園で遊んで帰ってくれるっていうのはこれも嬉しいですね
本当に本当はもっともっと使いたいのですけども
これは冒頭に読んだこの今日も浜呼び雑誌マガジン版ですね
マガジン版の文章で13年前に僕が書いた町では迷惑対象として見られる小さな子供とその親この問題がまさに今つながるパーク施設公園で問題になっているんですね
これは市長も知っている問題なんですけどなかなか難しいです
言われる迷惑だと言われることもわからないでもないし我々が後から作っているので公園を合法的に合法的にですもちろんですが
そこで遊ぶ子供たちの声は騒音であるという風に言われている現状があります
こういう難しさというのはコミュニティにはありますね
共存なぜならコミュニティというのはだからいろんなものを好むと好まざるとにかかわらず共有するというのがコミュニティであって空間を共有している限り
そうしたずれとかすれ違いというのはやっぱり起こってくるということが今目の当たりにしているところです
そしてそれにもかかわらずというかめげずやなめげずめげずそんな声にもめげず
こういうとまたそちらの方面の方がお聞きになるとめちゃ怒られるかもしれないけどそこもちゃんとコミュニケーション取りながらやっていかなくちゃいけないなと思ってるんですよね
でその問題を抱えつつ問題はいつもあるのでその問題を抱えつつ今やろうとしているのはつながるパークの中に本格茶室スキヤの作りの本格茶室一等の茶室を作ろうとしています
なんとなんとそのスキヤの茶室を作ってくださるのは三代続いているという江戸時代から続いている
昭和の最初かな公務店としては昭和の最初ということですけどもスキヤ建築の西で西というともう京都なんですけども
一番名高い中村外地公務店っていうところのにお願いしてるお願いしてるっていうのこれもご縁で
家に来て出入りしてくださっている庭師の方でもともとその庭師の方の奥さんと僕が知り合っていて
その奥様が今茶を学んでいて茶を学んでいるところにこの中村外地公務店の方がいらっしゃってというつながりでそんな細かいことも言わなくてもいいかもしれないけど
とにかくご縁があってこのスキヤ建築といえば中村外地公務店京都というそのお方に三代目の工事さんにお願いすることができたんですね
で今図面が引かれているところです
今年の夏あたりから着工する予定なんですね
先日も大山崎の千利休が建てたと言われている大山を見学に行かせていただいて
中村さんたちとすごいなっていうその世界観に浸ってこれができるんだなというところを感じてきたんですけども
そんな中村外地公務店数ある名建築を残してきた中村外地公務店ですら手がけたことのないという子供サイズの茶室を作ろうとしています
だいたい8掛けとか7掛けとか子供の背丈に合わせてにじり口とかもちっちゃくちっちゃくするんですよっていうのを僕が僕は発案したんですけど
だけど同時に中村外地公務店の中村さんも工事さんとかも奥さんが最初にアイデアを言われたらしいんですけど
同時にアイデアとして持ってはったということで最初からがっちり考えが合致して
今動いているところなんですねお楽しみいただきお楽しみにお待ちいただきたいなというふうに思うんですけども
ということでコミュニティでさらにコミュニティ今年から去年今年度ですねまたまたこれがですね
親父ちゃうなたちともランニングじゃないな親父たちのランニングも復活ランニングコミュニティも復活したんですよ
そしてそれからその復活も僕がTDSを完走したことを祝ってくれるということでそこからまた復活したというのもまたそれも面白いところだと思うんですけども
この近所には我々のこの近所の商店街にはうちの幼稚園を卒園した卒園児であったりとか卒園児の保護者親御さんだったりが経営するお店がいくつかあって
もう今この商店街の役員をされている方がいて保護者の方がと打ち上げかな幼稚園のスタッフと打ち上げをして二次会か行ったところで地域の地域で僕ら飲み込みするので地域でお金を落とすというのが大事なので
