私もあの、あ、濱子さんいると思って。
最後の方までずっとね、最初から見てたのね。
いや、あの、ちょっと出先で私今帰ってきたんで、後半見れなかったんですけど。
僕はたまたまね、あの、ずっとフルで見たんだけども。
あー、そうですか。
明るくて笑顔があっていいね。
いやもう、本当にもうあの、おかげさまで今こういうふうにね、楽しんでやってますけど。
なんか大変だったらしいね。
いろいろ、いろいろありましたね。いや、もう濱子さんこそ。
私も濱ちゃんって呼んでいいですか?みなさん濱ちゃん。
全然全然。
嬉しいです。もうあの、濱ちゃんの話はね、毎回引き込まれるんですよ。
そのように話してるんですよ。
さすがです。さすがです。
本当にすごいそれを感じてて。
やっぱりあの発信する時にはどう、何を話すかも重要だけども、どのように話すか。
誰が話すか。それから構成をどうするかってことはすごく重要なポイントだよね。
さすがです。
いやー、私はあの結構お話しするのが好きで、昔からなんか人前でお話しするのは結構好きだったんですけど。
でもなんかあの理論立てて、何でそういう風に上手いのかって言われた時に説明が難しくて。
昔何かやってたんですか?運動とかなんか。
運動はしてましたね。
何を?
あの私もナオミンと一緒で剣道をずっとやってまして。
剣道なんだ。剣道ファミリーなんだ。
そうですね。剣道、今長男もやってますけど。
本当。何段か持ってらっしゃるの?
2段ですけどね。私はちょっと途中で受験で辞めてしまったんで。
2段はすごいよ。
そうでもないですけどね。
いや、段数持ってる人やっぱすごいよ。他のスポーツっていうのはほら、あんまり段がないじゃない。柔道とか剣道は段があるけども、他のスポーツってあんまりないんだよね。
確かにそうですね。
いやー、そこそこ10年ぐらいやってましたからね。
どちらでやってらっしゃったんですか?
私茨城県なんですね。
どっち?上?
あ、上。茨城県。
茨城ね。
はい、そうです。
茨城って言って怒るんだよ。
そうそう。黙ってるから茨城言うてるんじゃないんですよ。
ね、茨城なんだよね。
そうなんです、そうなんです。
私はよく知ってるからよ。茨城のことはよ。
あ、なんか上手。
沢山いるから。
えー、そうなんだ。
だから茨城もよく知ってるんだ。
ちょっと違うけど。
こんな感じだよね、ネイティブは。
似てる似てる似てる。すごい。
いやー、濱ちゃんは面白いですね。濱ちゃんもスタイフ始めて、そんなまだ1ヶ月ちょっと。
1ヶ月ちょっと、うん、まだ。
同じくらいだなと思って。
そうね、投稿数も30ぐらいじゃない。
いや、それでなんか影響力もすさまじいじゃないですか、すでに。
いや、自分じゃ分かんないんだけど、それ。
いや、もうだって再生回数が私のざっと4倍ぐらいあるじゃないですか。
4倍ってどのくらい?多分ね、今月は1枚振ると思うんだ。
いやー、すごいなー。すごいなー。
いやー、もうそれがすごい。
分かんないけど、ほら、比較対象がどのくらいぐらいか分かんないから。
そうですね。
そう、この間なんか濱ちゃんがなんかで見たんですよ。
なんかスタイフ1ヶ月で4000回再生がとか言ってて、えーっと思って。
もう、そうね、やがて6000、7000回いくんじゃないかな。
いやー、そう、私も濱ちゃんはもうずっと前からこれされてるんだと。スタイフされてるじゃん。
4月の1ヶ月だよ、また俺は。
いや、そう、だから、えーっと思って。いやー、さすがだなーと思って。
最初ね、やった時に、ほら、1回目たくさん来るじゃん。
2回目くらい来た時に、あれ、ちょっとこれどうしたらいいんだみたいなね。
そう、そこがね、すごいなーと思って。やっぱそれは、まあ、いろんな秘訣があるんやろうなーと思って、そこもちょっと聞きたいなーと思ったし。
