全然、深いというか、僕らは全然考えていないことに入っていっているんで、僕は面白いと思いますけど。
にーのさんがすごいなんかちょっと遠慮がちなのかなってちょっと今感じてて。
なんかもっと自分を出していただいた方がいいかもしれないですね。
なんか多分いつもポッドキャスト聞いてるから、2人の話で完結してるような気がして、なんか余計な口を。
いやいやいやいや、そこがですね、もっと入ってきてほしいですね。
わかりました。
俺はこう思うんだよみたいな感じのほしいですね。
あとなんか、傾聴屋さんの1on1メンターみたいなのもやってるから、遮りに抵抗が出てるのかもしれないですね。
なるほどなるほど。
そっか、それがなんか一つのテーマでもありますよね。聞くっていうところ。
そうですね。
それも面白いそうですね。聞くっていうメンターをやってるんですね。
めちゃくちゃ面白いですよ。
その面白い、聞くという行為がですか?
なんかその1on1メンターみたいなお仕事がすごく面白いです。
それもお仕事としてやってるんですか?
タレントのプログラムの中で、そういう人に聞いてもらうっていうのはどういうことかみたいなのを、
マネージャーの方向けの研修とかでやったりするんですよね。
それで、マネージャーの方に聞いてもらうってどういう体験かっていうのを体験してもらうっていうのと、
僕に喋ってもらうことで一緒に頭の中のモヤモヤを整理していくみたいな2つの目的があってやるんですけど、
何回かやっていくとどんどんその人の中の自分の解像度、その人自身の解像度がどんどん上がっていったり、
テーマが更新されていったり、その人の見てる世界が変わっていったりっていうのを聞きながら、
そうだねみたいな感じで、これってこういう構造になってるんですねみたいな話をしていくと、
どんどん勝手にその人が新しい世界に気付いていき始めるっていうのがあって、
ここがすごく面白いです。
なんか人の話を聞くって僕あんまり得意じゃないというか、
なんかしおくんといつも2人でやってるんですけど、
なんか僕たぶんしおくんの話ちゃんと聞けてないんじゃないかなっていう思いがいつもあって。
それは面白いね。そう思ってるんだ。
なんか言ってくれてはいるんだけど、
自分が本当にそれを聞いて理解をして反応できてるかっていうと、
なんかそんな気はあまりしてなくて自分の認識として。
しおくんが言ったことから触発された自分の頭の中に思い浮かんだことを、
とにかく話したい、伝えたいみたいな、
なんかそういう感じでなんかやり取りをしている気がしていて、
それってどうなんだろうなっていうのはちょっと気になってはいるんですよね。
ショーンさんもそれたぶん楽しんで聞いてるんだろうなって思いながら、
ポッドキャストを聞いてました。
でもそれに近いかもしれないですね。
にーのさんにそういうふうにどういうふうに思ってるのか聞いてみたかったんですよ、まさに。
聞くっていうことをしている人からすると、我々は何をしているように見えるのか。
お互い聞かずに話してるのかみたいな、なんかそういうところを聞いてみた。
一回なんかそういう話なかったっけ?とよだくんと。
我々実は理解してないんじゃないかみたいな。
ただ投げ合ってるだけなんじゃないかみたいな。
でも触発し合ってる感じがしますよ。
そのひらめきの話もそうですけど、キーワードとか話してる内容を栄養にして、
自分の中でいろんな知識が引っ張り起こされてきて。
それとつながって、もっとこういう話もあるよって思う。
そこに見えた新しい世界とか、物の関係みたいなのをお互いに話し合ってるような感じがして。
こんな面白い遊びあったぜとか、こんな面白いもの見つけた、みたいなのを子供が交換してるような。
なんかそんな感じだと思うんですよね。
でもその評価は非常に的確だし、嬉しいですね。
よかった。
でもそうだな、こういう気づきというか、こういうふうに見えるじゃんとか、
そういうのを報告したくてしょうがない子供みたいな。
そんな感じだなと思いましたね、自分。
しおくんはどんな感じなの?