地域のお店で二次会してた時にその保護者が来てお店終わってでなんかおもろいことやりましょうということで商店街のお祭りがあるっていうところにちょうど今子どもたちが街に落ちてるゴミに着目した一人の子どもからつながってゴミ拾いをしていくっていう活動
子どもがやりたいという自主的にで街を歩きながらゴミを拾っているところでそれやったらお祭りで何かコラボレーションしましょうという盛り上がった時にお祭りでゴミ拾い子どもたちはがするのはどうということはぜひやってくださいということで
地域の商店街のお祭りで出るゴミを子どもたちが拾ってそこにもラーニングクラブの親父たちがボランティアで来てくれて子どもたちのガードマン的に振る舞って見守ってくれくださってでさらにつながるのはつながりまくるんですけど
僕そのゴミ減量推進作戦会議で出会った方原田さんという方が元大手日本の一番大きい航空隊リズムというのは分かりますよね
の方で僕がコピーライターだということもっとコピーライダーだということでそしてファシリティだとして会議を進行するということが一緒にあってその会議でね一緒にいて息統合してでうちの理事になってもらったんですけども原田さんもそう地域で活動するということを選ばれた人で
コミュニティの成長と未来
コミュニティ地域コミュニティの中で活動するそれもご自身が住んでいる痛みではなくて天ヶ崎で活動するということを選ばれて天ヶ崎で活動されていてでうちの理事になってもらってでそのうちにゴミ拾いをするトングマンというそういうヒーローにご自身が変身するようになってそのトングマンが浜幼稚園の子どもたちとコラボレーションするという
20年来のお付き合い20年以上のお付き合いなんですけどもついにコラボレーションが実現したというそういうのも2025年今年度だったんですね
そのようにしてじわりじわりと浜幼稚園コミュニティはこの町に広がってきて町づくりになっているかというとまあそこまではねまだもちろんおこがむしく言って言えないしまだまだだと思いますけども
幼少幼少で浜幼稚園がコミュニティの核になって活動しているというのは言って言えるのかなと思って今活動しています
ゼロ歳から100歳までの居場所って言っています今浜幼稚園はそんな中でもっともっと幼稚園は使ってなんぼだと思ってもらいたいんですね
使い倒してほしいまだまだこの週末もそれから延定園舎レンタルっていうのをやっていますね
それもずっと最初からやってます僕たち変わってからね延定園舎を休日に無料で貸し出します保護者や在園児在園児卒園児保護者それから地域地域の人たちは餅つきをやってくださったり
ここで集まってくださったりするのも延定園舎カフェで集まったりしてくれるのもそうですその延定園舎レンタルもずっとやっていて
今週末日曜日もお餅つきつながりかお餅つきにお助けマンというボランティア幼稚園のボランティアでつつつながった人たちがお餅つきするということなんですよ
自分たちだけでそれで幼稚園の薄と記念をお貸しして餅つきをするという餅つきコミュニティができているんですね
そんな感じです
もっと僕が動いて積極的に動いて作ろうと思ったらいくらでもできるますけど僕自身は体が一つしかないのでやはり今のところはこの2年後のトルテージアンに向けて練習を日々しなければなりません
ならないんですねこれがねですから今こんな形で浜洋コミュニティは地域の中でじわじわと浸透していっている20年間でこの感覚で今のところはちょっと歓迎してほしいというかこの辺でごめんねという感じなんですけど
そんなに積極的に僕が関与できてないですね関与できてないのがいいかもしれないですよ
関与したからってどんどん広がればいいとか大きくなればいいというわけでもないので
気持ちよくこの浜洋地元を使って気持ちよく仲間づくりコミュニティづくり様々なコミュニティづくりができたらそういういろんなコミュニティがここを書くとしてそれが全体として浜洋コミュニティであるというような広がり方がしてもらえたらいいかな
それは自分たちが主体的に動いてほしいです
自分のやりたいことをここで実現できたらいいかなと思っている
そのために幼稚園にこんなことをしてほしいこんなことをしてほしいじゃないな