それはね、僕には先生がいるんですよ。
ほう、さすが。
マラムクミっていうね、金沢の女性がいるわけ。
彼女が僕のメンターであり師匠なんですよ、スタンドFに関しては。
あ、なるほど、やっぱりスタンドFMにも師匠がいるんですね。
その上の師匠がヒジリちゃんだね。
なるほど、なるほど。
そこが秘訣なの。
なるほど、そういうことか。はあ、さすがです。やっぱ学ぶと違いますね。
あのね、やっぱり、剣道もそうだと思うね。型があると思うんだよね。
そうですね、そうですね。
型があって、そしてだんだん型が外れていって、自分の理由が出てくると思うんだけども。
そうですよねー。なるほどなー、さすがです。
僕の周りはね、剣道の人がいっぱいいる山ほど。
あ、九州って結構剣道盛んじゃないですか。
僕の後輩っていうかさ、全然向こうはすごいんだけども、
30回か40回全国制覇してるよね。
いやー、いますよねー。
毎年インターハイ優勝してるよ。
いやー、もうすごいや。すごいですね。そういう方いるんですよね。
剣道の方はね、八段だ。
あ、八段も国宝級ですから。
国宝級ってのは分からんけども。
八段は国宝ですね、もう。
ただね、剣道してる人はものすごい礼儀正しいしね、ピシッとしてる。
やっぱり審議隊ですからね。
たださ、縦社会はすごいだろうなと思うね。
蓮舫序列とダンとリューハといろいろそんなのがあって。
古い感じはね、ありますけど、
剣道、私も今私自身剣道やってないんで、
ちょっと今の剣道の世界がどんなもんかちょっと分からないですけど、
剣道の代わりにサンリオFMやってるからいいじゃない。
今もう発信が楽しくてたまらなくて。
すごいね。拝見したんだけど、いろんな人のカウンセリングしたりとかね、コーチングしたりとか。
今もうそれがもう本当に生き甲斐にやっと出会えたっていう。
本当に。
もともと美和ちゃん何やってたんですか、学生終わって。
学生終わって、私小さい頃からの夢は宇宙飛行士になることだったんですよ。
宇宙飛行士いいね。
宇宙飛行士になりたかったんですけど、物理学でちょっと挫折をしまして。
あれ物理必要なの?
物理やっぱり、宇宙って物理学ガチガチの世界なんで。
やった時に、ちょっと私物理はあかんなと思って。
その時にハマってたのが生物学やったんですね。
生物。
生物学が面白くて面白くて。
理系ですね、どっちかってね。
理系です、完全にバリ理系なんですけど。
それで生物学にハマって将来研究者になりたいと思って。
なるほど、そっちの方向に行きたかったのね。
研究者ってことだから、大学院まで親に出させてもらえた。
大学院まで行ったの?
そうなんですよ。
マジすごいと思わない?
いやいやいや、今は理系は大学院行く人すごく多いと思いますけど。
それで大学院に進学して、2年間研究もして論文も発表して学会も出て、
いろいろバリバリやってたんですけど。
就職する時にやっぱりそのまま学問の道に行くか、
明快に行くかっていう最初の選択肢が出た時に、
やっぱり消費者に近いことがしたいなって思ったんですよ。
なるほど。
やっぱり学問を深く追求するよりかは、
誰かのすぐに役に立てるようなそういうことがしたいなと思って。
ナオミちゃんが入ってきてくれた。
そうです。
ナオミ、うれしい。
どうもお疲れ様でした。
よかったです。
すごく後半戦はノリに乗ってて、
ナオミちゃんらしさが出ててすごくよかった。
言葉もリラックスで出ててすごくよかったんだけども、
ただびっくりしたのは、僕の顔が出てきたのはびっくりしました。
はい。
私最後見れなかったんで、またもし見れたら。
全然ありがたい限りですよね。
すごいナオミと濱ちゃんもつながってて、
それで私が加わった感じですごくうれしい。
それからどうしたの?