どういう感じで喋ってるの?いつも。
どういう感じで喋ってるんだろうね。
でもそのピンポンゲームみたいな。
玉が飛んできて、それがはじけて、連鎖反応じゃないけど、
ポンポンポンってこう。
やる場合もあるし、あとは僕ができてるかを置いといて、
とよだくんが言おうとしてることを必死にただ理解しようとしてるっていう時もあるかもしれない。
それってどういうことって言って、具体的に僕が理解するためにひたすら返してるっていう。
聞く、理解しようとしてるモードみたいなのは存在してると思うね。
そうだ、しおくんはね、たぶん傾聴力ある方だと思うんだ。
でもわからない。今回のテーマの聞くっていうのを考えて、
あとはTakram Radioのにーのさんが貼ってくれたリンクとかで聞いてみると、
いや本当に聞くってどういうことだろうなって思ったから。
そこはね、わからない。
わからないというか、ちょっとにーのさんともっと話してみたいなっていう感じかな。
どうなんだろう、自分は聞くっていう解像度を上げた時に何はできてるけど何はできてないとか、
もっと解像度を上げてみたいなとは思ったね、聞くに関して。
この恥ずかしげもなく言うと、僕たぶんそんな解像度高く聞けてない気がしてきました。
今の話聞いてて。
まずショーンさんのとよださんの話聞いてる感じの、
それって具体的にみたいなやつって、その傾聴のスタイルそのものだと思ってて。
やっぱりそういう聞くための問いを投げかける時って、
やっぱりどうしても聞き手の主観って絶対入るじゃないですか。
だから完全にその相手のための問いっていうのはあり得ないと思ってて。
じゃあどこまでそこに相手が自然に喋れる範囲で徹することができるかってなると、
結構難しいところあると思うので、そうやって自分の気になるところを心から聞くっていう態度はすごくなんか傾聴的だと僕は思ってますよ。
なんかそれでとよださんも具体って問われた時に自分の言葉でそれを表現することで、
自分の中の解像度が上がったりとかっていうのが多分度々あるんじゃないかと思ってて。
いやーめっちゃありますね。
なのでそういう傾聴の世界はなんか、どれだけ意識的にかわかんないですけど、なんか出来上がってる感じがしますよ。
あ、そうなんですね。
はい。
しおくんはね、すごい傾聴力高いなと僕は思ってるけどね。話しててすごい話しやすいし。
そうなのか。
意識してそういう話し方してるのかなって思うような時も結構。
あーそうなんですか。
意識してんの?してないの?
どうだろう?してないのかな?
自然体でやってる気がするけど。
だいぶ癖っぽい感じはあるけどね。その聞き方が。
だいたいこういう風に話してるかもしれない。
人と環境にもよるかな。
このポッドキャストのとよだ君に対してはその割合が高いかもしれないね。勝手に。
そうか。
さっきその休憩の前に取ってた話題はどうする?
欲望と美しさ?
そうそうそう。
じゃあそこ行きます?
行きましょうか。
聞くとかはじゃあまた後で話また出てくるかもしれないから。出てきたらやろうか。
ちょっとあれだ。間に挟んで忘れちゃったからもう一回説明してもらっていいかな。
ちょっとこういうまとめるのは苦手なんだけど、もう一回言うと。
にーのさんが言った美しいっていうよりは、なんか2個ぐらいポイントがあったような気がするんだけど、
1個目は美しいっていうのは欲望と似て、他の人に植え付けられたものの可能性ってあるかなっていう。
相似形があるんじゃないかっていう話ね。
欲望の話をした時は深い欲望と浅い欲望みたいな、かなり時間かかって欲望となっているものがあったりするんだけど、
美しさにも似たようなものが僕はあるんじゃないかなって、このにーのさんのテーマを見た時に思ってね。
例えば誰かが美しいって言ってるから、これは美しいんだと理解した。
だからこれから僕もこれを見たら美しいと思うことにするみたいなものはある気がするんでね。
美術館の絵を見てみんなこれ美しいって言ってるんだから美しいと思うと。
外に規定されて教えてもらったから美しいと感じるようにしてるみたいなものもあれば、
やっぱり結局どっかの外からの刺激ではあるんだけど、長い時間かけて培ってきて自然とその感情を揺れ動かすものがある。
なんかそういう相似関係ってあるのかなって思ったんだけど、どう思うっていうのが一つ。
二つ目、ちょっと忘れちゃったかも僕も。
何だっけ。
自分に欠けてるものが美しさなんではないかみたいなやつ。
そうだね。だからそれでとよだくんが言ったことだよね。
僕は美しさとは欠けてるものを見た時に出るんじゃないかと。
それ聞いてた時に欲望とも紙一重なのかなって思って、
例えば自分に欠けてるもの、女性を見て美しいと思うとか、
自分は持ってないものを見た時にはそれを欲しいと思うとか、それに近づきたいと思うみたいな、
欲望とも解釈できかねない紙一重な近さがあるような気がして、
それは同じではないの?で、同じではないって答えるなら、
じゃあ何が違うんだろうっていう問い?