できますか私たちはこうしたいのでこういうところを幼稚園に支援してほしいっていうのも具体的にはだからバズバーとか道具とかですよね
支援してほしいとかそういうのはできると思うんですよね特別に購入したりとかじゃなくてあるものを貸し出すとかっていうのは簡単にできるし
天ヶ崎への愛
そんな風にしてこの街でだから何をしたいかというとこの街浜ヶ崎って僕イメージとにかく良くないんですよとにかく
あの僕の世代は申し訳ないけどやっぱり
今でこそこういう街になってますけども僕らが学生高校生の時とかもすごかったですからね浜ヶ崎の高校と試合するって言うなったら本当に大変でした
ちょっと怖い感じですからね
僕らも下町でそういうことをやってきた
人間なので同じなんですけど同じです同じだけどちょっと俺らより上手やなという感じな感じはしましたけどしましたねその頃ね
で何の話かというとそうなんですよ
僕自分がこの街にもう釘付けされてしまった限りはこの街をやっぱり自分たちが誇りに思うような街にしたいなということですね
こんな話を聞いたことがあってある人がね自分の旅行に行った時に自分の親がどちらから来られましたかって聞かれた時に旅館の人
どっかお店の人とかね観光地に行ってどちらからですかって言われた時に親が神戸からですっていう
それ嘘やろうって神戸ちゃうやん俺たちは尼崎やんっていうのを子供心に何言ってんねんお前で親に思ってたっていう話を聞いたことがあって
誰の話だったか全然覚えてないですけど
あーなるほどと僕はなるほどと思って思いました申し訳ないけど
僕は神戸なのでやっぱり神戸の人間は神戸に対する愛着とかなんかねやっぱりあの昔からハイカラ神戸とか言って言われたりとか
ジャズの街とか神戸ファッションとか言われているので
ねあの空雨が好き申し訳ないけど本当にという目で見てたんですよ
でその気持ちわかるわと思ってね北海道行ってあのどこから来られるのももう神戸神戸も雨も一緒やろうみたいな西宮も一緒やろうみたいな
そんな気持ちすごくわかるわかるあそうそうそうそう先輩と
20歳21人の時かな会社の先輩とツーリング行った時にその先輩があの泉ナンバーやったんですよツーリングバイクでねオートバイでね
泉の新宿行ったんですよ新宿行って泉ナンバー先輩はで僕神戸ナンバーでその先輩はあの神戸ナンバーかっこええよなーと言って泉ナンバーもほんまダサいダサいというかもうかっこ悪いなーって言って
言ってたんですよで面白い先輩やったんですけどめっちゃ好きやったんですけどどうしてるかなとみたさん
で新宿行って新宿行ったらねあの向こうの人が新宿の人が泉ナンバーって和泉って書くじゃないですか和泉そうすると神戸は知ってる
神戸から批判ったんですねって言って和泉ナンバーの先輩に向けてあらあら美しい綺麗な名前の土地ですねどちらなんですか和泉って言われて先輩はめっちゃ表紙抜けしていたというか
もう違う視点を受けてコピーライダーの人ですけどめっちゃ喜んでたというかね外から見たらこの和泉ってめっちゃ綺麗に見えるそれは綺麗と思いますよって僕は言ってたんですけど神戸は知ってるけど和泉は知らんのでそんな和泉に悪い印象全然ないんですよ
だから新宿の人はで先輩が気持ちよくなったというそういう話でしたなんでその話になったのちょっと何ですかねんですよ
地域の変化
という事があってとにかく天ヶ崎をイケてる町に天ヶ崎を風呂敷広げすぎここですねこここの浜幼稚園の界隈この周りをイケてる町になってほしいなイケてる町になりたいなってほしいなと思うことと
自分のだから幼稚園育った場所を好きになってほしい誇りを持ってほしいで自分の育った幼稚園からね自分の育った幼稚園から自分の育った地域を好きになってほしいですよ
天ヶ崎の人はそんなこと言わなくても自分の地域好きな人多いんですよそれが面白いなと外から来た僕から見たら面白いなと思うんですけどいいなと思いますね
そこに今までの天ヶ崎ではないパターンで浜幼稚園が生まれ変わったのでそして住む人も随分変わりましたこの地域で外から来られる人が駅前の再開発で多くなってこの20年で浜幼稚園の保護者層保護者層というか保護者の出身地も大きく変わりました地元の人減りました