それでメーカーに就職したんですけど、
それでメーカーの就職先が大阪だったんですよ。
大阪どっちだ?
大阪の就職先は京橋。
京橋はよく行きましたね。
来てそうですね、濱ちゃん。
何百回見てるわ、大阪。
何百回。
ビジネス外ね。
そこで社会人生活ね、私バリキャリーになりたくて。
バリキャリーで何か販売してたの?
メーカーだから作るんだよね。
メーカーで研究職で採用されたんですね。
とあるメーカーの研究職で化粧品とか健康職員とかやってた。
ちょっと名前は言わないんですけど、そこそこ有名な会社だった。
そこがね、なかなかブラックやったんですよ。
なるほど。
ブラックでもう社長様、社長も万歳みたいな。
社長さんがいて、おつぼれさんがいて、バントーさんがいて、大変な社会だね。
まさにそういう感じやったんですね。
そういうのは私すごく嫌なんですよ。
全然違うもんね、カラーがね。
だって研究職とかいうのはさ、理論立てて結論があるじゃない?
理論も何もないからね。
そうなんです。
もうそれで、ちょっとなんか、あとはその社長が言うことが絶対の風潮っていうのが、
なんか気持ち悪くて。
そうなるよね。
それで、なんかやっぱり私も研究職で入ったんですけど、
研究職の、何だろう、研究所の雰囲気がちょっと良くなかったんですね。
なるほど、そうなるよね。
良くなくて、あれここちょっとまずかったなって思った時に、
商品開発家が開くから、商品開発誰か研究職の中でやらないかって言われた時。
なるほど、そういうふうな投げかけがあったけどね。
そうなんです。そこで商品開発会社でやりますみたいな感じで。
で、商品開発家に入りました。
で、結局社長と結構ベタベタのお仕事をしてたとこなんですけど。
なるほど。
で、いろいろ学びました、本当に。
社会ってこういうもんなんだっていうことはね。
シャバを学んだわけですな。
そうです、そうです。
学んだけど、私このままじゃ無理だと思って。
体調も悪くなったろうね、多分ね、精神的にも病みしね。
そう、もう気持ちもだいぶきてましたね。
当時ね、もう頭皮もガチガチでね、髪もちょっと薄くなるぐらいストレスが。
すごいストレスだね、そりゃね。
そうそうそう。
で、結局、私主人が大学時代の同級生なんですけど。
一緒に大阪に就職してたんで。
なるほど。
それで結婚して、出産を機に、もうこれを機に辞めたるみたいな。
なるほど。
もうこれを機に辞めれる、ありがとうみたいな感じで。
なるほど、そしてご主人は残って。
そうです。
彼はね、違う会社なんですけど。
うん。
で、私はもうあの、ブラック企業さよならっていう感じで。
やったーみたいなね。
そうそう、やったーって感じで。
こうやって育児に宣伝できるぞーみたいな。
そうそうそうそう。幸せでしたね、あの頃は。
なるほど。そしたら。
そしたらまさかね、旦那さんが働けなくなるという。
それ、何かあったの?きっかけっていうのは。
ちょっと元から繊細な人ではあるんですけど、
最初はちょっと仕事が忙しいっていうところがあったんですが、
ある日も突然胸が苦しくなっちゃって。
ストレスだね、それね。
最初のね、きっかけは。で、ストレスだったんだろうけど、
結局なんかその、もう苦しい胸が痛い、心臓が痛い、息ができない、頭が痛い。
これちょっとやばいよ。
なるほどね。で、結局きっかけはどのようにして浮上していったんですか?浮上って言うとおかしいけどね。
最初は私大学院卒業してたから、
どっかメーカー雇ってくれるやろうと、選択肢があるやろうと思ってたわけですよ。
思ってたのにも関わらず、ちっちゃい子供がいる、預け先がないっていうだけで。
ああ、そうだよね。そうなんだよね。
それでまあ、椎崎全員関東だし、
結局見向きもされなかったっていう、現実に絶望しました。
なるほど。それからどうしたの?