僕が思うに生物が本能的に自分に欠けてるものを求めるっていう習性になっていると思っていて、
それも自然な基本的な構造なのかなと思ってて、
自分に欠けてるものを美しいと感じさせる幻想を抱かせることによって、
本能がその肉体を動かそうっていうドライブにしてるんじゃないかなと思うので、
美しさっていうのは馬?馬の前にぶら下げてる人参みたいな、
馬をその本能が持っていくべき方向に持っていかせるための人参?
人参を美しいと感じるようにプログラムされてるだけなんじゃないかって思ったけど、今その話を聞いて。
どう思います?
なんか美しいって何?そういう欲望の文脈でいくと、
欲望を説明しやすくした言葉が美しい。
で、それが便利だから、ただそういうふうに言ってるだけなんじゃないかって思いました。
じゃあ結構近いっていうイメージですか?にーのさんにとっても。
それもあると思います。
さっきの2つの視点はなんかどっちもそうだなと思いながら聞いてて、
美しいっていう共通認識があるようで捉えどころのない言葉になってると思ってて、
その共通認識っぽいところが、他の人が美しいって言ってるからみたいなところであり、
で、それを追い求める。美しいものがいいもの?欲しいもの?
身の回りに置きたいもの?価値があるもの?みたいな、
そういういろんな二次的に出てくるような美しいの後ろにあるなんとなくの印象ってあるじゃないですか。
価値みたいな。ありますね。
その辺を細かくいちいち説明しなくていい、ちょうどいい便利な言葉として美しいを使っていて、
だからその中に欲望の部分も混ぜこぜになってるみたいな感じを聞いてて思いました。
なるほどな。
自分がこうなんか、なんていうかな、さっきの虹の話とかもあるし、自然の月を見て、
今日の満月はすげえとか、なんかそういうこう、本当は人に与えられた何かであって、
なんか自分はなんかそれに心が動くという人間らしさを手に入れるためにいちいちそういうことを持ってるのかなとか、
思いながら聞いてました。
それはその月を美しいと思うのは自分が本能的に思ってるわけじゃなくて、他人からそういうふうに植え付けられていて、
それを感じることによって自分は美しい心がわかる人間だなみたいなふうに確認してるみたいな意味ですか?