そうした中で地園ではない公園という子どもを通した園をこれからどれだけまた広げていけるかな広げるどう変わっていくかということを
次世代僕たちの僕たちは次世代に引き継いでいてほしいなこのコミュニティをどんどん発展させてほしいというふうに願っています
はいということで1時間26分経ってますねもうこれは話すと長くなるっていうのはもう最初に申し上げた通りこれぐらいでしときましょうかまだまだ話せますけどこれぐらいにしておきます
はいではありがとうございました練習ですけども調子めっちゃいいんですね
来週ですね120キロ極寒の石部大
今年こそは参集するぞという中で今めっちゃ調子いいですがちょっと気になるのが睡眠があまりよく取れていないっていうところで
HRVという値が低くなっているですね
だけどそれは気にせんでいいと黒月が言っているので
今そのフェーズにある旗さんだったらそれは当たり前のことであるから
あまり気にせなくていいということでしたので
明日山行って山連行って3時間にとどめておいてそしてテーバリングして装備はだいたい固めたので後は補給食をちょっと考えて
今度こそは絶対走り切りたいと思っているので頑張ります
直近の練習で言うとトレッドミルが多いです
トレッドミルで20分をゾーン2に入れて20分を2セットというのを10パーの傾斜で5.2速8キロ時速8キロ時速と言っていいのかわからないですけど
トレッドミルの速度は8傾斜は10で20分を2セットそれをゾーン3に収める
だいたい160ちょうど四季市かな四季市ぐらいになると思うんですけどそれでもヘロヘロにはならないっていう形で何なら話している間も話せるしゃべれるぐらいの余裕ができました
その翌日木のおとといかそれが月曜日の練習かなそれが月曜日の選手練習で土日採用研修やってからね月曜日の練習で
日曜日がトレッドミル15パーでゾーン2ゾーン2が5.これまで5.2だったんですけどもスピード5.4に上げてもゾーン2に収まるようになった
これは進歩です低い心拍数で速い速度で15パーの坂を登れるようになりましたそれを言えそれを1時間楽にできました確実に上りの力はついてきてる確実に上がってる問題は下りですね下りが山に行けてないので
下りの前ももうですねだいたい死闘金がどれだけ温存して走れるかということがポイントになってくると思います
これはもう沈み始めなので仕方ないもう痛むのは仕方がないので痛みに耐える耐えながら幸い寒いしね寒いのがいいかもしれないですね熱持たないで食って前もそれが構想してうまくいけばいいなと思っているところです
雪積もってるでしょうね
はい
ということで練習はそんな感じでいい調子で来ています
怪我はね31日のハムストリングスもほぼもう感知してるけどやっぱり違和感出るときは出るんですね
でも本当に2週間で収められたのは良かったと思います
だんだん怪我するのも上手になってきたのでそこのポイントを見出すのがなかなか時間がかかると思うんですけども
怪我するなって思ったところでもきっぱりやめるこの違和感が走りながら治るかなって思うのはそれは幻想です
この年になって違和感が起きたら走りながらは治りません
ずっと悪くなる一方だと思った方がいいと思うんですね
と思います
それで僕はすぐにやめたので今回違和感がパッと出たときにすぐに止めて歩きに入ったので2週間で済みました
それをそのまま走っていくたのがそれまでの僕の失敗です
何回も失敗しているそうすると2週間で済まない6週間ぐらいかかりますね
感じまでその間にどんどんパフォーマンスが下がっていくのでそれまでの練習があっという間に水の泡になるということです
はいそんな感じで1時間32分でした
それではここまで聞いていただきありがとう聞いてくださった方はありがとうございました
お疲れ様でした今日も週末今から僕は旗楼会でご飯を食べに行きますスタッフたちと今日は福島ですね福島のイタリアに行きます
ということでお疲れ様でしたありがとうございました皆さん良い週末をお過ごしくださいではさようなら
01:33:15

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