そう。ねえ、ナオミありがとう。
でもずっと長く一緒にいたから、やっぱり見捨てるわけにもいかないし、
やっぱり元気になってほしかったから、私がどうにかしようって思って。
で、結局、絶望した中で、結局できる仕事っていうのが、
新聞配達か薬炉トレーディーぐらいだったんですよ。
なるほど。時間的にもそうだよね。
時間的にも、着事書がある、すぐ働けるっていうところで、
で、結局薬炉トレーディーをしました。
何年間ぐらいやられたの?
結局ね、この間の2月までやってましたよ、私。
ほんと、結構やってたんだね。
9年4ヶ月。
9年4ヶ月?
はい。
それはすごい。
そうなんですよ。それで、でもほんと最初はね、営業なんてやだよって。
私、研究職やって希望してたのに、なんで営業やんだよって思って。
ほんとにやだなって思って。
でも、よく9年4ヶ月頑張ったね。偉いね。
そうなんですよ。それがね、パクルトの仕事、めちゃくちゃ楽しかったんですよ。
ほんと、あれ、ずっと置いていく仕事でしょ?
そう、まあ、配達というよりかは、お客さんにとって健康アドバイスさせていただいて、
提案するみたいな、ほんとに普通の営業なんですよ。
提案営業なんだね。
ルート営業なんですけど、その都度お客さんの状況を聞いて、商品変えたりとか、
新しい商品紹介したりとか、化粧品の紹介したりとか。
逆に言ったらさ、メーカーにいてそういうふうなことを研究するのが好きだったから、
そういうのを深く知識として落とし込めるよね。知識としてね。
そうなんですよ。私、知識は誰よりもあるなと思ってて。
うん、原信さんもそう思う。
そうなんですよ。それで私、最初3ヶ月くらいで売上が3倍くらいになったのかな。
それで楽しいと思ったんですけど、壁にぶち当たって。
どんな壁?
どんなに詳しく説明しても、なんで私一番になれないんだろうっていう。
なるほどね。だって宇宙飛行士だから一番になりたいよね。
そう、一番になりたいっていうのが昔から多分あって。
それで、なんで私こんなに知識あるのに売れないのかな。
もっと売れてる人もっといっぱいいるのになってなった時に、やっぱり形状と寄り添いが足りなかった。
なるほど、なるほど。
そこに気づいたんですよね。
それで、それができるようになってから、また売上が3倍になりました。
すごいね。
そうなんです。ナオミありがとう。毎日が奮闘してきました。
それが今の仕事にめちゃくちゃ役になってるよね。
そうなんですよ。本当に。だからヤクルトの経験は本当にかけがえのない経験だったなと思って。
ナオミちゃんが毎日毎日が奮闘、成果していないからから、
みんながしっかりしないと自分にしったけきれいにしていったのがイメージ枠よ。よく頑張ってきた。
ナオミとすごく重なる部分があって、そんなもんじゃ終わりたくないっていういろんな悩み・葛藤・不安を抱えた。
二人とも輝いてるよ。
ありがとうございます。ナオミも本当に憧れの女性ですよ。私からとって。
元気良いし明るいし美しさがあるしね、二人ともそうだよ。
私、今磨き中です。
どんどんどんどん人は見られて、女性とかきれいになっていくんだよね。
磨きがいがありますよ。本当に。
だから本当に営業経験が今にすごく生きてて、やっぱりお客さんのいろんな悩み聞いたりとか寄り添いとか、そういうことをずっと多分教わらなくてもしてきたんですね、私は。
それさ、ヤクルトを飲みたい人ってどんな悩みがあるの?例えば。
健康のことだとかさ、いろいろあるんだろうけどさ。
最初はやっぱり飛び込み営業なんですよ。
飛び込み営業で最初ヤクルトに全然興味ない人からのスタートだったりするんですね。
なるほど。
だから最初はまずコミュニケーションですよ、やっぱり。
そうだよね。
濱ちゃんはもう全部ご存知だと思います。
コミュニケーションから取りながら、この人は話せるな、話聞いてもいいなっていうまず壁を解くところから始めて、
そこから初めてヤクルトの紹介をする。
そうだね。結局いきなり商品の説明をするんじゃなくて、まず話を聞いて共感してコミュニケーションとってちょっと仲良くなってから入るんですね。
そうですそうです。やっぱり売れない人、営業が嫌だよっていう人は最初からヤクルトの説明しちゃってて、もう聞いてくれない、売れないっていう風になっちゃうんですけど、まず仲良くなるところからだと思います。
そうだよね。物事そうだよ。
そうなんですそうなんです。そこからやっぱり入り込んでって、最初は皆さんやっぱりなかなか初対面の人で、自分が便秘だとか風邪引きやすいとか。
なかなか言えないよ。
なかなか言わないんですけど、でもそういう風にそういう人が改善していってるってことは起きながらキャンペーンのご案内をしたときに、まあじゃあ3週間だけやってみようかなみたいなそんな感じで始まるのがほとんどですね。
そのコツが掴めたのは、ヤクルトのレディーになってどのくらいぐらい経ったときでした?