その可能性があるなって聞いてて思いました。
その芸術品とかを美しいと思うのも近いですよね。僕は美しい芸術品が理解できるみたいな。
っていうのは、なんかその僕がさっき浅いと、なんか深い美しいっていうの2つあるとしたら、
外から植え付けられて、かなり短い期間でというか、外部要因のために美しいと理解している。
自分をなんか訓練したみたいな感じがある。なんかそういう場面はあり得るのかなって思ったんですね。
例えばどういうやつだろう?他人から植え付けられて美しいと感じてそうなやつとかって。
ちょっとストレートな例えじゃないんですけど、犬とか猫とか動物が満月を見て綺麗だと思ってるかというと、
なんかそれって怪しいなって気もしたり。だから、猿もそうだとするなら、
人間がそういうふうに思うのって、本能的とは言い難いような気がして。
昔の古文、漢文の世界でとか、万葉集みたいなとこで、月とか花がどうのこうのとかいうのが出てきても、
その人たち暇だから視覚的に変わったものを見つけて取り立てて、
なんかどうのこうの言ってるだけっていうのが今の美に繋がってるっていう可能性もあるなって気がしたんですよね。
なので美しいって、ともそも文脈的で本能的な感覚ではないのでは?っていうのが、
だから全ての美しいものは人から植え付けられたものではないだろうかって思ったっていうのが
とよださんのそういう例えってあるかな、に対する僕が思ったことですね。
それは本能的に、例えば男性が女性を美しいと思うとかとはまた違う、
人間が生み出した美しさみたいな文脈ではそれが当てはまるってことですかね。
で、その男性が女性を美しいと思うみたいのは欲望の方の美しい。
でもにーのさんがさっきシェアしてくれたまつ毛の例みたいなのって、
もしここで誰にも言わなかったら結構純粋に本当に美しいと思っただけなのかなって思う。
だから誰かの承認というか植え付けられて、これが分かる自分のために美しいと思ったわけじゃない、
なんかすごい複雑な構文になってますけど、分かりますかね。
外部のためじゃなくて純粋に美しいと思った。
で、じゃあそれは欲望だったのかって言われるとどうなんですかね。
欲望に近い方の美しいだったんですかね。
欲望ではないんじゃないか。
それはその文化的な美しさの方なんじゃないか、まつ毛の虹は。
そうですね。その虹っていうものがなかなか見えることが難しいっていう文脈があるじゃないですか。
いちいち虹が出た時に虹だって大人が騒いでるから多分子供も騒ぐようになってみたいな。
その続きをでどうだなって思っただけかもなーって気がしたんですよね。
確かに虹が毎日出てたらそれ美しいと思わないかもしれないですね。
日常になってて。
そこは僕は期待値というかレア度みたいなのが美しいとは関係してるのかなって思ってて。
夕日の空を見た時にグラデーションの色がすごく綺麗だなって思うことあるんですよね。
日が落ちた後の空の、日が落ちた方向から反対側までの。
空って青空でも雲がなくてもすごいグラデーションが出てたりとか。
間に雲があるとその雲は夕日を反射してて、そこは明確に夕焼けが残っててみたいなところも美しいなって思うんですよね。
それ見てる時は気分いい。快感というちょっとした淡い快感があって。
その淡い快感を美しいと言っているんだが、
じゃあその淡い快感を感じているっていうのはどういう文脈で発生しているかっていうことになるんですよね。
で、なんかそれ、それはでもやっぱそういうなんだろう。
分かんなくなってきました。
なんか文脈的ではある、なんていうか本能的ではない気はするんですけど、
好き嫌い、好みの問題としてそれが美しいと思っているみたいなのがある気がしますね。
もしかしたらその美しいみたいな文脈に無意識に寄せているから、
そういうふうに思いが湧き起こっているっていうのはあるかもしれないですけど。
それは美しいものを自分が感知したいと思っているから、
別に何でもないことをこれ美しいんだっていうふうに寄せて解釈しちゃうってことですか?
それはあると思います。
今の話って僕のメモの足るを知るに近い話で。
結論、そうやって今日こういう綺麗なものがあったなって思って眠ると、
すごい幸福度上がるのでやってるんですけど、
それが癖になって、これ綺麗だなって思うようにしているっていうのは多分あって、
気分よく生活するためのTIPSとして、そういう思い込みを利用してるっていうのはあるかもしれないですね。
それはいい習慣ですよね。
幸福度は高いですね。
なんで美しいものを見つけられると幸福感を感じるんだろうって思ったんですけど、なんでですか?
