1. ミドル巨人くん ぶらんにゅ〜
  2. 2020.04.30【2009年の今日:04..
2020-04-30 07:42

2020.04.30【2009年の今日:04月30日】 from Radiotalk

00:16
2009年のきょう
1月31バージョンでございます。一つよろしくお願いします。
2009年のきょうは、松田スタジオにおきまして、
広島対巨人の6回戦が行われております。
巨人対広島、アウェーでのゲームになりました。
7対4でジャイアンツの勝利となってます。
勝ち星はジャイアンツ、福田選手に2勝目がついてます。
セーブはオチ大輔。2勝1敗1セーブとなってます。
負けは前田健太。現在はメジャーリーガーの前田健太に3敗目がついてますね。
2勝3敗という成績になってます。
本ルイダは小笠原道博に6号3ランホームラン。
アマヤが2号2ランホームラン、福田選手から打ってます。
ガッツは前健太から打ってます。
UFOムーナーになってますよ。
はい、じゃあ本日の、本日じゃない。
2009年の4月30日のスタメンジャイアンツから発表していきましょう。
1番センター松本。3割1分3で打ってんだ。
すげーな。めっちゃ打ってんだな。
2番セカンド脇谷。3番サード小笠原。
4番レフトラミレス。5番ライト亀井。
6番ファーストイースンヨップ。7番キャッチャー安部。
8番ショート坂本。9番ピッチャー福田というスターティングラインナップになってます。
うん。8番ショート坂本。相変わらずの高打率。
3割7分6輪も打ってますね。
でもこの日は4打数の1アンダー2、3勝という感じですね。
対する広島でございます。
1番セカンド東出。2番センター赤松。3番ライト天谷。
4番ファーストシーボって書いてあるけどシーボルトだったよな。
5番レフト島。6番ショートそよぎ。7番サード石井。石井卓郎さんですね。
8番キャッチャー石原九番。ピッチャー前田健太となってますね。
ジャイアンツは先発福田が6回3分の0を投げましてこの後は山口豊田落ちと系統をつないでございます。
対する広島は前田健太が5回まで投げましてその後には小鶴って書いてあるからこれ小鶴を好きかな?
03:01
だと思うんだよな。小鶴を好きって名前だったと思うんだよね。
で、林青木横山とつなぐ系統を見せてございます。
表でございます。
次打戦副長小笠原スリーラン。
巨人が連敗を3で止めた小笠原スリーランを含む4アンダ5打点の活躍。
3対3の5回に亀井のタイム売りで勝ち越し。
6回には脇矢小笠原の連続タイム売りで3点を加えた。
福田は7回途中まで4失点で2勝目。
広島は系統が裏目に出たって書いてますね。
小鶴を好きが3分の1しか投げてないのに2失点してるというところからかな?
そこまで詳しくわかんないですよね。
続きいきましょう。
エンジン組お命返上。
追い込まれた強力打戦がやっと目を覚ました。
巨人は打戦の奮起で勝ち、連敗を3で止めた。
前日まで3試合、27イニング、連続でスコアボードに0が並んだ。
あと4イニングで不名誉な9段記録に並ぶ。
0が続くイニング数ってことでしょうな。
試合前には首相の安倍を中心にエンジンを組んだ。
原監督も前日に示唆した通り上位予選を組み替えて、
松本と脇矢に1、2番を任せた。
前日と違うんだ。
前日はね、鈴木木村拓哉ですね。
全然違いますね。
なるほど、なるほど。
上位予選を組み替えて、1、2番を松本と脇矢に任せた。
誰もが口にした。
何とかしなければという言葉を現実にしようと、
選手もベンチも一丸となって挑んだ。
その気持ちは積極性に繋がった。
1回、わずか6球で3点を先制。
松本、脇矢がいずれも初球をライト前へ。
仕上げは3番大笠原田。
カウント2、1から4球目、内閣直球を豪華にライトスタンドへ叩き込んだ。
若い2人に乗せられて打たせてもらったホームランじゃないかな。
久しぶりに自然に体が反応した。
試合中は表情をあまり変えない大笠原が、珍しく笑みをこぼれたと書いてますね。
なかなかずっとブッチョーズな大笠原選手です。
試合中にニコッとするのはなかなか珍しいんじゃないでしょうかね。
そっかそっか。これを機に松本、高広は大層の専門になっていき、木村拓也は守備特化型の選手になっていくというようなことを決めたゲームになったのかなと思います。
06:11
2009年のこの松本拓也の活躍、思い返してみると育成の巨人と言われた時代だったような記憶がありますね。
2009年、そうね。
だから、山口拓也に続いて松本拓也が2年連続育成出身の新人を獲得した年だったんじゃないかな。
違ったかな?どうだったかな?だったような気がするんですよね。
ということで、若い力が出てくると。
あと、遺跡してきた小笠原にしてもラミレスにしても戦力になり得たと。
ぐらい進化もそうかな。
といった年だったんじゃないかなと。
補強と育成が順と。
当時の若手でいうと山口拓也もそうだし、オチ大輔もそうだし、西村健太郎もそうだったんでしょう。
育成のジャイアンスと、もてはやされた時代だったような記憶がございます。
といったところでございます。
ということで、2009年の今日のコーナー、4月30日編はこの辺りにしたいと思います。
ご静聴ありがとうございました。失礼いたします。
07:42

コメント

スクロール