2年半ぐらいでした。
かかるよね。
もう本当に何でだろう、何でだろう、ずっと自分に対して質問する。あとは売れてる人の話を聞く。どういう風にやってるかってことを聞いて聞いて聞きまくって、あ、なんか私ワクワクを与えてなかったな。
なるほどなるほど。そこでワクワクが出てくるわけね。
そうなんです。商品説明ばっかりしてた。それで商品説明でも、うわすごいって言って感動して買ってくれる人がいるんですよ。それ以上の壁がいけなかった。
なるほどね。そこでもうちょっと何をしたらいいかっていうことを色々考え出すわけね。分析し始めるわけね。
そうです。分析をし始めたときに、やっぱすごい売れてる人がもうなんかもう大阪特有の何だろう、なんかこう擬音語ばっかり使う感じ。
はいはいはい。
そんな感じのノリで、私も楽しく明るくワクワクの未来を想像してもらったら、お客さんはやっぱ想像した未来を手に入れたいなって思う。
そうだよね。
それで始めて、じゃあやってみようかなって。そこなんですよね。
そうだよね。やっぱりみんな夢があるじゃない。
そうそうそうそう。
その夢を自分で考えたいけど、自分のことは自分でよく分からない。
そうなんですよね。
そして誰かが話を聞いてくれて、ひょっとしたらこんなのいいんじゃないとか言って、それだったらできそうですとか言って明るい未来を見せてあげて、じゃあ一緒に伴奏しようかってパッと。
伴奏。ヤクルトレディは伴奏のいい仕事だったなと思って。それで9年4ヶ月やってきましたね。
すごいね。じゃあそれでずっと支えていったのね、家計を。
そうですね。ヤクルトレディの中ではよく稼いでた方だと思いますよ、本当に。
選択肢が2つぐらいしかない中でよくそれを選んで続けたってこと偉いよね。
ありがとうございます。本当に家族の支えももちろんあったし、でもそれでもやっぱりお金は足りなかったんですよ。
そうだね。
ローンとかもあるしね。だから私ダブルワーク、トリプルワークしてたんですよ。土日は倉庫で働いたりとか。
なるほど。
夜はもう本当にスマホでアンケートをたくさん回答して、それだと月に2万円ぐらいポイントでもらってました。
2万円が大きいんだよ、実は。
大きいんですよ。それでドラッグストアで買い物できるから、そんなどん底の生活を結構10年続けてたんですけど。
でもやっぱりその時に体壊したんですよ。休まなかったから。
それはね、やっぱり休まないとね。
そうなんですよ。そこからこのままじゃいけないなって思った時に、家でもできる、独立して授業したいなって本当に思い出した。
時間自分で使えてさ、そして結果が出ればいいもんね。お子さんともコミュニケーションはかれるし。
そうなんです。子供もね、言ってもまだちっちゃいんで、やっぱり子供のそばにいたいっていうのもあって。
当然親だったらそう思うし、息子さんはやっぱりお母さんと一緒にいたいもんね。
そうなんですよ。もう全然構ってあげてなかったなって私も必死やったんで。
だからまあそれなりにね、やっぱり反省はまだたくさんあるけれども、でもやっぱりちょっと働き方変えないといけないなって思った時に在宅で仕事をしていきたいと。
それはいつ頃ですか?