逆に、逆だったりしない?幸福感になるようなその感覚を美しいと呼んでるというか。
これもTakram Radioのどっかの回で言ってたところから来てるんですけど、
お寺の坊さんと心理学者もどっちも、
鬱病の人にその日の良かったことを3つ思い起こして寝るといいよみたいなのを言うのがよくあるんですけど、
でもその良かったことを思い起こすのって結構ハードル高い、特に鬱病の人はっていうのはあって。
だから、きれいだと思ったものとか素敵だと思ったものを思い起こして寝るといいよっていうのが一つ、
イージーにしたやり方として紹介されてて。
それやってみようって思ってやってみたら結構日々の気分、気分良くなるようなものを探すようになったっていうのがやっぱあって。
そこが始まりだったんですよね。
なので、ショーンさんが言ってくれた気分良くなるものを探してるっていう感じなのかもしれないですね。
それを見つけたときに美しいと定義してるみたいな要素があるんですね。
だから、人それぞれ違うってことですね。人それぞれ。
同じことを言ってますけど、繋がった気がしますね。
にーのさんが言ってる感情を想起させるっていうのが、人それぞれから美しいと呼ぶものも変わるよねと。
自分の快の気持ちが感情がわき起こるものにただ美しいっていう名前をつけているだけってこと?結局。
ほぼそんな感じですね。
でも、そうか。
なんかその快っていう明確に定義しきれる前の段階の快に繋がるかもみたいな。
そういう明確にこれがもう自分の脳の報酬系だみたいなとこに行く前の淡い何かをちょうどいい言葉として美しいって言ってるだけなのかもしれないです。
あーでもそうかもしれないな。あーそういうことか。
なるほどね。あーでも、わかんないな。
僕もさ、この美しいとあの目も見てさ、自分が何を美しいと思うかなって考えたものがあるんだけど、
僕はなんかこう、綺麗に並ぶはずじゃないのに並んだとか、それをなんか美しいと思ってしまうっていう気がして、
偶然、なんかすげえ一直線に並んだとか、規則正しく、それも多分こんな綺麗に並んだって一瞬多分何か快の何かが出てて、
それを多分自分は美しいとラベル付けしたと説明できる気がした。今の聞いてて。
ちなみにそれはこう、身体感覚でなんかキュってなったりしないですか?
身体感覚。そう、それもさっきとよだくんの話聞いてて、いや身体感覚、筋肉動いてないなと思って。
どっちかというと、なんかこう雷というか、でもこれは多分僕はアニメか何かの擦り込みだなって思って、
なんかピカッと何か光るというか、なんか頭の中にこう雷じゃないけど、ちらっとなんかこう静電気みたいな何かが走ってる感じ。
でもなんか自分ではこれは説明できてないというか、いや本当かなっていう感じで、身体感覚がちょっとうまく説明できないなと思いましたね、あの時。
とよださんが身体感覚もなんかすごい気になってて。
なんか元々そうなるように身体がプログラムされてたのか、何かの時に強烈なそういう体験があって、その後そうなるようになったのかとか。
なんかこれ僕特有というよりはみんなそうなんじゃないかなと思って今話してるんですけど、
なんかその美しいものとかを見た時に、なんかね身体が一瞬だけ臨戦体勢みたいな感じになる気がしていて、
この目の前のものをどう解釈すべきかみたいな回路が回るんですよ。
そうすると一瞬だけ筋肉というか緊張感が走るというかピクってなって、その時にその僕が言うこの肩のちょっと下あたりがちょっとギュってなるみたいな感じなんですよね、僕の感覚だと。
だから臨戦体勢みたいなちょっとこう緊張感が走るというか。
そういう感覚はあるんじゃないかなと思ったんですけど、皆さん。
そんなないですか、美しい。目の前のものを見て、美しいって判断する前に、これは美しいのか美しくないのかみたいな多分ジャッジメントするステージみたいなのが最初に来て、そこでなんかピキってなる感じがするんですけど。
でもそのジャッジメントをする時っていうことは、ピキってこうギュって肩の下のところがなった後に、これは美じゃねえなって判断をすることもあるってことですか?
