第551回 高校生に「腹落ちする」と言う言葉を使ったら、キョトンとされた件につい
2026-04-20 14:10

第551回 高校生に「腹落ちする」と言う言葉を使ったら、キョトンとされた件につい

高校生とのレッスン中に「腹落ちする」と言う表現を使ったら知らないと言われちゃったことから、身体的な表現がってきているところから、現在の人たちが以前と違ったメンタリティーになってるのではないか?と言うお話をしてみました。

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こんにちは。 言葉とアートで人の心を導く英語指導メンタリストそしてライトワーカーアーティストの はじめ先生です。
このチャンネルでは、心の在り方を整えることによって、英語力や人生を劇的に好転させる秘訣についてお伝えしています。
今日のテーマは、高校生に腹落ちという言葉を使ったらキョトンとされた件、
というお話です。
まず最初に告知です。
今週の金曜日24日の20時から、おうちビジネスマルセというオンラインイベントに出展いたします。
こちらはビジネスマルセというくらいなので、ビジネス系の様々な専門家の方が集まるオンラインイベントなんですけれども、
その中で僕は、AIで面倒な事務仕事を全自動に、ド文系でもできる簡単プログラミングということで、
AIを使って身近な仕事の中にあるちょっとしたことを自動化してみませんか、というようなお話をします。
まだAIでプログラミングなんかできるのかなと思っている方は、このド素人の僕がどうやったかということをお伝えしますので、
興味のある方は概要欄のURLからこのイベントにぜひお申し込みいただければと思います。
はい、というわけで今日の本題なんですけれども、僕の本業の英会話教室では非常にいろんな層の方がいらっしゃるわけですね。
本当に下は小学生から上は50代、60代の方まで本当に幅広くいるわけなんですけれども、
僕は元々は高校の教員だったというところで、一番なくできるところというのが高校生ぐらいの年齢で、
英検対策とか入試対策なんかがなかなか他の講師ができないので、そこを僕がやるってことが多いんですけれども、
そうなると10代のお客様とお話をする機会が多いわけなんですが、
年々言葉が通じなくなってきてるなっていうのを感じるんですよね。
結構前に話したんですが、しばしばっていう言葉を使ったら通じなかったっていう話があったと思うんですけど、
その話をした時に、高校生でなくても一般のスタイフにいらっしゃる配信者さんの中でも、
しばしばって使わないよねっていうふうに言われて、
そっか、僕のワードチョイスがひょっとしたら古いのかもしれないと思ったことがあったんですが、
また改めてそれを思わされてしまったことがあるんですね。
僕は英語のレッスンの時に、読解力とアウトプット力を高めるためにようやくをさせるっていうことをよくやるんですよね。
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なので、この段落で言おうとしていることをめちゃめちゃ簡単に言ったらどうなる?みたいなことを聞くんですけれども、
時々、それなりに日本語にはなってるんだけど、この子全然しっくりきてないよねっていうふうに思う時があるんですね。
ちょっとわかりにくいかもしれないんですけど、文字面は追って和訳してるけど、
それが何を言ってるのかの実感が伴ってないっていう状態が時々起こるわけです。
それはどんな時に起こるかっていうと、
その文章に書いてあることが自分の過去に経験したことと結びつけて考えられないってことがあるんですよね。
物理的に若い生徒さんというのは人生で経験していることも大人に比べれば少ないので、そうなってしまいがちなんですけれども、
そんな時にちょっとアシストしながら、例えばこういう場合にこういう風になるっていうことなんだけど、どう?って言ったら、
ああ、そういうことですねっていうふうになるわけですよね。
この間土曜日のレッスンの時に女子高校生と話をしていた時に同じような問題があって、
ここの文の意味って結局何言ってるんだと思う?っていうふうに日本語でいいから言ってみてって言った時に、
なんかこう、本文に書いてある単語を拾って、それっぽく、なんとなく言ってることをなぞったようなことを言ったんだけど、
なんかピンときてない感じがしたんで、そこを具体例を使ってこういう感じなんだよっていうふうに言ったら、
ああーってやっぱりなってくれたんですよね。
なのでその時に僕は文字面だけ追ってるんじゃなくて、自分の中で、
ああ、なるほど、そういう感じねって、腹落ちすることが大事なんだよねっていうふうに言ったら、
すごいキョトンとしてて、腹落ちって何ですか?みたいな雰囲気になったんですよ。
え?え?腹落ちって言わないかな?って言ったら、いや聞いたことないですとか言われて、
うわー、えー?とかめちゃめちゃびっくりしたんですよね。
そしたらその女子高校生の生徒さんが、闇落ちなら知ってますとか言ってきて、
いや、闇落ちか。闇落ちはむしろ最近出てきた言葉のような気がするなとかちょっと思っちゃったんですけど、
皆さんの中ではどうでしょうね。腹落ちってやっぱり使わなくなってるんでしょうね。
まあ確かにそのお腹のこと、腹っていうのも古くはないけど、ひょっとしたら使用頻度が減ってるかもしれないですよね。
で、なんかふとこういうふうに最近使われなくなりつつある身体的な表現とかってあるかなと思って、
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ちょっとAIの手助けもしてもらいながら調べてみたんですが、確かに身体的な表現で減ってるような気がするんですよね。
たとえば、不に落ちるって言葉ありますよね。腹落ちっていう言葉がわからなかったので、不に落ちるなら聞いたことあるって言ったら、