それがちょうどもうコロナ直前2020年。
2020年ね。なるほど。ナオミンちゃんがね、ミヤのナミナミで努力すごいってきてるよ。
ありがとう。もうナオミンもすごい努力家だから、もう本当にね、共感ばっかなんですよ。ナオミンの話は。
ねえ。
そう、ほんと。
で、そのコロナの時に入る前に、なんか自分でね、やろうと思ったわけですね。
そう、それでインターネットでどうにか仕事をしたいなと思って、最初にブログアフィリエイトを始めて。
ああ、アフィリエイトね。
はい、アフィリエイトを始めて。で、もう本当に、本当にもうお金マジでなかったんで、自己投資なかなか難しかったんですけど、
でもその、もう忘れもしない、もう風邪の時代に入りましたっていう、2020年の12月26日かそのくらいに、初めて私自己投資っていうのをしたんですよ。
ああ、なるほど。
もうプルプル震えながら、クレジット決済して。
そうなんだよね。
もうそっからスタートして、で結局、まあ結論から言うとブログアフィリエイトは失敗しまして。
ああ、なるほど。
メンターつけたりとかいろいろしたんですけど、その後に、そのSNS企業の教えるところに入って。
はいはい、企業塾っていうところね。
企業塾に入りました。そこで、そこがまたね、すごい温かい人がたくさんいて、そこで私初めて成果を出すことができて。
どんな成果ですか?
なんかその、SNSで自分のビジネスをしていきたい人にそれを教える仕事なんですけど。
そうね。
初心者のうちからそれを学んでできるようになって、コンサル生も結構ね、本当に20名ぐらい、もっとかな、結構わーっと増えまして。
いいねいいね。
それはね、俺話を聞いててさ、ミワちゃんの人柄だよ。それと頑張ってきたことがあってね。
いやー、そうなんだ、面白いわー。
でもそこからですよね、すべていろいろ始まって。
そう、そして僕は湊の駅からね、鹿児島空港が近いんですよ。
で、バスで行ったのかな、そしたらね、なんかめっちゃ雷さが、7月か8月だったんだけども、めっちゃね、天気が悪いわけ。
なんとなんと。
もう暗雲を確かめて、なんか雷さが鳴ってるし、嫌だなーって思って離陸したら雲の上が晴れてたんだよね。
いやー、あれも綺麗ですよねー。
雲から飛んで行くんだけども、それを見てね、光が当たるわけ翼に、そして眩しいわけよ。
善と悠々だとかさ。
本当にね、そういうところからですもんね。
いやー、あれも感動しましたわ。それでね、弟子にね、入られて。
弟子とかだしだよ、あれ。
だし!
だしだよ、だし。
だし!
もう本当だし、だし。
でね、本人が言うにはさ、素質ないって本人書いてるからね、はっきり。
本人が言うにはさ、素質ないって本人書いてるからね、はっきり。
素質はあったか?ない。
田舎のね、元気のいい若い高青年であることは確かだったが、
喋りの素質は全くないように思えたって書いてあるよ、本人。
いやー、それが今はね、全国回るセミナー講師。
まあね、回ってきたけどもね。
なんか、濱ちゃんはピンチね、状況も逆境からのチャレンジだったと思いますけど、
なんかこう、一番、最近とかでもいいんですけど、ピンチありますか?
いやー、やっぱりね、しつかったのは2009年のリーマンショックね。
はいはいはい。
一回はあれで仕事が9割減ったのよ。
9割!?