ちょっと待ってください。
いやでもどうだろうな。それあんまりないかな。たぶん脳みそでこれは美しいっていう認識する前に、たぶん体が反応して、これピキってなって美しいと認識しないことあるかな。
いやわかんないな。もしかしたらあるかもしれないですね。そのピキってなって美しいなって判断されたものはそのまま美しいっていう認識になって、美しくないな、もしかして敵だなみたいな感じになったら、ちょっとわかんなくなってきたな。でも美しいのシグナルじゃないのかな。
ちょっとその目の前のものを判断するシグナルかもしれないですね、それは。もしかしたら。美しさのシグナルの前に。
もしかしたらこう、そうやって判断をするような対象物は美しいものの可能性が高いから、そういう印象になってるのかもしれないですね。
そうですね。そんな気がしますね。
たぶん場合によってはそういうこいつは敵だみたいな時もあるかもしれないですけど、そうじゃなくて美しいものだと判断する確率が高いっていう感じかもしれないですね。
そんな感じかもしれないですね。
なんかでも美しいって、僕の中ではもうちょっとリラックスするイメージで、臨戦態勢とかアドレナリンが出るとか構えるみたいなのとイメージが違ったんだけど、どうですかね。にーのさんはそんな感じしますか。
確かに確かに。
で、そうやって形容する対象がどういうものが多いかってなった時にとよださんはそういうこうキュッとなるようなものが多分に含まれていたり、
僕とショーンさんはそのまったりする系のものが多く含まれているからそこに違いを感じているのかもしれないですね。
確かに。
そうですね。
ちなみにとよだくんの話聞いて、なんか高いビルを見ると首を上げて上にやるから筋肉がこう強ばるとかそういうわけではない。
いやいや違う違う違う。写真とかで見ても。
写真でも。
ああ美しいなと思うから。
なるほどね。
何なの?多分僕の中で富の象徴とか多分そういうシンボルになっているんじゃないかなと思って。
豊かさの象徴とか。
うーん。
その過剰じゃない?あんなに高いビルをさ、建てる必要ないのになんかボーンってあんなでかいの作っちゃうその過剰さ?
うん。
過剰さとかその贅沢さというか。
普通にさ真四角の長方形のビル建てれば一番それがさその面積としてはこう有効活用できるはずなのに、なんか変な形にさ削ったりとかさ曲げたりとかこう変な奇抜なデザインあるじゃない。
ああいうのが好きなのよ。
なるほどね。
そのスペースが有効活用できてないじゃんっていう。
うんうんうん。
そういうなんかこう無駄さというか、そこにもなんか美しさを感じるんだよ。
あーわかる、わかりますそれ。
なんかちょっと違うかもしれないけど、その旧ソ連時代のこう不思議な形をした建築物みたいなのあるじゃないですか。
あー好きですね僕、ああいうの。
僕も心惹かれるんですよあれ。
でかいやつ。
美しいと思うかというとなんかわかんないですけど、心は惹かれるので、なんかとよださんはそういうのを美しいって敬意はしてるのかもって。
あーそうかもしれないですね。
うん。
そうかもしれない。
確かにだから美しいってすごい便利な答えですねこれ。
うん。
えー。
うんうんうん。
なんかこれが美しいんだよみたいなのを作るムーブメントみたいなのを起こしたら、なんか世の中をコントロールできるんじゃないかって。
うん。
ちょっと気がしてきましたけどね。
なんかまあ正義とかってすごく直接的な感じするけど、美しいってなると少しこうワンクッション前の感じがして。
うんうん、するする。
確かに。
だからこうそういう観点で世の中をコントロールする何かになり得るなっていうのはその通りだなって思いました。
そうですよね。正義っていうとちょっとなんか強すぎる感じがありますね。
うん。
でも美しい、これ美しいよねって言われて、なんか明確には否定しづらいというか。
うん。
なんかいろんなものを包含できちゃう感じがありますね、美しいって表現されると。
いやー、なるほどねー。
うーん。
ちょっとその方法のちょっと僕今後使っていきますね。
美しさ、美しいって表現することによってこうね、コントロールしていくみたいな。
美しいじゃないですか。
そうそうそう。それって美しいじゃないですかって言って。
自分の持ってきたい方向にこう誘導するみたいな。
いやー、面白いね今の観点は。
え、でも白米FMって美しいと思うんですよね、僕はね。
みたいな感じで。
なくともリスナーとこの3人の間では白米FMは美しいっていう共通の文脈が少しずつ形成されてきてますね。
そうそう、文脈を作っていく。
いいな、美しい。
次回へ続く。