その子は不に落ちるは聞いたことがあるらしいです。腹落ちと不に落ちるって基本的には同じ意味ですよね。
不っていうのは内臓のことなんだけど、不に落ちるの方が若い世代にとってはピンとくるのかもしれないですね。
他に身体的な部位を使った言葉で言うと、肝入りとかね。これもなかなか最近はない。
これは肝入りの政策ですかね。あいつは肝が詰まってるなんてね。肝っていうのは肝臓の肝ですからね。
腹が座ってるとか言うのも普通に僕らは言いますけど、なんか若い人が腹が座ってるとかそんなに言わないのかもしれないですよね。
でもこれってひょっとしたらやっぱり人間が身体感覚っていうものをちょっと失いつつあるんじゃないのかなっていうふうに思うんですよね。
逆に言えば昔の人の方が身体感覚っていうものに対してより鋭敏だったっていう可能性があるわけなんですよね。
たぶん昔の人は精神活動というものが脳だけで行われているのではなく、脳と心と腹みたいな、言ってみれば3段階くらいの層で考えていたような気がするんですよね。
脳というのが理性的な判断を司っている精神活動ですよね。それは分析的だったり論理的だったりするんだと思うんですけれども、
だけど日本人は古来から頭で考えるというよりは、より上とかで考えたりするわけですね。
情動を司っている体の器官ってどの辺かといったら、やっぱり中心になるのは心臓だと思うんですよね。文字通り心の臓器ですよね。
英語でもheartって言った時には心臓という血を送り出す臓器であると同時に心という意味もあるので、
この辺は英語の世界であっても日本語の世界であっても感情を司る。その人間の精神活動の中でも感情的な部分というのは位置として胸のあたりにあるというふうに考えているということが分かるわけですよね。
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私たちが普段脳を中心にしておかなっている思考と胸のあたりで感じている感情というものは、わりかし意識的に感じ取ることができたりする。
我々の健在意識というものはこの辺の領域だと思うんですけど、最近若い人たちが使わなくなってきた言葉の、より身体的な感覚に近い腹というものなんですが、
この言葉ってやっぱり腹黒いとかね、あるいは腹の探り合いとか、さっきも言った腹落ちするとか、腑に落ちるなんていう言葉もありますけれども、言ってみるとこれって本音みたいな意味合いで使っていると思うんですよね。
つまりそれってより心の深いところ、潜在意識的な部分だと思うわけです。
なんだけど、要するに無意識、潜在意識を表す腹という言葉が使われなくなってきている。
しかもそこにちょっと古い響きがあるというところに、現代の人間の精神構造の在り方というものが表れているんじゃないかと思うんだよね。
つまり常に潜在意識的なエゴ、自分の自我、それ以外に自分ってありますか?ぐらいのレベルにだんだんなっていると思うんですよね。
潜在意識との対話というのは、絶対条件として静けさの中での自己対話というものが不可欠になるわけなんだけども、そういったプロセスがなかなか今取れないんだと思うんだよね。
情報がめちゃめちゃ多い。しかも早い。
だから常に潜在意識に膨大な情報が与えられてしまっているから、ぼーっとしながら自分と対話するとかね。
対話も何もないけど、自分の心の底から浮かび上がってくる衝動みたいなものと対話をするとか、そういったことをなかなかできないんだと思うんだよね。
できないというか、そういう習慣がなくなってしまってきているんだと思うんですよ。
そこで面白いのが、闇落ちっていう言い方ですよね。
この闇落ちって、考えてみれば僕の大好きなスターウォーズのアナキン・スカイウォーカーが、もともとジェダイだったのにダークサイドに行っちゃったみたいな。
ここら辺から闇落ちって言葉が出ているのかもしれないんだけども。
この闇落ちっていう言葉の中には、よくわかんないけど闇に落ちちゃったみたいな、そんな感じってないですかね。
なんて言っていいか難しいところなんですけど、闇落ちっていう言葉の中には、あがらいがたい力によってそうなっちゃったっていう、
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不可抗力ではないけど、アンコントローラブルな力によってそっちに行っちゃったみたいな雰囲気があると思うんだよね。
現代の人が自分の潜在意識との対話がうまくいっていないから、なるときにはそういうふうにわけもわからずそうなってしまうみたいな感じの感覚を持っているんだと思うんですよね。
たぶんその身体感覚に根差した精神活動っていうのは、たとえばお腹減ったとかね、眠いとかそういう感情というより感覚だと思うんですけど、
それってマズローの欲求回想で言ったら、より下の方に所属するために低レベルな、次元の低いものだというふうに考えられて、
ちょっと軽んじられているところがあるのかもしれないですよね。
だけどやっぱり私たちが生命体としてのシステムを考えたときに、圧倒的に身体的な機能の方が私たちを支えている部分として大きいわけだし、
身体の知恵ってものすごいものがあると僕は思っているんだよね。
今はそういった身体表現みたいな言葉が使われなくなってきていて、しかもそれがやっぱりちょっと古い響きがある。
その辺に現代人の精神のあり方の昔との変化というものがあるような気がしました。
そんな気づきについて話してみました。
というわけで今日の話、いかがでしたかね。
今日の話、腑に落ちましたか?腹落ちしましたか?って聞いてみるっていうことですね。
今日の話面白かったよという方は、いいねやコメント、そしてフォローもお願いいたします。
OK, that's it for today. Thank you for listening,and have a great day.
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