9割減った。
まじか。
BtoBやってたから、ほとんど。
そうか。
もう全部、メールが来るたびにキャンセルキャンセルキャンセルで9割。
きついなー、きついなー。
そこでちょっとね、やっぱり診療内か行ったりとかして。
ああ、そうかそうか。
そうか。
夜劇の後は僕はひどかったから、入社の3ヶ月。
へー。
高校からね、大無駄ってところで。
ただ、1ヶ月で治るってわかったんで、
あと2ヶ月は病院室ね、治りが早い人間を観察して本を2冊書いたんだよ。
へー。
もうそこでの根性ですよ、やっぱり。
どうやって治っていったかっていうのを全部、
治りが早いやつはどんなかっていうことで全部それを本にしたわけ。
すげー、もう全部チャンスにしてる。
もう1個はね、そこは救援だったけど全部無くなった時期はコロナの時期。
そうよなー、そうよなー。
もう全部、リアルがなくなったから。
そうですよねー。
今考えるとどうやって生活したかわかんないんだけども。
そんな中でも、這い上がったのはどういうふうにやってたんですか?
私のうちには寄附金とかあったり、ああいうのを手繰り寄せたりとか、
で、たまたま前付き合ってた友達がね、
1年半ぐらい、コロナが終わった後だけども、
うちちょっと手伝ってよってね、アート関係の仕事をずっと手伝ってたの。
へー。
なるほど。
そっかそっか。
銀座に飛ぶようなBMWの車で送り迎えしてもらって行ってましたよ。
へー。やっぱり持つべきものは友達というかね。
その時に企画書を毎日返してたから、それから2年半ぐらい返してたね、いろいろと。
いや、そうですか。
プレゼンももちろんやって、僕は英語できるので、
だから、その時には英語がすごく役に立ったわけ。
いや、ほんとですね。
外人が来るとさ、ああーって言われるじゃん。
Good morning, how are you? How are you doing? Everything fine?
と言うと向こうがさ、すごい喜ぶわけ、外人さんが。
そうでしょうね。日本人って喋れないもん。
だから、僕は英語が喋れたから、ずっと英語が喋れなかった。
外人の前で英語でプレゼンする機会もあったしね。
私、それ目指したいんですよね。
あとね、その時期に僕がやったのは動画。
動画を5年ぐらいね、外国の人に習った。
1から10まで全部教えてもらった。
パワーポイントとか作り方とか、あるいはキャンバーとパワーポイントをどう組み合わせるとか、
そのもの全部教えてもらった。
すごい。
パワーポイントを作った時に、
パワーポイントを作って、
パワーポイントを作って、
パワーポイントを作って、
パワーポイントを作って、
パワーポイントで何をやっていったか分からないし、
3ヶ月前ぐらいにベルトキャンバスのミニゲームでどうやってやれたかを調べた。
いや、まともな学習のような、
えらっしゃいをやったかな、って。
Doublelock
学習のようなね、
なんかこれとか試してみたいの。
大学の学生の学生の学習をみてみる。
の飛び急で3ヶ月でぶっちぎり広報という教えをしようと思っている なるほど
これ全部が1ヶ月のデータを取ってるんだけども 結構倍速以上で言ってると思う
いやもうさすがの私もびっくりだったんでやーどうしてるかなと思ったやっぱり師匠 がいるっていうことでね
だから特したあの今見るとわかるんだけども ハッシュタグあるでしょ
あそこの音声廃止は僕トップですよ
毎日のようにあそこにいる それからビジネス
今3位かな今日が それでスタイフが1位か2位だよ だからあそこ全部僕いつもあそこにいるのよ
だから伸びてんだ それとあとコーチ ハッシュタグのコーチは1位よ今日
いやー そんな調査もしたことないですわ
であとねビジネスって一番最初に出る画面があるでしょ あれは19位ぐらいなんだけどもあれは理由があって
あのもしも僕は毎日配信をやめてしばらくやるとあそこのトップに出るんですよ いやー
みんな3日ぐらい置くから結局そこに入れるでしょ 僕は毎日配信してるから次のが次のが出てきてそこに行ってるわけ
そこが違う
そこはねやっぱりどうやったらいいかっていうのはすべて研究して やっててそれを講座をやるんですよ
なるほど すごいやそれをやるとその
領域では必ず上の方に3ヶ月もすると上がっていくその人
多分ね 2つだと思うんですみんな考えてるのはスタイフをやってるのは
まあ趣味でやってる人とビジネスでやって露出を多くしたいという人っているでしょ
ということはやっぱりトップの方に行きたいということが一つ目標だね まあまあそうですねもう一個はそれをどうやってマネタリズスするかっていう話だ
はいそれも僕の知り合いがあのその マダム久美ちゃんってそのスペシャリティなのね
2人でやる さすがですねそれをねえっと7日ぐらいから5日間もやるんですよクラブライブ
ほど じゃあそれも楽しみですねこれそしてね何を考えてるかって言ったら
いろんな得意な人がいるじゃないはい僕と久美ちゃんができないところはみんなで振るん だよ
はぁ こういう人いるからねあの例えば心理学とかなんか女性企業した人だったらじゃあ
みやちゃんどうぞとかね 作したらインスタを求めるんだったらナーミンちゃんどうぞって振ろうと思ってるわけ
はいはいはいはいはいはいはいはいそしたらね みんなのフォロワーがいっぱいいるじゃん
はいはい告知してさあやっていけばみんなが潤うじゃん そうですよねそれを考えてる
いやーもういい循環ですねもうやがてスタートするので で
2人ともそこも一番いいところに どっちかが1位か2位なんだ毎日
へぇ
うんすごいなぁ だそこ動かないねほとんど
はぁ毎日やってるけどもハッシュタグの音声とハッシュタグのビジネスとハッシュタグの 財布それからハッシュタグのコーチっていうのはもうだいたい1位から最後にいつも
いるから
そうするね見る人が半端なく増える でしょうねうん
だと思います
戦略も大事ですよねすごくね僕の特徴は いいねの率が高いんですよ
5割か6割
5割の割に5割だねああああああ なるほどなことが聞いた人が半分ぐらいは
まあね 反応してくれてるうんだから
ということはその聞いてる人はそんなに多くなくてもターゲット層に当たっている ですねそういうことですね
なるほどなぁそこでやっぱり後はねプレゼン力ね どう話したらいいのかっていうねその
ストーリー性 a を持ってきたらいけるのかなとかねそれも全部研究した
そこはもうねもうお手の物のねー そこはのあの僕の領域もプレゼンは
何万人で見てきてるからはいねー ねまぁ何万回
ん 1回のセミナーで
その人の話を ボロか聞くからね
ブーブー言っ 今までの経験がやっぱりここでも凝縮されてね
ストックがねそういうことを僕は教えてあげようと思ってるわけ なるほど
そしたらねそれが総合的にいけるわけだから 夢は叶う可能性は高いですね
楽しみですねうんで僕はねやっぱり 3つと聞いてて企業からの女子ね女子の
企業からの30代40代を輝いている いやもう本当にもう私たちの時代やと思って
ますよそこで一番元気がしかないてるしやる気もあるし素直だしで真面目だし
ねー 日本を変える人たちでそこがそこにいるわ
本当にあの日本を変えてる人たちだと思って私もやってますしね 今回一つの目標ね
100人の日本を変えるインストラクターを作りたいんだよ あーうちの師匠も同じことをしちゃってる
僕はもどっちかというとマーケティングの方はほら別の人がやるだろうし僕はもう あの
まあコミュニケーションとか話し方とかプレゼントかねまあそっちの領域だと思うん だけど
はいはいはいはいはいはいそうですねそれぞれの領域で違うん うん
そうだよなぁ そも私もそのリーダー育成あの100人のリーダーを作って
でその100人のリーダーがまた100人のリーダーを作ってみたいな まあそういうビジョン
だからそういうことを言ってるでそういう人が集まってくる そうそうそう
そうなんですよ そういうねそういう循環作っていきたいですねそして
つながって得意分野に振る そうねそうねそうそうそう